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フィオの休日

フィオ視点


 考えても仕方ない。

 答えは出ないし、そもそも正解はない。


 それぐらいは私でもわかる。

 わかってはいる……のだけれども、やっぱり考えてしまうのだ。


 まったく。もう。


 ……いっその事、一緒に来てもらって『どれが良い?』と尋ねてしまえば早い。

 そうすれば間違え無いでしょ? 私の中の悪魔はそう囁いてくる。


 それは絶対にダメだけど。


 ――まあ一般的なカップルと違って、私の場合は特殊だ。

 彼をここに連れて来ても、他のお客さんの迷惑にはならない。

 だけど彼は不快だろう。


 当たり前。

 これは女である事を強調するようなアイテム。


 もちろん彼とて、その体が女である以上使用しているし、見たことは少なからずある。

 好まなくとも、事実そのものは受け入れているのだろう。


 それでも……いやだからこそ。

 もし普通の彼氏に尋ねるように、ここに連れてきたら?

 怒ればまだマシで多分悲しむだろう。


「参った……」


 もっとも『参った』なんて口にしてはいるが、すでに上下のセットを3組カゴにいれている。

 さりげなく少しだけフリルをあしらった、パステルカラーの清楚な下着。

 要するに私の好み。


 だが、だがしかし――彼の好みに合うだろうか?

 レベッカさんみたいに(いや見た事はない。只の偏見だ)セクシーなランジェリーを、彼は好むのではなかろうか?


 ……だってあの時、彼は満更でも無い感じだったし!


「ぐぬぬっ」

「……何でそんなに唸っているのよ。あんたは」

「ひゃあ!!」


 突然背後から声をかけられて、素っ頓狂な声が出た。


「だいたい何枚買う気だ。おまえは」


 そんな私を無視して、指摘を続ける。

 この特徴的なハスキーな声は……。


「――うるさいわよ!」


 不機嫌さを微塵も隠さず、私は振り向く。

 するとそこには高級ブランドの新作デザインの革製バッグを手に持ち、やや露出高めの服を着て、少しだけ派手なメイクにネイルをした女がいた。


 この軽そうな女は、不本意ながら親友のマーガレットだ。


「御挨拶だねぇ。おひさー。フィオ」

「久しぶりね。メグ」


 ……ちっ。マズイところを見られたわね。



 ――――――――――――――――


 どうせからかわれるのだ。彼女に相談しよう。

 私の恥ずかしいシーンを見られてしまったので、開き直る事にした。


「悪いけれどこの後仕事があるから、アタシは付き合えないよ」


 彼女を半ば強制的に、以前二人でよく来ていた、ダイニングカフェへと連行。

 しかし彼女はアルコールにはつきあってくれないらしい。


「ちぇっ。つまらないの」


 大分日が暮れるのは早くなってきたが、まだ黄昏時には少々余裕がある。そんな時間。

 私は明るいうちからお酒を飲む習慣は普段はない。


「あんたの歓心を買う必要もないよ」


 でも今日は例外。

 恥ずかしいところを見られたので、アルコールをいれないとやっていられない。

 もちろん軽くで、抑えるつもり。


 食事の他に、私はワインを、彼女はミネラルウォーターを注文する。


「それはそうね」


 遠慮なく本音をぶつけてくる。

 気が置けない関係の幼なじみというのは、お互いに楽である。

 でも彼女がバックから取り出して火をつけたものはいただけない。


「あんたタバコ始めたの?」

「別にアタシの勝手でしょ」


 それはまあそうだけど。

 だけれども。


「体に悪いでしょ」

「いまさらだよ」


 まったく。


「……ますますダミ声になるわよ」

「うるせー。お前はオカンか。……ストップ、とりあえず乾杯」


 オカンだろうがなんだろうが、体は大切にしてほしい。


「乾杯」


 グラスを軽く合わせ、軽く笑い一口。

 彼女はその口調に似合わず、器を泣かせることを好まない。

 職業病って奴よね。


「――それで。あんな気合を入れて下着を選ぶなんて、いったいどういう心境の変化よ」


 おのれ……。

 検討はついているだろうに、どうしても私の口から言わせたいのか。


「……どういうのが彼の好みかなって、迷っていただけよ」

「わーお、大胆。でもその前に。……私に彼氏が出来たって報告しないのは、どういう了見よ?」

「別にー。タイミングが無かったってだけ」


 いちいち彼氏が出来たなんて報告の為だけに、わざわざ友達を呼ぶっていうのも、どういう了見よ。


「そういえば5か月前はいなかったよね。公都で作ったか? ……あれ? でも下着ならこんな田舎じゃなくて、公都で買えばいいじゃない」


 あっちの方が、可愛いのがあるでしょ? そう彼女は続ける。

 それは確かにそうなのだが。


「急きょ公都を出る必要があったから、買う暇がなかったの!」

「ふーん。つまり、『彼』は公都にいる訳ではなく、近くにいるという事か」


 むっ。

 隠すつもりがある訳じゃないが、なんか引っかけられたみたいで、少しイラっとする。


「そうよ。文句ある?」

「おいおい。なんでそんなにケンカ腰なのさ?」


 だって!

 ……だって?


「別に……」

「ふーん。それで冒険者仲間なの?」


 私は今、何を考えた?


「そうよ」


 彼は素敵な人で、メグは親友だ。


「お前ら二人でパーティー組んだって言っていただろう? もしかして誰か増えた?」


 彼女に理解して貰えないで、誰に理解して貰えるというのだ?


「増えていない。……私の彼ってクリスの事よ」


 だから事実をありのまま告げた。


 彼女は前を向いて、タバコを深く吸い込む。

 香りを楽しみ、やがて紫煙を少しずつ吹き出した。

 そして全ての煙を肺から追い出して、彼女は口を開く。


「あんたって同性愛者(ビアン)だったの?」


 『ないわぁ』

 更に彼女はそう付け加えた。


 私は腕を組んで、天井を見上げる。


「違う。私は同性愛者(ビアン)じゃない」


 ゆっくりと、なるべく冷静に質問に答える。


「でもクリスと付き合っているんだろう? ……それとも両性愛者(バイ)か?」


 彼女は次の推測を口にする。

 しかしそれも違う。


 両手を軽く握り、彼女を向く。


「違うわ。メグ。……彼は男の子よ」

「うーん……。お前さぁ。その説明でわかると思うか?」


 彼女もまた、再度私の方を向く。


 そうよね。

 彼を知らない貴女には、この説明じゃわからない。


「信じられない貴女の気持ちはわからないでもない。けれど彼の心は男の子。……例え体が女の子だとしてもよ。世の中にはそういう人も少なからずいて、彼もまた、偶然女の子の体に生まれてしまった男の子ってだけ」


 彼女の目を真っ直ぐに見て、ありのままを伝える

 『うーん』と唸り、彼女は次の言葉を探す。


「聞いた事がない。それって誰が言ったのよ」

「クリス」


 正確にはティーナだけれど。

 始めはよくわからなかった。

 でも今ならその意味が、私にも理解出来る。


 彼女は目を細めて、眉をひそめる。

 そして再度タバコを深く吸いこんで、やがて吐き出した。


「あんたがそう思うのなら、あんたの中ではそうなんでしょ……」


 その言い草には、流石に我慢の限界だ。

 いくら親友といえども、その言い方はないだろう。


「メグ!」


 震えている私の声。

 今にも飛び出そうな憤り。


「でもね……」


 しかし彼女はそれを遮った。

 彼女の言動には続きがあるらしい。


 テーブルを指で叩きながらも、彼女の言葉の続きを待つ。


「私はあんたがそう思うのなら――理解出来ている訳じゃないけれど、そんなもんかと信じられるよ」


 彼女は私にそう言った。

 そして続きを口にする。


「まあ百合姫様以来、同性愛についてあからさまに批判する奴は、そうはいない」

「だから、同性愛じゃないって……」

「いいから聞けよ。そうかもしれないけれど、周りからすれば同じなんだ。公娼と私娼とモグリの違いなんて、一般人にはわかんないだろう? 口に出さずとも売女(バイタ)だって大勢が思っている」


 彼女は言葉を区切り、最後の一口を吸って火を消した。


 私は公娼と私娼とモグリの違いがわかる。

 なぜなら親友がその仕事をしているからだ。


「ゴメン……」

「謝るなって。別にアタシの事はいいんだ。……アタシが言いたいのは、要はあんたも大変だよって事? 大丈夫か?」


 彼女は私を心配してくれているのだ。

 それを理解出来たら、彼女への反発心は消える。


「別に……。親しい人が理解してくれればそれでいいでしょ?」


 だから、私が最大限に彼女への親愛を示す。


「そっか……。あー燃やされるかと思った」

「いくらムカついても、燃やさないわよ!」


 失礼な。


「そうかぁ? ところでさ、なんでそんなに同性愛を嫌うんだよ?」


 ちょっと待って。

 同性愛ではないと主張しすぎて、変に誤解されているようね。


「同性愛が嫌いな訳じゃないわよ。私は違うけれど、そういう人もいるのだろうし。……でも私たちの関係を、私が『同性愛』であると認めてしまえば、クリスが傷つくかもしれない」

「んー? それはまたメンドくさいなぁ。……まあ繊細な問題なんだろうな」

「一度理解してしまえば、そうでもないよ」

「さいでっか。ご馳走様」


 彼女は呆れたように首を振り、次のタバコに火をつけた。



 ――――――――――――――――


「それで? それで?」


 楽しそうね。

 話が盛り上がり、結局彼女もワインを頼んだ。

 それでこそ我が親友。


 彼女と近況を報告しあう。

 まあほとんど、彼女の質問に私が答えている訳だが。


「いきなり口を塞がれて、両手も抑えられて凄く焦ったわよ。そんな雰囲気じゃなかったのに突然よ」

「それで襲われたのか! 意外とクリスの奴は積極的なんだな!」


 今は何故下着を選んでいたかという話。


「期待に添えなくて悪いけど、結論として襲われてない。急いで出発するってだけだった」

「ちっ。ヘタレめ。早く食べてしまえ!」


 我が親友はなんという口の悪さだ。


「でもさ、いつ襲われるかわからないって、それで自覚したわけよ。その時に襲われていたら、本当にやばかったし」

「ははーん。上下違うのでもつけてたか。それはそれで『こうなると思わなくてぇ』とか、清楚ぶって言っておけばいいじゃないか」


 それは私のキャラじゃない。

 そして半分間違っている。


「上下違うって言うのはそうだけれど、下がね……冒険者としての下着だったのよ」

「どんなのよ?」


 本当に知らなくて聞いているのか、私に言わせて恥をかかせたいのかどっちよ!


「……一分丈のインナーショーツで上からスパッツを履いてます」

「わぁぁぁ。色気が無さすぎる。……ちなみに上は?」

「……昔上下セットで買った残り。この際だから言うけど、ほぼ毎日そんな恰好」


 セットで買っても、ショーツの方が傷みやすいから先に捨てる。

 そして残った上と、冒険者用の動きやすい下でずっと着回している訳。


「おい! 女子捨てすぎだろ!」

「うるさい、うるさい、うるさーい! 燃やすぞ!」

「うおおぃ!」


 私の冗談に彼女は大げさにも立ち上がる。

 あぁ、もう。

 おかしくて笑いが出てくる。


「まあそういう訳で、今度から宿で寝る時ぐらい、襲われても大丈夫なようにと思ってね」

「アハハ。そうしろ、そうしろ」

「それでさ。どういうのが好みだと思う?」

「はぁ? 直接連れてけばいいじゃねーか。あいつはフェムじゃないけど、男に見える訳でもないし」


 それが出来れば悩まないわよ。


「まあそれも彼が、ね」

「んー。そうか。……まあ、あまりセクシーなのは避けておいた方が無難なんじゃね? 男によっては引くらしいし。よう知らんけど」


 知らんのかい。


「ところで、清い交際という方向性は?」

「ありうると思う?」

「うんにゃ。ありえないねぇ」


 流石に16歳にもなって清い交際というのは、考えづらい。


 そうだ!


「そういえば、女の子同士のエッチってどうやってするの?」

「ぶふっ!」


 質問すると、彼女は噴き出した。

 そんなに変な質問だっただろうか


「アタシが知る訳ないだろう!」

「えっ? でもプロじゃない」

「うちのサロンに女は来ない! それぞれ専門の店があるのよ!」


 残念。

 でもそういう専門の店もあるのか。


「知り合いはいるし、聞いておこうか?」

「んー。まあいいや。彼に任せる」


 そう答えると、彼女は一瞬眉を顰める。

 続いて私をじっと見て、


「そんな事言って、もしクリスが通って勉強したらどうするよ?」


 そう聞いてきた。

 答えはシンプルだ。


「クリスを殺して、あんたも殺す」

「なんでよ! 普通私も死ぬでしょ」

「その場合、あんたが教唆犯だからよ。安心して。髪の毛一本残さず燃やし尽くすから、私は疑われない」


 『ひでぇなぁ』と彼女は短く唸り、そして笑った。



 ――――――――――――――――


 彼女が仕事に行くためお開きになる。

 楽しい時間は名残惜しいが、機会はいつでもある。


「んじゃあ。そろそろ行くわ」


 手鏡を取り出し、グロスを塗り直しながら、彼女はそう告げた。


「うん。今日はありがとうね」

「いいや。アタシも楽しかった」


 服のシワをチェックして、鏡をバッグにしまう彼女。

 続けて財布を取り出そうとしたので、手のひらを向けて遮る。


「今日は私がおごる」

「あぁ? でも」

「臨時収入があったと言ったでしょ」

「……んじゃ、ゴチになるかね」


 さっと財布をしまう彼女。

 良かった。

 余裕がある時くらい、彼女の金銭負担は減らしたい。


 実は農場から退職金を貰った。

 私の借金総額の7割ほどだ。

 控えめに言っても大金である。


「……ところで、ちゃんと医者には行ってる?」

「んー? それはアタシがか? 親父がか?」

「両方よ」


 出来ればそのお金は彼女に貸したいと思う。

 でも彼女も、それは嫌がる。

 友人だから。


 憐れみなんて、まっぴらゴメンなのだ。

 でも友人だから、力になりたい。

 例え極めてささやかで、大した意味がないにせよ。


「ちゃんと行っているし、行かせている。――せめて弟が成人するまでは持たせたいからな」


 彼女は両親にはサロンで働いている事は話している。

 もっとも、体を売らないサロンと説明しているらしい。


「……そう。体は大切にね」


 娘が体を売って自分を延命させていると知ったら、親はどういう気持ちになるのだろうか?

 きっと死にたくなるだろう。


 それでは彼女の意に沿わない。


「あいよ。そんじゃあまたな」


 彼女はバッグを手に仕事へ向かう。

 去りゆく彼女を改めて観察する。


 その高級ブランドの新作デザインの革製バッグも、やや露出高めの服も、少しだけ派手なメイクとネイルも、両親に対する気遣いなのだ。


 誰もが何かと戦っていて、彼女の武器は戦闘服。

 その後ろ姿がなんとも恰好良く見えて、私の親友はこんなに恰好良いのだと、思わず自慢したい気持ちになった。





この世界では、公娼も私娼も合法です。

フェム=女性らしい恰好をするビアンの人。


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