初めての常連客と初めてのトラブル 1
「ぜぇ……ぜぇ……、す……すいません……、ここ、武器屋ですか防具屋ですか……ぜぇ……ぜぇ……」
押しかけるなり息も絶え絶えの五人組。
いかにもな防具を身につけた彼ら。見ただけで冒険者チームということは分かる。
しかし使い古しであることも分かるし、それが新品であったとしても劣悪な装備であることも店主には分かっていた。
彼らの振る舞いにも余裕はなく、威厳の欠片もない。
世界は違っても、時代も違っても、そしておそらく種族も違っても、そう感じさせる挙動は似たようなものなのだろう。そんな似た行動をとる者に心当たりはあった。
自分の後を追いかけて来て『天美法具店』に入社してきた炭谷と、入って間もない大道もそうだった。
そして初めて宝石職人の道具を手にした時の自分もおそらくこうだったのではないか。
店主はその五人の姿を通して、ふと昔の自分を省みる。
「新人、か」
仕事以外の雑用を持ち込んでほしくない店主は、やや渋い顔をする。
確かにセレナには念を押したが、外部から飛び込んでくるとは思わなかった。
だがその店主の思わず口にしたその一言が自らが嫌う余計な雑用を呼び寄せることになった。
「は、はいっ! 新人です!」
「なので、どこの店からもろくに相手にしてもらえないんです!」
「もうほかに頼るところがないんです!」
「どんなものでも構いません! 何か譲っていただけるものはありませんか!」
「何でもしますから!」
今何でもするって言ったよな? とつい口に出しそうになる店主。
だが今はそれどころではない、と店主は首を横に振る。
それにしても、と店主は昨日のことを思い返す。
昨夜来たのは鳥の亜人。
そして今目の前にいる五人のうち、筋骨隆々だが人間とは思えないほど背が低い男が一人。
そして防具と言うと鎧を連想するが、それよりもどこぞの絵本に描かれているようなローブに近い衣装をまとった背格好が似た二人の顔は、明らかにワニ……いや、トカゲか。いずれ爬虫類の亜人に見えた。この二人は女性らしい声を出す。
昨日もそうだが、人間以外の存在を目にする店主は、改めて異世界にいることを実感する。
そう言えばショーケースを運んできた業者も、人間とはかけ離れた姿であることを思い出す。
「面倒事はごめんなんだが今何でもするって言ったよな? セレナ、こいつらにも何か手伝ってもらおうか。それに免じて事情は聞いてやる。ただし俺が聞き届けるかどうかは別問題だ」
「テンシュさん。聞いてあげようよ。必死になるお客さんはたくさん見てきたけど、ちょうどいいタイミングで来てくれたんだもの。手伝ってもらった礼に注文の初仕事ってのはどう?」
「……セレナが良けりゃ別にいいさ。だが俺への報酬は遠慮なく請求する。それで良ければな。それが嫌なら今この店で手伝ってもらって、その礼に話だけ聞く。その後のことは商談といこうか」
店主とセレナの会話を聞いて、まるで自分達の用件を忘れたかのように五人はぽかんとしている。
それどころか自分達の用件よりも重大な件を見つけたかのように慌て始めた。
「あ、あの、『セレナ』って……まさか……あの……」
「単独冒険者十傑のセレナ=ミッフィール……さん? エルフ族の女性だし……」
「え? えぇ、ま」
五人の目に緊張と興奮の感情が入り込んでいく。
しかしそこに店主が水を差した。
「はい、待った。お前らはこいつに会いに来たのか? それともこの店に用事があってきたのか? この店も今忙しいんだ。野次馬相手にしてる場合じゃねぇ」
自分のことが話題の中心になりかけて慌て出すセレナ。
店主の機嫌を損ねて帰られるのは、あまりに不本意すぎる。
店主には、冒険者達から見たセレナの存在価値がどれほどの物かは分からない。
どんな冒険者でも憧れるほどの強さがあれば、店主ですら美しさを感じる外見が兼ね備えられているのだから見惚れたり浮かれたりする気持ちは理解してやれなくはない。
しかし自分の置かれた立場を忘れるような連中なら、新人の名目で甘やかすのも問題だし、自分に用がなければ話を聞く義理もない。この店で働く者であったとしても、店主のホームはここではないのだから。
「す、すいませんっ! それでお手伝いすることって何でしょうかっ!」
店主と同じ人間らしい種族の男が直立不動で店主に訊ねる。
言うことさえ聞けば自分達の要求も聞いてくれる。店主は、そんな調子のいいことを考えていそうな気がしないでもないような気がした。
だが都合のいいように動いてくれると思っているのならそれでもいい。話を聞かずに追い出すまで。
展示品を並べる前に店内の掃除は済ませたようだが、運び入れた品物にも埃がついている物もある。
「掃除、してもらおうかな。ちなみに入り口付近にあるショーケース、それに背を向けているソファは今入ってきたばかり。綺麗にしようとして逆に汚れがひどくなることもあるかもしれん。そうなったら話を聞くのもなし、な」
物を壊さなければいい、ではない。
不可抗力でも汚れが染みついてしまっただけでも、頼みを聞く事すらしてもらえない。
飛び込みでやってきた五人組は慎重に品物と店内の汚れを落としていく。
それでも、店の勝手を知らないとはいえ、手伝う者が五人も増えれば作業も進む。
掃除はいつまで続けるのかを聞いていない彼らはゴールの見えない作業を延々とさせ続けられる
しかしその集中力は途切れることがない。
店主が掃除終了を告げる声がかかったのは、『法具店アマミ』新装開店の二十分前だった。
「それで……その……、私達のお願いの件は……」
店主が要望を聞くには十分の仕事内容だった。
バイト代を出しても構わなかったが、それよりもとにかく話をしたがっている五人。
「で、何の用だ? 手短に話せ」
つっけんどんな言い方で五人に話を促す。
「あ、えっと、初めまして。俺は人種のワイアットと言います。『風刃隊』っていうチームのリーダーをして……」
「お前らが何を希望してここに来たのか。それだけでいい。俺は物を作るしかしねぇからな」
彼らは失礼のないように順番立てて話を進めていくつもりだったが切羽詰まった事情があるようで、そんな店主の突き放したような物言いにも動じない。
一方セレナは軽くあしらい追い払うつもりではなかろうかと勘繰って一言入れようとするが、人種族の男の話の方が早かった。
「能力を増幅させたり冒険者としての成長を早めたり、足りない力を補ってくれる武器や防具、道具を俺を含めてみんなに作ってほしいです」
「……五人になら一人一品ずつにする。金とかその代わりになるような物はそんなに持ってないだろ? まぁ新装開店してから初めての客だしセレナへの報酬はなしでいいや。俺への報酬は……お前らから見て特別と思える石でいい。宝石とかならなお良し、だ」
「ちょっとテンシュっ!」
セレナは、無報酬でも構わないとは言っていない。
しかし身に着けている物のみすぼらしさを見れば、彼ら五人には手持ちがほとんどないことくらいは誰でも判断できる。そんな者達からどうやって金をとるというのか。
新人故に実入りのいい仕事は回ってこないだろうし、そんな仕事があったとしても彼らの手に余るほど難易度は高い。
ゆえに報奨金も手に入れられない。
今のような雑用をこなしても、生活費の足しにはなるだろうが五人分あわせて何か一品を手に入れるのが精一杯だろう。
だが店主への報酬が宝石や鉱物とすれば、その条件でようやく釣り合う見立てとなる。
セレナは大いに不満を感じるが、店主が聞こうともしなかった彼らの事情になにかあると思い直す。
店主への支払いの条件を提示したこともあるし、何より明らかに冒険者としては経験がまだ浅い者達にはどんな装備が向いているかという参考にもなる。
何より文句をつけて、店主にへそを曲げられたりしても困る。
「となれば、何が欲しいかって話になるな」
店主が五人にその希望を聞く。
即座に爬虫類の亜人二人が声を上げる。
「「私は」」
「回復」
「攻撃」
「「と補助の魔法がついてる道具がほしいです」」
「どっちがどっちか分かんねぇよ。まぁ作ってほしい物は分かった。ほかは?」
「私は武器を。丈夫で攻撃力が高い物でなるべく軽く」
普段から丁寧な口調なのだろうか。手伝っている間からその言い方は変わってなかった背の低い男が希望を述べた。
「俺は防具だな。これじゃ心許ない。なるべくこいつみたいに露出が少ない物を……」
セレナと同じくらい背の高い男は背の低い男の装備を差しながら答えた。
そして最後に人種族の男が答える。
「両手持ちの剣を希望する。敵からの攻撃から身を守ることが出来るくらい幅が広い刃渡りの物を」
店主は五人から一通り、欲しい装備品の希望を聞いた。
しかし些細な問題が一つある。
全てゼロから作るには時間がかかってしまう。完成するまでの間に、この五人はどんな生活になっているか想像もつかないと言うのは大げさでも何でもないかもしれない。
となると、手っ取り早く彼らの望み通りの物を作り上げる方法はただ一つ。
「お前ら、ここにならんである物で理想の物はあったりするか? なきゃ無理して言わなくていいが」
要望をまとめたせいか、五人は展示品を見て回る。
ひょっとしたら一生ものの装備品になる。そんなことを思ったのかもしれない。
候補から外れている物であっても、一つ一つ、穴が開くくらいにじっくりと見ている。
目ぼしい物を最初に見つけたのは爬虫類の亜人二人。
二人とも同じ太めの杖を手にする。しかし長さが違っていた。
片方は肩から床まで着く長い杖。もう一人は腕の長さほどの杖。
「私のは回復と補助の力がこれにあれば」
と肩の高さから床まで届く長い杖を選んだ一人。
「あたしのは攻撃と補助がいい」
もう片方は、指先から肘くらいまでの長さの杖を持ってその希望を言う。
「どちらも補助をつけて、長い方に回復、短い方には攻撃の系統な。他はどうだ?」
同じ背格好に同じ顔にしか見えない二人。
店主は彼女ら二人の要望を復唱し、間違えないようにメモを取る。
「私はこれを。さらに丈夫さを高めてもらえれば」
背の低い男は、二本一組の斧を店主の前に持ってきた。
「一人一品つったけど、一組っつんなら目ぇつぶるか」
背の高い男は困った顔をしている。気に入った物がないのか何も選ばない。
「一つだけなんだろ? 胴だけじゃなく腕や足も防御できる防具なんて一つじゃ間に合わねぇよな? どの店でもパーツごとに分けられてたからなぁ……。背が高ぇから一つだけで全身覆える物って……見当たらねぇなぁ……」
「そういうことなら問題ねぇよ。まぁ今よりはマシな防具作ってやる。セレナ、こいつの体型とか、寸法測っといてくれ」
店主は何かアイデアが浮かんだらしい。
「俺はこの幅の広い剣に、鍔が柄の周りを囲うような感じの物が欲しい。刀身自体に魔法と物理の防御力が高かったら文句はないのだが」
最後に希望を店主に伝えたのは人族の男。
両手で扱う大きな剣の鍔は握った手を隠す程度の物。
その範囲がもう少し広めの物を望んだ。
「日本刀の鍔みてぇなもんか? それに剣としての能力を上げると」
店主は腕組みをして考え込む。
理想の形を頭の中で描く。
「あ、あの、それで引き受けてくれるんでしょうか」
「うるさい。今考えてるところだ」
それ以上口を開くようには見えない店主を、五人は不安げに見ている。
その店主は、すでにどういう工程で製作を進めていくか、頭の中であれこれと考えを巡らせていた。




