子供の頃の思い出
後半はフィーナ姉さま視点。
「話を聞く限りでは論外ねー」
休日6日目。
今日もフィーナ姉さまの手伝いをする為に、商会の社長室にいる。
「論外、ですか」
昼食を取りながら、姉さまに相談事をした。
内容は、目下の悩みである伝説級回復魔法の習得について。
姉さまは戦えるけれど、戦いを生業にしていない人。
そしてボクの最初の相棒でもある。
この部屋に飾られている剣を見た時、ふと姉さまの意見を聞いてみたくなった。
「悪いけれど。そうね」
姉さまはそうばっさりと切って捨てる。
なかなかに辛辣。
「話をまとめると、貴女は新しい魔法を習得したい。その為に自傷する。それも失敗すると、完治まで時間が相当かかる程のケガを」
「まあそういう事になりますね」
「まず何故その魔法を習得したいの?」
回復魔法が向上すれば、まず継戦能力が上がる。
しかしそれは副次的な効果だ。
「強くなりたいからです」
今のボクの課題は伝説級強化魔法の習得。
同じ4属性混合魔法であるエクストラヒールを習得出来れば、何かしら近づける予感がする。
エクストラヒールの習得から挑戦している理由は3つ。
見たことがある。詠唱を知っている。そして最後に、ボクは回復魔法の習得が比較的得意。
「何故強くなりたいの?」
あれ?
言ったと思ったのだけれども……。
「説明した通り、自分が弱いという事を思い知らされたからですよ」
「弱いねー。……ちなみに私と戦ったら勝てると思う?」
ボクの知る限りだが、姉さまはもう6年も戦闘訓練をしていない。
あの頃は年齢の差もあって、とても敵わなかった。
けれど、
「6年前の姉さまになら勝てると思います。しかし……」
「でしょうねー。それでも冒険者としては弱い?」
「……申し上げにくいですが、そう思います」
今のボクと姉さまを比べて、意味があるのだろうか?
ボクは冒険者で、姉さまは商売人だ。
姉さまはそこらの冒険者ならともかく、熟練冒険者に比べれば弱いだろう。……多分。
「うん。じゃあ視点を変えて、商売上の強者と弱者を分ける時に、上位のどれぐらいが強者だと思う」
どうだろう?
「10社くらいですか?」
「はずれ。正解は1社。その他2位以下は弱者に分類される。そして1位の会社ですら、状況によっては強者と言えないこともある」
知らなかったし、驚きだ。
1位が強者でないなら、全員弱者じゃないか。
姉さまがボクに嘘をつく必要などないが、にわかには信じ難い。
「本当ですか?」
「嘘じゃないわよー。それで戦いにおける強さも一緒。強さを絶対的な尺度で考えれば、だれだって弱者でしょ」
うーん。
何か釈然としない。内容を掴みかねる。
「わからないって顔ねー。逆に強さを相対的に考えた場合、私と貴女が戦えば100回戦って、100回とも私が負けるでしょう。でもお父様と貴女ならどう? 前回は貴女が勝ったけれど、次も絶対に勝てる?」
それは……わからないな。
前回はティーナという隠しカードがあったけれど、次回はない。
でも絶対に勝てないとも言い切れない。
――どうやったら次も勝てるだろう?
お父様とボクならパワーや剣の技量では負けるけど、スピードと魔法ならボクが上。
となると、なるべく広くて障害物の少ない場所が有利だ。
じゃあそういう場所で戦うには……。
「はい。ストップ。いきなり考え込まない。……勝ち方を考えていたでしょ?」
「あっ! すみません」
いかん。いかん。
「実はそう仕向けたの。構わないわ。……まあ要するに、戦いの場においての強さというものには、不安定なものでしょ? 相性とかもあるし」
なるほど。
「そうなると戦い方次第でどうとでもなる。それこそ、私と貴女ぐらいに差が無い限り」
……確かにそうか。
それはつまり。
「いつになっても絶対的強者になど、成れはしない。だからどれだけ強くなろうが、弱者として弱者なりに戦っていくすべを考えなければならない。それであれば少し強くなる可能性の為に、失敗すれば冒険者として仕事が出来なくなるようなリスクを背負うのは論外だと思う」
そうか。
姉さまの考えは前提が違ったんだ。
「ありがとうございます。姉さま。お陰で覚悟が決まりました」
「……話聞いていた?」
「はい。今のボクの弱さは受容できるレベルではないとよく理解出来ました」
恐らく姉さまは、お父様に勝てたボクなら、どんな相手でも工夫次第で勝てると思っている。
だがそれは間違いだ。
その事はエドワードと戦って、骨身にしみた。
「何故そう思うの?」
「先日お話した通り、ボクは公都でとある男に負けました。彼とボクの力量差は、姉さまとボクの力量差と同じかそれ以上です」
「そんなに力の差がある相手が、そうそういる訳じゃないでしょう? それにね、強者とは戦わない。これも弱者の鉄則よ。ありえないけれど、例えばドラゴン級の魔物が出現してその討伐依頼があったとする。それを一人で受注しない冒険者は、冒険者失格?」
そんなわけがない。
ありえない話だけれど、そんな依頼を一人で受ける方がバカだ。
しかし、
「私が戦うかもしれない相手は、ドラゴンスレイヤー並なのですよ」
ティーナとレベッカさんの約束を考えれば、エドワードたちと敵対はしないかもしれない。
しかし彼らに協力をするのであれば、このままじゃあダメだ。
彼らが解決をはかる事柄ならば、彼と同レベルの障害があるかもしれないのだから。
そして、この公爵領で事態は既に始めているのだ。
「バカだ、バカだと思っていたけれど、これほど酷いとは……。なんでそんなとんでもない事態に首を突っ込むのよ。ほっぽり出して逃げなさいよ」
姉さまの忠告に首を振って答える。
何も知らないままなら、姉さまの忠告を受け入れられただろう。
しかしもう逃げられない。否、逃げたくない。
すでに始まってしまった戦いからは逃げたくない。
なにせ戦いを生業にすると決めたのは、他でもないボクなのだ。
「はぁ。何を言っても無駄そうね。……まあ受容しちゃいけないリスクなら、解決を図るべきね。但し安全マージンは、可能な限り作る事。出来るだけリカバリーしやすいようにね」
そんなボクに思うところもあるだろうが、姉さまはあくまで商売人としてのアドバイスを最後にくれた。
せめてこの忠告はちゃんと受け入れよう。
――――――――――――――――
クリスを先に帰宅させて、一人で仕事を続ける。
彼女の仕事の再チェックだ。
――うん。まあこんなものね。
決済印を押したものは問題ない。
不可とした書類には、いくつか許可して問題のない書類が混じっている。
不可とした理由は、フォームが間違っていると思ったのだろう。
だが、いくつかの条件をクリアすれば、この書面は有効なものだ。
基本問題は出来ているが、応用問題の引っかけには綺麗に引っかかる。
実にあの子らしい。
私たちが、子供の頃を思い出す。
――――――――――――――――
あの子は3歳の時に、初めて剣をその手にした。
まあ私達兄妹は、皆そうだけど。
それはともかくあの子が剣を持った時、兄は11歳で、私は7歳だった。
当時の私は、訓練では兄を目標にしていた。
兄とどうすればまともに戦えるかを、考えながら訓練していた。
もっともその頃には、私がこの商会を継ぐ事を意識しだしていたので、どこまで本気だったかは、今考えると疑わしい。
妹が一緒に訓練をするようになったのはそんな頃。
初めはたどたどしいものだったが、1年もすればそれなりになった。
私が訓練を始めて、3年目に許可されたゴブリン討伐を、たった1年で父は連れて行ったのだ。
才能はあった。が、それ以上に努力していた。
訓練時間以外も剣を振っていたあの子が、成長が早いのは自然な事だ。
後で聞いたら、私や兄と対等に出来る遊びのような感覚だったそう。
だから強くなるのが楽しかった、と。
ゴブリン討伐を達成すれば、模擬戦が許可される。
あの子に対して、兄は手加減をし、私はコテンパンに叩きのめした。
兄の立場で考えれば、騎士を目指している12歳の少年が、4歳の妹に本気を出す訳にはいかなかったのだろうが、あの子は手加減をされた事に憤慨した。
一方の私は逆に、兄に叩きのめされていた。
こましゃくれて、口が達者なすぐ下の妹。
口喧嘩で勝てない分、そうなってしまうのも今ならわかるが、当時の私は理不尽な兄をどうへこましてやろうかと考えた。
そんな真反対な経緯だが、兄への敵愾心は同じ。
しばらくすると、模擬戦は私+あの子対兄でもっぱら行われるようになる。
あの子は少し不服そうだったが、父も推奨していたし、兄に対する敵愾心があったのだろう。
二人で兄に勝つ研究をした。
私は、体格差と剣を振って来た時間の差を考えて、剣での勝負を諦めていた。
だから魔法の正確さと、速度を鍛えて、活路を見出そうとしていた。
あの子は愚直なまでに剣での勝負に拘った。
だが、私にすら勝てないのに、兄に通じるはずもない。
当時の私たちは、兄が160cm強、私は150cm弱、あの子は120cm強。
私とあの子が組めば、体格的に私が前衛になり、あの子が後衛で援護をする。
私は剣の、あの子は魔法の、訓練はそれぞれ熱がこもったものになった。
きっと推奨した父の狙い通りだったのであろう。
しかしそれでもしばらくは勝てなかった。
ようやく兄に勝てたのは、あの子が小学校へ、私が中学校へ入った頃だ。
勝因はあの子が中級魔法を使いこなせるようになった事。
初級魔法と中級魔法では弾速が段違いだ。
中級魔法の攻撃に晒されながら、防御に徹する私を崩すのは、いくら騎士科の主席だった兄でも難しい。
兄に勝った事は良かったのか、悪かったのか。
いや結果からすれば運命だっただけで、悪いものではないだろう。
そこで私とあの子の成長は鈍化した。
目標を達成した事で、私たちは訓練熱がほんの僅かだが冷めたのだ。
あの子も学校の友達と遊ぶことが楽しい年頃だったろうし、私も商会を継ぐために、母に鍛えられ始めた。
もちろん戦闘訓練は続けた。
あの子は、今度は私に1対1で勝つ事を目標にしたようだし、私も妹に抜かれないように訓練は続けた。
そしてそんな私たちとは逆に、兄はがむしゃらに訓練漬けとなっていった。
きっとこれで良かったのだ。
兄は騎士になり、私たちは姉妹で商会を経営していく。
あの子が中学に入ったら、商会の勉強を今度は私がお姉ちゃんとして教えよう。
そう思っていた。
再び風向きが変わったのは、私が13歳の頃。
突然の事だった。
ある日帰って来たクリスの様子が変だった。
そして何日かすると、日が暮れるまで泥だらけになって遊んでいたあの子が、友達と遊ぶことをやめて、また訓練に没頭し始めた。
何かあったのか? 友達とケンカでもしたのか?
私がそれとなく尋ねても、あの子はなんでもないと言っていた。
父は少し不思議に思ったようだが、再び急激に強くなり始めたあの子を鍛えることに、すぐに熱中した。
母は何か思うところがあったのか、不自然な程にその事を触れずにいた。
一心不乱に訓練をするあの子に、すぐに私は追い抜かれた。
模擬戦をする事は無かったが、私にはそう感じていた。
経験の差がある剣でも、そして得意だった魔法でも。
だがすでにあの子の目標は、父に勝つ事になっていた。
そんな状況で、私は悔しさを余り感じなかった。
姉として悔しくはあっても、戦士としての悔しさを感じなかった。
だから専攻課程に進んだ時に、私は剣を置いた。
――――――――――――――――
「懐かしい……」
昔の事を思い返して、部屋に飾っている剣を見る。
手を伸ばしかけて……やめる。
私が次に剣を取るのは、家族を守る時か、自分の子供に教える時だと決めている。
感傷で再び手にするつもりはない。
再び仕事に戻ろうとした時、部屋の姿見が光る。
公都の商会と繋がっている通信鏡だ。
「セラピム。いますか?」
やはりお祖母様か。
「はい。おりますよ。何か緊急事態でも?」
通信鏡の前へ行き、応答する。
通信鏡は高価な魔道具で、余り一般的なものではない。
物自体が高価な上に、使用する魔石の費用もかなり高額。
ゆえに緊急事態ぐらいしか、使用しない。
嫌な予感がして、冷たい汗が出る。
「あぁ良かった。別に商会の事ではないのですが、クリスに急ぎで戻ってきて貰う必要がありましてね。伝えて欲しいのですがいいでしょうか?」
一瞬ほっとし、再び胸騒ぎを感じる。
「それは……危険な事でしょうか?」
あの子はドラゴンスレイヤー並みの相手と戦うかもしれない。そう言っていた。
姉として看過できる話ではない。
「内容は公姫様の護衛です」
なぜ、父も、母も、兄も、そして今目の前にいる祖母も、黙っていられるのだろうか。
その証拠に、お祖母様の回答は、私の質問に答えているようで、答えになっていない。
「答えになっていません。それは危険な事なのでしょうか?」
だからさらに詰問する。
「セラフィーナ。それは」
「お答えください」
「――とても危険な仕事になるでしょうね」
逡巡し、そしてお祖母様はそう答えた。
「わかりました。確かに伝えます。その上で、行けるようなら行かせます」
「……。頼みました」
しばらくお祖母様と私は無言で相対する。
だが通信がやがて切れた。
元の鏡となった事を確認し、私は再び剣に手を伸ばす。
何一つためらう事なく、剣は私の手に帰って来た。




