嵐の後で 3 ウィーナの受難
「そいつぁ多分『プロミネンス』かな? カテゴリーは三つに分かれてるだろ?」
「えっと、カテゴリーって、斡旋所が決めてる枠のことですよね?」
国ごとだが各地の斡旋所で受けた依頼を誰が引き受け達成したか、その累計でどのカテゴリーが該当するかが決められる。
複数の地域で請け負う数と達成率が上位であれば、全国に名が広まる冒険者チーム。
上位に上がれば、それなりに危険度は上がるがその分収入も増える。
いくら実力があっても上位に名を連ねることが出来なければ、『風刃隊』のように兼業でもないと生活していけない毎日を送る羽目になる。
そのカテゴリーは上位二十と次の世代四十、そしてその他に分かれていて、『ホットライン』、『クロムハード』は上位二十。この三人組の『スケイル』は次の世代の四十に入っている。
「カモシカの亜人に魚の亜人つったらそいつらだろうな」
かく言うディールも魚の亜人だが、その亜人の度合いは違い、その男とディールは別種である。
「俺達と同じカテゴリーに入っているが、なんて言うか……荒くれ者達って感じだな。それでもリーダーはそれなりにいろいろと弁えちゃいるが……」
リバーバは眉間にしわを寄せている。
上の方のカテゴリーには入っているから、依頼達成率もそれなりに高いのは分かる。
しかし仕事以外の面では細かい問題を起こす者達の集団というイメージが付きまとっているらしい。
「だからといって同類と思われたくないがな。そんな奴らをよく追っ払えたもんだ。お嬢ちゃん、なんて舐めた言い方してるとあっさり追い抜かれちまうかもな」
「私達じゃないんです。テンシュさんが追っ払ってくれました」
「「「テンシュさんが?!」」」
「すごかったですよー。蹴りいれるわ啖呵は切るわで。ついでに私達も叱られちゃいましたけど」
ペロッと舌を出し、恥ずかしさを誤魔化すミール。
大男三人は、明らかに非力な人物に注目する。
「セレナさんが引き入れるわけだ……。腕力が人を表すすべてじゃないってのは分かるが……」
「カモシカと魚の亜人ってライノフとジェラックだろ? ライノフに蹴り入れるって……」
「待て待て、ここ、暴力御法度じゃねぇの?」
言われてみればそうだが、あくまで流血沙汰、しかも傷をつけることを目的とした行為。
店主の場合は店や店の人材を守る行為を目的としたため、その機能の発動は見られなかったようである。
「へえぇ……。俺達も無作法者のつもりだったが、その上をはるかに行くって感じだな」
「けどそのまま放置していいのかね」
「あ、あぁ……。まぁ……あり得ない話じゃねぇな」
「何のことですか?」
ミールが尋ねる。
何も知らない無垢の目とはこのことか。
言っちゃならないことを聞かせちゃならない者の前で口にしてしまったかのように、三人は口元に手を添えて互いに見合わせている。
「客への態度か、と文句を言いに来るような……お礼参りしに来るとか、かな?」
そのまま三人は店主の方に目をやる。しかし店主は特に何かを気にするような素振りも何もなく、平常通りの雑務をこなしているだけだった。
大胆不敵、というには言葉のイメージで見れば、華奢な店主の体つき。
模擬戦でもやらせたら、何か奥の手でも出すのではないかとうがった見方をする『スケイル』の三人。
その店主が急に三人に視線を向けたものだから、妙な緊張感が彼らに走る。
「……順が逆になるが、体の寸法測るか? 今のうちにしとけばその後で成長があったとしても目安にはなる」
「あ、あぁ……。そ、それがいいかもな。頼むよ、テンシュさん」
「いや、俺じゃなくあいつにやらせる。別に問題ないだろ? おい、やっとけよ」
「テンシュさん……、いい加減名前覚えてくださいよ。ミールですよ、ミール。まったくもぉ……。じゃ、みなさん、寸法測りますから」
慣れない手つきでメジャーを伸ばし、リバーバの頭部から寸法を取り始めた。
カウンター前のソファのそばで、ミールに身を任せながら店主に話しかける。
「別に構わねぇけどよ、テンシュさんには何か仕事あるのか?」
「お礼参りに来るならそれなりに応対してやらねぇとな。そろそろ来る頃合いってあんたが言うから準備しとかねぇとな」
店内の、閉じたドアの前で店主は仁王立ち。
そしておもむろに片足を上げて足の裏を正面に向けるような立ち方をして停止する。
そのままだと上げた足が疲れるのか、その足を降ろして反対側の足を同じように上にあげる。
しばらく休んではまた反対側の足を上げ、それを延々と繰り返している。
「テンシュさんよ……。まさかそれで……」
「相手は喧嘩に関しては本職だろ? これくらいのハンディがあっていいと思うんだ」
片足を上げながら、話しかけてきたディールに顔を向けた店主。
「ハンディも何も……」
「店を守るって姿勢じゃねぇよな……」
「嫌な予感しかしない」
お礼参り。
その言葉が印象に残った彼らには、ある可能性があることが頭から抜け落ちていた。
「と、とにかく採寸しますね、リバーバさん」
「あ、おぅ……」
店主は自分の足先の身に神経を尖らせる。
ランディとディールはリバーバと一緒に、カウンター前のソファから後ろを向いて店主の様子を伺っている。
しばらくして、自動ドアが開いた。
店の外はぼんやりとは透けて見えるが、はっきりと誰がいるまでは分からない。
店主が見てたのは自分の足。そしてドアが開くか開かないかだけ。
店主は、ドアが開いたら蹴りを入れるだけしか考えていなかった。
咄嗟に店主は、上げた足を全力で前に突き出す。
足に何かを蹴飛ばした感触があった。
店主の目の前には『クロムハード』の面々。
そして店主の視界の下の方には、鼻を両手で抑えて涙目になっているウィーナがいた。
『プロミネンス』のお礼参りしか頭になかった店主。
ウィーナが『クロムハード』全員を連れてくることはすっかり頭の外に追い出してしまっていた。
店主はその瞬間、なぜウィーナがそこにいるのか理解できず固まっている。
ウィーナは、何で蹴飛ばされたのか分からないでいる。
『クロムハード』は、店主が何をやっているのか理解できない。
奥のカウンターからでも入り口で何が起きたのか分かったらしい。ミールが慌てて飛び出てきた。
「お姉ちゃん、大丈夫?! ちょっとテンシュっ! 何やってんのよっ!」
『スケイル』の三人もミールの後を追って入り口に駆けつける。
地面にしりもちをついて倒れ込んでいるウィーナは涙目。意外とダメージはあったらしい。
そして震える小声でぽつりとつぶやく。
「なんで、私、テンシュに足蹴にされてるの……?」
「……ごめん」
謝罪した店主の片足は上がったままだった。




