時に私を強くする。時に私にバカさせる。
冒頭ティーナ視点
ラストフィオ視点
レベッカを見送り、俺はもう一杯茶を淹れた。
一人で頭を空っぽにしたくなる時が、まれにある。
……なんだろうな? この感覚は。
既視感はあるんだが、言葉にならない。
体の力を抜いて背もたれに体重を預けているが、頭の中がグルグルしていて、完全にはリラックス出来ていない。
しばらく正体を探っていると、時計の針は既に6時を過ぎていた。
カーテン越しに漏れる光から、完全に日は昇っている事がわかる。
「いい加減寝ないとまずいか」
背中に感じたじっとりとした汗が、徹夜明けだからもう休め。
そう主張している気がした。
体の主張に従い、ベッドに潜る。
……だがやはり心がざわついて眠れない。
『ティーナ』
クリス? 起きたのか?
どうしたよ?
『突然目が覚めちゃったんだよね。ティーナは眠れないの?』
あぁ。なんか、な。
『……疲れているにも関わらず、二人揃ってこんな時間に目が覚めている。……少し嫌な感じがしないかい?』
漠然とした不安が、確信に変わる。
あぁそうだ。
こういう時は大概、翌日になって自分が仕事でミスをしていたことに気づく時だ。
なんだ? 何か見落としがあるのか?
……。
…………。
「――相変わらず俺はアホだな!」
自分の迂闊さにヘドが出た。
――――――――――――――――
『焦っていると周囲に受け取られるのは、好ましくないぞ』
わかっているよ。
周りの部屋に悟られないようにしないとね。
「フィオ。フィオ。起きて」
しかし普通に声をかけても彼女は目を覚まさない。
『置いていくぞ。まったく』
そんな訳がない。
耳元で声をかけ、肩を揺する。
「フィオ!」
「んー……?」
やがて意識が覚醒しだしたのか、彼女はうっすらと目を開けてボクを見る。
当然顔が近い。
「キャ! むぐっ!? ――んーーー!!」
起きると、目の前に顔があるのだ。
そりゃあびっくりするだろう。
声を上げそうになったので口を塞いで、腕を押さえつける。
「びっくりさせてゴメン。でも大きな声を出さないで。問題が発生したんだ」
バタバタと暴れていた彼女が、問題発生という言葉にピタリと抵抗をやめる。
押さえつけた腕を開放し、もう一度静かにとジェスチャーを出す。
頷いたのを確認し、口に当てた手を離す。
「どうしたの?」
彼女の動揺が、声に滲んでいるのがわかる。
でも詳しく説明する時間はない。
「慌てず、騒がず、速やかに出発の準備をして。なるべく物音も立てないように。ここを引き払う。10分で出るよ」
「わかった。でも、なんで?」
ボクの真剣な様子を悟って了承の返事はしても、理由を再び聞いてくる。
その疑問は当然だ。けれども本当に時間がない。
「説明する時間がないんだ。急いで」
「……はぁ。わかった。後でちゃんと説明してね」
「もちろんだよ。……難しいだろうけれど、普通にチェックアウトをする荷物と服装と気持ちで来て」
「なかなか難しい注文ね。善処するわ」
「お願い」
それだけ伝えて部屋をでる。
『さてどうする? 冒険者ギルドへ行くか、商会へ行くか、このまま公都を出るか……』
選択は任せる。ボクは準備する。
10分後。
普段は時間がかかるボクたちだけど、それでも冒険者の端くれだ。
いつでも荷物はまとめられるようにしている。
その心がけが生きた。
チェックアウトを済ませて外に出る。
途中で馬房を見たが、何故かアランはいない。
係員に理由を聞きたくなったが、なぜ知らないのかと不審がられる可能性がある。
不安を顔に出さぬように必死に堪えて素通りした。
結局冒険者ギルドに向かう事にした。
不自然に見えない程度に早足で向かう。
「それでどういう事?」
「……何を聞いても顔に出さない自信はあるかい?」
「それは無理ね。任せるわ」
申し訳ない。
冒険者ギルドに7時前にたどり着いた。
受付へ行き、3日前公都を出るときに請け負っていた採集の仕事を、終わらせた事を告げる。
品物を出すといつも通り振り込みで問題ないかと聞かれたので、問題ないと伝えた。
現金も希望できるが、採集物の確認に時間がかかってしまう。
振り込みならば、受付の姉さんでもすぐに手続きできるって訳だ。
ある程度の現金を、常に手元に用意しておくのもまた、この仕事の鉄則と言えるだろう。
「それで一度リーリエに帰郷されるんですよね? よろしければ輸送の仕事をお願いしたいんですが、希望ありますか?」
「サンフラーへの荷物とかあります?」
ここからリーリエまで向かう北回りのルートで、サンフラーは一番近い宿場町だ。
「サンフラーですか……近場だから難しいかもしれませんね」
「そうですか。いえこの時期あの辺は花が咲いて綺麗ですから、是非彼女に見て欲しいと思いまして」
「確かに観光スポットとしてこの時期は良いところですね。……あれ? 今日に限って丁度希望に沿う依頼がありますね。珍しい。少しお待ちください」
あるのか……。
依頼を受けて、すぐにギルドを出る。
「クリスさん。もう出発されるんですか?」
「はい。ギルドへの報告と、宿の引き払いに来ただけですから。まあ軽く食事もしましたけれど」
時計を見ると、時刻は7時34分。
先ほど入門時に対応してくれた衛兵さんが、まだいる時間。
この人に対応してもらうのが、マストでは無いがベターだ。
手続きを終わらせて門を出て、北へ向かう街道を早足で進む。
「それでどういう事?」
周囲にボクら以外いない事を確認して、ずっと黙ってついて来てくれていたフィオが、質問してくる。
「レベッカさんとティーナは昨日ボクらが寝た後も……」
街は出れたので、ボクも少し余裕が出て来た。
彼女に順を追って話していく。
まずテッドは勇者、レベッカさんはそのパートナー。
実は彼は統制省の職員で、いわばこの国の暗部。
「なんか……訳のわからない存在ね。あともう少し、勇者って神聖な人間だと思っていたわ」
「まあ、国の暗部と関わるとはボクも思っていなかったよ。しかし暗部とは言っても人間って事だろうね……それでね」
今回、彼らのターゲットは、ボクらが強盗に襲われた街道にある建設現場事務所――の敷地内――に保管してあった。
それをボクらはレベッカさんから聞いた。
そしてボクは雪辱を晴らそうと、昨夜その道中でテッドに挑んだ。
「うん。それで何が私たちにとっての問題なの?」
「昨日彼は『仕事は問題ない』と帰り際に言っていた。ティーナ曰く、今回のターゲットはこの国にとって、極めて重要な物だったそうだ。それでも問題ないって事は、目的は遂行されていたのだろう」
「そうかもね」
「彼はそもそも破壊予告をしていた。目的が遂行されたという事は、昨日その何かが破壊されたという事だ……」
ボクらは元々、昨日の時点ではリーリエに向かって出発するという理由で、リポフ商会からの警備依頼を10日で切り上げていた。
しかしその後に、ボクは適当な採集依頼を受けて、公都の外で彼を待ち構えていた。
そして昨日ボクらが警備していた品物は、公都の外で破壊された。
恐らくその数時間後にボクらは公都の外から中へ入った。
「……私たちが犯人と疑われるから逃げたの? でも実際は違うのだし、逃げない方が良かったんじゃない?」
「確かにちゃんと調べれば、ボクらが犯人じゃない事は、いずれ明らかになるさ。でも現時点では容疑者だ。それに実際に警備対象があそこにあった事を、レベッカさんからボクらは聞いたんだよ。その事を話したら」
「仲間と思われるわね」
「少なくとも弱みになる。軍と違って、貴族が相手を責める時、そこに明確な証拠なんていらないからね」
たぶんあのまま寝ていても、いきなり逮捕されるなんて事はない。
でもファティマさんかスチュワート課長辺りが来て、いろいろ事情を聴かれていただろう。
疑わしい状態で話し合いをしたら、彼らのボスであるグリンデゥール子爵にボクがどれだけ借りを作ってしまうかわからない。
今は時間がほしい。
容疑さえ晴れれば、ボクは逃げたのではなくて、ただ帰郷する前に採集依頼を一つ受けただけで、せっかくなので観光スポットを通るルートを選択しただけ、そう言える程度には体裁は整えている。
――――――――――――――――
「少なくとも弱みになる。軍と違って、貴族が相手を責める時、そこに明確な証拠なんていらないからね」
貴族が相手を責める時、ね。
彼は何気なく言っているのだろう。
けれど、その一言でやっぱり貴族なんだなぁと思う。
私がそう感じた事に、きっと彼は気づいていないだろうとも。
しかし、暗部だ、勇者だ、謀略だ。
そんな物に私が関わるなんて、当たり前だけど想像した事がない。
私のような平凡な一般人で、そんな事態を想像するのは、夢見がちな少年だけでしょ。
「はぁ。……クリスって、もっと真面目だと思ってた」
想像していない重大な問題に、望まずに関わってしまった。
その事実を突きつけられた。
なのに不思議と私は受け入れている。
もっと取り乱しそうなものなのに。
「ゴメンね。今回ばかりは付き合って」
にこりと笑いながら、彼は事も無げにそう告げる。
まったく。
常識人なら、貴方に付き合いきれなくて逃げるわよ。
「好きでやっている事だから、謝らなくていいって」
それでも彼の笑顔を見られたなら、まあいいやと思ってしまう。
信頼されていると感じられる。
それに彼が笑顔で無茶を言ってくるのは、多分私にだけ。
これは私だけの特別なんだ。
秘密を共有して、行動を共にするっていうのも悪くない。
恋というのは非常に厄介だ。
時に私を強くする。時に私にバカさせる。
「ありがとう。……それじゃあ荷物半分渡して」
「どうしたの?」
「走るよ」
「仕方ないわね」
「逃げる時は、どれだけ早く離れられるかが重要だからね」
荷物を少しお願いして、私たちは走り出す。
決してそんなロマンチックな状況ではないのに、愛の逃避行という言葉が何故か浮かんだ。
何をのんきに考えているのだか。
……やっぱり現実逃避でもしないと、やってられないのかな。
まあなんだかんだ言っても、彼と一緒ならなんとかなるでしょ。




