敗北
切り落としを剣で受け、突きをティーナが防ぎ、払いを避ける。
反撃するも流されて、返す手刀をどうにかいなし、追撃の蹴りはいかんともしがたく、
「がっ! ……ぐぅ」
くそっ。また。
だが、ようやくこいつの動きに慣れてきた。
少なくとも致命傷は避けられる。
もっとも斬撃は防げても、素手で剣を止める肉体に殴打されるのは、鈍器で殴られているのと変わらないが。
「戦いながら差を詰めてくるか。だがこれ以上は縮まらないぞ」
確かにそうだ。
動きに慣れても、根本的な能力差が縮まった訳ではないのだから。
でも……まだだ!
「大したもんだよ……。お前はよく戦った。だからもう大人しく寝ておけよ?」
折れた骨を治す。
顔を上げる。
剣を杖代わりにして立ち上がる。
「い、ゴホッ……。嫌だ、ね」
くそっ。
内臓もちょっとやられたみたい。
筋肉はさらにボロボロ、どこが千切れているかなんてわからない。
全身が今にもバラバラになりそうな痛みを訴えかけている。
「参ったな。こうも粘られると、譲れる仕事なら貸し一つにしてやりたいところだが……悪いが今回は譲れない仕事でな」
ティーナが追加で回復魔法を使う。
――よし。痛みが治まってきた。
もう一度、
「安心しなよ。勝つのはボクだから」
挑む。
――――――――――――――――
地面と何度もキスしてやっと止まる。
今、何回転したんだか。
こうしてぶっ飛ばされたのはもう幾度目かわからない。
その度に傷を治すのだから、魔力の限界もすぐそこだ。
「ふぅ。なんでそんなになってまで頑張るんだ?」
「そんなの、意地が、ゲホッ……あるからだよ」
「わかんねぇな」
わからないだろうね。
これだけ強いお前には。
男の体に生まれたお前にはさ。
「そうやって意地張って立ち上がっても、そろそろ魔力も限界だろ? 個人的にお前の姿勢は嫌いじゃない。が、プロとしては失格だぜ。俺がその気になればお前も仲間も死ぬ。そこんとこ、わかってんのか?」
「……それが出来ないのがあんたの欠点だ」
この挑発は失敗だった。
「本当にそう思うか?」
急激に冷たい声になり、殺気が膨れ上がる。
今までこいつは気を抜いていた。
それなりに剣気は感じても、本気じゃなかった。
それは幼い頃のボクに、剣の手ほどきをする父様のようだった。
悔しいがそれだけ油断していて、それだけ差があるという事で。
だがその圧倒的格上が、突然殺気を叩きつけてきた。
突然の変化に真っ先に体が反応。
胃が締め付けられて、息が詰まり、体が震える。
奴はゆっくりとこちらへ指先を向けて、魔力が集中する。
あっ……。
まずい! まずい! まずい!
恐怖に飲まれるな!
今臆せば、あっけなく死ぬ!!
「がぁぁ!!」
叫ぶ。必死で叫ぶ。
痛みも疲れも感じなくなって、体が動きだす。
フェイントなど何もない、ただ単純に最速、最短で刺突を放つ。
「……全てを貫け」
手で刺突は流され、足を払われて盛大に前方へ転がる。
転がって、体勢を立て直す。奴の方向へ振り向く。
奴も詠唱中は余り動けないのか、こちらを振り向いているだけで追撃はこない。
……詠唱?
こいつの詠唱を初めて耳にする。
『アクアキャノン!』
ティーナが水属性中級魔法を放つ。
『避けろ!!』
ティーナの叫びに、ボクの何かに、反応した体はそこから逃げる。
みっともなく、必死に転がる。転げて逃げる。
「ヒートレイ!」
熱っ! 何!?
逃げた先でちらりと元いた場所を見れば、こちらの魔法は一瞬で蒸発して……火属性の魔法で攻撃されたと思しき痕跡が。
でもあれはボクの切り札、火属性最上級魔法じゃない。
『で、伝説級魔法か!?』
しかも詠唱短縮。
「せぇぇ!」
だけど驚いている暇はない。
二発目を撃たれたら、今度も避けられるかわからない。
距離を詰める為、再度切りかかる。
無策で振る剣は簡単に防御され、
「やり過ぎた……って、まだ続ける気か……あっ? ちっ!」
鍔ぜり合いのまま、口を開きかけ、突然後方へ飛んで距離を取られ。
次の瞬間、男が今まで立っていた位置に横から到達した何かが通過する。
遅れてパーンと、空気を切り裂く炸裂音が響く。
「お待たせ、クリス」
物体が音速を超える時、空気を切り裂き炸裂音がする。
乱入者は音速を超える武器を持った人物で。
「レベッカさん……。気をつけて、こいつは強いです」
「よく知っているわ」
援軍の到着に気が緩み、忘れていた限界を思い出す。
今すぐ休めと体中から信号が送られる。
全身は血と汗まみれで悪寒を、忘れていた呼吸が荒く再開、おまけにめまい。
だけど、まだ倒れられない。
僅かな光明が見えたかもしれないんだ。
鞭を回すレベッカさん。相対する男。
「よう。久しぶりだな。ベッキー」
だが戦いは始まらず、男はレベッカさんに話しかけてきた。
「少し馴れ馴れしいんじゃない? エドワード」
「相変わらずつれねぇなぁ」
首をすくめて頭を振る男。
その態度、
「知り合い、ですか?」
「そんな友好的なものじゃないけどね。何度か仕事で敵対した事があるの」
よくわからないが、少なくとも今は共通の敵。
それなら良い。
「……ともかく丁度良かった。そいつを説得してさっさと帰ってくれよ」
こいつは2対1になっても余裕、か。
「悪いけど今日引くのは貴方よ。エドワード」
「待って下さい。二人なら……」
「無理よ。貴方も限界でしょ? 見ているこっちが痛々しいぐらいよ。もっとも体調が万全でも、二人でこいつに勝てるとは思えないけど」
彼女には戦うという選択肢がないらしい。
こうなったら……。
……いや、でも。
「それで。勝てないとわかっていて、引くのが俺とはどういう事だ?」
ボクの葛藤を余所に、二人は話を続け。
「貴方の目当ての品はここにはないわ」
「……なんでお前がそれを知っている?」
ボクの存在はあっという間に蚊帳の外。
「もちろん調べたからよ。依頼主に後ろから刺されたくないもの」
淡々と話す二人。
頭痛が酷い。
原因は心半分、体半分。
深呼吸をして対処。
「道理だな。それでブツはどこだ? 調べたんだろ?」
「教えても良いわ。ただし襲撃は私たちの契約期間が終わってから」
ボクの体。もう少しだから。
今は痛みを訴えないで。
思考を邪魔しないでくれ。
「これ以上時間をかけるのは、好ましくはないのだがな」
「調べなおすのと、どちらが早いかしらね?」
……よし。
二人の話はどんどん進んでいる。
さてボクは?
このまま静観していて良いのか?
黙って、やり過ごして、それで納得できるのか?
「……まあ他ならぬお前の頼みなら、貸し一つでいいぜ」
「私が、貴方に、貸しという事ね」
静かに両者はにらみ合う。
今、この瞬間。不意を突けばあるいは……。
『……』
やがて根負けした男がため息一つ。
「仕方ねぇ。貸し借り無しだ」
「うーん……。オーケー。それで良いわ」
終わった、か。
ボクは……動けなかった。
レベッカさんがエドワードと、互いに武器を納めて少し離れて話し合う。
そうして細かい条件を決めている。
黙って彼女の横に立つ。
結局この男に手も足も出なかった。
そして彼女のように情報を持っている訳でもない。
だからこの話に立ち会っても、抑止力にもならなければ、優位に話を進める助けも出来ない。
戦っている時よりも話し合っている今が、自分の無力さを思い知らされる。
やがて話はまとまり、男はまるで散歩でもしていたかのように、元来た道へ戻ろうとした。
ボクが、今にも倒れそうな程に力を振り絞った戦いが、奴にとってはその程度の物だったと言わんばかりに。
「ちょっと待て」
「クリス?」
だから我慢がならなくなって、呼び止めてしまう。
「どうした? 嬢ちゃん」
男が振り向く。
「お前、なんでボクを殺さなかった?」
ただの負け惜しみにしか聞こえないかもしれない。
少なくとも、これ以上言葉を交わすのは恥の上塗りだろう。
「なんでなるべく殺さないように戦うんだ?」
それでも、どうしても問いたくなった。
こいつがどこの誰で、何故こんな事をしているのか。
どんな目的を持った人間なのか。
どんな信念を持っているのか。
この問いにその答えの一端があると思うから。
「嬢ちゃんは本当に人の話を聞いてないな。言っただろ」
言った?
……おい、ちょっと待て。
まさかあれか?
そんなくだらない答えなのか。
「女に手を上げる趣味はな――――」
!!
そうかい。
別にこいつにとって、信念や誓い、あるいは信仰など、そういった己を象る重要なものではなく。
仕事上のルールとかそういった事情でもない。
ただなんとなく、趣味じゃないから。
そして――ボクが女だから。
だから、殺さないし、なるべく傷つけない。
「――――もんなんだ……って、いきなり笑い出しやがって。聞いているか?」
遠くから、壊れたような笑い声が聞こえる。
どこかで聞いた事がある、女の子の声だ。
「あー駄目だな。悪いが帰るぜ。約束は守れよ」
あぁ。そうか。
ボクの声だ。
反響して聞くと、自分の声じゃないみたい。
どこの女の子の声かと思ったよ。
バカだなボク。笑えるよ。
あはは。
ははははははははは。
ふふふふふふふふふふふ。
「ふふふ、ふ。――――あああああぁぁぁぁ!!!!」
完全にコケにされた。
最後まで舐められていた。
あんなふざけた奴にボクは!
こんなに弱かったのか!
なんで、ボクは――!!
『……』
ちくしょう! ふざけんな!
ちくしょう。ちくしょう。ちく、しょう。ち、く、しょ……。




