店主とエルフは互いの世界を知る 6 店主の不信感
丸一日眠りについて、目が覚める。
気だるさのようなものが、体から離れてくれない。
気力体力を補充するための食事をしてすぐまたベッドに入る。しかし眠りに就くことも難しい。
頭に浮かぶのはいつも同じ。
セレナにとって憧れの存在である行方不明のウィリック=アーワード。
彼の所在と討伐の現状がどうなっているか把握するために、巨塊討伐本部がある王宮に行ってみても皆目見当がつかない。
全くの無駄足。
討伐が完遂したら、そんな憧れの親類のお兄ちゃんと肩を並べて、ともに戦功を祝されていたはずであった。
「どうしてこうなったんだろう……。計画は万全だったんじゃなかったの?」
セレナはベッドの中で目が覚めても、なかなか立ち上がることは出来なかった。
そしてこれまでのことを振り返る。
想像もしていなかった世界に飛ばされて、どこをどう通ってきたかもわからず途方に暮れていたところ、言葉の違いの障害も気にせずに助けてくれた人が現れて、その人のおかげでまたここに戻って来て……。
「あっ! ドアを入れ替える約束! 忘れてた!」
現実を受け入れることを拒否して布団の中に籠っている場合ではない。
ベッドから跳ね起き、急いで一階の店舗に駆け下りてすぐに挿げ替える作業に取り掛かる。
あんな重い物を持ち運ぶ術は、すぐには用意できない。
だが、すぐに『天美法具店』にあの宝石岩を取りに戻ると口にした以上、こんなにも間を空けてしまった。少なくともお詫びだけはしなければなるまい。
扉の入れ替え作業の後は、魔法を駆使して『天美法具店』の入り口と同じ仕組みの自動ドアに変えた。
作業の中身は簡単。しかし無理やり起こした体では、なかなかその作業が捗らない。
半日がかりで作業を完了。
まだやや重く感じる体をおして、まだ覚えている手順を踏んで『天美法具店』に移動した。
その『天美法具店』では───。
宝石岩を引き取りに来ない。
従業員や近隣からは尋ねられるし、その件については出来れば目をつぶってやり過ごしたい。
こっちから彼女の世界に移動することは出来たとしても戻って来れる可能性は予測不可能のため、向こうからの反応待ち。
店主はいても立っても居られない、まさしく針の筵のど真ん中。
そんな中でようやくセレナが『天美法具店』に再来店したのは三週間目に入った頃だった。
閉店、そして一日の終業後の施錠されたドアが開く。
あり得ない現象が起きたその理由は、その建物の中に一人しかいないその人物が長らく待ちかねたこと。
店主の心の中の二割は呆れた感情。残りの感情は怒り心頭。その二つのみだった。
「……ひょっとして、帰ることが出来なくなってしまったかと心配もしてたんだよな。事前に何の断りもなかったからすぐに来てくれるものと思ってたがな」
「……すいません。その……運び出すには人手が足りなくて、こっちに連れてくるわけにもいかなくて……」
口から出まかせのセレナの言い訳は、それが本当だったとしても店主には確かめるすべはない。
だが実際、彼女の店の常連客である冒険者達も巨塊討伐に組み込まれていた。
そして恐らく、生還した彼らもまた、セレナのように疲労困憊なのは間違いない。
勿論討伐に参加しない者もいる。しかし彼らも別件で用事があり、彼女があの重そうな岩の運搬を頼んでも、すぐに応じてくれるかどうかは不確定。
「そっちの事情なんか知るかよ。あの後店の前の掃除をしなきゃならなかった。もちろん掃除は毎日するが、あの岩と同じ性質の細かい石が落ちてたからな。あれくらいならこっちで引き取っても問題はないが、あんなでかいやつだと宝石に無関心な奴まで根掘り葉掘り聞いてきやがる。俺は何も知るつもりはねぇから無関係でもいいが、周りがそうはいかねぇって聞くのをやめてくれねぇんだよ」
こことは違う世界が存在する。
それを理解できるのは、この世界の住人の中では店主だけ。石に込められている力を見ることが出来るからだ。
そして、それでも周囲の人達にセレナの存在を勘づかせることすらさせなかったのは、この世界の考え方の道理ということとセレナにも事情があろうという店主なりの気配りだ。
しかしそれをセレナが平気で踏み潰した。
そんな思いが胸の中で渦巻く店主にセレナは返す言葉がない。申し訳なさそうな顔をしているが、店主にはその意中を読み取る気はない。
「俺に必要なのはあんたの言い訳じゃない。確かに間が空いた理由はあるだろうよ。大変だったと思うし、不安だらけの世界にまたやって来てすぐに頭を下げた分の誠実さは確かにあるだろうよ。けどこっちはあんた以上に事態を把握できてねぇんだ」
セレナは店主の言葉の最後を聞いて、自分でも思いもしなかったことを口にした。
「そ、それなら…………私の店でお手伝いしていただけないでしょうか」
謝罪以外の言葉は出てこないと思っていた店主は不意を突かれた。
セレナも、自分で何を言ってるのか一瞬理解できないでいる。