『天美法具店』の店主が異世界で職人として 2
異世界でも日が沈む。
開店はまだだが、正式に新たに名前をつけられた『法具店アマミ』。
その店内に照明が付けられる時刻。
外から見たこの建物の様子は、まだ暗くはない時間帯でもこの明かりが目立つのか。
普通なら閉店間際の時間だが、それでも入ってきた理由は別にあった。
「あ、ジュアッド。うん、帰って来れた。心配してくれてありがとう」
「良かった……ほんっとーーーに良かった! この店がなきゃ、俺は何にも出来ねぇからよ。行方不明になったって聞いてたまげてよ。本部にまで行って確認したら生存者リストに入ってるって聞いて、とるものもとりあえず急いで来てみたって訳だ。……元気そうで何よりだ」
店に入ってきた鷲の亜人はセレナの顔を見るとすぐにその両手を手に取る。
会いたくて心配で、元気な姿を見て安心して、そんな感情が湧き出ているのが、種族が違う店主でも分かる。
「うん、ありがとう。でも喜んでばかりもいられない。行方不明者がまだたくさんいたでしょ?」
「けど生還者がいたってのは朗報だ。みんな喜ぶと思うぜ? でも……店、片付けてるのか? まさか店を辞める? 看板の名前変わってたからさ」
ジュアッドと呼ばれた人物は店内をあちこち見るために左右に素早く首を動かす。店主には、まさしく鳥その物の動きに見えた。
そしてその目は店主を捉えた。
「ううん。店の模様替え。ちょっと高品質になるかもしれないから期待してていいよ」
「元からすごい武器とか作ってたけどさらに上に行くのか。そいつはすごいな……。……で、あの人は誰? 人? 純粋な人種って珍しいな」
「この人のおかげで戻って来れたの。魔術とかは出来ないけど、この人なしじゃ帰って来れなかった私の恩人! 模様替えするのはこの人もこの店に関わってくれるから。テンシュさん、この鳥さん、ジュアッド=バーラムって言うの。ずっと前からの常連さんよ。よろしくね」
「ジュアッドだ。セレナが世話になった。俺からも礼を言う。ありがとうな」
鳥の体毛に覆われていても、普通ではない筋肉がついていると分かる腕。そしていかにも鷹の足っぽい手。握手を求めているのだろうが、普通の人間なら簡単に骨折しそうだ。
しかし店主の対応は、セレナもジュアッドも予想していなかった。
「……さっき言ったろ? 俺の仕事は宝石加工を中心とした仕事。元はと言えばセレナからの依頼。その背景や事情は聞かせてもらった。依頼を受けた者の当然の権利だ。だが依頼主は頼む相手の事情を知らなくても問題はないはずだろ? それにお二人さんのうれしい再会に水を差す気もない。またいつもの時間にくるよ。セレナ一人で出来る仕事は一通り伝えたし、伝え忘れがあったとしても取り返しはつく仕事だからそんなに気にしなくていい」
「え、ちょっとテンシュさん? 挨拶くらい……いえ、休憩くらいはしていったら?」
「言ったろ? 俺に気を遣う必要はねぇって。それよりその客と積もる話あるんじゃねえか? お客さんよ、俺のことは気にしなくていいからゆっくりしてってくれ。お先に失礼」
会いたくても会えなかった相手にようやく会えた。
その喜びと言ったら、言葉では言い表せられないだろう。
純粋に、その喜びに浸ってほしいと店主は思っていた。
水入らずで存分に喜んでほしいというのは本音だった。
だが場合によっては、先に帰る先客に申し訳ない、と後を追うように帰る者もいる。
最後に言い放った「お先に失礼」は、自分は先に帰り相手は残ることが前提だ。
だから相手に「残らなきゃ申し訳ない」と思わせるのが店主なりの思いやりのつもりだった。
そして二人に無愛想な対応した理由がもう一つあった。
セレナの世界に馴染むわけにはいかないのである。
自分の持つ力を有り難いと思われそうなあの環境は、店主の存在の価値を高め、働きを認めてくれる。
そして自分の住む世界にある石よりも、とても価値がある石がそこら辺に落ちていそうな世界。
しかしそんなセレナの世界の常識に慣れ、自分の世界で不便さを感じるようになったら、自分の世界で生活しづらくなってしまう。
手伝いながらも深く関わらない、自分から余計な興味を示さない。
そんな自衛や戒めも必要になってくる。
「石以外にはそんなに関心はないし、無関係な世界で余計な人間関係に絡むと面倒だし、あくまでも俺の住む世界はこっちだから、そっちの問題は別にどうでもいいし……うん、向こうの世界にいる時はそんな方針で仕事するか」
そんなことを考えながら『天美法具店』に戻った店主。
そう言えばこれから社内会議があったんだっけ、とすっかり忘れていたこちらのこれからの予定のことを思い出す。
「あの人、どこの国の人なんですか?」
「社長とどういうご関係なんですか?」
「何であんな態度とったんです?」
事務室に入るなり、セレナのことを聞く質問ばかりが飛んできた。
宝石との関わりの答えばかりしか用意していなかった店主は、予想しなかった質問の答えを一から考えなければならなかった。
みんなと接点を持たせるつもりのないあいつの質問に答えるの、すごく面倒くせぇ。
セレナの世界での店主の口癖が生まれた瞬間である。




