近所の客一組目 5
「……これ一個が歯一つ分? ……俺への報酬はどれくらいなんだ? そのドラゴンとやら一匹分だったら垂涎ものだが……」
無理やり仕事を止めた詫びとセレナからの依頼承諾に対する報酬として、セレナから受け取った宝石の塊を目にして固唾を飲む店主。
ただの宝石か、モンスターの体の一部か、それを証明することは難しい。
本当かどうか確かめる意味でも、冒険者の肩書を持つ四人はその武勇伝を聞きたがった。
しかし店主にはその話はどうでもいい。
それだけこの宝石には固有の、格別の力を含んでいて、その価値は希少であり、その力をこの世界では発揮できるものであることは分かる。
「高熱で溶かせりゃ、それから象って、それから……。あ、いや、まず話を聞くのが先か」
店主も、そしてセレナもむき出しの感情はすっかり静まり、呆気にとられたチェリムに目を向けた。
「お話し、聞かせていただけますか?」
「テンシュさんって……丁寧な言葉遣いも出来るんだ……」
「すごく変だね、お姉ちゃん」
「お前ら、食糧庫で保存してやろうか?」
日頃の態度はその人の評価の材料として非常に有効である。
セレナに宥められて、双子を威圧していたようやく店主が大人しくなったところで、チェリムの話が始まった。
一族の者達との生活がなぜか馴染めず、生まれ故郷の村を飛び出した。
足の向くまま気の向くままに流浪生活を始め、落ち着いた先がこの村だった。
この村の住民の、ノーム族の娘と結婚し、家庭を築いて七人の子供をもうけた。
長男以外はみな独立し、結婚して同じように家庭を持った。
現在同居の家族は、長男夫婦とその子供の孫夫婦。その子供達玄孫は四人。
その下の世代はまだ生まれておらず、一番若い世代が玄孫達ということになる。
「で、結婚式を迎えるのはその孫でな」
「どの孫だよ……」
孫から先の若い世代はみなひとまとめにして孫と呼ばれることは、ヒューラー達から聞いた。
チェリムとの続柄が全く不明。
続柄が、贈り物の中身が変わる理由にはならないだろうが、それでもある程度の情報は必要だ。
「説明するよりも……これが孫からの手紙じゃよ。ほれ、いろいろ書いとるじゃろ?」
「人宛ての手紙読んじゃっていいのかしら……?」
「本人が読んでいいっつんなら読んでいいんじゃねぇの? どれ……。セレナ、やっぱり読んで」
「?」
チェリムから手紙を受け取って読もうとした店主は、すぐに項垂れてセレナに手渡す。
通訳の術はかかっているため、普通に文字は読めるものの、受け取った手紙には時折読み方が分からない記号のような物も混ざっていた。
代わりにセレナが読むその手紙は、結婚式の予定の報告について書かれていた。
要約をすればこうだ。
手紙の主の父親はチェリムの外孫で、同じ世代の孫達の中で一番年下。
彼女は八人兄弟の末っ子で、一緒に住んでいる家族は両親と長男夫婦、その子供二人の七人。
両親と同居せず、一番上の兄以外の兄弟姉妹同様実家を出て、この国の首都で新たに家庭を築くという。
結婚式は、この手紙が発送された二か月半後に新居で行い、出席者は自分と伴侶の家族のみのささやかなものとするようだ。
「……で、落ち着いたら遊びに行く、だって」
「……えーと……」
セレナが手紙を読み終えた。
店主は何を言えばいいのか分からない。
チェリムは花嫁になるこの孫娘に結婚式の贈り物をしたいという。
だがしかし。
「肝心の式場が新居……としか書かれてないな。で、約二か月後ってことか。その相手に贈り物をする。孫娘さんが遊びに来た時に渡せばいいってことかな?」
「いや、式を挙げている時に孫娘に届くように贈りたいんじゃが」
チェリムの返事はテンシュに沈黙させた。
「……えーと、場所は?」
「孫娘の新居と書いとろうが」
「……住所は?」
「さぁのぅ。この手紙の住所は孫んとこじゃがの」
店主はまたも沈黙。そしてしばらく考え込んだ後に放った一言は。
「またのご来店をお待ちしております」
「ちょっとテンシュ!」
セレナが慌てて制する。
しかし店主はため息一つついてセレナに向く。
「まずこれ、結婚式の招待状じゃない。それと家族のみで式を執り行う。新居の住所がない。式を挙げる予定を知ったら、めでたい席だ。誰だって祝福したいと思うだろうよ。言い方を変えりゃ、それを拒否してるってことだ」
「もう少し言葉選びなさいよ。チェリムさん可哀そうじゃない!」
感情を表す体の一部である耳の先がやや下に垂れ下がっているチェリム。
店主の言葉はかなりのダメージを与えたらしい。
セレナや他の者達はチェリムを慰めるが、店主は納得しない顔のまま。
「来てくれって内容の手紙じゃないのに、贈り物を届けたいっつーからだよ。爺さんの早とちりか勇み足だぜ? そもそも結婚式を挙げるからそれで贈り物をしたいっつーんなら、間違いなく記念品だよな?」
何言ってるの? 当たり前じゃない。
そんな言葉がなくても、その顔だけ言いたいことがすぐ分かるセレナの表情が店主に向けられる。
それでも店主は動じない。
「よく聞く話だぜ? 結婚式で新郎新婦に内緒でサプライズの企画立てて、それ実行したらせっかくの記念日が台無しになったってな。『おじいちゃんも来てください』って書いてあったか? 遊びに行きますとは書いてたようだが」
「じゃあなんでワシにしかこの報せは届かなかったんじゃ?」
奥さんは既に鬼籍のようで、九人家族のうちチェリムの宛名でしか届いてなかったようだ。
チェリム一家ではなくチェリムのみに届いた玄孫の式の報せは、他の家族には知らせていない。
チェリムが疑問に思うのは当然だろうが、店主にはその理由が分かるはずもない。
だが、チェリムだからこそ分からない理由がそこにある。
店主はそう感じた。




