トランス
最初と最後はエドワード視点
敷設中の街道。森の手前の資材置き場。そこが目的地だ。
この道に沿って走れば、すぐに到着だ。
いつ仕掛けられてもいいように、警戒はしているが、今のところその気配は感じない。
さて。どう来るかな?
街道は周辺の見通しもいい。だから罠も奇襲も難しい。
だが実力差は理解しているはず。どう工夫をしてくるかね?
しかし予想は外れる。
走り出して3分程。速度を緩めた。
「おいおい。マジか?」
驚いた。別に罠や奇襲にじゃない。
百合姫は待ち構えていた。
予想外に、道の真ん中に堂々と立っていた。
無視して通り過ぎたら、どんな反応をするか? そんな事も考えたが、後々が面倒そうだ。
手前で止まる。
「よう、嬢ちゃん。奇遇だな。こんなところで」
そして何事も無いように話しかけてみる。
……うん? 握り手のついた棒を両手に持っているな。
「よう、テッド君。こんな時間にお前さんこそどうした?」
軽く挑発してみたが、前回と違い冷静に答えてくる。
さらに俺を愛称で呼ぶとは……どうも印象が違うぞ。
「月が綺麗だろ? だからつい散歩したくなってな」
それに……あれはトンファーとかいう名前の武器だったな。
珍しい物を持っている。使い手を見た事がない。
「月が綺麗とか、正直気持ち悪いんですけど。もう少しマシな事言えません?」
……こんな奴だったか? あぁ。前世人格か。
違う世界の前世らしいから、武器も違うのかね?
「……それより嬢ちゃんこそ、その手の物はなんだい? 物騒だな」
「護身用だよ。若くて可愛い女が夜にお出かけするんだ。護身用の武器くらい必要だろ?」
そう言って得物を振ってこちらへ見せる。
自分で可愛いとか、よく言えるね。
ましてや中身は男の癖に、気持ちが悪い奴だ。
「だったらさっさと帰る事をお勧めするぜ。なんならエスコートしようか?」
剣も佩いている、か。どんな作戦だ?
「あら優しい。でも嫌かな。テッド君は送り狼な気がするから」
……考えてもわかんねー。
やりあって確認するしかないわな。
なんであれ、叩き潰す――訳にはいかないから……。
あーあれだ……打ちのめせばいいか。
「そいつは酷い誤解だ。――それで? ここで何している?」
まずは様子見。
殺気を叩きつけてみる。
「――おいおい。そんな怖い顔するなよ。人がせっかく忘れ物を届けに来てやったのに」
殺気にビクッと反応を示すが、次の瞬間には何事もなく話を続けてくる。
んー反応出来なかったのか、もしくは慣れているのか。
「忘れ物……ねぇ。そいつは何だい?」
「これだよ」
そう言ってトンファーを握ったまま、百合姫は何か出す。
うん? ありゃあコインだな。
――あぁ。前回俺が投げたコインか。
「ほれっ」
俺がコインだと認識すると、指で弾いてこっちへ飛ばす。
勢いよく弾かれたコインは、高く放物線を描き、落下を始めた。
「……おいおい届いてないぞ。締まんねーなぁ」
落下予想地点は、俺の少し前。手が届く範囲外。
手を伸ばし、更に一歩前へ……。
! おっと!!
顔に迫っていた炎の槍を、しゃがんで避ける。
目線を誘導しての不意打ち。
――敢えて俺と同じ手法をとるか。
本気で忘れ物を届けにきたらしい。
オッケー。勝負「抜かせるか。ボケ!」
剣を抜こうと、俺の右手は柄へ向かおうとする。
させじと、百合姫は持っていたトンファーを一本投げつけてきた。
ブーメランのように回転しながら、鈍器が一直線に飛んでくる。
抜剣を一旦諦め、右手で弾く。
「うおぉぉ!」
投げたと同時にこちらへ突貫してきた。
寸前に迫った百合姫は、棒の部分を握り、剣のように頭へと振り下ろしてくる。
首を背けて肩で受ける。痛ぅ!
左手で反撃を試みるも、肩の上で棒が回転。握り手を首にかけてきやがった。鉤槍みたいだ。
前へ引きずり倒そうと力が加わる。反射で俺の体は踏ん張る。
するりと首に掛けてきた握り手を外され、行き場を無くした力みが後ろに体を引っ張り、やや後ろのめりになっちまう。
「おわっ! ……っと」
態勢の崩れた俺へ、握り手で喉突きを狙って迫る。
後ろへの体重移動をそのままに、バク転をして回避。
ついでに顎へケリを狙う。残念スウェーで躱された。
「逃すか!」
着地際を狙って、百合姫は低い姿勢で突進してくる。
「甘い」
着地と同時に抜剣。横なぎに剣を振るう、が。
「間抜けが一人ぃぃ!!」
……やっべ、忘れてた。
こちらの剣は魔法で防がれる。
口を閉じて舌を噛むのは避けられたが、もろにアッパーをくらう。
「アクアキャノン!」
ぶっ飛ばされて、尻もちを着いたところに、水属性中級魔法が追撃に飛んでくる。
あっ。まず……。これは避けられん。
両腕をクロスして頭をガード。もろに受ければ当然体は跳ね飛ばされる。
「ぐっ!!」
「やったか!?」
……やってねぇよ。結構効いたけど。
吹き飛ばされながら、ヒールで回復。
頭から落下していたので、手を伸ばす。
体を捻って、手、肘、肩、腿、腰の順に着地。回転そのまま跳ね起きる。
「お前はどこのグラップラーだ!」
? おっと!
訳のわからん事を叫んで、こちらの注意を向けさせて、足元スレスレに炎の矢を飛ばしてきている。そういう戦法ね。
ステップで回避。
「死ねぇぇぇ!」
……なんとまあ。裏人格はチンピラみたいな奴だな。
横から頭を狙ってくるトンファー。
左手で止める。
「残念」
続けて右手で殴り飛ばす。ちょっと浅い。
僅かにインパクトは逸らされたが、それでも百合姫は十数メートル転がりながら吹っ飛ぶ。
あースッキリした。誰が間抜けだ。このすっとこどっこい。
「……な、なんで強化されたままですのん?」
やっぱりあれくらいじゃあ、倒れないよな。
平然と立ち上がりながら質問をしてくる百合姫。
「ん? トランスドライブは他の強化魔法と違って、水属性の魔法で散らないんだよ」
本当は若干散っているけどな。他の強化魔法が8割散るとしたら、1割程度だからまあ気づけないだろ。
律儀に質問に答えつつ、初級魔法で追撃。
「ずるくね?」
「やかましい」
百合姫も迎撃の魔法を展開。軽口と魔法の両方で激しい応酬。
速射には自信があったんだが、二人がかりとはいえ、ちょっとへこむな。
「スイッチ!」
互いに攻めるタイミングを計っていたところで百合姫が叫ぶ。
続いてトンファーをしまい、剣を握る。
迫る魔法。が、
「はぁ!」
――魔法を斬りやがった。
――――――――――――――――
飛来する炎の槍を、抜剣、斬り払う。
奴の魔法は高いレベルで収束されていて、速度も早く、正確。
だが流石の奴も、自動魔法は一定の速度と軌道だ。
慣れれば読める。だから剣で斬る事も可能。
『それで、真似できそうか?』
……やってはみる。でも期待しないで。
やっぱり今この場で、いきなり真似出来るようなものじゃない。
たださっきの水属性中級魔法は、ちょっと効果があったよ。
『それは重畳。じゃあプランDだな』
そうしよう。
――――――――――――――――
「スイッチ!」
ティーナから再び交代。得物を剣へと持ち変える。
距離を変えて剣を何度も交える。
前回と違って、ある程度打ち合える。
慣れもある。だがそれ以上にこいつの腰が一歩引けているからだ。
警戒しているんだ。確かに戦いの最中にライトで目くらましをしてくるなんて、想像外だろうさ。
今の内にこいつの弱点をついて倒しきりたい。
彼の弱点は本気を出さない事。
そして、強すぎる事。
どこでどう生まれて、どのようにこれだけの強さを手に入れたのかはわからないし、彼だって強くなる過程では、自分より強い人間と戦った事はあるだろう。
けれど前回の戦いで『血を流すのは久々』と言っていた。つまり苦戦はおろか、かすり傷を負うような戦いすら、久しく行っていないという事だ。
要するに格下との戦いに慣れてしまっている。
……多分彼からすれば、ここ数年の戦い全てが、ボクが幼子と戦うようなものだったのだ。
きっとボクだって、幼子が真剣を持って戦いを挑んできても、ケガをしないように無力化させようと試みるだろう。
だからそこが狙い目なんだ。
彼は相手と自分の力量差を把握しようと、様子見する。
基本が正統派の剣術のボクと、対人戦に特化したトリッキーな戦い方をするティーナ。
武器はもちろん、間合いも、呼吸も、攻撃する場所も、それらのクセも。全てが違う。
絶対にやりづらいはずだ。
でもそれだけじゃ勝てない。
体力が尽きればボクは負ける。
ボクの勝機は、見切られる、もしくは体力が無くなるその前に、彼の想定を上回る事。
そしてその一瞬で倒しきる事。
もしくは……。
――――――――――――――――
スッと手足が冷たく……熱が消えた?
それに音はどこへ?
視界が凄まじく明るくなって……。
――明滅。かと思えば暗転。
あれ? 白黒? 世界から色が消えた。
なんだこれ?
「あー??」
……いや。――これ、凄い。
凄いよ! 凄い! 凄い!
あぁ――どうしてこんなに世界は綺麗なのだろう?
世界は喜びと光と温もりに包まれている。
そんな世界が止まる。ボクが止まれと念じれば簡単に止まる。
ずっとここにいられるんだ!
『……ス! お……!!』
……うるさいよぉー。
アハ。アハハ。
んー。……剣舞を舞っている? ボクが??
でも踊り相手のエドは、変な顔をしているね。
エヘヘ。もっとボクと踊ろう。
今度は美しい音楽が、踊りに合わせて脳内に奏でられ始めた。
電流が流れる。脊髄が蕩ける。
蕩けているのに体は空を舞って、輪郭がはっきりしてくる。
「ふぅぅ……あは」
あぁ。でも。なんだろう?
世界がドロドロに溶けていく……。
楽しい。嬉しい。――気持ちいい。
もっと。もっと、もっと、もっと。
もっとボクと踊ろう。
――――――――――――――――
意識はあるのか?
「ふぅぅ……あは」
……ない、か。
百合姫の魔素が活性化し、魔力へと変わっていく。
超集中を超えて入神の領域へ入ってきた。
強化魔法を使わずに、同じことを無意識で行っている。
――制御できないままに。
限界を超え始めた。ここで目覚めて来たか。
だが……はっきり言って無茶だ。
俺もコレを始めて体験した時はやばかった。
ましてや魔法の補助無しで、あの領域へ飛び込んだんだ……。それがどれだけ恐ろしいことなのか、想像もつかん。
魔素切れで気絶すればそれでいい。
が、このままじゃ良くて人格崩壊。
下手すりゃ肉体も魔力化して消滅するんじゃないか?
おいおい! 裏人格は何してやがる。
……仕方ない。
こうなったら達磨にしてでも、無理矢理止めるしか他にない。
「うおぉぉ!」
裂帛の気合いを込める。
全力全開。持てる全ての力を開放する。
今の百合姫は、自らの肉体限界を超えた速度を出してくる。
傷もいとわずに、楽々と音の壁すら超えている。
だが、制御していない力は本能のそれだ。動物と変わらない。
「――あぁぁん、だ! らぁぁぁぁぁ!!」
飛んできた百合姫に、剣の腹でカウンター。
綺麗に直撃。はるか彼方へと飛んでいく。
だがトランス状態だ。その意識は刈り取れない。
「全てを貫け」
……恨むなよ。
後方へ飛び退き、距離を取りながら詠唱。
「デンスフォグ」
しかし奴の体から霧が噴き出る。
ちっ。次いで土壁がそびえる音がした。
霧で減衰させて、受け止める気か。
前回これを見せたのは失策だったぜ畜生。
対策を考案していたのだろう。
本能に飲まれてるんだから、対策も忘れちまえよ。くそっ。
おまけに視界も霧で遮られた……。どうする?
一瞬の迷い。そして状況は更に悪化する。
背中に何かが当たる。正体を探ると矢が落ちていた。
――あの時のちっこい嬢ちゃんか!? 完全に想定外だ!!
バカ野郎が。仲間なら今はあいつに撃て。
「闇よ。その門を開き、今ここに顕現せよ……」
……最悪だ。最上級火属性魔法かよ。
「その力にて、儚き光に終焉を」
詠唱もかなり速い!
ちっこい嬢ちゃんを止めようにも、視界は霧に遮られている。
百合姫にそれは撃てと言ったところで、従う訳が無い。
「さあ、全てを灰燼に帰さしめよ……」
「くそっ」
用意していた魔法はキャンセル。風魔法で霧を払う。
だが時間が無い。まずは全力で飛び上がって退避。
次の魔法を用意する。
用意しながら百合姫を探す。どこだ? ……いた。
はぁぁ!? ちょっ、おまえ!
「くっ、くく」
その姿を見て、思わず苦笑しちまった。




