幕間 二:異世界にない物を贈る 1
現場の村中を恐怖と不安に陥れ、天流法国に危機をもたらす魔物『巨塊』。
国を挙げて三度行われた討伐はすべて失敗。
特に三度目の被害がひどく、奇跡的にも救助されたセレナがその後の調査協力の依頼を受けた。
何とか自分の世界に生還した直後から、店主との口約束を翻してまで巨塊や現場の情報を提供し、自分も情報を知りたかったセレナ。
しかし国の調査委員会は、セレナが求める情報はなかなか出さず、セレナからの情報を求めるばかり。
セレナがどんな調査協力をしているか、店主は無関心だった。
けれども十日目を過ぎてからは、そんな店主でも彼女の疲れが日に日にまして目に見えてくる。
「ちょっと痩せてきたんじゃない? こないだ休日貰ったんでしょうけど、それじゃまだ足りないんじゃない?」
「向こうでもちょくちょく休ませてもらってるから大丈夫」
セレナは笑顔を見せるが、誰の目から見てもその表情に力がないのは分かる。
「それとね、明日も休みもらえたし。お店はウィーナちゃんとミールちゃんに任せていいよね?」
「もちろん!」
「任せてください!」
双子のバイトは二週間も続いている。
ヒューラーとキューリアの二人の警備役も、セレナと店主、そしてバイトの二人も気付かない所でしっかり果たしているようで、この二人が『法具店アマミ』に毎日顔を出すようになってからは、セレナに会いに来ただけの客は入ってこなくなっていた。
おかげで店主の仕事も順調に進められていく。
店内の展示物も、ショーケースに収められている装備品はすべて店主から見て恥ずかしくない商品に作り替えることが出来た。
新規の買い物客が増えてきたのはそのせいか。
新装開店する以前は、セレナが売りたい相手を上級冒険者に限定していたため、客と親しい間柄になっていた。
客が対象として該当していても、新規の客にとっては入りづらくなる店となるのも時間の問題だった。
売り上げも当然落ちていく。
ところがここ数日、店主の作業の進み具合もあって意外と賑わい始めた。
店内の品物はセレナが手掛けた物がまだ多い。
それらを手にした客から説明を求められると、店主はたちまち不機嫌になる。
気まぐれで気難しい店主と言われるまでそんなに時間はかからなかった。
しかし自身が作った品物の説明は丁寧で事細かい。
それが職人としての評価が高まる一因となり、新規の客足も伸びつつあった。
「食欲も落ちてるよね。大丈夫?」
店主や双子にまだわだかまりを感じているのだろうか、キューリアも遠慮がちだがセレナのことを気にかける。
「食欲落ちてるって、俺の二倍以上は食ってるじゃねぇか。筋肉質の体つきってのはぱっと見すぐ分かるが、俺より細身でよく入るもんだ。つーかもっと食わなきゃダメだろうよ」
店主のセレナへの関心はせいぜいそんなところである。
セレナが無理して料理を口にしているのは見て分かる。
それでも無理強いをするようなことを言う店主にヒューラーが文句をつける。
「胃が受け付けないこともあるでしょうよ。無理やり食べて具合悪くなったりしたら大変でしょ?」
「そしたら双子が遠慮するだろうよ。こいつらにもバイト頑張ってもらわにゃ。普段口に出来ない料理なんだろ? 本当はもっと食べたかったけど我慢しなきゃって、そんな辛い思いで作らせる気か?」
不意に話題を振られた双子は緑色の顔に赤みが現れる。
「そ、そんなことないですよっ!」
「有り難くいただいてますっ!」
二人は椅子に座ったまま固まって慌てて返事をする。
店主の言うことが図星のようだ。
確かにバイト中の食事は、二人にとっては思いもかけないご褒美。『風刃隊』の他の三人に内緒にしなければならないくらいのレベルである。
これ以上何かを望むのは罰が当たると思えるほどの食事なのだろう。
「目の前に出された料理にすら遠慮させるってのはどうかと思うぜ? セレナ、お前にその気がなくても、相手から遠慮せずにはいられないって思わせることもあるってことだよ。そうするとせっかくの食事が楽しいとか美味しいとか、そんな思いよりもそっちの方が強くなる」
セレナは考え込むが、すぐに空元気のような明るい顔を作った。
「残しちゃったら、その分と……他の三人の分おみやげにしちゃおっか。でも今までここでこんなのを食べたことは内緒にしてね?」
「え?! いいんですか?!」
「有り難うございます! みんな喜びます!」
双子のやや残念そうだった顔が一気に明るくなる。
他の三人は何とかバイトは見つけたもののその期間が短く、バイトをしてる期間よりバイト探しの期間が長い。
自分達だけこんないい思いをしていいのだろうかという後ろめたい気持ちもあった。
すぐに食べられるようにしたワイバーンの高級どころの肉をパックに詰め込んでもらい手渡された二人は、翌日のバイトもやる気を出し、大喜びで店を後にした。
「じゃあ私達も帰るけど……。明日も同じようにここでお仕事するからね?」
「じゃテンシュさん、セレナよろしくね」
ヒューラーとキューリアは店主が飲んでいる食後のお茶以外の食器を全て下げ後片付けを終えた後、『ホットライン』の拠点に帰っていった。
『法具店アマミ』にはいつもと同じ時間にいつも通り、セレナと店主の二人きり。
「……テンシュ」
四人が席を立った後も食後のお茶を啜っている店主は心細そうな表情になってもセレナに見向きもせず、目を閉じて味わっている。
「今夜も、泊ってくでしょ?」
「……いつも通りにな」
「ここで、休まない?」
店主はこんなひ弱そうなセレナの声は初めて聞いた。




