予備試験1
一晩経って朝になっていた。久しぶりに熟睡出来て、口笛でも吹きたくなるような爽やかな気分だ。
しかし思い返すと昨日はとてもかっこ悪かった。
そんな事はないって?
うーん。ティーナがそう思ってもボクとしてはね……。
むっ、子供扱いしないでよね。
しかし、冷静に考えるとお父様に模擬戦で勝つのは、極めて困難な課題だよ。
うん、お父様はこの街の騎士団の副団長なんだ。だからこの街で常駐している戦力の中で一番強い。
どれぐらいか?
いや、ゴブリン100匹くらいなら、今のボクでも倒せるよ。
オーガ?
あぁそうだね。
お父様が素手ならオーガと良い勝負くらいだと思う。
もちろん身体強化魔法を使ってだけど。
オーガが強くないように聞こえるって?
絶対にあり得ない話だけど、仮に街中でオーガとお父様が殴り合いを始めたら、周辺の建物は跡形もなくなって、一区画くらいは更地になると思うよ。
まあ更地になる前、二、三軒建物が壊れたら柱か何かで、お父様が殴り倒すんだろうけど。
ドラゴンねー。ちょっと話しに脈絡が無さすぎじゃないかい?
あー、うん、ごめんね。
でもね、ティーナの感覚で言ったら、吉田○保里選手にどうやったら勝てるか考えていたところに、『ガン○ムを素手で倒す方法について』と議論されたぐらい別次元の話しなんだよ。
彼女なら倒しかねないって? 嘘でしょ!?
うーむ。……まあ今考えても仕方ないか。取り敢えず朝の日課の訓練をしよう。
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1ヵ月経ち、本格的な夏になった。
ティーナはどうやら観光と読書が好きらしい。
訓練時間以外はよく街中を散歩させられたり、図書館へ行く事を要望される。
おかげで座学の成績も少し良くなった。もっとも、ティーナが答えを教えてくれる時もあるのは秘密だ。
最初ズルは良くないと言っていたのだが、『お前の身体的特徴だから良いだろう?』と言われてしまうと、反論しづらかった。
確かに、ティーナとは一生の付き合いになりそうだし、他ならない自分だし良いよね?
大体ティーナだってそんなに頭が良いわけじゃない。70点と70点が合わさって、85点になったという程度だ。
それはともかく、今ボクは街の外に出ている。騎士科の予備試験の為だ。
騎士科の予備試験は、軍の定期任務のモンスターの間引きについて行き、一人でゴブリンやグールなどを討伐する事だ。
相手は最下級のモンスターだけれども、稀にどんなに模擬戦が強くとも実戦で動けなくなる人もいる。
流石にそういった人を、仮に定員割れしたとしても、騎士科にするわけにはいかないので、この予備試験は行われている。
ところでティーナ。なんでそんなにビビっているのさ? 殺し合いは怖いだろって?
いつも年上ぶっているくせに情けないなー。
ゴブリンだよ。あんなの楽勝じゃないか。ボクがお手本代わりに倒してあげるから、ビビリのティーナは出てきちゃダメだよ。
死亡フラグ? 何だっけそれ?
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一緒に予備試験を受ける同級生、審査官の先生方、護衛の冒険者さん達と共に夜営の準備をしていると、一人の少年兵が近づいてきた。
「お久しぶりです。クリス先輩」
「おぉ! 久しぶりだね。えっと……」
「トーマスですよ。先輩」
そうそう、トーマス君だった。確かお兄さんがボクと同級生で、ボクらが遊んでいる時に後ろからついて来ていた子だ。
「小学校卒業したんだねー。兵士になったんだ」
「はい。まだ兵学校の所属ですが。3ヵ月の基礎課程を修了して、今月から半年間は部隊研修もあるんです」
おいおいこんな小さな子が戦えるのかい? もちろんゴブリンくらいなら倒せるかもしれないけど、数匹に囲まれたら危なくないかい。
「大丈夫なのかい? ボクに口を挟む権利はないけど、君は身体強化魔法も使えないだろ?」
「魔法適正は土属性だけですけど……まあ大丈夫ですよ。これで巡回任務も二回目ですし、そもそも荷運びとモンスターの魔石回収が任務で戦う訳ではないですから」
大丈夫なら良いけど、ちょっと不安だな。
「まあでも、もしもケガしたら先輩が治してくださいよ。先輩4属性とも使えましたよね?」
「おいトーマス、戻ってこい」
治してください、ね……
注意しようかと思った時に、いつの間にか近くに来ていた兵学校の教官らしき人に呼ばれ、トーマス君は戻っていった。
んっ? あぁそうだね、ティーナの言う通りだと思う。
あんな気持ちでいたら事故を起こすね。
ボクも気をつけるよ。
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朝になり荷物をまとめ、行軍を再開する。
今回の任務に参加しているのは正規兵の人達が2個小隊、8個分隊、40班合計180人ほど。
それとは別にトーマス君達の研修組と、ボクら学校の人間と冒険者さんで総勢200人越えの為、少々街道が狭く感じるが、街道を通れるだけマシなのだろう。
流石に今日が本番だからか、ボクも少し緊張してきた。
目標の山の右手に完全に回りこんだ為、ここからは各分隊事に分かれて、逐次街道を外れ山の麓に向かい、草原を進む事になる。
事前説明では山の麓の森に奥深くに、ゴブリンの村があるとの事。
今回は班単位で散開して行動し、周辺の草原一帯と、森の入り口付近までのゴブリンを間引くことが目的だ。
村をなぜ滅ぼさないか尋ねたら、定期的に、比較的安全に魔石を手に入れるためと言われた。
ティーナは『山にいるグリズリーとか強力なモンスターへの盾としての意味もあるんじゃね?』って言っていた。
もしそうなら人間ってずるいね。