店主とエルフは互いの世界を知る 10 店主とセレナ、物作りの腕の差
互いの異世界に移動している間、自分の世界では不在になってしまう。
ところが戻ってきた時間は移動する時とほぼ同時。店主とセレナは、周りから怪しまれることなくお互いの世界へ自由に行き来出来ることを確認できた。
あとは行った先でどう思われる、という問題がある。
セレナの方は問題はない。
彼女の世界にも店主のような人間の種族はいるし、魔法が使えないという者も普通に存在する。
しかし店主の世界では彼女の世界に存在するありとあらゆる物を受け入れる器がない。
少なくとも店主はそう感じている。
セレナの種族のエルフだの、彼女が使う魔法だのは想像、妄想、夢物語の世界。
店主の世界でそれらが入り込んでしまったらば、世界の国々の力の均衡があっという間に激変してしまうだろう。
世界は平和を望んでいる。しかしその平和を維持する力の争奪戦が世界中で繰り広げられるかもしれない。
あるいはそれらすべてを拒絶する考えも生まれるだろう。
時間をかければ説き伏せることも出来るだろうが、日本の田舎町の店の一経営者にそんな事が出来る訳もなし、その責任者になれる訳でもなし、なるつもりもなし。
つまり、店主の世界はセレナの世界を受け入れられる状態ではない。
そこでセレナにはなるべく『天美法具店』に来るのは避けるように強く伝えた。
逆にセレナからは、定期的に自分の道具屋に来て欲しいことを強く頼まれる。
「じゃあ俺の店が始まる前か終わった後に行くことにしようか。ただし、お前さんもあの岩を撤去する算段、なるべく早く立てろよ」
その決まりを作ってからは店主は毎日セレナの道具屋に移動して、きちんと計画を立てているか監視しながら最初の約束通り、気ままにセレナの造った道具の改良作業をしている。
とは言ってもその店主の腕前は、セレナはまだ未確認。
今現在セレナの作った物と店主が改良した物の違いを見てもらう客の募集中である。
その翌日から店主はそんな生活を始める。
店主にとってセレナの店に最初にやってきた客は、ワニ、カメ、魚の亜人の冒険者三人の『スケイル』と名乗っているチーム。
常連客の一組ではあるのだが、彼らも他の地域に長期の仕事で出ていたため、セレナが巨塊討伐に参加したことは知らない。
セレナが店主の事とこれからの商品の展望を説明するとリーダーであるワニの亜人、リバーバがその検査係を引き受けてくれた。
「へぇ。面白いことやってんな。試しに使ってみてくれってことか。いわばリサーチっつーか、レポートしてくれってことだな? 分かった」
それから数日が過ぎて再来店してきた『スケイル』は、二人には興味深い双剣の感想を持ってきた。
「セレナさん、この双剣なかなか面白いな。左右同じ力を持ってるもんだと思ってたが、特徴……っつーか、使い勝手が違って面白い。まぁ片方はもう片方にちょっと力不足を感じたが……」
入ってくるなり彼の周りの空気が震えるような響く声で双剣の感想をセレナに伝えるリバーバ。
柄に糸を巻き付けた方がおおむね好感触を得たようだった。
「えーと……糸がついてない方はどうだったかしら?」
「んー……まぁ、悪くはなかったって感じかな。特にコメントはないな」
「でもリーダー、途中からその糸がついた剣だけを使うことも多くなったよな」
魔物討伐の仕事を振り返ってカメの亜人がリバーバの感想に追加する。
「お、おい、ランディ、そゆ事言うなよ。曲がりなりにも双剣だぞ? 片方だけ使うなんてなぁ……」
「私に気を遣う必要ないわよ? そう。そういうことか……」
彼らの反応を見たセレナはやや声が低くなる。
セレナの本業はあくまで冒険者。道具屋と道具作成は兼業である。
とはいえ、本業を続けてきた上で道具屋や武器屋、防具屋に対して物足りなさを感じてきた。その不満を自分で解決するためこの道具屋を始めたのだが、解決できた完成品の数々を軽く超える評価を店主は出した。
ある意味での悔しさを噛みしめる。
「あの人が作ったんですかい? 見た所純粋な人種ですよね? あーゆーモン作れるんですねぇ」
「あーゆーモンって、どういうの? 具体的にどんな効果があったかまだ聞いてないわね」
「いや、切れ味は抜群だし、何やら魔力が付随してたっぽかったっすよ? 魔法の補助効果もあったみたいでさぁ」
「ディームの言う通り、武力魔力がこっちより一回り……二回り上回ってたって感じたな」
三人の話を聞きながら、セレナはその双剣を何度も見比べる。
優れていたのは間違いなく店主が手を加えた剣だった。
店主は隣の作業場で改良作業をしている。
それでもこの三人の話は耳に入っていて、さぞかし優越感に浸ってるんだろうな、と思いながらその店主の方を見ると、周りの雑音をシャットアウトして、額に汗しながら一心不乱にセレナの作った杖を加工している彼の姿が目に入った。
セレナは店主に近づいて呼びかける。
「テンシュ、今の話聞いた? テンシュが手を加えた双剣の感想」
作業場に入りそんな店主に声をかけるが、近寄ったセレナの声にすら反応を示さずその手は動き続けている。
自分のことは眼中にないのかとやや腹を立てたのか、その分声を大きくする。
「ちょっとっ! テンシュってば!」
「うるせぇ! 今仕事中だ! あとにしやがれ!」
店主は即座に顔だけセレナに向けて怒鳴る。
そしてすぐにまた作業に集中する。
なしのつぶてである。
予想もしていなかった店主の剣幕に押され、セレナは再びカウンターに戻る。
「……リバーバ、協力ありがとね。その双剣、両方同じように使えないかもしれないけど無料であげる。こんなサービスは今回だけだけどね」
「えーと……いやー……できればもう片方も同じように加工して釣り合い取れるようにしてほしいいんだが。もちろん金は払うが」
カウンターと作業場はガラスで仕切られているが、作業場から売り場は筒抜けも同然。
店主に気圧されたのはセレナだけではなかった。
リバーバはややうろたえながら、新たに依頼した。
それは、物作り比べで店主に完全に敗北ということでもある。
しかし店主は無関心。リバーバの依頼の話も店主には届いているだろうがその集中力は客の話を遠ざける。店主は作業する手元以外に何も目に入ってない。
やや長いため息を一つつく。
「……分かった。五日後あたりにまた来てくれる? お代の請求はその時にするから」
改修費はまだ分からないことに首をひねりながら、リバーバは他の二人と一緒に店を出た。
作業を止めない店主を疲れたような顔で見るセレナ。
店主が一息つくまで、セレナは何度もため息を繰り返した。




