マッチポンプ
最後はフィオ視点です
「クリス、フィオ。10日振りね」
ギルドでの朝の訓練を終えて訓練場を出ようとすると、レベッカさんがいた。
「レベッカさん! ご無沙汰してます」
「いやねぇ。貴方とは一度もしてないじゃない」
はい? どういう事?
『ナニもしていないって事だろ』
……あっ。
「ちょっと! 変な事言わないでくださいよ!」
フィオに誤解されたらどうしてくれるんですか!
ボクの動揺を知ってか知らずか、フィオは特に追及をせずにレベッカさんに声をかける。
「お久しぶりですレベッカさん。今日はどうしたんですか? それから、取り乱すとカッコ悪いわよ、クリス」
うぅ。フィオにカッコ悪いって思われたじゃないか……。
「あら?」
ボクらを交互に見て、そして何かを察したように『ふーん』と一言。
何がふーんなの?
もしかして、ボクの片思いがばれたの?
そんなにもわかりやすいのボク?
「若いって羨ましいわぁ。……まっ、それはそれとして、今日私が来たのは合同で指名依頼が来ているのよ」
前半部分が、すごく気になるんですが……。
とりあえず、今は忘れよう。
それで、指名依頼という事は、
「リッグ建設ですか?」
「そうよ。場所は私たちが襲撃された街道周辺で、内容は森の生物分布調査依頼」
「なんですかそれ!?」
場所を聞いてフィオの語気が強くなる。
確かにちょっと感性を疑うというか、フィオが憤る気持ちも理解できるけど。
「まあまあ。落ち着いてフィオちゃん。依頼してくれるという話なのだから、ね」
「でも、あまりにバカにしていませんか?」
「フィオ。待って待って。レベッカさんを責めても仕方のない事だろう?」
声をかければ、むっとした顔でボクを見る。
怒った顔もかわいいなー。
じゃなくて、
「しくじるは稽古のためって言葉があってね、ちょっと違うかもしれないけれど、悪い出会いをしても、結果良縁になる事もあるのだから」
「それはそうかもしれないけれど、良縁にする為の配慮があって然るべきよ。もっと別の、例えば警護依頼とか何かしらあると思う」
「ゴメンね、フィオちゃん。その点に関しては私のせい。生物分布調査については私の得意分野。だからそんなに怒らないで」
そういえばそうだったかな?
「私は別に怒っていませんけど……」
フィオ……それは怒っている人の常套句だよ。
何だかんだで、指名依頼は受けた。
好待遇だったし、あの事件にはこだわらないと明言しているしね。
4日後に街道の森に入る手前にある、資材置き場に向かって集発。
おまけに今回の調査依頼とは別口で、資材を運ぶ馬車に護衛としても依頼も貰えた。
ボクらに対しての、お詫びも兼ねているのだろう。
――――――――――――――――
「ずいぶんと資材が多いのね……」
確かにね。
「あぁそれは……」
不思議に思ったらレベッカさん曰く、どうも新たに建設現場事務所を建てるらしい。
自分たちが直接施工するとなったら、現金なものだよ。
でもこれ赤字にならないか?
『短期的に見ればそうなんだろうけどな』
長期的には何かしらの価値があるって事ね。
でもボクらに関係はないか。
「それじゃあ、ボクはちょっと先行してきます。こっちはよろしくお願いします」
「了解。そっちもよろしく」
積載重量が相当重いらしくて、馬車の移動速度が想像以上に遅かった。
久々にアランの運動が出来ると思っていたけれど、充分な運動にならずに不満そうだったので少し走らせることにした。
もちろんレベッカさんが索敵をしたところ、周囲に脅威はなさそうという判断があっての上でだ。
空を見る限り、天気はしばらく安定していそう。
高い背の上から空や山など自然を眺めると、思わず笑みがこぼれるほど気分が爽快だ。
今度はフィオを誘って、一緒に来よう。
――――――――――――――――
資材置き場に到着したのは、日没近くになってから。
資材を運んでいた馬車は、空になった荷台を引いて、即座に帰った。
私たちも時間が遅いので、今から調査に行く訳にもいかず、ここで夜営することにした。
完全に日が沈むと街灯一つない暗闇の中、たき火の光から不思議と目が離せなくなる。
そういえばクリスが原初の本能で、人は火から目を離せないって言っていたっけ?
ふと森の方を見てみれば、ただただ静かな森が広がっていて、得も言われぬ不気味さを感じる。
森の静寂さと暗闇を恐れるのもまた、捕食されてきた人間の本能なのかもしれない。
今はクリスが見張りについているから安心だけれども。
「ねえフィオちゃん。クリスと何かあったの?」
……レベッカさんと二人きりになっているのは困った。
別に苦手な人じゃない。
まだ二度目の出会いで、たいした時間を過ごした人じゃないはずだけど、すでにその態度は親しげだ。
話し上手だし、距離感を詰めてくるのも上手い人だから、むしろ親しくしてくれて凄く嬉しい。
けれど、純粋にその質問は困る。
あの時、あの短い時間で、私たちの関係を私たち以上に理解していたのかもしれない。
あの時の事は、今となっては過去の話だけど、現在進行形の事を知られるのは、やっぱり恥ずかしい。
どうやってはぐらかそうか?
「特に何もありませんよ」
「えー。でもあの時は凄くヤキモチ焼いていたのに、この間は余裕があったじゃない」
うっ……。
やっぱりあの開拓村の時、気づかれていたらしい。
「そうですかね? 気、気のせいですよ」
焦って噛んだ挙句に、声がうわずってしまった。
そんな私をみて、ますますニマニマしているレベッカさん。
「ははーん。さてはヤったわね?」
「――なんでそうなるんですか!」
「だってあの余裕は『私の物』って確信しているじゃない。お互い初めてだったの? どうだったの?」
この女……。
なぜこのもっとも触れられたくない話題に限って、強引に距離を詰めてくるのよ。
「なんの話かよくわかりません。……別にクリスと私は恋人とかじゃないですし」
そうだ。
彼も憎からず思ってくれているはずなのに、一向に私に手を出さない。
いや、いきなり手は出されるのも幻滅するけど、もうちょっと、こうなんというか、友達以上恋人未満みたいな感じになるかなと思ったけど、全然そんな様子はない。
でも、そこが彼らしいと言えばそこまでなのだけれど。
……あれ? 両想いだよね? 私の勘違いじゃないよね?
絶対そうだ。間違いない。多分。そうだといいな。
「ちゃんと手綱は握っているのよ。男ってすぐ浮気するから」
怖い事を言わないでください。
凄く言葉に説得力を感じるんですが。
浮気性のクリスというのは、想像出来ない点が救いだけど。
「随分と含蓄のある話ですね。実体験ですか?」
「まさか。男も獣もちゃんと調教するわよ。私は」
……恐ろしい。そして羨ましい。
レベッカさんがその気になれば、どんな男も簡単に手玉に取りそうだ。
駄目だ。もうそろそろこの話題は本気で限界。
顔が熱い。
そのことに気づいて、より熱くなる悪循環。
そろそろ話題をすり替えなければ、顔から火が出るのが先か、手から火が出るのが先か……。
「ところで、なんで分布調査を今さらするのですかね? 街道を作る前にしたでしょうに」
「あら逃げようとしているわね? まあ、今日のところはこれくらいで許してあげましょう。それで質問の答えだけど……」
ようやく勘弁してもらえた。
二人の時は――出来ればそれもやめて欲しいけど――ともかく、クリスの前では絶対にこんな風にからかわないで欲しい。
それを頼んでしまうと、彼の事が好きだと認めてしまう事になるので、よりからかわれる材料が増えるというジレンマ。
そんな私の葛藤すらも、彼女の娯楽なんでしょうけれど。
それで分布調査の答えだけど『多分私がこの前動物達を呼んだでしょ。その中に魔物が混ざっていたらしくて、その目撃証言があったからじゃないかな?』との事。
うん。
マッチポンプですね。
しくじるは稽古の為≒災い転じて福をなす
次回更新は11月14日予定です。




