トラブルは続く ２ トラブルに見舞われたのはセレナでした
『法具店アマミ』としてリニューアルしたセレナの道具屋で、店主は二日続けて客とのトラブルに見舞われた。
「ということで、あの客はもう来ないと思うから安心していいですよ、テンシュさん」
「ふーん。報告ご苦労さん。それはいいけどよ」
その日の夜『天美法具店』に転移したセレナは、店主の住まいのキッチンで朝の顛末の報告をしている。
しかし店主はあまり彼女の話に関心を持っていない様子。
「何か気になることでもあった？」
『天美法具店』の従業員達が退社する時間を見計らった気配りが奏功して店主に迎え入れられた。
だがその時には出なかった不機嫌さがセレナに向けられている。
「何で俺の住まいで、お前が俺に茶を淹れてるのがすごく気になる」
「私も飲みたいから」
ニコニコしながら普通に答えるセレナに店主はすかさず言葉を返す。
「うん、すぐ帰れ」
セレナも意外と図太い。
二度のトラブルでは彼女に非はない分後ろめたい思いがないせいだろうか、逆にセレナの方が機嫌がいい。
前回は書斎に閉じ込められっぱなしだったセレナ。その時に読んだ本の中身に興味を持ったのだろう。 彼の暮らしぶりとこの世界の文明文化を見てみたかったようで。
「ねぇねぇ。この中にいろいろ入ってるけど……この箱の中、全部食べ物？」
セレナの世界にはガスと電気、それと水はあっても水道はないようで、関連の設備や製品には興味津々。
「冷蔵庫だよ。そっちの世界にはねぇのか。って勝手に開けてんじゃねぇよ。つか、何漁ってんだよ」
「何か作ったげようか。料理もできるよ？」
「報告は聞いた。用事済んだらとっとと帰れ」
店主の言葉を無視して冷蔵庫を漁るエルフの姿も和むだろうが店主はそれどころではない。
「……これなら作れそう。私晩ご飯まだなの。テンシュさんもまだでしょ？ 作ったげるっ」
店主の返事を待たず、鍋に水を入れ、コンロの上に載せ、魔法で一瞬にしてお湯にする。
「コンロの上に置く意味あったのかよ」
「……コンロ？ 何それ」
火を使って温める目的の道具の上で、使った魔法の目的が一致したのは偶然らしい。
水を沸騰させるまでの時間や三分のゆで時間などセレナの魔力には意味がない。一分もせずインスタントラーメンが二人分出来上がる。しかも具だくさん。
「はい、どーぞ。いい匂いするわね。味はどんなのかしら？」
こいつは一体に何をしに来たのかと、店主は呆れて物が言えない。
店主にじっと見つめられても気にせずラーメンをすするエルフ。
「……味は悪くないけど、体にはどうなの？これ」
セレナが顔を歪めたのは、化学調味料のせいか。
頼みもしない夕食を作り、適当に食材を持ち出し、勝手に作ってその出来上がったものに文句を言っている。
「お前は何しに来たんだここに」
一口すすった後に顔をしかめるセレナを見て、店主はもはや彼女に文句を言う以外に言葉が出ない。
「……もう行きたくなくなったって言われたら私が困るもん。テンシュからいろいろ教わることも出来なくなるし」
教える気は毛頭ねぇよと言う店主の前に二つの大きな石を置く。
もちろんこの世界に存在しない宝石。
「……見たことねぇ石だな。何だよこれ？」
「私の世界では『ウーミュリット』って言うの。でもこの種類の石は、力はあるけどどんな種類かわからなくて聞きに来たの。あの件の報告だけじゃなくてこのことも聞きに来たんだけど」
店主は二つの石を両手で取り、それぞれ見比べている。
「私は四大元素、五大元素の力は見れるけど、あるかないかくらいしか判別できないの。でもそれのどれにも当てはまらなくて」
セレナの言うことが耳に入っているのか入っていないのか。店主は真剣な目つきで石の鑑別を続けている。
「……なるほどね。魔法とか魔力とかの力ってのは、地水火風空みたいな力が元になってんだろ？ それとは違う力が入ってるから、その視点から見たら分からないのは当然だな」
セレナは店主に驚きと期待の目を向ける。
「やっぱり分かるんだ！ どんな力があるの？ 教えて？」
店主に身を乗り出し、顔を突き出しながら聞いて来る。
この場合、座学で教えても果たして彼女の知識に入るかどうか。
そもそもその力を発揮させられるのは使用者であり、店主に出来ることは、この使用者なら発揮させるであろうという予測ができる道具作るだけ。
「この場で説明しても納得できねぇんじゃねぇのか？ だってお前にその力判別できねぇんだし」
「じゃあこっちに来て作って見せてよ。お願いっ！」
「何でそんな時間のかかることをいきなり……」
そこで店主の口が止まる。
主体的には時間はかかる。しかし相対的には全く時間が費やされることはない。
だからといって、店主の労力もゼロではないわけではない。
「うちで作ってくれりゃいいじゃない。ここでの時間は止まるんでしょ？ 休み時間も込みでいてくれていいから。今回は休憩時間で日をまたいだら、一日くらいは休んでいいよ。ね？ 私からの依頼だから、倉庫にある欲しい宝石奮発してあげるから」
「……そのラーメン、全部食ってからにするぞ」
「……え？」
セレナは普段から、普通の大人三人分くらいの食事の量を、普通の大人一人が一人分平らげるのと同じくらいの時間で食べきる。
それが一袋分のインスタントラーメンを一時間かけてもまだ食べ終われない。
二人が『法具店アマミ』に二人が移動したのは、セレナが食べ終わるまでに要した一時間半後だった。
