近所の客一組目 3
「……で、あの爺さん、あれからどうなった?」
「あんぉおぉー、あぇれああおぃお」
『法具店アマミ』の二階、セレナの生活空間。
バイトの双子姉妹と警備役の二人、そして店主の五人の夕食時間。
昼食よりも多い一人当たりの分量。
店主にはとても食べきれない量。しかも他の四人にとっては高級料理と言える、味、栄養価共にレベルが高い物らしい。
トイレと風呂場以外に壁はないと思っていた二階だったが、ちょっとした食糧庫もあって、この日から自由にその食材を使っていいとセレナから言われてたらしい。
もちろんヒューラーとキューリアは口にしたことはあるが、毎月一回もないという。
「多分セレナが外で仕事したついでに狩ったんじゃないかな? あの人一人でこれくらいの大物は仕留められるはずだし」
キューリアの話は新人冒険者のウィーナとミールの目を丸くした。
そして改めてその上質の肉にかぶりつく。
「まさに豚に真珠の豚になった気分だな」
その諺の通り、その四人のようにこの料理の価値が分からない店主の呟きには実感がこもる。
「他の仲間達には内緒ね」と口裏を合わせながら食べる四人はかなり満足気。ご機嫌なのだから、同じ気持ちにはなれない店主は、昼食の時と同じように余りそうな分を、今度は四人に分け与えた。
あまり口にすることのない食材。それでもヒューラーとキューリアはある程度は落ち着いている。
はしゃいでるのは双子の方。口いっぱいにほおばっている。
そこに店主が、昼過ぎの来客である老エルフのことで聞いたものだから、まともにしゃべることが出来ない。
「ほおぇ……ぼっ」
「行儀悪ぃなぁ、お前」
吹き出しだミールが恨めしそうに店主を見る。
「人が口に物を入れた直後に話しかける間の悪いことするからでしょ? それよりも……来月式挙げるらしいんだって。出来たら支払う。出来なかったら式の後で贈り物にしたいって言ってた。今日のところは雑談で終わったけど……」
バイトの二人からではなくヒューラーから、店主が作業に入った後の報告を受けた。
「バイトからじゃなく警備係から接客の報告を受けるのもどうかと思うんだが。つーより、あの爺さんが挙式?」
「違う違う。孫娘さんらしいよ。でも一緒に住んでない身内なんだって。結婚するっていう手紙が来たから、何か贈り物したいって話」
ヒューラーの話し方が、あの老エルフが依頼を持ってきたような内容だったので店主は耳を傾けていたが、ただの雑談の一つと分かると全く関心を示さなくなった。
そんなことよりも店主にはこの店ではしなければならない仕事が山積みで、それが一向に減らないのだ。
しかし彼女達の雑談はまだ続く。
結婚には四人とも関心はあるらしい。
「あの人、私と同じエルフの亜種っぽいね。お嫁さんに行く人については詳しくは知らないんだけど、結婚して子供ができるじゃない? その子供が結婚して子供ができると、それは孫って言うでしょう? 孫が結婚してできた子供のことは何て言うんだっけ?」
老エルフが自己紹介した通り、店主にはエルフとしか分からなかった。双子とヒューラーも彼がエルフ族と思っていたが、エルフ亜種であるキューリアには、彼にはエルフのほかに別種族の流れが混ざっていることが分かったらしい。
「ひ孫。その次の世代は玄孫。一般的に使われて、すぐに理解できるのは玄孫の代までだな」
店主はその雑談には無関心ではあるが、所々会話の助け舟を出す。
「そうなんだ。それがエルフとか、まぁ五百年以上寿命を持つ種族になるのかな。そんな長寿の種族の場合、孫よりも若い世代も全部ひとまとめにして孫って呼ぶの。だからチェリムさんが言う孫は多分、テンシュの方で言う玄孫かその次の世代の子のことかもね」
随分と大雑把な定義である。しかしそれだけ長生きの種族になると、そんな認識になるのは仕方がないことかもしれない。
「で、同じ一族でも子供の世代と玄孫の世代が結婚するってこともあるの」
「ゲホッ!」
いきなりデリケートと思われる話題に変わり、今度は店主が咳き込んだ。
好奇心だけで立ち入っていい話題ではない気はするが、無関心のままでいることは出来ても、全く耳に入れないようにするには難しい。
「種族によっては寛容だったり禁忌だったりモラルに反してたりすることもあるけど、そんな種族の場合はある条件がある限り許されてるの」
「というと?」
目の前の料理よりも興味深いらしく、双子はその手を止めてさらに深く突っ込んだ話を聞きたがった。
「いろいろ理由があって、他種族同士の結婚をする人もいるのね。すると相性次第では本来の種族の特徴が薄くなるのよ」
「なんかアンタッチャブルな話題になりそうだな」
この世界には関心がない店主だったが、無反応では聞くことが出来なくなった。
店主の世界では考えられないことがこっちの世界ではそれでも普通に行われているのはやはり寿命の長さ、そしてそれに付随する生活行動の期間の長さ。
当然ながら二つの世界の違いを指摘する者はなく、全員がヒューラーとキューリアの話に耳を傾けている。
「その理由も言葉では表せられないことがいろいろあるからね。亜種として確立されると本来の種族の一族とは疎遠になることもある」
「一族や種族から追い出される理由ってのは、追い出される本人ではなく一族に理由があったりするしね」
キューリアもその類の話を耳にしたことがあるらしい。
「ひょっとして、こんなやつはうちの一族ではないとか言われて一方的に決めつけられたり、こいつのせいで家族もろとも一族から追い出されてしまった、なんて話か?」
店主の世界でも、電気のない時代では割と目耳にする話でもある。双子はやや表情を曇らせている。
「類は友を呼ぶって言葉があるが、その反対の現象が自然に起きることもある。本来の一族の人なら誰でも出来ることなのに、自分だけが出来ないとかな。その出来ることが話題の中心になれば、話題に参加することも出来ない。そこんとこは知り合い同士や友人同士だって起こることだろ? 繊細な部分って言うより、自然の流れだよな。話が噛み合わないんだから。気持ちを共有することも難しい。気持ちを分かち合うことが出来なければ、その輪から外れるのは仕方がないことだ。誰が悪いって話じゃない。最初から縁が結べるか結べないかって問題なのに、縁がすでにあると勘違いしてただけのことだ」
店主の見解の話が終わると、誰かが来たのか、下から声が聞こえる。
「みんな、まだいるのー? あ、いた。みんな、ただいま」
今日も一日がかりの巨塊討伐事故の調査から帰ってきたセレナがそこに顔を出す。
「あ、セレナ、お帰りー」
「晩ご飯は? セレナも食べるならすぐ用意できるよ?」
ヒューラーとキューリアはセレナを迎え入れるが、双子はバツが悪そうにしている。
身の丈に合わない料理を出され、理性よりも欲望が勝って喜びながらご馳走を口にしていたせいだろうか。
もっともこの双子も二人の話に聞き入っていて、食事の手を止めてはいたが。
「あは、ウィーナちゃんにミールちゃん、遠慮しないでどんどん食べてってね。珍しい物ばかりでしょ。特別なの出しといてって言ってあったからね。ヒューラー、私外で食べてきたから……お茶入れてくれる? ちょっと喉乾いちゃった」
笑顔で五人が座っているテーブルに着くセレナ。
何気ない行動だが、店主は何となくその表情に気持ちが込められていないように感じる。
が、それを指摘する義理も理由もない。
向こうから何も言わなければ、何の特別なニュースもないということだ。
むしろ特別なニュースがあるのはこちらの方。
「え? チェリムさんのお孫さん結婚するんだ。それは初めて聞いたよ」
チェリムとは意外と結構会っているらしい。それでもセレナは心底驚いているようだ。
「でも贈り物の依頼をしたいならいろいろとお話し聞かないとだめだよね。ま、お話し聞く程度ならいいけど」
近所で顔見知りであっても、仕事の話になれば情に流されないのは店主と同じ姿勢。
それが店主には意外に感じ、彼女への好感度はいくらかは上がった。
しかし店主は、四人がまだ食事中だが席を立った。
「先に休ませてもらうわ。こっちにゃこっちの事情があるからな。セレナ、お前割と早起きしてたよな? もし俺が寝てたら早めに起こしてくれ。でないと明日ここに来るのが難しくなりそうだからよ」
「うん、分かった。でもまた下でもいいの?」
セレナが店主の寝床を心配するが、仕切りも何もない所でどうやって休めるというのか。
「今から休むんだよ。こいつらまだ飯食ってる最中だろうが。じゃあお前ら、また明日な」
作業場の椅子の上で眠るという話をセレナから聞き、四人は驚く。
「あっちの世界じゃ寝床なんてないのかしら?」
「「そうだ!」」
双子が同時に声を上げる。
別の世界とはどういうことか。セレナに話を聞きたがる。
「え、ええ? えーと……」
店主の世界のことはなるべく話をしないで置かなければならなかったことを思い出しセレナは返答に困る。
何とか誤魔化そうとするが、それで双子からの追及からは逃げられない。
ヒューラーとキューリアは、駄々をこねる小さい子供に手を焼く大人のような困った表情。
話を聞かせてほしいという要望とそれを拒否するような誤魔化しの綱引きはしばらく続いた。
無邪気とは、時折どんな実力者相手でも無敵の力を発揮するものである。




