近所の客一組目 の依頼が達成されました
『法具店アマミ』に近所の老エルフが依頼しにきた内容は、花嫁になる玄孫への贈り物。
その玄孫から来た手紙は、よく読むと式を挙げる報告であり、曾祖父への招待状ではなかった。
「そもそも相手に一番喜んでもらえることってのはさ、相手が欲しいと思ってる物を贈った時だろ? 相手がそんなことをこっちに伝えないうちに先回りして、こっちから贈り物を贈って喜ばれるってのは意外と少ないと思うぜ?」
「じゃあこの孫娘さんはどういうつもりで手紙を送ったのかしら? 式を挙げます。でも来ないでください。そう言いたいとでも言うつもり?」
セレナは、力を落としているチェリムの代弁をする。
他の四人もセレナと同意見のようで、店主の意見には顔をしかめたりセレナには同調するような表情に変わったりしている。
「爺さんから見りゃそうだろうな。だが孫娘から見たらどうなんだ? なぁ爺さん。その孫娘から見たあんたの世代は八人いるはずだ。両親は二人、その親は全員で四人。爺さんはその親になるんだろ?」
「お、おお。じゃがおそらく孫から見たワシの世代は、生きとるモンはワシ一人じゃろうな。時々こんな風に手紙は送ってくれてな。ワシも手紙を出してはいるが、もっぱら返事ばかりじゃの」
「ひょっとしたらよ、身内に手紙を出している気持ちよりも、一族の代表者に報告するつもりで手紙出してたんじゃねぇの?」
「代表者?」
「だって孫娘からすりゃ、自分の一族を遡って、いま生きてる一番年上の人ってことだろ? いわば長老ってやつだよな」
チェリムは考え込んだ。
一族の者達と一緒に生活する期間は二十年もあっただろうか。
数多くの風習を嫌って、集団生活から飛び出した彼が、まさか自分の身に当てはまるとは思わなかった。
誰かにとってそんな立場に立つことなど想像もつかなかった。
チェリムの表情は曇る。
「また遊びに来るって書いてたんだろ? ま、大好きなおじいちゃんへっていう手紙でもいいけどさ。他の家族に手紙が届いてないなら、そんな感情も孫娘にはあるって解釈してもいいんじゃねえの?」
風習が生まれるには、必ずそこに背景がある。
誰かを大切にする。敬う。
誰かがいろんな人にそう思う感情には、相手によって強弱が生まれる。
そして誰かに対してそんな思いを向けられる人数はその人によって違いが生まれる。
そこに多くの共通点が生まれた時、誰からも尊敬と敬愛される対象が出来ていく。
店主やセレナ達は、チェリムのこれまでの経歴の背景は知らないが、その結果の一つが孫娘からの手紙ということになるのだろう。
「これからも見守ってくださいっていうお願い、でいいんじゃねぇか? この手紙。だが、その孫娘の思いと爺さんからの依頼はまた別物だ。そういうことを踏まえてどうしたい? 爺さん」
店主は改めてチェリムに問い直す。
この孫娘とチェリムとの距離感を知らないのだから、店主は彼に何かしらの提案を上げることも出来ない。
すべては依頼人次第である。
「この世界での長い生の節目、新たな門出じゃぞ? 何かしてあげずにおられんわい。式に出るなと言われてもな」
「お爺さん……。孫娘さん、いい家族もったねぇ……」
キューリアが感涙しながらしみじみとした口調で言うが。
「身内でもないのに心配して、初対面の相手に脅しをかけるような奴だって、心配される身にとっては有り難い存在だと思うぜ?」
「ちょっとテンシュ!」
店主からの一撃でうろたえ、双子もキューリアに怯えの感情がまた浮かんでくる。
しかし店主は素知らぬ顔で依頼の話を進めていく。
「となると、さっき言った通りサプライズはやめとこう。受け取って有り難いと思われるとは限らない」
印象深くするには、心に衝撃を与えること。
だからこそサプライズなのだが成功よりも失敗例の話はよく耳に入る。
だがチェリムにはそのような小細工は無用。
「じゃあどんな物にするの?」
セレナの質問に答えず、店主は手紙を折りたたんで入れた封筒を、それが孫娘の心そのもので、その全体を見るように上下左右にくるくると指先で回しながら観察している。
「ただ畏敬の念ばかりじゃなく、親しむ気持ちも込められている文面。それに応える品物は、俺が作るような物は当てはまらないと思うな」
「話をここまで聞いといて受けないんですか?」
「お爺さん可哀そう」
ずっと話を聞いていた双子が口を挟む。
しかし店主がそう思ったのは、チェリムの話を聞いてから。そうでないと分からないこともある。
「落ち着けよ。俺の扱う物は宝石が中心だ。特別な力は、外れはあったりするがまぁどの宝石にも存在する。だが、それを日常生活に利用することってのは意外に少ない、と思う」
「私たち冒険者にとっては絶対必要な魔力とかはあったりするけど……。日常ってば……夜中の照明とかくらいかな?」
「でも宝石が絶対必要って訳じゃないよね」
ヒューラーとキューリアが普段の冒険者業の生活を思い返す。
店主の言わんとすることは分かる。
「そうなると、その贈り物は滅多に手にすることってないと思うんだ。特別な機会でしか身に着けることはない」
「よそ行きとかおめかしとか、そんなときくらいってことよね」
「こんな風に親し気に手紙を出してくれる気持ちに応えられるとはとても思えん。孫娘と爺さんとの距離感の食い違いが如実に表れる。俺が手掛ける物は、そういう意味で爺さんの期待に応えられんってことだ」
「じゃあどんなものがいいかの? 高価な物は当てはまらんっちゅうことは……」
「今セレナが言ったろ? よそ行きとかおめかしとかって。そうでない時に身につける物の方が、孫に喜ばれるし爺さんの期待に応えられるんじゃねぇの?」
「テンシュさん、随分ややこしい言い回しするね。ってことは普段着とかそんな物がいいってこと?」
「洗濯とかサイズが合わなくなったりとかしてすぐに使えなくなっちゃうんじゃない? 長持ちする物だったらいいんだろうけど」
店主がニヤリと笑う。
「いつも使う物に、劣化しないような工夫すればいいんじゃないか? それで万事解決だろ」
「いつも使う物って……テンシュ、それじゃあまりに漠然過ぎない?」
「そうでもないさ。セレナ、この人の仕事何してたんだっけ?」
「帽子屋チェリムさん。帽子屋さんだけど、今では防寒具……あ……」
防寒具を扱う店をやっている。
製造業者から仕入れているが、自分でも製作もしている。
「お爺ちゃん手作りの防寒具、しかもずっと長持ちする物って、受け取ってどう思うよ?」
「うれしいよ、うれしいに決まってるよっ! ね? チェリムさん!」
チェリムよりも興奮しているセレナは当人に話しかける。
がチェリムは残念そうな顔。
「長持ちすると言ってもな、使うことのない季節もある。使われないうちに虫に食われたりして使えなくなることも……」
「そこはこっちでフォローしたらいいんじゃねぇか? なぁ、『法具店アマミ』のオーナーさんよ」
「つ、つまりワシが孫への贈り物を作るっちゅうことか?」
「素敵な話じゃないですかー」
「受け取る方はとってもうれしいかも!」
双子も店主の考えを聞いて盛り上がる。
チェリムは戸惑っているがほぼ満場一致。
あとは具体的にどんなものを作るかという話になるのだが。
「んじゃあとはよろしくな。俺はこいつらの依頼があるからさ」
店主はカウンターに置いていた、セレナが持ってきた宝石の塊を手にして作業場に向かう。
セレナは驚いて声をかけた。
「ちょっと! テンシュが受けた依頼でしょ?!」
「俺は話を聞いてから受けるかどうかを決めるっつったろ? で今、オーナーのお前にフォローを頼んでお前はそれを了承した。というわけで……」
「んじゃ私が持ってきたその宝石返しなさいよっ!」
「こいつは、俺がその爺さんの話を聞いた報酬だったはずだが? あ、そのドラゴン一匹分貰うからな。そう言ってたしお前もそれに異議なかったしな」
「ちょっ、ちょっとテンシュっ!」
セレナは慌てて店主の後を追って作業場に入っていった。
「だ、大丈夫かの、ここに任せて……」
「う、うん。あの人とてもいい道具作ってくれたし、いいと思うよ」
「でもあの性格はちょっとアレだけど……」
「私達、頼む相手間違えたかな……」
「他にいないでしょ。私らのレベルに合わせてくれそうな道具の作り手……」
四人はやるせないため息をつく。
それを見て、やや不安に感じるチェリムだった。
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結局孫娘と将来夫となる相手に、その素材をセレナに揃えてもらい、コート、帽子、手袋、ブーツをセットで作り、その親である孫宛てに送った。
チェリムは喜ばれ、そのチェリムも『法具店アマミ』に感謝してもしきれないほど喜んでいた。
しかし、巨塊調査の合間にその仕事をさせられ、とっておきの宝物は店主に取られたセレナは一番の貧乏くじを引いたかたちだ。
「いくらなんでも、セレナが可哀そうなんじゃない?」
警備の二人とバイトの二人は言いたくなるが、頭が上がらない事情もあるため口を出すのを控えている。
しかし店主も鬼じゃない。
「あの爺さんからの依頼料はそっちで決めな。俺はもうこれで十分だから、あとのことはすごくどうでもいい。さ、俺はあいつらの依頼の仕事があるんでな」
いろんな意味で、セレナにとって店主は諸刃の剣だった。




