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クリスの休日


 4か月という期間は、人生という尺度で見れば、さして長い時間じゃないかもしれない。

 けれどもまだ16年しか生きておらず、またこの街を初めて離れたボクにとっては、今回の帰郷は久方ぶりと感じた。


 だからこの一週間は完全なオフにした。

 それに公都ではほぼ休みなしだった事もあるし。


 ……でも流石に一週間は長すぎた。



 ――――――――――――――――


「兄様。ありがとうございました」

「おう。また明日な」


 何年も続けていた習慣というものは、なかなか抜けない。

 実家にいれば毎朝目が覚めると、兄様との訓練を行っている。

 そして兄様にとっても、それは当たり前の光景のようで、この4か月間ボクがいなかった事など気にもとめていない。


 もっともその事を『なかなか抜けない』などと、今考えている事自体は変化かもしれない。


 それはともかく、兄様は出仕の為に訓練を切り上げたが、ボクにはまだやりたい事がある。


「さて、と」


 ナイフを取り出し、掌に当てて刃を引く。

 薄皮が切れて、血が滲みだす。


 これで準備完了。

 ここのところ、毎日この訓練をしている。


 ――イメージ。

 あの時、ボクの手を治療したエドワードの魔法。

 その光景を、魔力操作を思い浮かべる。


「母なる世界よ。三界の全てに遍在する光よ……」


 詠唱を行いながら、あの時見た魔力操作を思い出す。


「祈りに応え祝福を。至高の輝きをここに。――エクストラヒール」


 魔力は流れてボクの手の傷へと集まる。

 覆われた手は傷の熱さとは別に、活性化され暖かさを感じはじめる。


 もう少し!

 そう思った瞬間、集まった魔力は傷を癒すことなく霧消していった。


 ……ダメかぁ。

 ここからが上手くいかないな。


 詠唱の補助もあって、魔力操作はきちんと出来ていると思う。

 だが、決定的に出力が足りていない。


 4属性というのは、言葉通り性質が違う。

 性質が違うものを、同時に作り混合するのは、相当な訓練と知識が必要だ。


 恵まれていることに、ボクは人よりも属性混合が得意な方ではあるらしい。

 けれども、やはり単属性魔法と同じという訳にはいかない。

 伝説級魔法を発動できる出力を、混合魔法で作り出す事は、何度チャレンジしても失敗している。



「ヒール」


 その後にもう一度チャレンジしてみたが、やはり上手くいかなかった。

 初級回復魔法を発動し、自分でつけた傷を癒す。


 今のボクでは、何度も練習する魔力を作れない。

 精々が、一日に5回が限度だろう。


 うーん。

 やっぱりあの方法を試してみるしかないかなぁ?


『いやいや待て待て! 試すには早すぎるし、リスクが高すぎるだろう』


 相談するも、ティーナは反対のようだ。

 確かにもっと大きな傷をつけるという方法は、リスクは高い。


 ただ操作はうまく行っているのに出力が足りない理由を考えた時に、そもそも魔力総量が足りないというより、小さい傷だと、無意識に魔力消費を抑えてしまっているのではないかと考えた。

 だから大ケガをしてみれば、あるいは?

 短絡的思考だが、案外成功のきっかけになるかもしれない。


『だが失敗したら、しばらくケガ人だぞ。死ぬほど痛いぞ』


 もう! ティーナは失敗を恐れすぎだよ。



 ――だけど彼を非難してみても、結局のところボクも踏ん切りがついていないのだ。

 痛い云々はともかく、もしもボクがケガで役立たずになるとフィオを筆頭に、周囲に迷惑をかけてしまう。

 そう考えてしまうと、結局今日も実行に移せなかった訳だ。



 ――――――――――――――――


 いくらなんでも1週間の休みは長かったかもしれない。


 休みの初日は朝の訓練後、冒険者ギルドに行ってみた。

 まあ一人で依頼を受ける訳にも行かないから、どんな依頼があるのか訳もなく調べただけだ。

 結果わかった事は、特段変わった依頼はそうそう無いという事だ。


 二日目はフィオの用事に農園へと付き合った。

 その後お茶をして……あーなんというか、充実した日だった。


 三日目は子供の頃の遊び場や買い物したお店など、思い出の場所を回った。

 こんなに狭い範囲だったのかと驚いたが、なんとなく穏やかな気持ちになれてリラックス出来た。


 だが四日目以降、特別やりたい事は無くなったしまった。


 四日目は自室に籠り、一日本を読んでいた。

 一度読んだ本で特に得る物もなかった。


 そして今は五日目の訓練が終わり朝食を食べ自室に戻ったところだ。

 五日目にもなるとやる事がない。今日は何をして暇をつぶそうか……。


『ぼっちにはつらいな』


 ぼっち言うな。まあその通りだけど。


 そんなこんな考えていると、部屋のドアがノックされて続いて開いた。


「クリス。暇なら手伝いに来てよ」


 別に構わないけれど、返事を待たずに開けるなんて、ノックの意味が無いような……。

 そして開けるなり用事を一方的に告げる。

 フィーナ姉様は普段はおしとやかなのに、なぜかボクに対しては強引だ。


「わかりました。すぐ行きます」

「5分で支度しなさいよー」


 やれやれだ。



 ――――――――――――――――


「失礼します」


 この部屋――商会の社長室――に入る時には、これまた習性で挨拶をしてしまう。


 姉様はうちの商会の社長代行である。

 公都のおじい様が会長でお母様が社長だが、二人とも実務はほとんど携わっていない。

 実質的に半分引退している。


「それでボクは何をすればいいんですか?」

「書類に判をしておいて。別に判断の必要な案件じゃあないから、誤字とフォームに誤りがないかだけチェックしておいて」


 それくらいなら出来るかな?

 そう思ったが、出てきた書類は、5cmぐらいの厚みだ。


「あぁ、私のイス使っていいから」


 そう言って姉様は応接用のソファーに移動する。


「商会の人間でない私が、社長の席に座っていいのですか?」


 神聖な社長椅子にボクが勝手に座っていいのか、なんとなく抵抗感がある。


「椅子は椅子よ。私の仕事はここでも効率は変わらない。いいからそれお願いね」


 それだけ言って別の書類を睨みだした。

 仕方ない。ボクも作業をしよう。



 50枚ぐらいは終わったが、まだ半分も終わっていない。

 いい加減うんざりしてきたところで、昼食が届いて休憩することになった。

 姉様の正面のソファーに腰かけて食事をする。


「どう? 疲れた?」

「精神的にはそれなりに。姉様は何をされているのですか?」


 姉様は何かの書類を見てメモをとり、また別の書類を見てメモをとり……と繰り返していた。


「取引先候補の財務分析。付き合いたいってオファーは数多くあるし、こちらからお願いしたいところも同様だからね」


 うん。

 今の説明がボクの質問の答えなのかもよくわからない。

 けれどそういう事らしい。


「それが社長の仕事なのですか?」


 よくわからないので、違う質問をしてみると


「微妙に違う。本来は上がってきた財務分析を判断材料に、決断するのが社長。分析をするのは管理本部長」

「えっと、本部長の仕事を奪ってもいいの?」


 いくら社長代行でも、自分の職域を侵されるのは本部長からすれば面白くないのではなかろうか?

 そもそも、管理本部長は姉様が帰ってくるまでは社長代行を兼任していたはずだし、尚更そう感じるのだけれど。


「クリス。本部長がおいくつか知ってる? ルーチン業務だけでもそろそろきつくなってくるのよ」

「そうですか。まあ不和でなければいいのですが」

「……他人事みたいに言うのねー」


 あれ?


「あの……ボクが何かしたのでしょうか?」

「貴女がうちで働く準備をしていれば、後数年で本部長を隠居させてあげられるのにって話よ」


 貴女が本部長になるからとの事。


「えっ? じゃあ、引退させてあげられないという事でしょうか……」

「そうなったら母様が復帰するのよ……そして私が代行兼管理本部長なのよ」


 なるほど……。

 姉様がボクに強いように、お母様は姉様に厳しい。

 半ば引退している今でも、時折母様に部屋へ姉様を呼び出され、商会の事でいろいろとダメ出しをされているそうだ。


 復帰するとなると、頻度が多くなることが目に見えている。

 姉様はそれが嫌なのだろう。


「という訳でクリス! あんた商会に入りなさい! 貴族になら私がしてあげるから!」


 姉様は必死である。

 己の安穏の為に。


「姉様。ご愁傷さまであります」


 だからボクは笑って答える。

 己の安穏の為に。


「裏切りものーーー!」



 五日目はそんな一日だった。


 まあ姉様の言葉は、冗談話だ。

 なんだかんだ姉様はお母様と仲がいいし、ボクと姉様も同様だ。


 だから帰り際に話が面白かったと伝えると。


「私は本気で言っているのだけれど?」


 と、仰せである。


 ……まあ姉様の言葉は、半分冗談だ。




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