常連客二組目との出会いもトラブルでした 6
「ダメって……引き受けないの? 材料なら倉庫にある物使い放題にするけど」
店主は眉間にしわを寄せ、腕組みをしたまま宙を見詰めながら考え込んでいる。
セレナは店主に聞き直した。
「引き受けるも何も、こいつらが活動中にどんな力を使ってどう動くかってのがほとんど分からねぇから何ともならん。あのひよっ子どもは初心者っぽかったから頼れる道具を作ってやりゃそれで良かったろうが、こいつらは見てみねぇことにはさっぱり分からん。大凡の想像はつくが、俺の思い違いとかがあったらまずいだろ」
冒険者達にとって使い勝手がいい道具を作るためには、使用者が実戦でどう動き、どんな場面でどう扱うのかを観察するのは効果的だ。
ただそれを見るためには、彼らが自由に動ける場所が必要だ。
「鍛錬所で見てもらうのが一番手っ取り早いんだろうけど……時間の経過が気になるし……」
「時間の経過? 時間はかかるのは当たり前だろう?」
「え? あ、うん、そうね、うん」
四本腕の男が不思議そうにセレナを見る。
セレナもこの世界の他の住人達に、異世界があることや店主はその世界の人間であることを伝えてはない。
セレナは慌てて誤魔化すそのやり取りをしている間に、他の五人が意見をまとめている。
「確かに鍛錬所なら悪くない。今から街外れの俺らの仕事の現場とかじゃ、見てもらうテンシュさんには暗いから危険な場所になっちまうしな」
「え? えーと、それは……」
「今は午後十時か。問題ないんじゃないか? 動きさえみれりゃいいんだ。一時間くらい見せてくれりゃ十分か」
セレナは店主に気を遣うが、その店主はのほほんとした口調でそれに答えた。
具合が悪いことにならないかとセレナは店主を心配する。
「ちょっとテンシュっ! 時間経っちゃうんでしょ? 大丈夫なの?」
「往復の時間はなるべくかけないで今日中に戻りゃそれほど気にするこっちゃない。あいつらの実力をすべて見る必要もなし。そんなに時間長くかからんだろ」
二人の会話は六人には聞こえない小声で交わされた。
時間の計算の混乱と店主が行方不明扱いされない限り店主自身は気にはしない。
「けど、その鍛錬所の利用時間って」
「テンシュさん、何も知らないのか? 斡旋所もそこの施設も年中無休の一日中営業してんだぜ?」
まるでコンビニである。
もっとも冒険者達は夜昼関係ない依頼が斡旋所に来るのだから、どんな時間にでもどの施設も対応できる体制になっている。
「じゃあ私、車呼ぶね。ちょっと待っててね」
「車?」
この世界にもタクシーとかあるのだろうかと店主は聞きなおす。
が来訪者たちは別の意味で聞きなおした。
「遠くないのに動物車呼ぶのか?」
「まさか竜車呼ぶなんて言わないわよね?」
「兵は迅速を貴ぶ、でしょ? 運賃はこっちで持つから文句言わない」
「文句じゃないけど……」
店主はセレナと来訪者たちの会話にはちょっとついていけなくなり、その車とやらを待つことにする。
その間、彼らは店主に自己紹介を始めた。
店主は彼らを覚える気はないが、それを遮ることもできず何となく聞き流しているだけ。
「ひょっとしたら店主がこの人達に鍛錬所で指示出すかもしれないでしょ? 名前知らないままだと指示出しに手間取るかもしれないわよ?」
「出せるわけないだろ。言葉通じねぇの忘れたのか?」
「あ……。だ、だったらなおさらでしょ。移動中の車の中も会話できないんだからっ。……でもそんな所で時間のこと……大丈夫?」
誰であっても、どこでも当たり前に出来ることが、店主だけは出来ない。
セレナはそのことをすっかり忘れがちになる。
「力の使い方とか流れ方とか、それを見れりゃいい。組手みたいなことを二回くらい見たら十分だと思う。店を出てる間は何も言わねぇからあとはよろしく。向こうについたら勝手におっぱじめてくれ。十分見たら合図するからそれで引き上げるか」
「それはいいけど、誰かのを見たいとか、そんな細かい指示出さなきゃいけないかもしれないんじゃない? 名前くらいは憶えてよ」
セレナのその要望にだけは辟易するような顔になる。
そんな店主の表情を気にしながらも、彼らは自己紹介を続けた。
彼らは『ホットライン』と名乗っている冒険者チームで、リーダーは腕が四本ある男、ブレイド=ドレイク。ブレイクというニックネームで呼ばれている。
副リーダーは同じ種族の女、リメリア=ドレイク。ニックネームはリメイク。ブレイドと顔つきは似ていて、兄妹かと思いきやリーダーの従姉とのこと。二人は体中を覆う、見た目重くて硬そうな金属の防具を身につけている。
エンビー=ライジーと名乗った男は店主と同じ人間の姿をしている。が、普通の人間よりも体格が大きく、種族の平均寿命は人間の三倍はあるという超人種と呼ばれる種族。
彼の装備はブレイドとリメリアの二人とは違い、体の要所だけを覆う防具を身につけている。
人間のような体型だが、その外見と顔はネコ科の大型肉食獣のような男、ライヤー=ステイドは体力ばかりではなく魔力も高く魔法も扱える獣妖種。エンビー同様体の露出部分が多い防具で材質も金属ではなく動物の皮を連想させる物。おまけに尻尾もむき出しになっている。
ヒューラー=クウガという女性も獣妖種。獣の種類は鳥。体の全面はほぼ完璧に覆うが、背中からは申し訳程度に羽がついていて、その部分と腕の下の羽も露出している。背中の羽は飾りだが、張り子の虎も張り子と分からなければ虎も同然とは本人の談。
そして初対面時に店主達に詰め寄った女戦士のキューリア=マーバル。
彼女は獣妖種ではなくエルフで蝙蝠の系統の亜種。獣妖種とエルフ亜種との違いは耳の形のみ。そこに何かの力が込められているとかということではなく、身体的特徴が一番目立ち、感情表現もできることから。
「うん……やっぱり覚えきれねぇや」
「テンシュ……」
セレナがやれやれとため息をつく。
ちょうどセレナが手配した車が店の前に到着した。
「へぇ、馬車か」
「他の動物もいるのよね。さ、みんな、乗った乗った」
ここからは店主は無言の時間が続く。
そんな店主を不思議そうに見る『ホットライン』のメンバー達。
彼らにどんな説明をしたのか、セレナの話を聞いて納得の表情を浮かべた。
鍛錬所に着き、この六人が三人ずつ二組に分かれて模擬戦を始めた。
実戦では六人一緒に行動をとる。模擬戦では実戦の半分しか連携はとれないことになるので、三人の組み合わせを変えて行わなければ全容が見えてこない。それでも彼らの求める道具作りの参考にはなる。
そこまで徹底的に解明するには時間もないし、判定する店主の集中力も薄まることもある。
店主はその後のことはすべてセレナに託し、全員の様子が見える位置で腕組みをして仁王立ち。
冒険者達は、完全な休日以外は常にいつでも戦場に出向くことが出来る格好をしている。
住民たちの住む地域は住民たちが決めたこと。魔物達には住民達の都合などお構いなし。
魔物討伐の場は戦場になる。普段からの彼らの装備は、住民達が安心して住める地域づくりの一環である。
この六人もそれに準じた装備をしている。準備に手間取ることなく、いよいよ模擬戦の開始である。




