常連客二組目 からの依頼にようやく取り組みます
店主が『法具店アマミ』へ朝早い時間に訪れると、セレナは必ず彼と一緒に朝食を摂る。
『ホットライン』の模擬戦を見た翌朝もそれは相変わらず。
ただ、昨日からその人数が二人増えている。バイトの二人が、開店前の仕事もするためだ。
「毎日一日中いないんですか?」
「テンシュさんはどうするの? って言うか、ここのお仕事終わるとどこ行くの?」
店主はこことは違う世界の住人であることは、セレナ以外誰も知らない。
店主はそのことを誰にも伝えるつもりはないし、話をしてはならないと感じている。
興味を持たれてこっちに来るかもしれないことを考えると、それを抑えることは店主にはできないと考えているからだ。
「まさかセレナさんと一緒に寝てるの?!」
双子の妹のミールが素っ頓狂な声を出す。
セレナは思い切り吹き、姉のウィーナは顔を赤くする。
「なっ……何馬鹿な事言っての、この子達は!」
「……くだらねー想像で遊ぶ余裕があるなら、もちっとバイトの仕事増やしてもいいよな?」
全く取り乱さない店主は冷たい声で二人に宣告。
ミールはウィーナにどつかれながら必死になって謝っている。
「まったく……。そう言えば用心棒がどうのって言ってなかったか?」
「え? なにその話」
「聞いてないよ?」
店主は『天美法具店』で聞いたセレナからの話を思い出す。
その件は、この二人にはしていないらしい。
双子は驚いて聞き返す。
「うん。二人はバイトの仕事に専念してもらいたいしね。私が出かける前に来る予定だから、まだ時間はあるわね」
気遣いは有り難いが、遠回しに冒険者としては実力不足と言われているも同然。
その自覚はあるものだから、何も言い返すことも返事をすることもできず凹む二人。
「でもテンシュ、私が不在の間ずっと店にいられる? この二人に店を任せるのってこの子達が大変そうだし」
「夜明け前まで休んで帰る。そうすりゃ夜明けにまた来れる。休憩や睡眠時間も理論上減るわけじゃない」
日をまたいで『法具店アマミ』滞在した結果、次にここに来る日を『天美法具店』で数えるのは割とややこしい。
しかしそれでも店主は対策を立てているようで、特に動じる様子はなく食後の茶をすすっている。
その会話は蚊帳の外の双子は何のことかと互い見合わせ首をかしげる。
「余計なことに首突っ込む暇あったら、開店前の掃除でもしてこいや。もう仕事の時間は始まってるんだぜ?」
バイト料が減らされるか、それとも増やしてくれるのか、そんな思いを持っているのだろうバイトの二人はすぐに下の店舗に降りていく。
と思ったらすぐに二階に戻ってきた。
「セレナさんっ、テンシュっ、お客さん来たー」
「昨日の人、二人っ!」
「昨日の二人?」
開店前だというのにもう客が来たらしいが、姉もそうだが妹の方がかなり慌てている。
それに加えてやや怯えているのか、店主に向かって駆け寄ってきた。
昨日の啖呵を切った店主は頼りがいがあるように見えたせいか。
「おい、近寄んじゃねぇ。そもそもガキみてぇなのはタイプじゃねぇ」
「はぁ……テンシュ……。ウィーナちゃん、ミールちゃん。昨日の六人のうちの二人でしょ? テンシュ、来てくれたわよ。みんなで一緒に行きましょ」
「……そういうことか。ま、いいけどよ」
セレナの考えてる絵図を読めた店主は納得した顔でセレナに続いて降りていく。
双子は体を寄り添う感じで店主の後に続く。
「みんな、おはよう。昨日はお疲れ様でした」
「今日からその……よろしくね」
カウンターにいたのは、昨日の『ホットライン』のメンバー、ヒューラーとキューリアの二人。
キューリアはミールに謝ったそうだが、互いにまだ壁がある。
そしてそのお詫びとこの店との親睦を深める意味で、無償でこの店の警備を請け負うという話になったらしい。
「まぁ腕が立つってんならいいと思うけどな。仕事しようってときに変な奴らがきてなかなか進まなかったしな。こいつ含めて」
「はぅあ!」
「ちょっとテンシュ! そういう意地悪言わないのっ!」
店主がいきなりかましてくれた。
セレナは諫めるが、店主は悪びれるところもない。
「そ、そうですよ……。この人、昨日きちんと謝ってくれたし……」
「テンシュさんは謝罪聞こうともしなかったけど」
双子もセレナに加勢する。
しかし店主には馬耳東風。全く気にすることではない。
「ま、こっちはとっとと仕事に取り掛かりたいんでな。セレナ、さっきも言った通りこっちの都合は気にすんな。それとお前ら、それぞれの立場弁えろよ? 仲良くなったからってお喋りに夢中になって、どっちかの仕事が疎かになったら意味ねーぞ。特に双子。バイト代減ることにもなるからな?」
双子は逆にやり込められる。
すぐに元気に返事をして、慌てて店内の掃除に取り掛かった。
「……用心棒か。茶とか出す気ねぇから、欲しけりゃ自分で用意しな」
いきなり店内のドアが開いて、黒いスーツの人物が二人入ってきた。
「セレナさんはいますか? お迎えに……」
そう言う男にセレナはすぐに応える。
「あ、はい。……じゃみんな、お店よろしくね。お昼はヒューラーとキューリアの分も用意してあるから」
「お優しいこって。じゃ俺も仕事にかかるかな。厄介なもんが一つあるからなぁ……。あ、仕事してる最中はどんなことがあっても声をかけるなよ? 面倒くせぇ目にあわせてやるからな」
「イヤすぎるようなこと言わないでよぉ」
「じゃあご飯の時間も報せなくていいんだねー?」
「んぁ? おお、飯の時間も返上して取り組まねぇとな。昨日の依頼に期限はねえけど、早く完成させるに越したこたぁねぇからな。じゃあとは頼むぜ」
ウィーナが意地悪なことを言ったつもりだが店主はまともに受け流し、ヒューラーとキューリアは驚いている。
「え? 休みなしで仕事するの?」
「体力もつの?」
「体力がもとうがもつまいが、お前らの仕事の邪魔にはならんだろ」
店主の体を案ずる二人だが店主はそれすらも気にせずに作業場に入る。
中には昨日のうちに用意された、『ホットライン』のメンバーのために作る道具の素材が既にある。
店主はみんなの反応を待たずに仕事に取り掛かった。




