客じゃない客 がいよいよ
「ウィリックって人、帰ってきたんでしょ?」
「どうだった? セレナはどんな様子?」
この日は早々と店を閉めた店主。
その際に、バイトの双子とヒューラーとキューリアに、仕事はもう終わりということでそれぞれの拠点に帰らせた。
遅い時間にやってきた『ホットライン』の二人は、全員が押しかけると迷惑だろうということと女性の世話をするなら女性が適してるのではないかということで、ヒューラーではなく副隊長のリメリアがキューリアと一緒に様子を伺いに来たのだった。
店主はティカップを三つ用意して、セレナに淹れてもらったお茶をヒューラーとキューリア、そして自分に注ぐ。
店主はそのお茶を啜りながら二人にも勧める。
「……言霊って知ってるか? 文字にすると分かるか。この世界にあるかどうかわからんし、厳密にいえばちと違うかもしれんが」
突然話し始めた店主は、メモにその言葉を書いて二人に見せる。
言語の違いはあるが、通訳の術で互いに理解はできる。
しかし言葉や文字の構造の違いによって日本語のニュアンスまで理解してもらえるかどうか不明だが、どうやら通じたらしかった。
「何よいきなり」
「言葉の魂? へぇ、そんなのがあるんだ。口にしたらその通りになるみたいな感じかな……。呪文もそれに入るんじゃない?」
何の脈絡もなく始まった店主の話。
しかしいつもの荒々しい口調は見られない。
静かに、そして穏やかな話し方によって、その内容は二人の関心を強く惹いた。
「口に出したらその通りになる。その因果関係は分からん。だが俺が口にしたせいでそうなったなんて思いたくもないし思われたくもないんだが……」
「えーと、何を話しているのかは理解できたけど……まぁ魔法とかの類よね?」
「で、それがどうしたの?」
店主はそれに何も答えない。
そんな応対にしびれを切らす二人。
「……テンシュ……さん……? 上に……行かないの? セレナと、その人のこと、見に行かなくていいの?」
親しい思いを持つ彼女らは、何度かセレナの住まいにお邪魔したことがある。
特にここ最近、ヒューラーとキューリアは三度の食事をここで済ませている。
だから二階に行くことにためらいはほとんどない。
しかし二人には何となく、上に行くことが出来ないような壁を感じていた。
「俺の作業……見てみるか?」
店主とあまり会うことのなかったリメリアは、店主の誘いに乗りかかった。
しかし遠慮がちなキューリアを見て思い直す。
セレナのことは心配だったが、かつて冒険者として彼女と同じカテゴリーにいたウィリックの方は、実はよく知らなかった。
二人はその人物を、生ける伝説のような、雲の上の存在に感じていた。
頻繁に接していればそんな思いは持つことなく、セレナ同様親しい思いの方が強くなっていただろう。
そして話を聞けばその二人は幼馴染みという。
そんな二人きりの場に、片方のことはよく知らない自分達が顔を出していいものかどうか迷っていた。
「お邪魔しましょっか。キューリア」
「……う、うん……」
二階にいる二人に一番近い、長らくとどまれる場所。
主にその場所を活用していた店主からの招き。
傍から見て、店主とセレナはあまり仲が良さそうな感じはしない。
それでもセレナに対する店主の配慮を、二人はそこに感じた。
「テンシュってさ……」
「んぁ?」
「……優しいね」
「あ゛?」
今までの口調が嘘のような、眉間にしわを深く寄せた不機嫌な顔をキューリアに向けた。
舌打ちが二人に聞こえたかどうか。
「お前、何言って……」
「セレナからも聞いたけど、この店に来るの乗り気じゃなかったんだよね? でもこうして面倒見てくれてるもん。セレナ、今気持ち落ち着いてたら絶対喜んでるとこだよ」
店主にとってはくだらない話だったらしく、体の向きを作業部屋に戻し、扉を開けて二人を招き入れた。
椅子にどっかりと座る。しかし重心は背もたれの方。作業にはいる体勢ではない。
「……んな話題にノる気分じゃねぇな……。お前らはあの男の様子は見たか?」
「見てないよ。って言うか、見る機会なんてあるわけないじゃない」
「私も初めて会うことになるかも。見たことないです。会えないんですか?」
店主を何度も見ているキューリアに比べ、リメリアの話し方は丁寧だ。
丁寧な口調で礼儀正しい客にはそれなりの対応をする。
しかし店主は彼女の言葉に答えず、沈黙の時間が続く。
時々上から聞こえるセレナのすすり泣く声が聞こえてくる。二人がその声を気にして二階に視線を上げる。
「セレナ……」
「……まさかテンシュ……その人……」
キューリアが店主の方を向く。
「……俺の仕事、なんだかわかるか?」
「何よ、急に」
「魔法道具とかを作るのが仕事なんじゃないですか? 『風刃隊』への品は一日で完成させたとか。仕事早くて素晴らしいと思います。噂ではちょっと変な人って聞きましたけど……」
一呼吸おいて店主はゆっくりと話し始めた。
「それはこっちでの仕事だな。向こうでの仕事は……俺の仕事は、神具や仏具を作るのが中心だ。が、この世界じゃほとんど意味がない。まぁそれはいいんだが……」
二人は店主の次の言葉を待つ。
「宗教関係の道具を作るってことだ。そして宗教は人の生死を中心に関わる分野だ。医学では蘇生させる方法はあるが、宗教上の蘇生の方法はない。死んだらそれっきり」
「それはこっちの世界でもそうね」
「だからさ」
店主は椅子を回転させて二人の方を向く。
いつにない真面目な視線を二人に向ける。
「そういう場面にも立ち会うこともあるってことだ。……法具店の職に就いたばかりの頃はまだよくわからなかったが……死相ってのは確かにあるんだ。分かるようになっちまった」
その視線は、そう言いながら下に下がる。
二人はさらに次の言葉を待つが、店主は何の言葉も続ける気はない。
「まさか、テンシュさん?」
「変なこと、言わない……でよ……?」
「……だから言ったろ。言霊って、確かにあるってな」
店主はそれ以上語ることは出来ない。
かと言って作業を続ける気も起きない。
再び作業道具をただいたずらに弄ぶ。
「ここまで引っ張っといてすまんが……」
しばらくしておもむろに店主は口を開く。
無言のまま店主の方を見る二人。
「俺、ここで転寝するわ。向こうからは開店前の時間に来たからさ。このままじゃ寝不足のまま一日が始まっちまうんでな」
「え……」
「うん、いいよ。何かあったら起こしていいよね?」
「……あぁ。頼む。退屈なら……ほれ、そこにお前らからの依頼の品、五人分出来てる。見るだけならいくら見ても構わんぜ?」
椅子に座り、階段に背を向けたまま店主は深呼吸を一つ。
そして時々目が覚める浅い眠りについた。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
「……シュー……ってば、テン……」
ヒューリアが揺する。店主はうめき声もたてず、ただ静かに目を開けただけ。
涙を流しながら店主を起こす彼女。その後ろに立つリメリアは泣いている。
それだけで店主はすべてを察した。
二階からはセレナの泣き声。
「……午前、三時……ね」
店主はおもむろに立ち上がる。
「どちらか、あるいは二人とも、報せに行くなら行って来い。俺はまだここにいるよ」
「でもテンシュさん、そろそろ向こうに」
キューリアは心配そうな声を出す。
上のセレナも気になるが、少なくとも『ホットライン』には事情を説明する必要はある。
そして見知らぬ世界での店主の立場も気になっている。
「気にすんな。ここは俺の……」
そう。
なるべくなら深く関わりたくはないと思っていた店。
出来れば縁を遠いままにしたいと思っていた世界の店。
この世界で得た報酬は自分の世界では活用できない、そんな仕事ばかりが舞い込んでくる店。
そして。
「……俺の店だ。留守番の役は、俺だ」
「……うん、セレナを、頼むね。リメイク、行こ……。みんなのとこには飛んで行ってもいいかな? 周りには内緒だけど……」
キューリアはリメリアを支え、なだめながら作業部屋を出て店を後にした。
言ってしまった。
言い切ってしまった。
その場に、セレナに情を流された。
しかしそれを言い訳に出来たという思いもある。
『法具店アマミ』は俺の店だ、と。
しかもよりにもよって、言霊の話をした後に、、だ。
ゆっくりと椅子に座り、二階を見る。
「二人きりになれる、最期の時間だ。ようやく水入らずの時間を持てたんだろう? 水を差すほど野暮じゃねぇよ」
店主はそのまま夜明けまで、セレナと憧れのお兄ちゃんの二人きりの時間を作業場から見守った。




