近所の客一組目 2
セレナの年齢は詳しくは聞いていないが三桁と言う話をどこかですでに聞いている。
そんな彼女に嬢ちゃん付けで名前を呼ぶ目の前の老エルフ。セレナの年齢を遥かに上回ってはいるように見えるが、五世紀も六世紀も生きてきたのだろうかと店主はふと思う。
「セレナ嬢ちゃんがしばらく店を休むっちゅうんで戻って来るかどうか心配しておったんじゃ。ワシと同じ系統の種族はこの村にはあまりおらんでの。久々に若者が新しく店を開くっちゅう話を聞いて楽しみにしとったからの」
『法具店アマミ』に名前を変える前の話らしい。
五年前にここでセレナは店を始めたとのこと。
廃屋だった建物に照明が灯っているのを見たチェリム。看板を見て何かを販売している店であることは分かった。
一体その建物で何をしているのか気になった。
近所だから、何やら怪しい動きがあっては迷惑千万。ましてや隣村では魔物騒動が起きている。
警戒のために中に入って様子を見てみたら、武器や防具が並んでいる。
その建物の中で、店の準備をしているセレナの姿を見て同種族ということが分かり、上級冒険者向けの店をこれから始めることを知って、それ以来散歩がてらに時々立ち入るようになった。
「巨塊討伐に参加するからしばらく休業するって言ってたから寂しくなると思うてたんじゃよ。そしたら模様替えし始めたろ? 誰かを別の所から呼んできて、一緒に仕事するっちゅう話は聞いてたが、兄ちゃんのことじゃったんじゃな」
チェリムが時折この店に顔を出すまでの経緯の話が長く、特に必要な話がないと感じた店主はやや退屈気味。
「誰か来てるの? お客さん?」
「お、おぉ。誰か相手頼む」
上から降りてきたのはヒューラーと双子のミール。
昼ご飯の後片付けは上に残っている二人に任せるようだ。
「じゃあ爺さん、後は今来る二人が相手してくれるよ。じゃあな」
「お、おぉ。すまんの、貴重な時間割いてもらって」
チェリムの挨拶も聞き流し午後の仕事に取り掛かった。
この世界での食事はこれまではセレナが調理してくれたものだが、店主の世界の食事に合わせてくれたのが分かったのは夕食の時間に近い頃。
ヒューラー達が教えてくれた、昼食のステーキの効能のおかげか、これほど長く周囲の雑音が入らない時間を体験したのは初めてのこと。
今までと違う食事の用意をしたのはおそらく双子と警備役の二人も食事に同席することを見越してのことだろう。
彼女達の力がなければ、店主の身の安全は確保できているものの、この店の保安までは手が回っていない。そのための投資の一つということになるだろうか。
休息無用とはいかないが疲労感はさほどではなく、昼前に感じた疲労度よりははるかに低い。
「気力も充実してるような気がするんだが……。だが無理は出来ねぇよな。これから俺の店で一日が始まるんだからなぁ」
どれだけ働いて体力を消費したか。
どんな作業でどれだけ体力を消耗したか。
どれくらい休んでどれくらい体力回復したか。
自身の体の力のことは、自分では判定できない。
物や、特にこの世界の住民達の持つ力は判別できるが自分のことを見ることは出来ない。
見れたところでそれを活用する方法を探すまでもなし。
「あ、テンシュさん、何か言った?」
カウンターにいる双子の姉がガラスの壁越しに声をかけた。
いつの間にか老エルフはいなくなっていた。
「あの老人は帰ったか?」
「うん。セレナさんと仲良しみたいだね。で、テンシュさんはお仕事終わった?」
終わるわけがない。
一区切りついただけ。
セレナが帰宅してからこっちの仕事もさせるには、彼女の体力的には少し酷かもしれない。
そうなると接着や溶接は自分で物理的作業で進めていくしかない。
『天美法具店』の宝石岩には危険な要素はなくなりつつある。撤去作業を進めているかどうか、セレナを監視するという名目も必要なくなった以上、この店に固執する理由はなくなった。そんな自分が彼女の働きをそこまで求めるのもどうかと思う。
セレナが協力している調査が終わるまで自力のみで依頼を進めていくしかない。
「テンシュは仕事どうなったー? 晩ご飯の準備できたけどー」
二階から聞こえるヒューラーの声。
「あ、はーい。テンシュも切りのいい所みたいだから今行きまーす」
双子がご機嫌なのは、間違いなく昼ご飯に理由がある。
滅多に口に出来ないごちそうを、しかも割り当て以上の量を食べることが出来た。
バイト料よりも価値があるかもしれない。
「そうだ。テンシュさんが仕事してる間に帰っちゃったんだけど、何か相談事に乗ってほしかったんだって」
「相談? 初対面の俺にか?」
「ううん。セレナさんに。それであのお爺さん、ヒューラーさんとキューリアさんのことも知ってたみたい。結構お話しで盛り上がってたよ」
バイト料を出す必要ない相手だから、警備の仕事の姿勢についてとやかく言うつもりはない。
しかし相談事というのは、なぜか少し気になった。
「詳しいこと聞きたいなら上で聞くといいんじゃないかな」
食事しながら、ということだろう。
店主は食後は仕事はせず、すぐに休息をとるつもりでいた。
自分の店に戻ればこの日の朝に逆戻り。
明日またここに来る時間前に戻れば、毎日『法具店アマミ』に来ることが出来るはずである。そのためには休息や睡眠も必要になる。
そんな時間を削ってまで、面倒事なら聞く気はない。
だがとりあえず。
「早く行こっ。ご飯っ、ご飯っ」
「ミールってば……ご飯ばかりに釣られて、キューリアさんにはまだおどおどするんだから器用というか現金というか……」
ウィーナは先に行くミールの後姿を見てため息をついた。




