休店開業 の途中ですが、ここでいったん中断です
その翌日、『法具店アマミ』は休店となった。
この世界で、伝説級の冒険者の一人が自然に還る日。
特に喪主を決めているわけではないが、いるとしたらその店のオーナーの立場になるセレナ=ミッフィールだろう。
見送られるその冒険者は、そのセレナの幼馴染みの親戚のエルフ族のウィリック=アーワード。
巨塊討伐失敗により数多く出た行方不明者。
その中の一人で生還は出来たものの衰弱がひどく、身元引受人としてセレナが名乗りを上げ、『法具店アマミ』に連れ帰った。
セレナも、そして本人も分かっていたようで結局そのまま原因不明の衰弱死となってしまった。
彼を葬る場所は森か林か。自然に囲まれた場所らしいが、店主は詳しく知ろうとしない。
そんな好奇心を持つよりも、その場所へ運ぶための棺桶と荷車づくりで手一杯。
『天美法具店』でも棺桶を作らなくなって久しい。
もっとも彼の世界で見かけるような彫刻付きではなくただの箱。
しかし勘は鈍ってはおらず、蓋全体に微妙な曲面をつけたり窓をつけたり、そして中には布団をいれ、いくらか暖かな見た目である。
店主に不満を感じていた『ホットライン』のメンバー達もその仕事を見て、「俺もこれに入って見送られたい」と、奇妙な感想も口にされた。
しかしそんな称賛を耳にしても、店主に浮かれる様子はない。
「この棺の中に寝かせて、こっちの荷車に乗せて、弔う場所まで引っ張るなり押すなりすりゃ連れて行けるだろ。儀式については全く分からんからノータッチで」
お前らは手伝ってやれるんだろ? と暗に『ホットライン』に訴えた。
そしてその日を迎える。
「セレナ。日中なら人の目が集まるぞ。まだ暗いが、今なら誰からも見られることはない。変に気遣われることはないが、時間に決まりがないなら今行く方がいいと思うぞ? あの連中も手伝ってくれるみたいだし」
『ホットライン』全員を一階に待機させ、ようやく落ち着いてウィリックのそばに座っているセレナに話しかけた。
目の下にクマが出来ているセレナも相当疲れ切っているようだ。
碌に食事もしていなかった。
セレナは声もなく、首を縦に一回振る。
それを見て店主は、ウィリックを連れ運ぶために、一階にいる中で何人かを呼び出す。
店の出入り口の前に、棺を乗せた荷車が用意されている。
「……これって……」
初めて見る物で、どこから持ち出してきたのか、何のためにあるのかと、セレナも驚いている。
その説明を店主から聞いたブレイド達がセレナに伝える。
「そう……何だ……。私達の方ではただ布をかぶせるかそのまま台車に寝せて運ぶかなんだよね。中も暖かそうだし……」
セレナが店主に何か言おうとしたが、すでに店主は作業部屋の中で集中モード。
全てが終わった後に落ち着いてから伝えればいい。
そう思ったセレナは『ホットライン』に頼み、ウィリックを棺の中の布団に寝かせ、蓋をする。
日が昇るまで時間はある。
何を思ったのかキューリアは留守番を申し出、彼女を除いた『ホットライン』のメンバーと共にセレナは、薄明りがついた『法具店アマミ』から、近くの森目指して出発した。
「今、いいかしら? テンシュさん」
「……何だよ。みんな一緒に動いたんじゃなかったのか?」
集中モード中に話しかけられると決まって不機嫌になる店主は、なぜかキューリアの声に素直に反応した。
珍しいこともあるものだ、と思うが、それよりも話したいことがあるようで、さらに店主に近づいた。
「まだ夜……だから店が開くってことはないだろうけど、テンシュさんだけ留守番って心細くないかなって」
「子供じゃあるめぇし。それに今日一日店は休むつもりでいる。誰も来ねえだろ。だからバイトも警備役もいらねぇよ」
キューリアは、椅子に座っている店主の隣に近づいた。
別に何か下心がある風でもなく、腕組みをして、その視線は店主と反対の方に向けている。
「あの……お礼言っとかないとって。お願いしたの、私だし……。それと、まだまともに謝ってないなって思って……」
「お礼は言われる筋合いじゃないな。あいつが勝手に落ち着いただけのことだし、お前に謝られる覚えはなおさらないんだがな」
最初の出会いのトラブルのことは、本当に忘れ去っている様子。
その記憶があるかどうかをキューリアは確かめると、そこでようやく思い出す。
そしてわざと音を立てながら鼻息を一つ吐く。
「すごくどうでもいい。それより仕事の邪魔すんな。お前らの道具作り、進んではいるが説得力に欠けるからどうするか考える必要もあるしな……」
「説得力? なんで説得する必要があるの?」
店主はキューリアの問いに答えず、何か考え込みながら手を動かす。
キューリアは店主に話しかけることを止め、その手元をぼんやりと見つめる。
そしていつしか店主のその手の動きはせわしなくなり、二人は時間が過ぎるのを忘れた。
ようやく日が昇り始めた頃、店に入ってくる二つの影があった。
一人はセレナの手伝いで彼女に同行したはずの『ホットライン』のリーダー、ブレイド。
彼に連れられて店主の作業部屋に入ってきたもう一人に気付いたキューリアは声をかけた。
「あら、スウォードじゃない。どうしたの?」
「俺だけ先にここに戻ってきたんだ。そしたら途中で『クロムハード』の連中と会ってさ」
ブレイドは以前から彼らに、やはり上級冒険者達なら誰もが抱える悩みの一つの装備品調達の相談を受けていた。
夜通しで依頼の仕事を終えた彼らは斡旋所に報告に戻る途中で、一人『法具店アマミ』に戻るブレイドと偶然会い、自分達も依頼をしている道具屋の話をして今に至る。
雑談とその用件の話を三人でしているそのそばで、全く耳に入らないほど仕事に没頭している店主。
白い鳥の羽毛を全身に纏った鳥の亜人のスウォードと呼ばれた男はそんな店主の仕事ぶりに感心するが、本当に気付かないものなのかと訝しげる気持ちも湧き始める。
「テンシュさんだよ。武器や防具、装備品を作ってくれる腕のいい職人さんだよ」
「けど相当風変わりな人って聞いたぞ? 中には店から追い出された奴もいるとか」
結構話題になっているらしい。
元々は、冒険者なら誰でも憧れ、目標となり、尊敬の対象となる冒険者のセレナが始めた店。
それだけでも話題性は十分なのに、来訪者によっては対応が百八十度態度を変える店主が店のスタッフに加われば、その噂は一旦流れたら止まるはずがない。
そして、まさかその噂の発祥元に連れてこられるとは思わなかったこの男は、店主を初めて見るにも拘らず、最初からその腕を疑う目で見ている。
再度入り口のベルが鳴る。
他の『ホットライン』のメンバーに囲まれてセレナが帰ってきた。
『ホットライン』のメンバーは珍しい客に反応するが、セレナは虚ろな目で店主を見つめ、そばにいる者にしか聞こえない声で「ただいま」を呟いた。
聞こえないはずのセレナの声。
しかし、すぐそばで雑談の声が聞こえても無反応の店主はその声が聞こえたようにタイミングよくセレナの方を見た。
足が止まるセレナ。そして目が合う二人。しかし店主はすぐ作業机の方に視線を移す。
セレナはそんな店主をしばらく見ていたが、すぐに足元の方に視線を下げ、そのまま周りに支えられながらふらつく足で二階に上がっていった。
「私、セレナを見に行くね」
キューリアが作業部屋から去り、顔は変わったが再び三人だけになった一階で、スウォードが店主を怪しむ言葉をあげる。
「何か、あったの? あの人、セレナさんでしょ。ちょっと普通じゃないよね。つかテンシュさん、俺らの声聞こえてたんじゃないの?」
そこで店主は初めて、初めてこの店に来た人物に気付く。
「……なんだ、これ?」
「これって……テンシュさん……」
客として紹介するつもりだったスウォードをこれ呼ばわりである。
こんな非常な場面でもマイペースな店主のタフネスぶりは感心するに値するが、旧知の仲を相手にこの態度を取られるのでは、その性格を知ってはいるがやはり呆れるブレイド。
二人の間を取り持とうとするが、一般常識を考えるとどうしても店主の味方にはなりづらい。
「俺の仕事の邪魔にならなきゃ立ち入り禁止にはしねぇよ。けどいきなり現れていきなり文句つけられて、しかも今日は休店だぜ? いい気するわきゃねぇだろうがよ」
休店なのに客を連れてきたのはブレイドの落ち度。
そこは店主に謝るし店主の言い分ももっともだが、両者の問題にあげる点は異なって、話がなかなか噛み合わない。
と言うのも、スウォードは店主があまり重要視しない接客態度に文句を言い、店主はそれに取り合わない。
店主はスウォードに来店の目的を聞くつもりもなく問いただす。
しかも店主はスウォードからの言葉のほとんどを聞き流し、文句は連れてきたブレイドに向けている。
店内は次第に騒がしくなっていく。
それはその言い争いが起きているのは一階だけではなかったからだ。
この三人の耳にも上から何やら騒いでいる声が届き始めた。




