休店開業 1
非常事態の『法具店アマミ』に比べて、何と『天美法具店』の長閑なことか。
いや、ある意味店主にとっては、どちらも非常事態であることには違いない。
「社長。何か大きなぬいぐるみか何か買われたんですか?」
セレナを連れてファンシーショップに出かけたのを目撃されたらしい。
人の口に戸は立てられぬと言うが、店主にはその対抗手段は考えられなかった。
しかし店主は別のことを考える。
「あの男の身代わりで買ってやったんだが、一週間もしたっけか? それで万札三枚はなぁ……」
「何か言いました?」
「いえ、何も」
親戚にせがまれる作り話は厳禁。
従業員達には、店主に身内がいないことは既に知られている事実。
そうなると、従業員達が知らない前職時代での作り話でやり過ごすしかない。
その頃の店主を知っているのは炭谷くらい。しかもすべてを知っているわけではないからやり過ごすにはその話を持ち出すのが一番無難。
店主には、なかなかうまく切り抜けられそうにない難局を迎えているが、セレナの思いと比べれば他愛のない話である。
昼休み、そして終業前の時間に質問攻めにあうが、モラルを重視する九条に助けられ、この日は何とか無事に終わる。
『法具店アマミ』に向かう差支えのない時間は翌日の朝五時以降。
セレナが平常心を失いっぱなしならば、自分の立場、身の振り方も考える必要がある。
勿論セレナのことも心配ではないわけではない。
しかしそこまで肩入れする必要はあるのだろうかと考えると、ウィリックとの関係を聞かされたとは言え、セレナの個人的な事情をよく知らないまま。
そんな自分が踏み込んでいいとは思えない。
だが自分宛てに依頼をしてくる者達はいる。
「それに店の陳列物も、いい加減全部改修しないとな。ま、あいつが俺をまだ拒否してないなら、それが俺のあそこでの仕事だしな」
自分への言い訳を、誰に言われたわけでもなく考えて思い付いて口にする。
誰かに同じことを詰問されたときにはそれが切り返す答えにもなる。
何かがあっても平常心でいられるように気持ちの上では身構えながら、店主は『法具店アマミ』に移動した。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
迎えがない『法具店アマミ』。
店主は、それでへそを曲げるなんてことにはならない。
むしろ余計なしがらみを感じずに済んで、逆に安心してしまうくらいだ。
しかしその代わり、という言い方が合っているだろうか、何やら二階から言い争う声が聞こえる。
店主が自分の世界に戻る前に集まった『ホットライン』全員が、セレナとあの男と一緒にいるのだろう。
「触らぬ神に祟りなし。そっちの世界のトラブルは、そっちの世界の住民達でやってくれ」
店主はそう呟くと作業部屋へ直行。
朝食はまだ食べてないし、上の様子ではしばらくまともに食事をとれるとは思えない。
だが自分の本領を発揮できる仕事が出来るとなれば、頭が働きづらい食後は思う通りに進められない。
だからむしろ、この方が店主に取っては歓迎すべきこと。早速今日の仕事に取り掛かる。
「あれ? テンシュ、自分とこに戻ってたんじゃないの?」
「……これから仕事始めようってときに……」
二階から降りてきたヒューラーがタイミング悪く店主を出迎えた。
店主は気だるげに二つの世界の時間の流れの関係を簡単に説明し、ヒューラーは興味深く納得する。
「そうなんだ……。ごめんね、テンシュさん。これから仕事……って、じゃあご飯は?」
「仕事させてくれよ……」
なかなか解放されない店主はうんざり顔。
しかしヒューラーは気にすることがない。
「セレナのこと、気にならないの?」
「それよりお前らからの依頼を終わらせるのが先だ」
店主はとにかくくだらない会話を打ち切るため、そう言い切るとすぐに作業部屋に入る。
ヒューラーはそのすぐ後について行く。
「だってずっと一緒に寝泊まりしてたんでしょ? 少しくらい気にしてもいいんじゃない?」
「なんだその誤解生むような言い方は」
なかなか思うように事は進まない。
店主は軽くため息をつく。
「ヒューラー、下で何……。ん? 作業部屋で……ってテンシュさん、まだいたんですか?」
『ホットライン』のリーダー、ブレイドも下りてきた。
店主を見た反応がヒューラーと同じ。
一々同じ説明をしなければならないのかと、店主は面倒くさそうに脱力する。
「とりあえず葬式か何かするんだろ? 風習とかは全く知らねえからお前らに任すわ」
「テンシュさんに来てもらえると心強いんですが」
「あのなぁ……。俺が行ってもどうにかなる問題かよ? そもそもあいつの問題だろ? こいつにも言ったけど、この世界の風習なんて一つも知らねぇし、とりあえずここの風習に反しない程度であいつの思う通りにさせてやれよ」
店主はそう吐き捨てて作業机に向かい作業を始めた。
取り残された感のある二人はどうしたらいいかと互いに見合わす。
『法具店アマミ』は、この日も長い一日になりそうだった。




