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格上との戦い


 フィオが倒れる姿が、ボクの目にはまるで時間が薄く引き伸ばされたように、ゆっくりと見えた。


『はっ?』なんて間の抜けた声を出している気がする。

 ティーナが何かを言って、風をが吹いて。


 そして彼女は完全に倒れて、スローな世界が動き出す。


「ちと悪いが、寝ててくれ」


 男の声、続いて『キンッ』と金属同士がぶつかる高い音が、頭の後ろで走る。


「なんだと!?」

「なっ!?」


 驚きながらも、体は反射的に剣を抜き、後方を薙ぐ。

 いつの間にか背後にいた敵は、剣が到達する前に後方に飛んで避ける。


「へぇ……完全に虚をついたと思ったんだが、こいつは意外だな」


『防げたのはたまたまだ。次は難しいぞ』

 そんなことより!


「お前! フィオに何をした!?」

「うん? そっちの嬢ちゃんか? 仕事の邪魔だから寝て貰っただけだよ。嘘だと思うなら確認しな。その間、手は出さねーよ」


 鵜呑みにはできないが、フィオが心配だ。

 もしかしたら、回復魔法をすぐにかけないといけないかもしれない。

 敵から目を離さずにフィオに近よる。


 ――今のところ、こちらを攻撃してくる様子は無く、リラックスした様子で突っ立ている。

 腰に剣を佩いているのに抜いていない?

 素手で攻撃してきたのか?


「だから手は出さないって。そんなビビんなよ。嬢ちゃん」


 こいつ。何を考えている?

『俺が注意しているから、お前はフィオを』

 ……あぁ、頼む。


 倒れたフィオに手を当てて確認する。本当に気を失っているだけみたいだ。よかった。

 寝ている彼女を近くの倉庫を背に座らせながら、彼女の身に何かあったらと考えたらぞっとした。


 でも、こいつがもしもその気(・・・)だったら、彼女は……。


『クリス。やりようのない気持ちはわかるが、怒るな、冷静になれ。戦えば負けるだろ』


 そんな事やってみなきゃ『相手の強さは、お前の方がよくわかるだろうが。ともかく話をして時間を稼げ』


 ……くそっ。


「なっ。寝ているだけだろう。大人しくその子を連れて帰ってくれないか?」

「お前が予告した犯人か?」

「まったく。人の話を聞いてくれよ。質問の答えはイエスだ。あー、嬢ちゃんは『百合姫』だな」


 ボクを知ってる?


「その名で人に呼ばれる事もあるよ。もう一つ質問しても?」

「どうぞ」

「なんでさっき攻撃してこなかった? なんで今こうして話しをしている」

「? 手は出さないっていったろ? ともかくお友達連れて帰ってくれよ。……女に手を上げる趣味はないんだ」

「――ッ! 舐めるな!」


『落ち着けクリス!』


 これが落ち着いていられるか!


『くそっ。――ファイヤーアロー!』


 ティーナが合図の魔法を空へ放つ。

 けれどそんなものはどうでもいい。

 こいつはボクが倒す!


 剣を構えなおして、奴へ突撃。

 奴はいまだに剣を抜いていない。

 抜剣する前に倒してやる。


「あぁ、待機していたお仲間ならみんなお休み中。だから来れないぜ」


 奴はどこまでも余裕で話しかけてくる。

 が、すでにこちらの間合いだ。

 袈裟切りに剣を振り下ろす。


「やっぱ、ちと痛いな」


 ……おい、嘘だろ!


 ようやく動いたと思ったら、左手の掌で剣を受け止めた。

 素手で剣を止められ硬直したボクに、男の拳が迫る。


『メタルガード!』


 ティーナの展開した土属性中級魔法(メタルガード)の盾がその拳を防ぐと、再度男は距離を取る。


「熱くなってんだか、冷静なんだかわかんねー奴だなって……おぉい!」


 こいつは剣を素手で止めた。

 謎を抱えたまま、近距離戦に持ち込む事を躊躇い、中距離での魔法の打ち合いへ切り替える。


「ファイヤーアロー!」

『アクアキャノン!』


 ティーナと二人で雨あられの如く初級、中級魔法を打ち込む。

 それでも、


「おいおい、まじかい」


 焦った風なセリフと対照的に、男の余裕は崩れない。

 最初の数発ほど男は避けていたが、魔法を魔法で迎撃し、一人で相殺していく。


「よっ、ほっ、はっ」

「!!」


 悔しいが魔法も奴が上。

 発動句すら不要な無詠唱。

 更に一人で相殺出来るという事は、自動魔法も併用している。


 実戦レベルで使いこなす人間なんて初めてだ。

 さらにボクに話しかける余裕すらある。


「お前はあれか。二重人格って奴か」

「! だったら、どうした!」

「いや、納得、だー、よっと」


 話ながら躱す。魔法を発動する。なんて奴だ!


 更にはこんなにも短時間で、ティーナの事にも気づかれた。

 ボクの優位性が見いだせない。

 この距離の戦いでも切り札はあるけど、街中では切れない。


「いい加減、諦めてく、れないか」

「だからっ! 舐めるなぁ!」

「いや舐めてないって。ケガしないよう簡単にあしらえないからこそ、お願いしている訳で」

「――どこまでも! デンスフォグ!」


 水属性上級魔法でボクの体から霧が吹きだすが、その霧は奴に触れる事すらなく、次の瞬間には風魔法で散らされる。

 それでも一瞬視界を遮った隙に、再度接近し剣を振る。


 やはり腕で受けられるが、織り込み済み。

 そのまま、剣は届くが拳は届かない、そのわずかな間合いを慎重に保って戦う。


「ちっ!」


 ようやく、僅かだが男に焦りの色が見え始めた。

 流石に近接戦をしながら、自動魔法は使えないらしい。


 こちらの斬撃は相変わらず防がれる。

 合間を縫って放たれる奴の攻撃を、躱す、あるいは剣で受ける。

 要所で、ティーナの魔法攻撃が奴を襲う。


 どうやらこの距離だと、実質2対1のアドバンテージがあるようだ。

 徐々に有利な体勢になっていく。


 攻防の十七手目で、チャンスが来た。

 体勢を崩しかけた男に刺突を見舞う。

 斬撃は防げても、刺突なら!


 男の左肩を狙って放った、必殺の刺突。

 だがすんでで、左の掌を挟まれる。


「いってー!」


 くそっ!

 掌は貫けたが肩にはほとんど刺さっていない。

 だが、刺突ならダメージは与えられる。


 奴は右手で剣をはたき、後方へ転がる。


「逃がすか!」


 前へ詰めようとするが、男は左手で魔法を放ってきた。

 相殺の為に足を取られ、距離を取られてしまう。


「待て、ちょっと話し合おう」

「……大人しく降伏するか?」


 勝つためには畳みかけるべき。

 わかってはいるが、先ほどフィオを心配するボクをこいつは攻撃しなかった。

 その借りを返す為、ボクは追撃を止める。


「そいつは無理だ、品物も破壊させてもらう」

「話にならないだろ。痛み分けですらない」

「まあ待て。俺が血を流すなんて久々だ。大したものだ。嬢ちゃん大人になってから戦いに敗れた事なんて無いだろ?」


 質問の意図が見えない。


 だが、いつの間にやら左手の傷はもう無い。

 治療されたか。


「時間稼ぎは終わりで良いかい?」

「はぁぁ。……そう受け取っちまうか。本当はわかっているだろ? まあいい。じゃあ、最後に一つだけ」


 なんだよ?


 目線で了承の意図は伝わったらしく。

 奴は口を開いた。


「模擬剣持ってない?」

「――死ね!!」


 そして奴は抜剣し、ボクの剣を防ぐ。

 ただそれだけ。

 ただその一合で理解する。


 剣を抜いたこいつにボクは勝てない。格が違い過ぎる、と。



「はぁ、はぁ」


 剣戟になり数合で、防戦一方となった。

 力、速度、技量、体力、経験。その全てでボクが劣っている。

 先ほどまでと変わらずに、ティーナも魔法で援護してくれている。が、その援護を見越したうえで奴は攻撃を組み立てている節がある。


「くっ」


 一合一合の衝撃が、ボクの魂を削り取っていくかのように重い。

 もはや防いでいるのではなくて、防げるギリギリでこいつが攻撃してきているのではないかとすら思う。


 体は限界に悲鳴を上げている。


 でも、

 それでも、

 まだだ。


 こいつにも欠点はある。

 そこを突くイメージはまるで浮かばないが、それは確かにある。


 だからきっと勝機は訪れる。

 そう信じて耐え忍ぶ。


 敵に負けるなら仕方ない。

 でも、自分に負けたくない。

 自分はこれが限界だと、己自身で認めたくはない。



 ――――――――――――――――


 勝機は訪れない。

 だが変化が訪れる。





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