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美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます   作者: 網野ホウ
巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇

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『天美法具店』の店主が異世界で職人として 3

 昼頃の来訪者は何者なのか。

 セレナの世界から帰ってきた店主は、『天美法具店』に戻ってから始まった社内会議で質問攻めにあった。

 宝石との関連の質問は来なかった分、彼女の素性を探る質問をされずに済んだ。

 九条からは激しい叱責は受けたが、それに比べればまだ気楽な方。

 つくづく余計な口を開かなかった自分を褒めたい気持ちになりながら、この日の業務はすべて終えた。

 一難去った後の一仕事は翌日の早朝。

 こちらの世界のような業務時間というものが、セレナの世界にあるのだろうかと店主はつい疑問を持つ。

 セレナの店に着いて、すぐに彼女から報告を受けた。


「今日朝一番でショーケース六台届けるって」


「この世界じゃ初めて作られる物なんだろ? まさか徹夜で作ってくれたんじゃないだろうな?」


「一台作るのに二時間かからないって。いろんな寸法の素材がいつもストックされてるみたいね」


 思い返してみれば、店主が初めてセレナの作った改良作業で、一番時間がかかると思っていた接着の工程が、セレナの魔法でほとんど時間をかけずに終了させていた。

 作業時間の短縮がここで出来るなら、『天美法具店』での作業をこっちに持ち込んで進めたら効率が上がるかもしれない、などとつい考えてしまう。

 こちらの世界の便利さになれる訳にはいかないという自分への戒めが、意外ときつい。


「……あのね、テンシュさんからは何度も気を遣わなくていいって言われてたけど」


「ん?」


「流石にこんな早い時間に来るなら、朝ご飯は食べてないでしょ?」


「そりゃまぁそうだな。顔洗うくらいはしたけど……あ、ひげ剃ってねぇや」


「ご飯、いつも余分に用意してるんだけど一緒に食べない? ショーケースは何時に届くか分からないし、ボーっと待つのも仕事しながら待つのも、途中で止めなきゃいけなくなっちゃうかもしれないし」


 昨日言い残したセレナの仕事の手伝いくらいはとも思ったが、店の中は既にがらんどう。

 作業場の仕切りも完璧に終了し、掃除もそれなりに済ませていた。


「あまり借りは作りたくはないんだが」


「借りにもならないわよ、こんなことくらいで。私の朝食のついでだもの」


 既に建物全体に通訳の術をかけているセレナは、そう言うと住まいの二階に店主を招いた。

 そういうことなら、と店主も素直に受け入れる。

 一階同様、二階も『天美法具店』と違う点が一つあること以外はほとんど同じ間取り。

 その違う点は、壁があるのは浴室とトイレだけということ。

 寝室すらもカーテンで仕切られているだけ。しかもベッドの周りを、である。


「化粧とか……はしないのか。冒険者と兼業なら化粧しても無意味……ってその顔、すっぴんか?!」


「すっぴん……。あぁ、素顔のことね。昨日のテンシュさんの本の中にそんな言葉あったわね。うん、その通り。でも中には魔術を組み込む化粧をする人もいるけど、滅多にいないかな。……向こうのテーブルに座って待ってて。後は温めるだけだから」


 化粧なしでの、おそらく初対面なら誰でも見惚れると思われるような美しさは、手を加えられたものでも美しさを増す魔法をかけた結果でもない。

 美術品かよ、とつい口に出てしまうが、セレナは気付かないまま食事の用意を終わらせる。


「じゃ、ササッと済ませちゃいますか。いただきますっ。……ふむ、今日も悪くない」

 

  店主の目の前に並べられた料理の種類は決して少なくはない。

 おそらく体力勝負の仕事だからある程度は食にこだわる必要はあるのだろう。

 昼は店屋物、朝晩は腹が膨れれば問題ないと考えている店主にとっては豪勢とも言える。

 しかし自分に出された料理はついでと言うのは、セレナの前に並んである量を見ればよく分かる。


「普通の大人の三人分はあるよな……エンゲル係数が気になってしょうがねぇ」


「何言ってるの? 早く食べないと冷めちゃいますよ?」


 セレナに促されて口に運ぶ料理。その味はなかなかのもの。

 世界が違うと価値観も違うはず。

 それでも味覚は共通という不思議な感動を得る。


「……朝飯を誰かと一緒に食べるなんて、出張以外は久しぶりだな」


「家族は? いないんですか?」


「お袋が先に亡くなって、親父は……四年くらい前に亡くなった。一人暮らしだがあまりそんな気はしないな」


 似ているのは建物ばかりではない。

 セレナも一人で生活をしている。

 家族と同居しながらこの仕事をする者はまずいない。

 だからと言って離れて生活することを、どの家族も必ずしも望んでいるわけでもない。


「私、訳ありってこともあるけど、お兄ちゃんに憧れちゃったからねー」


 セレナは家族からは引き止められることはなかったことなどを勝手に語り出す。


「……セレナは、ひょっとして自分も当てはまると思ってないんじゃないか?」


「私か当てはまる? 何のこと?」


「その憧れのお兄ちゃんとやらに早く会いたいんだよな?」


 助けてあげたい、見つけたい、手掛かりを探したい。

 常にそんな思いが入れ代わり立ち代わりなのだろう。店主の確認の言葉に、セレナはやや表情を暗くする。


「けどそれ、セレナだって他の誰かからそう思われてたってことじゃないのか?」


 セレナは今まで思いもしなかったことなのか、驚いたような顔を店主に向けた。

 が、店主は表情を一つも変えずに話を続ける。


「俺がここにきている目的は、お前らのそんな思いを分かち合うためでも、再会の感動を演出するためでもねぇ。ましてやお前のお兄ちゃんとやらを探す気はねぇぞ?」


「え? だって昨日……」


 店の仕事よりも手伝ってほしいことを店主にようやく伝えることが出来た。

 そしてそれを店主は了承してくれた。

 言ってることが逆ではないか。いや、嘘をつかれたのか。それとも自分が店主の返事を誤解してたのか。

 セレナは一瞬呆然とする。


「あのな、改めて確認するぞ? 俺が頼まれたのは、そのお兄ちゃんを探すための協力をしてくれって言われたと思うんだが? 一緒に探してくれと頼まれた覚えはねぇぞ?」


 同じことじゃないの?

 と眉間にしわを寄せながら目をぱちくりするセレナ。

 依頼の解釈に食い違いがあっては困る。

 誤解を解いたら即拒絶などされたら、それこそ希望がどこにも見えなくなる。


「通訳の術はこの中だけで外までは効かないだろ。この店じゃ中にいる人全員が対象になるようだが、俺の店にかけた術は俺とお前にしか効果がない。術をかけるにも設定が必要なんだなって思ったが、まぁそれは置いといてだ。時間の経過のこともある。店内にいる限り、俺の世界の時間経過はないようだが、店外にいたらどうなるか分からん。文字も読めなきゃ会話も出来ん。つまりこの世界じゃ、俺がこの店から出て活動するデメリットが多すぎる。迷子になったら戻ってくる自信もない」


 言われてみればその通り。

 通訳の術は空間が限定された区域にしかかけられない。

 言葉が通じない時の不安は、店主の世界に飛ばされた初日、そして昨日と既に体験している。

 『天美法具店』の店舗に、何度術をかけたくなったか。

 店主が現れるまでの時間は決して長くはなかったし状況はそれぞれ違ったが、その二回の気の遠くなるほどの心細さは、どんな難局も切り抜けてきた熟練の冒険者でもその勝手が違い過ぎた。

 ましてや店主は一般人。店主に危険な目に遭わせない、余計な心労をかけさせないという決意もある。


「ま、この世界での俺の主戦場はあくまでこの店の作業場だ。それがセレナさんのその願いが叶う後押しになりゃ最上だがな。けどその前にお前にとっちゃ残念なことに、お兄ちゃんの手掛かりを持ってくる人数よりお前の無事を確認する人数の方が多いと思うぞ? さっきも言った通り感動の演出をする気はねぇし、それが直接お兄ちゃん捜しに繋がるとも思えねぇ」


 セレナの顔には悲しみと喜びが入り混じった複雑な表情が浮かぶ。

 その捜索相手との対面は自身の無事が前提。その前提は成立しているからセレナには何の問題はないのだが、それを喜ぶ周りの人達にはありがたいと思うが、やはりセレナにとって大切なのはウィリックの無事なのだ。


「だからセレナさんが求める俺の特別な力は、物の持ってる力を活かすことで発揮される。つか、それ以外に使い道はない。だからその発揮された物を使ってセレナが何とかするしかない」


 実際セレナも、店主がセレナに何かをしたわけではない。

 彼のしたことは、店主の世界からセレナの世界に移動できそうな力があるかどうかを探し、あの大きな宝石岩がその力を持っていそうなことに気付いただけである。

 しかしそれでも、セレナが自分の世界に戻って来れたのは、店主の力なしでは出来なかったこと。

 その力を応用すれば、他の行方不明者の探索や生還、帰還も捗るかもしれない。


「それと、昨日改めてセレナさんの話を聞かせてもらったが俺に依頼する目的はそれだけでいいんだな?」


「それだけ……って?」


「そのお兄ちゃんや行方不明者全員が見つかったら、お前の依頼は達成されたとしていいのかってこと。だとしたら、それ以降はあの扉を撤去する。それでいいよな? その前にこっちの岩の撤去は絶対してもらいたいが」


「え?」


 またもセレナには予想外の店主の言葉が彼女に届く。

 店主の言葉に感情と思考が追いつかない。


「えっと……私……」


「俺はどっちでも構わねぇよ? これも何度も言うが、宝石、鉱物を報酬にしてもらえるならな。この世界の金銭なんか、俺にとっちゃ何の価値もない。いきなりクビって言われりゃ流石に未練は残るかもしれねぇが、だからと言って自分の意志でこの世界に居続けるつもりはねぇ。俺は俺の世界の住人だからな」

「私はっ!」


 自分にとって大事な人を助けることで精いっぱい。助けた後までは考えていなかった。

 しかし今のセレナにとって貴重な店主の力という戦力は、その後のセレナにとってもその価値は変わらないはずである。

 だがそれこそ自分の我儘ではないだろうかと迷う。

 同じ危険な目に遭ったら、まずは我が身の安全を先に確保するだろう。周りに仲間がおらず一人きりだったらなおさらである。

 そんな状況で店主と出会い、何の取引もなく、苦労の見返りもなく、彼の善意で助けてもらった。

 

 しかしウィリックを助けた後は店の手伝いをしてほしいと願うのはまさしく我儘ではないかと悩み始めた。


「何をそんなに迷ってるんだ。ただの契約だろ? それに条件を付ける。俺にとって条件が見合ったものでなければ話は終わり。釣り合えば成立。それだけのことだ。最初はてっきりこの店の手伝いをするだけとばかり思ってたからそんなに深く考えんな」


 頼むのか頼まないのかはっきりしろ、というつもりの店主の言葉だったようだが、余計なトラブルを持ち込まれたくない者ならばセレナをそのまま放置して、何も言われないから手伝わないと決めるのが普通だろう。

 わざわざそのようなことを口にしたのは、店主にも人の好さがあるのかもしれない。セレナは自分の思いの後押しをしてくれたような気がした。


「うん……じゃあ出来ればウィリックが見つかった後もお手伝い、お願いします。報酬はそれまでと同じように宝石や鉱物での支払いをお願いします」


 セレナは重要な用件のつもりだったが店主はあっさりとそれを引き受けた。


「だがくれぐれも言っとくが、お前との客との関係に俺を巻き込むなよ? 俺がここで相手をするのはこの店の客であってお前の客じゃねえからな?」


 客の目当てを見極めさえ出来れば、店主の希望通りのことは出来る。

 店主はここを、決してプライベートを持ち込むことのない職場と考えている。

 逆にこちらのプライベートな事情に店主を引き込むことをしなければ、何の問題もない。

 セレナは店主の要望に大きく頷いた。

 話が一段落着いてしばらくしてから、店の入り口のドアからノックする音が聞こえてきた。


「ご注文の品届けにあがりましたがいらっしゃいますかー?」

 

「来たっ! はーい、今開けまーす」


 時計の針は七時を回ったところ。

 二人の予想した到着時間よりもはるかに早く、ショーケースを製造した業者がやって来た。

 

「まさかこんなに早く来るとはな。品質はともかく、形ばかりは店になる。新装開店とするかどうかはセレナに任せる。こっちの仕事は量とペースの変化だけになる。お前からの依頼の障害にはならんから安心しな」


 セレナは力強く店主に頷いた後、急いで一階に駆け下り、店主はセレナの後をゆっくりとついていく。

 足にキャスターがついている六台のショーケースが運び込まれ、セレナの記憶と店主の指示で『天美法具店』と同じ位置で固定する。


「ソファ、お持ちしましたー」


 その作業の途中で、今度はソファが届く。それも所定の位置に設置。

 それぞれの業者に支払いを済ませた後は、前日予定を立てていた展示品を、その中に見栄えよく置いていく。

 それをすべて終えてもまだ仕事はある。

 店内の品物を全て倉庫に持って行ったのだ。

 開いている壁際やフロアへ、客が動きやすく、そして展示する品物を見やすくするような配置に武器や防具を店内に持ち込み飾り付けていく。

 しかしそれらもいずれは改良される品物。

 展示しては取り外す二度手間になることは間違いないのだが、全部改良してから展示して開店する計画にすると、その日はいつになるか分からない。

 店主はその作業をセレナ一人に任せ、自分はと言うと早速その改修作業に取り掛かる。

 こうしてセレナがその仕事を終えるが、意外にも時間はかからず、この店がある村の他の店もまだ開店する前の時刻。


 ところがである。

 業者が出て行ってからずっと開けっ放しの出入り口に客と思しき五人組の男女が駆け込んできた。


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いつも見て頂きましてありがとうございます。
新作小説始めました。


勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした
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