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美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます   作者: 網野ホウ
巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇
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店主とエルフは互いの世界を知る 3

 机上の空論ながら、それでも手掛かりがないよりはまし。

 しかしそんなこじつけに近い店主の思い付きが、帰りたくても帰れないセレナに希望を与えた。

 しかし従業員が来るまで、おそらく残り二時間。扉を四枚、この大きな宝石岩から作り出せるはずがない。

 硬度がある上、『天美法具店』の分とセレナの店の分の四枚を作らなければならない。


「その心配は無用です!」


 セレナはそう言い切った後、腰に携えていた杖を取り出す。

 片手で持った杖の先を岩に接触させ、空いた手を店の自動ドアに触れる。


「ま、待て。どこでもいいというわけじゃない!」


 大雑把にしてしまった説明通りにセレナは動こうとする。本当にそれが出来るとは思わなかった店主は慌てて言い直した。


「こいつがそんな力を持ってるっつっても、満遍なく満たされているわけじゃない! 使用に適した部分じゃないと作動しづらくなるかもしれん」


 セレナはそれを聞いて、期待を込めた眼差しを店主に向ける。


「どういう形で交換するのかは知らないが、変えた後無用となる今の扉の処分も問題になる。なるべく従業員達に知られたくないんだが」


 セレナを落ち着かせるための前置きは効果があったようで、そのあとのドア作成に適した部分の説明はしっかりと聞き入っている。


「うん、それなら大丈夫。ガラスの扉の処分も任せて!」


 力強い返事をしてすぐに仕事に取り掛かった。

 セレナは目を閉じ精神を集中させながら、さっきと同じように杖と手をかざす。

 より細かい指示を仰いだせいか、さっきと違って随分と落ち着いている。

 背を伸ばして深呼吸を三回ほど繰り返す。

 店主には、さっきは手と杖だけがぼんやりと光ったように見えたが、今度はセレナの体全体がうっすらとした光に包まれる。


「こんな事態じゃなければゆっくり観察させてもらいたいんだがな」


 その光にも力を感じた店主は思わず呟くが、集中しているセレナは周りの雑音を気にする様子はない。

 光は扉と、店主が指示した岩の一部に移動し、収縮する。

 岩の光はまるでセレナに吸いこまれるような動きが見られ、逆に扉の光はセレナの手から注ぎ込まれるようにその光が強くなる。

 とは言え、目に差し込むような刺激のあるものではなく、見るからに暖かそうに見えるその白光色は果たして自分にしか見えないものなのか、一般人でも見ることが出来るものなのか、店主には次第に分からなくなる。

 その二つの光は同時に収まる。

 考えてみれば自然に発光する現象は、この世界ではめったに見ることが出来ない。

 自分しか感じ取れない力の効果を初めて見た店主は奇妙な感動を覚え、わずかな時間ながら呆然とする。


「終わりました。同じものをもう一組作ればいいんですね?」


 セレナからの呼びかけに我に返った店主は慌てて扉を鑑定する。

 今までの扉と違い、確かにセレナに伝えた通りの力がその中に込められているのが見える。セレナの申告は疑う余地はない。

 しかし自分の説明に穴があったことに気付く。


「けど誰でも彼でもセレナさんの世界と往復できるようになったらまずいことになるぞ。俺にしか分からなかった、そっちの世界で優れた物質をこっちに持ち込めるようになったら、そのうち国同士での争いになりかねない」


 セレナは一瞬だけ暗い表情に変化するがすぐに真剣な目を店主に向ける。


「じゃあ……たとえば左右の扉が接触する面の一番上、左右それぞれに片方の手の中指を当ててから左右の扉を手のひらで当てながら通るってのはどうかしら? そんなことを気まぐれにだってする人はいないだろうし、誰かが一緒に通るときにはその効果は現れないようにすれば、何も知らない人を巻き込むこともないわよね?」


 早く戻りたい気持ちを抑えて思い付いた手順は、即座に店主に却下された。


「どうして? そんなことして通る人はいないでしょ?」


「扉に両手を当てながら通るのは無理。そっちの世界の人の体型は分からんが、こっちの世界の人間の両腕はそんなに長くない」


 中指はいいとしても、その後は物理的に無理だった。

 通る前に両手の手のひらを左右それぞれの扉に当てて縦方向に同時に撫でる。

 それから通過する手順に修正。


「うん、それなら問題ないな。ただし早いとこのでかいのを持ってってくれよ」


 セレナは頷き、同じ板を二枚作り出す。この作業もさほど時間をかけずに製作を完了させた。

 その性質は天美法具店の新しくなった扉同様にしたつもり。

 店主はそれを念入りに調べ、どこにも落ち度はないことを確認した。


「ありがとうございました! まさか元の世界に戻れるなんて思いませんでした! 近いうちに必ず引き取りに来ます!」


「こっちからは行くつもりはないからな。そっちが扉を交換できなかったら、今度は俺が帰れなくなるかもしれんし。これを通してそっちからまた来ることがあった時は、そんときにはこっちからも行けるかもしれん。もっともその前に……くどいようだがこのでかい奴持ってってからだがな」


「はいっ! 必ずっ!」


 宝石の板二枚を抱え、セレナはその扉をくぐっていった。


「……おい」


「あれ?」


 ドアの向こうの店内にはセレナの姿が見える。


「慌て過ぎだ。手順踏んでいけよ」


 セレナは自分が思いついた手順を忘れていた。

 一瞬青い顔をしたセレナだったが、直後に赤面する。

 そして今度は落ち着いて、手順を踏んでドアを通る。

 閉じた自動ドア越しに見る店内に、セレナの姿はなかった。


「ふぅ……やれやれだ。六時半か。皆の出勤時間までにはまだ余裕があるな」


 彼女の姿が消え、自分の世界に戻ったことを確信した店主は大きなため息をついた。

 店主が持つ、物が所有する力を見ることが出来る能力は、人前で大っぴらには出来ない。

 だから自分の持つ力を存分に発揮できる仕事をしたのは、数多くいろんな装飾品や仏具神具を作ってきたが今回が初めてだった。


「こんな仕事をするのも悪くはない。今までで一番気持ちいい仕事した気がするが……でも俺は特に何かをしたわけじゃなかったな」


 それでも自分の力を十分に発揮した後の清々しさは、この店で仕事を始めてからは初めてのことだった。

 彼女の世界ではこんな気持ちになれる仕事がたくさんあるんだろうかとぼんやり考える。

 しかしその妄想はすぐに消えた。

 店の景観を損ねている、店の前に散らばっている細々とした宝石の欠片を片付けなければならない。

 そんな石までは彼女はチェックしきれないだろう。

 今朝の彼女絡みの一連の苦労の報酬にするにはちょうどいい。


「それにしても、妙に焦ってたな。自分の世界に帰るに帰れない不安は分かる気がするが、それにしても……。まぁ向こうの事情を詳しく知ったところで、俺には関係ないからな。奇妙な力をたくさん持ってる石が手に入るかもしれない魅力はあるが……」


 だがいつまでも彼女のことについて構っていられない。

 自分の身支度のほかに、店の前の宝石の回収ならびに掃除という、必要ではあるが余計な作業が増えたのだ。

 でかい宝石の岩には知らぬ存ぜぬで押し通すことにして、店主は今日一日の始まりの作業に取り掛かった。


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いつも見て頂きましてありがとうございます。
新作小説始めました。


勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした
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