初めての常連客と初めてのトラブル 3 そして、完了
朝の七時過ぎに朝食を摂ってから約十時間、休みなしに作業してようやく四人が選んだ装備品の素材の作り直しが完了した。
「セレナ、出番だ。後は結合とか接続、接着作業だ。向き間違えるなよ?」
四人が選んだ武器と道具の材料の用意がそんな時間にすべて完了し、後はくっつけるだけ。これはセレナの魔法の出番。
「う、うん。お疲れ様。ゆっくり休んで」
ずっと頑張ってきた者への慰労は、人の心を持っているのなら自然と出てくる言葉だろう。
しかしまだ仕事が終わっていない店主は、セレナの労わりは不愉快な思いにさせた。
まず、セレナの作業にミスがあれば、修正の指示を出さなければならない。
無駄な手間をかけないようにするには、彼女の作業を監視する必要もある上、それが無事に終わったとしてもまだ最後の一人、長身のエルフからの要望が残っている。
まだ気を緩めるわけにはいかないし、セレナには気楽になってもらっては困るのだ。
そして、店主の精神状態はまだ、彼の疲労を凌駕している。
「あの男の寸法測ったな? 全身を覆う防具にしようと思ってる。首から上と手先足先のバーツは切り離し可能にする。襟元から腹の下まで左右に広げられるようにしてそこから脱着可能にしよう」
店主はセレナに、今の作業が終わった後すぐ次の作業に取り掛かれるように確認する。
店主にとってのこの異世界では、ある程度のない物ねだりなら許される。
店主の世界にない素材が倉庫に山ほどあったのだが、期限を設けていなければ倉庫にはない素材を探して見つけられたかもしれない。
だが今は、店主の滞在時間のこともある。
鉄のように強度があり、布くらいに軽い金属が理想。細かい板をわずかの面積で重ね、シーソーの動きが出来るようにして体の動きについていけるようにする。
しかしそれはあくまでも店主の理想だ。
自分に都合のいいそんな素材があるわけじゃなし。
あってもそんな板を大量生産できるわけでもなし。
大量生産できてもそんな風に依頼人の体格に合わせてつなぎ合わせるのにどれだけ時間がかかるか。
しかし他に具合のいい仕組みの防具が思い浮かばなかった。
ならば対案を考えるより、思い付いた防具作りに取り掛かるしかない。そうでないと余計に時間がかかってしまう。
倉庫で見つけた四人に適すると思われる素材の候補と共に、最後の一人の要望に適うと思われる金属の素材も一緒に持ち出していた。
この作業が完成すれば残りは一人分だけ、という暢気なことを考えていたセレナは、店主のこの後の計画を聞いて気を引き締めた。
「ねぇ、テンシュさん。エルフの子の依頼なんだけど」
「余計なこと考えんな。集中しろ。お前にも力が見れるならここはお前に任せて俺は別の仕事するつもりだったんだから。それをこうしてミスがないように付き添ってんだから時間のロスを増やすな」
そんなセレナが発した言葉は、彼女自身何か強い意思を持ったためか店主から叱責を受けても止まらなかった。
「金属板じゃなくて鎖にしたらどうかな?もっと動きやすくなるし金属板よりも手間はかからないよ? 私が魔術で細かい金属の輪をたくさん作る。その中で防具に適した輪を店主が選んで並べる。私の術でそれを連ねて防具の形に整える。どう?」
セレナに作業を集中させようとしていた店主は、彼女の手元から顔に視線を移す。
その顔は驚きに満ちていた。
彼女の考えは残り一人の装備品の製作期間を短縮し、二人の負担を軽くするものだったからだ。
店主はセレナの提案を歓迎した。
だがまずは、目の前の四種の武器防具の完成を目指す。
店内からも日が沈んだ外の様子は分かる。
高い天井に挿げられているランプのようなシャンデリア風の照明具に明かりが灯された。
太陽光だろうが店内の照明だろうが、手元が明るければ仕事に障りはない。
「結構時間がかかったな。十二時間か」
外は夕闇から夜の闇に変わってしまっていた。
しかし店内の作業場は、カーテン越しにその光が外の通りに向けて放たれるほどの明るさに包まれていた。
二人の作業を遮るものは何もない中で、とうとう四人分の装備品は完成した。
改良する前の武器と杖を作ったセレナは、自分が完成させた最初の物とは違う装備品が出来上がっているように見えた。
自分の作った物が見劣りしている。
しかしそんなことで凹む時間はない。
セレナは大量の金属の塊に術をかけ、鎖を作るための小さな輪をその中から一個取り出した。
店主はそれを基にして、防具作成に適したさらに小さめな輪を作るように指示を出す。
その塊のどこから取り出しても構わない。使用するかどうか、使用するならどの部分で使うか、そんな問題は後で残すことになるが、店主の頭の中ではすでにその問題はクリアしている。
「よし。これを大量に作ってくれ。で、その中から選んで鎧……って言うかスーツか? それに似た形に並べるようにすればいいな。よし」
五秒ほどで輪が一つ、その塊からこぼれるように生み出される。
店主は一個ずつ手にしてその力の込められ具合を見る。
寸法に基づいて並べていけば終わる作業ではない。
体の部位によっては、異なる質や種類の力の輪を宛がう必要が出てくるし、新たに出てきた輪の方が効果があると分かれば、先に並べた輪と交換することもある。
製作にかかった一人当たりの時間よりも当然長くなる。
気が遠くなりそうな作業。しかし完成に向けて確実に進めていく。
日付が変わる前に輪を並べる作業は完了した。
この防具作りはセレナの出番が多かった。
もっとも金属の輪の列が乱れないように監視する店主なしでは出来なかった作業だったが。
「……完成……でいいのかな? 作業してる間はゴールは見えなかったけど、終わるもんだねー」
「途中でお前、絶対何かやらかすと思ってたが……なかなかやるじゃねぇか」
「テンシュもなかなか見事なもんだったよー」
「はっ! 言ってろよお前」
店主は既にセレナを呼び捨てにしていたが、この仕事でセレナも同じように呼び合える間柄になった。
日付は午前二時を指している。
「泊まるよね? でないとテンシュ、このまま自分の世界の時間に戻っちゃうからね」
店主はセレナの言葉に甘える。
しかし。
「ここでいいわ。曲がりなりにも女性の一人住まいにずかずかと踏み込むほどデリカシーないわけじゃないからな」
「こっちも別に気を遣うわけじゃないけどさ。だからと言って作業机の椅子に座って寝かせるような無神経でもないよ? それに埃まみれだし、お風呂でも……」
セレナが最後まで言い切る前に、店主は作業場の椅子の上で既に眠りに落ちていた。
そんな彼を見てふと思う。
彼の店でもこんな働き方をするのだろうか、と。
「何もこんなに急いで完成させなくてもいいのにね。……おやすみ、テンシュ」
腰のあたりにタオルケットをかけてから店内の照明を落とし、セレナもようやく寝室に入る。
日付は変わったが、二人にとってこの長い一日がようやく終わった。




