幕間 一:近所の客が昔話 2
「お主のことはセレナ嬢から大体聞いておる。よその国かどこかから来たんじゃろ? この国の名前は知っとるか?」
「確か……」
セレナと最初に交わした会話を思い出した。
もっともその名前は、雑談の中で何度か耳にしている。
天流法国。
しかしチェリムから出た『オルデン王国』という国の名前は初めて聞いた。
「今言ったその国の時代に生まれた魔物の所業が、お主がここにきた一件にも繋がっとる」
「確か巨塊とか言ってましたね。討伐云々って言ってたから住民達に被害を及ぼしてると推察できますが」
「ワシもそいつを見たことがある。まだ『巨塊』と呼ばれるほど巨大ではなかった頃じゃったがな」
オルデン王国時代にチェリムが見かけたその魔物の印象は、粘度の高い液体の生き物。
店主は雑学の知識の中からスライムを連想した。
チェリムの見た魔物とほぼ合ってはいるが、体積が自身と同格かそれ以下の生命体すべてを取り込み、消化した分体は大きくなり、体力や魔力も増強していく性質を持っている。
「住民が取り込まれることもあったそうだが、作物や他の魔物、小さな生き物も取り込んでいっての」
「それで体が大きくなって、巨大な塊になっていった、と。そんな魔物は他にもいるんじゃないですか?」
スライムは同種の物同士は争うことはないらしいが、この巨塊は同種同属も構わず捕食していき、あらゆる魔術にも耐える抵抗力が格段に高かったらしい。
「それなりに力を持った冒険者達でも仕留められる。誰もがそう思っておった。しかし手こずるなんてもんじゃなかった。皆返り討ちに遭っての」
捕食された冒険者は数知れず。
もっとも実力のある冒険者達は、その情報が十分に得られないうちは手出しを回避していた。
冒険者の生き残る術の一つなのだろう。
「ワシは最初から何か店を開きたいって思うておったから、そんな危ない橋は渡る気はなかったの。山道や林道を通る時には誰だって遠くにいる魔物、魔獣は見かけるもんじゃ」
「しかし現場の隣村に居を構えて店を開いた……。何か因縁でも?」
「ないない。たまたまの偶然じゃ。もっとも何でこんな田舎でそんな大騒動になる魔物が棲みついたか、流石にワシも分からん。何度か隣村で聞いてみたことはあったが……」
その話を逸らす、誤魔化す。
誰もがそんな反応だった。
「隣のバルダー村に住み着いても、住民達の共通する何かをワシも与えられるとは到底思えんかった。あの頃の農業は豊かで店の数が少ない。店を開くにゃもってこいじゃったが……」
いずれ爪はじきにされる。
農業の力は大きかったが隣のここ、ベルナット村も遜色ない。
ならば、自分の知り合いもなく、誰からも必要とされる店を開けば客は自然と寄って来る。
そう読んで始めた帽子屋は当たるも、その先はあまり長くはない。
チェリムはそのように自分の店を見切って防寒具も扱うようになった。
「チェリムさんのことはいいとして、魔物はなぜそこに棲みついたかは不明ということで。じゃあその魔物はなぜ生まれたか、ですが……」
「それも不明じゃ。ただここまで大騒動になった理由は、『オルデン王国』の後継者が犠牲になったことじゃな。これはもう有名な話。誰もが知っとることよ」
「賢い王、ですか。賢くても国が変わってしまう状況に追いやってしまったってことですね」
「そう言うと賢王が可哀そうじゃな。自業自得ではあるが、その息子が……害悪と言っていい。犠牲者を罵る気分は良くはないが、それも事実」
オルデン王国の最後の王、オルデン=ハンワードは、歴代きっての賢王と呼ばれ、国民から慕われていた。
しかし代々王を引き継ぐ王家のオルデン家の身内にはその頭脳は全く発揮しなかった。
竜人族にしてはかなり体が弱かった王は、晩年床に臥す回数が増えていった。
父親である王の人気を笠に着て我儘ぶりを発揮していた皇太子は、王の代理として政権を握る。
「嫌な予感がしてならない」
「その予感は現実になった。悪政っちゅうやつだの。増税するわ権利が必要な販売は独占するわでの」
権力のみならず、財力も力づくで得る。
その分魅力は減っていく。
「ところがどういうわけか、魔物討伐に立ち上がっての。バルダー村からの苦情はずっと届いておったんじゃが」
「気まぐれじゃないですか? それ以外に考えられない」
何か行動を起こすことで自分が得することがない限り、目を向けることすらしないだろう。
人の苦しみは自分に降りかからない限り解消する気はない。
悪政と言われる所以の一つ。
「民の願いを叶えることで人気が高まる。得る物は何もないとは言えん。が、確かにそれではちと決め手に欠ける。しかし気まぐれにしてはその代償はでかすぎた」
「代償? ……まさか討伐隊全滅とかですか?」
チェリムはお茶を飲んで、深く息を一つ吐いた。
「そのまさか、じゃな。国軍戦力のほぼ半分を率いて討伐に向かっても歯が立たなかったらしい。その頃の巨塊は既に地中に潜っての。戦略も思う通りに行かなかったらしいっちゅう話じゃ」
「……その皇太子も、ですか?」
「うむ。寝たり起きたりの生活の王は、王の代理の役を果たせるかどうか、皇太子のことが心配だったんじゃろうな。内政には顔を出してたらしいが、皇太子も命を落としたと聞いて力を落とされてそのまま寝たきりになったらしい」
「あ、その時はまだお亡くなりにはならなかったんですね」
「本当に力を落とされたのはその後じゃ。悪政を強いていたことまでは知らんかったらしい」
賢王と呼ばれるほどの人物が、息子の狼藉を知らないままだったというのが不思議でならなかった。
しかしその事実は事実として受け止めるしかないだろう。
いずれ、息子の本性を、失ったと同時に知った王のその後は想像に難くない。
「オルデン家が代々引き継いできた王はここで潰え、王家代理として側近の一人が後を継いだ」
「そこから天流法国がはじまった、ということですね?」
チェリムは黙って頷いた。




