父親
父親視点
夕食後、アンジーからクリスが進路を決めたと聞いて談話室にて話をする事になった。
早いもので、もうクリスもそんな年になったのかと、感慨深いものがある。
こんな事は人に言えないし、もちろん子供は皆可愛いが、実はクリスは特別に思っている娘だ。
アンジー似のセラフィーナは、年々性格も似てきたようで、家に帰ると非常に口うるさく、まるで妻が二人になったかのように息苦しい点があった。
もっとも王立学校に行ってしまい、逆に今は寂しいがな。
対照的にクリスは男心がわかるというか、余り口うるさくない。
自分似の末娘という点もあるのだろうが、こう話していてノリが合うというか。
未だに兄のジャスティンとも熱心に訓練をしているし、きっと騎士団に入って活躍するのだろうと思うと、楽しみで仕方がない。
――ただ、間違いなく俺よりも強くなるだろうから、立場が無くなりそうである点は、複雑な気持ちもあるが。
そんなことを考えていると、話しが妙な事になってきた。
冒険者になりたいと言う。
たしかに戦闘能力に限って言えば、十分な素質があると思うが、真っ直ぐな性格のクリスには余り合わない職業だと思う。正直変な男に騙されてしまいそうだ。
――想像しただけで憤りを感じる。
はっ! 考えたくないがもしかして、もうそいつはいるんじゃないか?
クリスに稼がせて自分は楽をしようとしているクズが!
「はい。私は一刻も早く士爵になりたいのです」
「うん!? ……すまん。もう一度言ってくれ」
いや変な事を考えていて、すまんかった。
だからアンジー、足を踏まないでくれ。
「一刻も早く士爵になりたいのです。その為には冒険者となりお金を稼ぐのが最短と思いました」
ふむ。つまりその男は自分が貴族になりた――
痛い!痛い! アンジー痛いって!
それから、そんな冷たい目で見ないでくれ。
「いやしかしだな、別に騎士団に入って正騎士になれば良いのではないか?」
「お父様。私は早くなりたいのです。」
あー。確かにこの街の騎士団では、早くとも30半ばまでかかるだろう。
なぜなら、枠が一人しかいないのだから。だが、
「王立学校を出て、王都の騎士団なら10年もあればなれるのでないか?」
そう、この街の騎士団では規模の問題で女性騎士自体少ない。小隊長=女性騎士団長だ。
だが王都の近衛なら20半ばで小隊長ならそれなりにいる。
なんせ貴婦人は多く、また式典の数も同様だ。
当然女性騎士団の規模も大きい。
でも、出来れば公都ならそんなに離れないし、お父さん嬉しい。
「確かにそうなのですが……お父様、お母さま。私最近気づいた事があるのです。落ち着いて聞いてくださいますか?」
ほう。恋に気づいたと。
よし、そいつを教え――あいたたたたたt
「もちろんよ、クリス。どんな事だって貴女の事なら驚かないわよ。なんせ貴女はお父様の若い頃にそっくりなのだから」
うーむ、そう言われると悪い気はしない。男は一生嫁さんに勝てないといういい例だな。まったく。
「ありがとうございます。お母様」
あっ、お母様ポイント上がっちゃった。何とか挽回せねば。
何かうまい言葉を考えよう。
うーん……
「そうだぞ。例えお前が百合姫様と同じ趣味だと言われても、家族として受け入れるぞ」
……あれ? なんで二人とも吃驚した顔で俺を見ているのだ?
ここ笑うところだよ?
ち、沈黙に耐えられない。
本当に百合姫様を目指したいのか?
たしか百合姫様というのは、メアリー・アザル様の通称だ。
初代王の末娘として生まれたメアリー様。
普通は王家に生まれた娘は、他国の王家なり、上級貴族なりに嫁ぐものだ。
実際に当時建国して日も浅かった為、メアリー様の姉たちは皆、旧王家たる公爵家に嫁ぎ融和を進めていた。
ところが、驚いた事にメアリー様は冒険者となった。
今の時代ではありえない話ではあるが、当時はまだまだ魔王の爪痕は深く、国中至るところにモンスターが沢山いた。
その上で、メアリー様は末娘ながら、建国王アレク・アザル様並みの戦闘能力
――つまりは次代の勇者であった。
そういった例外的な時代、例外的な能力の為、冒険者になられたわけだ。
この点だけでも、実に異様な話なのだが、話はこれで終わらない。
メアリー様が冒険者になられて数年後、様々な活躍をされ、授爵されることになる。
まあ、ドラゴンを倒してしまうのだから当然だが。
まさかクリスの奴、ドラゴンスレイヤーになりたいとか、言い出したりしないよな?
「お父様」
「なんだい?」
「お父様は私が男だと気付いていらっしゃったのですか?」
「……ちょっと待て、少し考えさせてくれ」
クリスが男?
いやいや、クリスはクリスティーナだぞ? クリストファーじゃないぞ?
顔だって俺に似ているというのはパーツの話しであって、どう見ても女の子だ。
だいだい13歳でそんなでかい乳は、女の子でもなかなかいないぞ?
「クリス。ジャックはちょっと困惑しているみたい。それに、それだけじゃ私もよくわからないのだけれど、つまり貴女はメアリー様みたいに女の子と結婚したいの? だから貴族になりたいという事?」
そう。メアリー様の一番有名な話しはドラゴンスレイヤーだが、冒険者仲間の女性と結婚した事も誰でも知っている話だ。
「はい。正確にはメアリー様と私は違うと思いますが、女性と結婚したいという点は同じです。なぜなら私は、体は女ですが、心は男だと気付いてしまったのです」
よし、さっぱりわからん。
ただ話しの内容は理解出来ないが、クリスは本気で言っている。
わからないまま、わかるって言うのは間違っている。
それだけは良くわかった。
「そう……それは間違いないの? 絶対って言いきれる?」
「一週間前に気付いて、ずっと自問自答しました。結論として出た答えです」
「……わかった。母さんは反対しないわ。ジャックはどう?」
そうだな。
「ジャック。貴方が何故騎士科に進んだか、覚えているわよね。」
もちろん覚えているさ。
農民の子供の俺が、お前を嫁に貰う為だ。
騎士科に進むのが、俺の望みをかなえるために、一番可能性が高い方法だったからだ。
――なるほどな。
参った。
どうしたものか。
「クリス」
「はい。お父様」
真っ直ぐに見てくる。
絶対に意思を曲げるつもりはないそう言いたそうな目だ。
良い目をするようになったな。
流石は俺の娘だ。
いや息子なんだっけ?
……いや違うか、まだ認めたら駄目だったな。
じゃあこうするか。
「中学卒業するまで時間をやる。その時に模擬戦で俺に勝ってみせろ」
こいつは、俺の可愛い娘だ。
男だって言いたいのなら、俺に勝ってみせろ。
「それが条件ですか……」
「あー。まあそうだな。もし俺に負けたら騎士団に入れ。それで3年鍛えたら公都の騎士団に推薦してやる。それなら良いだろ?」
俺に負けるならお前は俺の子供だ。
成人までは俺のワガママに付き合って貰う。
だが俺に勝てるなら、そいつは一人前の大人だ。
好きにすれば良いさ。