表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「ひだまり童話館」 参加作

きのせいです

作者: SIN

 小学校の中庭に立っている大きなイチョウの木。

 教師達から強く木登り禁止と言われているその木の上に、そいつはいる。

 どれ位前からそこにいたのかは思い出せないが、あいつがあぁなった瞬間を俺はここから見ていた。

 何て名前なのかを直接聞こうにも、あいつは地上から遠く離れた場所にいる。

 手を振って降りて来いと合図をしても、あいつは空を見上げたまま少しも下を見ない。

 だから俺達はあいつを“新入り”と呼ぶ事にしたんだ。

 最終下校時間が近くなり、台座の上で日が落ちるのを今か今かと待ちわびていると、サラサラと風に揺れる葉音が聞こえた。それと共に唸るような声も。

 どこから?

 首を動かす訳にもいかないから視線だけで音を探っていると、正面にあるイチョウの上の方から聞こえてきた。

 ゴゴゴゴ……。

 少しだけ顔を上げてみると、イチョウの上にいる“新入り”が唸り声を上げる猫と向き合っていた。

 あの時も、似たような事をしていたっけ。

 木に上って下りられなくなっていた猫を助ける為に“新入り”は木に上って行った。随分と警戒されていたせいで何回か引っかかれていたと思う。

 猫の捕獲には成功したが、猫と一緒になって下りられなくなっていた“新入り”は、遠くを見たり、空を見上げたりして気を紛らわせていたと思う。

 太い枝に座ったままの姿勢で、随分と長い間。

 最終下校時間を告げる校内放送とチャイムがなる頃、1人の教師がイチョウの下から声を荒げた。

 コラ、何やってる、下りなさい。

 慌てたのか、驚いたのか、それとも安堵したのか……“新入り”は立ち上がろうとしたんだと思う。けど、長時間同じ姿勢で座り込んでいたんだ、スッと立てなくなっていて。

 猫は空中でクルッと体勢を立て直して綺麗に着地すると、逃げるようにその場からかけて行った。

 “新入り”は猫を助ける事は出来たが、それと引き換えに……。

 サラサラ、サラサラ。

 その直後、イチョウの木の下には木登り禁止の看板が設置され“新入り”はイチョウの遥か上の方から下りて来なくなってしまった。と言う訳だ。

 「フー!」

 また唸り声が聞こえて目を凝らすと、“新入り”は随分と下の方まで下りてきていた。どうやらまた猫を助けたいようだが、今回の猫は気性が荒い。

 「俺はただ、助けたいだけなんだよ?」

 聞こえて来る声は穏やかだ。

 恨みもなにも持っていない?それなのに何故イチョウにい続ける?

 「フー!」

 猫は更に激しく唸り声を上げるから、観念したのか、諦めたのか“新入り”はスルスルといつもの頂上付近に戻ってしまった。その直後、

 「ニャー……ニャァー……」

 猫から聞こえるか細い声。

 助けては欲しいんだな“新入り”以外の誰かに。

 最終下校時間を告げるチャイムと校内放送、校舎内の電気が消えて、校舎内に残っている教師が全員帰ったら、俺達の時間が来る。そんな遅い時間の事、

 キィィ。

 校舎内にいた最後の教師が出てきた。

 サラサラ、サラサラ。

 風もないのに揺れるイチョウの葉から音がする。その音に混じって微かに聞こえるのは、

 「こっちだ、こっちだよ!」

 教師を呼ぶ“新入り”の声。

 だけど九十九でもなんでもない“新入り”の声が普通の人間の耳に届く訳がない。あぁ、だから葉を揺らしているのか。

 直接触れもせずに葉を揺らせるなんて、花子さんレベルの強者じゃないか?

 「ニャー……」

 結局教師は猫の声に釣られてこっちを見た。

 軽い足取りでかけて来る体格の良い教師は、暗い中庭に立っているイチョウを注意深く見上げ、その間にも猫は何度か下に向かって助けを求めて鳴いた。

 「分かった、分かったからジッとしてろ~」

 教師はやっと枝にしがみついている猫を見付け、何度も「動くなよ」と注意をしてから運動場を走って行った。その先にあるのは用具入れである倉庫。多分ハシゴを取りに向かったんだろう。

 ガシャン。

 ハシゴを担いで戻ってきた教師は、イチョウの木にハシゴをかけてゆっくり上り始めたが、猫はそんな教師にすら恐怖して逃げ出そうとしている。それも、よりによってイチョウの上に向かってだ。

 サラサラ、サラサラ。

 ザワザワ、ザワザワ……。

 「こっちに、来るな」

 猫を上に行かせないため。

 そう分かっていてもゾッとする程の気配を放った“新入り”は、更に両手を広げて分かりやすく威嚇した。

 ポテ。

 猫は腰でも抜かしたかのように座り込み、そこへ丁度やって来た教師に首根っこを捕まれ、ゆっくりとハシゴを下りてきた。

 その様子を上から見守っている“新入り”に、地面に下ろされた猫がまた毛を逆立てて威嚇し始める。

 「どうした?まだ怖いのか?」

 あまりにも威嚇する猫を不思議に思ったのか、教師はイチョウの上を、上半身を左右に動かせながら色んな角度で見上げる。

 「フー!」

 なにもそんなに嫌う事もないだろ?確かに勘の鋭い猫にとって“新入り”の存在は少しばかり刺激が強かったのかも知れないが、それでも終始助けようとしてた相手だぞ?

 「なにか……いるのか?」

 ガシャ、ガシャン。

 青い顔で慌ててハシゴを回収した教師は、まだ唸っていた猫を小脇に抱えて走って行ってしまった。

 中庭に戻ってきた静寂。

 さて、どうしよう?

 今なら“新入り”もイチョウの下の方にいるし、何より教師の後姿を目で追っているから下を向いている。

 台座から飛び降り、イチョウに向かって少し走る。

 初めて真正面から見た“新入り”の顔は、まるで化け物が出た、とでも言いたげなまん丸と目を見開いた驚きの表情だった。

 化け物同士、これから仲良くしようや。

 「俺、二宮金次郎。お前は?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 企画を巡ってきました。 新入りを見ている視線が……。 綺麗に収まってすとんと腑に落ちて。 きのせいの透明な感じ。人のよさ。可愛いです。 ありがとうございました。
[良い点]  お邪魔します。遅れながら拝読させていただきました。  新入りが一体何者なのか、語り手が誰なのか、あれこれ想像しながら拝読させていただきました。  そして読み終わったあとでタイトルを見て…
2017/06/07 00:28 退会済み
管理
[良い点] なるほど……気のせいであり、木のせいなのですね! もしかしたら、木の精も? 猫を助けに行って悲劇となった「新入り」が、化け物から進化?して木の精になれるのかもしれません。 ホラー展開だ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ