近所の客一組目 4
『法具店アマミ』のカウンターの前に少しスペースが空けてある。
そのカウンターが見えるようにソファが置かれているのだが、そのソファの前に小さい折り畳みのテーブルが置かれ、そこにティーポットと、茶が淹れられたティーカップが四つ置かれてある。
ソファには昨日店を訪れた老エルフとセレナが座っていて、カウンターにはバイトの双子。
警備係の二人はソファの脇に立っている。
セレナは調査員達の配慮で、丸一日調査協力の休みをもらった。
店主は夜明け前に『天美法具店』に移動した。
約二十三時間逆戻り。夕食も昼食と似たメニューだったおかげか、睡眠による休息も十分とれた。
店主視点では、『天美法具店』でいつもと同じ日常を過ごし睡眠時間もしっかりとって、昨日と同じ時間に『法具店アマミ』に移動してきた。
セレナから見ると、日が昇る夜明け前にこの店を出て、間もなくやってきた日の出の時間と共にまたやってきたかたちになる。
「ワシはいいんじゃよ。一族から離れてもな。むしろ、一族と共に生きなければならんっちゅう枷が外れた分気楽な日々で満足な毎日じゃった。もちろん苦労はあったが、弱音や後悔とは無縁じゃった」
チェリムはどうやら物作りの依頼をしに来たらしい。
その用件はやはり昨日の話。孫娘への結婚のお祝いの贈り物。
「じゃが、ワシの生と子供らや孫たちの生は別物よ。ワシは種族に無関係でいたいと思うても、あの子らも同じ考えを持ってるとは限らんし、それをワシが嫌うわけでもない。ただ、ワシと同じように後悔せん毎日を送ってほしいとは思う」
話を聞いているソファにいる四人はそれぞれお茶を啜りながら、老エルフの言葉を待つ。
「じゃが、ワシの子供、それにその先の世代の孫達は、エルフ種の同士とは仲良うしたいとは思ってたようだな。ワシにはそれすらも感じんかったわ。じゃがワシはワシが思うた通り、制限のない生き方をしたいと思うたし、子供らにもしてほしいと思うておった」
「何事にも囚われない意識を持つってことですね。それもエルフの本能っていうか、好まれる生き方かもしれません。でもそのように生きるには、大昔は力不足だったという話も聞いたことがあります」
「結局本能に囚われてることには違いないがの。はっはっは」
キューリアの言葉に力なく笑うチェリム。
お茶を一口飲み、語りは続く。
「誰もが好きに生きればよい。そうは思うが、その通りには出来ないこともある。相手の同意が必要だったりするとかな。同士と共に生きたいと思うても、その相手がうんと言わにゃ、その望みは叶えられん」
話を切って、安堵のため息をつく。何か引っかかることから解放された、そんな晴れ晴れとした顔をしている。
「孫娘な。相手の同族の者から、同情でも哀れみでもなく、対等に付きおうて、結婚すると決めたらしい。相手の同意が必要なその願いが叶えられるっちゅうこっちゃなぁ」
チェリムは懐から封筒を出す。どうやらその孫娘から来たものらしい。
封筒の中の手紙を感慨深く取り出す。
「式場とか報せてくれたよ。じゃが、こっちは同居の家族だけの出席だと。向こうは一族総出のようじゃな。付き合い始めて五年くらいたつそうじゃ。一族とも交流を持って、大した可愛がられとるんだと」
「出席出来ない孫娘の結婚式に贈り物、ですか……」
穏やかな笑顔をセレナに向ける。
「そゆことじゃ。まぁ孫娘は何か欲しいなどと言うとらんから、まぁワシからの押し付けじゃがの」
「……贈り物をここで作ってほしい、ということでいいんですか? 善意で何か作って差し上げますって訳にはいかないので……」
セレナは申し訳なさそうな顔でチェリムに告げる。
副業で店の経営をしているので、経営がうまくいかなくても冒険者稼業で生活費を稼げば何の問題もないし、セレナだからこそ実行できる生活の知恵。
だからといって、故意に経理の上でも経営上の客と店の関係でも難しい状況に自ら陥るようなことは出来ない。
ましてや今この店での物品の製作の中心は店主である。彼の意向なしに決断は出来ない。
しかしチェリムは相談事ばかりではなく、もし引き受けてくれるなら仕事として依頼したいと申し出る。
「余計な気を遣わせたかの? すまんの、セレナ嬢」
セレナは店主が作業している作業場の中に入る。
防音ではないがセレナが店主に喋っている中身は誰にも聞こえない。
が、しばらくして店主の怒声が店内に響き渡った。
「やかましいいいぃぃぃぃっっっっっ!! 邪魔すんなああぁぁぁっっっ!!!」
「近所の人からの依頼くらい大人しく聞けえええぇぇ!!」
滅多に聞けないセレナの怒鳴り声がそれに続く。
売り場にいる五人は飛び上がるほど驚いた。
少しの間が空いて、作業場から出てくる二人を見てさらに驚く五人。
全身をロープで縛られて身動きが取れない店主。
そのロープの先を握って、店主を引きずって出てくるセレナ。
「ど、どうしたの……テンシュ……」
「セ、セレナ……」
セレナの、鼻息を荒くして目も眉も釣りあげている怒りの形相は誰もが恐怖心を湧き立たせた。
無理もない。
店主を締め上げようとしても、危害を加える魔術を禁じている。
その術師がセレナであっても。
店主を諫める強烈な方法と言えば、店主に苦痛を感じさせない行為しかない。
そして店主も怒っている顔をしているが、ロープでがんじがらめにされてる上に床の上に転がっている。
双子は思わず「芋虫」と言いそうになる。
滑稽な格好だが、ここで笑うと間違いなく店内が修羅場と化すことは間違ない。
「ただでやれって言ってるわけじゃないのっ! 報酬なら、こんな時のために用意したとっておきがあるんだから、それで我慢しなさい!」
「……とっておきだぁ? そこら辺に転がってる石ですら、俺にとっちゃとっておきなんだよっ! 今更そんなもん出されてもなあ!」
力が衰えない店主の怒鳴り声が出ている間に、セレナはまるで床に八つ当たりをするように踏み鳴らしながら倉庫に入っていった。
少し時間が空いてから出てきたセレナの両手には、それくらいの大きさの一つの宝石が乗っている。 それを店主の目の前に持ってきた。
「これ、鑑定してみてくれる? とっておきの一つなの」
「あぁ? ……何だ、これ……。今まで見たことのないくらいの力……しかもうちの前の宝石岩みたいな飽和状態じゃない……。力を持つ器がでかいのか? 何だこれ……。おい、何だこれはっ!」
何がどう凄いのか。
他の五人には理解できないし、ただ虹色の光を放っている石にしか見えない。
「とあるドラゴンの奥歯。ドラゴンの骨格の中で特に堅いパーツの一つ、よね?」
セレナは冒険者としての知識を試すような目でヒューラーとキューリアを見る。
同じ冒険者でもウィーナとミールはまだその知識はない。
「まさか……。ドラゴンの歯の一部って……しかもそれが骨ってば……」
「ジュエリードラゴン? レア種……だよ? 滅多に見ることないし、討伐対象にもなることないよ、それ! どうやって手に入れたの?!」
人里に現われることはない大人しい性質を持つドラゴンで、生息区域は地下深い場所。
その入り口も高山の噴火口やその跡のため、この種の捕獲目当てに行くにはあまりに手間がかかる。
おまけに必ずいるとは限らない。
だがそんな地下に招かれざる者が現れると、気性の荒さが表に出る。
しかしこれらの情報は言い伝え。
目撃者はいないこともないが、目撃者の証言数自体非常に少ない。
「依頼を受けて達成した後遭難して、その先で出くわしてね。死骸は残らず回収して、倉庫の秘密の場所に保管してあるの。もちろん普通のドラゴンと違って食用には出来ないのよね。体が宝石で出来てるから。……どう? テンシュ。この価値は」
店主ばかりではなくチェリムも、そして双子にもそのドラゴンの価値は分からない。
そのドラゴン自体の大きさも見当がつかないが、砲丸投げの砲丸くらいの大きさのその石を目の前に置かれた店主ははっきりと言い切った。
「まずこのロープをほどけ」




