幕間 一:近所の客が昔話 3
オルデン王国から天流法国に名前が変わり、王家も途絶え、側近の一人、ウルヴェス=ランダードが法王に推挙されその座に着いた。
「最初はバルダー村だけの被害じゃったが、スライムは日に日にでかくなる。本質は液体。それがいくらか村への人的被害は大きくならずに済んだ。じゃが国家の存在そのものが危うくなる。そう考えたんじゃろうな。ウルヴェスは巨塊討伐に乗り出した」
「いや、すでにオルデン王国はなくなったんでしょ。さらに国家の存在がって……」
「地中で大きくなっていったんじゃよ。国土の地中全てが巨塊に覆われたら、一気に地盤沈下じゃ。大地震どころじゃなくなるぞい」
チェリムはさっき、隣村で地震がどうとか言ってなかったか。
そして鉱物がたくさん取れるようになったとも言った。
「そいつが動くたびに地震が引き起こされる? それにあの宝石岩……」
「宝石岩? 何のことじゃ? まぁあの巨塊の体の一部が千切れたりしてそれが変化して岩が出来るような話も聞こえてきたが」
セレナから、巨塊の本体の一部を切断したら石化したという話を聞いた気がする。
爆発が起きなかった場合、生命体以外の物体で巨塊の一部が切れたりすることもあり得る。
石や岩が量産され、その中には宝石や鉱物に変化する物もあるだろう。
鉱物が取れやすくなるのも分かるし、良質の土がその鉱物に紛れ、農作物が育ちにくくなることも有り得ない話ではない。
「まぁいずれ、住民達の訴えがようやくお上に伝わったっちゅうこっちゃな。じゃが……」
「またも討伐失敗、ですか」
「うむ。じゃがこれは気まぐれじゃない。調査を重ね、分析し、国軍の戦力も増強し、今度は八割を率いての討伐じゃった」
前回と違い、本腰を入れての討伐。
それで失敗したのだから、前回よりもあらゆる意味でダメージは大きい。
「じゃが国民からの評価は意外にも下がらんかったな。それだけ皇太子の暴君ぶりは目に余るどころじゃなかったっちゅうこっちゃ」
「ですが、あいつが一時行方不明になった討伐も……」
「さすがにこれ以上国力を削るわけにはいかん。ある程度国軍の力が回復して、そして今度は冒険者達の希望者も募り、合同訓練も重ねて取り組んだようじゃが……」
行方不明者も多数いるようだ。
事前の調査がまだまだ足りなかったということでもある。
この討伐で成功させるつもりだったのだろう。しかし結果はこの通り。
数少ない行方不明からの生還者ということで、セレナも日がな調査に協力している。
ドア交換の件で間が空いたのは、混乱に巻き込まれてのことだったのだろう。
戻れるかどうかの不安。数多くの知り合いも行方不明で疲労困憊。
片や店主は日常の中の一イベントでしかない。
だがその一イベントで日本の一部が吹っ飛びかねない爆弾も一緒にやってきた。
「手前が大変だってのは分かるが、こっちにまで同じ被害を及ぼすような物を持ち込んで、そのままさようならってのはねぇんじゃねえかって思うんだよな。まぁその恐れは遠ざかってるからちったあ安心してるが」
「何のことじゃ?」
店主の独り言がチェリムにも聞こえる。
いやいや、と口ごもりながら否定した。
だが実際、不安にさいなまされる気持ちも分からないではないが、全く無縁の世界に巻き沿いにされる方にも気を遣ってほしいものではある。
そしてその問題を解消するための手段を見つけたら、それを手元に置きたい気持ちも分かる。
だからといって、こちらを犠牲にしてまでそっちを助ける理由にはならない。
それがあたかも当然と言わんばかりのセレナの行動としか見えない。
「ま、気が向いたらこっちで仕事するって交換条件だったしな。めんどくせぇことに巻き込まれてまで人助けする気にはならんな。本職の方が大事だし」
二つの世界を股にかける時間のロスの心配などは無用だが、体は一つしかない。
『法具店アマミ』は、店主にとってはいわば趣味の領域。
命の危険や健康を損なう事態を感じたら、この世界の誰も知らない自分の世界に戻れば済むし、それを咎められる理由もない。
誰だって面倒事はご免である。
「それにしてもセレナ嬢を戻してくれてありがとうな。詳しくは聞いてないが、お主がいなけりゃ戻って来れなかったそうだの」
礼を言われるのは悪い気はしない。
だが礼を言われただけのことをしたということは、同じようなトラブルが起きた時にはそれを解決してくれるという期待もされていると言えなくもない。
ましてや助けた相手は、業界内では有名人で顔も広い。
引き換えの条件が店主の趣味の宝石で、両者の損得を天秤にかければ明らかに向こうに傾いている。
「俺は只の宝石職人。彼女のようなスーパーヒーローか何かじゃない。過度の期待はしない方が賢明ですよ」
「ヒーローだろうが一般人だろうが、何が出来るか、何を成したか。それが重要じゃよ。そんな名誉や敬称は、むしろついでじゃないかの? ただのおまけ。じゃがそのおまけの方を大事と考える輩が多いようじゃの」
チェリムの話を聞いて、店主は傍らの、先日セレナから分捕った宝石を見やる。
ヒューラー達は、ジュエリードラゴンの死体の一部かどうか確認したがっていた。
店主はそんな事実には全く興味がなく、その石に込められていた力にのみ関心を強く持った。
「結局分かるモンにしか分からんっちゅうことかの。外と中の価値、どちらが大事かは時と見る人の状況によって変わる。ワシは過度の期待はせんよ。ただ、セレナ嬢を救ってくれたという事実は揺るぎないものじゃろ? 本人も言うとった。その事にはいくら感謝してもしきれんわ」
チェリムが言い終わるタイミングで店主も茶をすする。
淹れ立ての時は断ち続けていた湯気もすっかり大人しくなっていた。




