表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/57

そんな事は気にしない


「ところで、もう一人おると聞いておったが」


 会話と言うには軽過ぎて、会談と表すには重過ぎる。

 そんな微妙な空気の中、お祖父様は無難な疑問から口にした。


 もう一人とは、レベッカさんの事だろう。

 御者から報告は受けているだろうに。


「レベッカさんは昨日知り合った方で、たまたま乗り合わせしていたんです。もう帰られました」

「ふむ。そういう事か。それならまあ良い。後日詫びをせねばならぬな」

「旦那さま。私の方でお礼の話はしていますのでご安心ください」

「そうか」


 そう言えば、そんな話もしていたっけ。


「ところでクリス」

「はい」


 ……ウォームアップはもう終わりのようだ。


 ボクの名を呼ぶその声は、それまでのものに比べてトーンが低い。

 併せて顔つきも、視線の鋭さも、先ほどまでより重々しい雰囲気が醸し出されている。



 さて、何を言われるんだろうな?

 雰囲気から、余り好ましくない想像ばかりしてしまうけれど……。


「盗賊に襲われたそうじゃないか」

「はい。ご心配をおかけしました」

「今回は上手く逃げられたそうだから良かったが……」


 ボクの自尊心は逃げてなどいないと主張をしたがるけど、そんな事を口にしても意味はない。

 むしろ、お祖父様には逆効果。


 少しモヤモヤするけれど、口にする訳にはいかない。


「こんな事になるのだから、もう冒険者など辞めなさい」


 どう話せば理解してもらえるか思案していると、その態度を沈黙と受け取ったらしい。

 直接的な要求を口にする。


「心配をかけた事は謝りますが、それは困ります」

「何が困るだ。そもそも女だてらに冒険者などおかしいだろう」

「旦那様……」

「ぬ。……まあおかしいは言い過ぎかも知れぬが、お前がする事ではないだろう」


 何だろうな。この言いぐさ。

 フィオの手前だからか、お祖母様の嗜める一声で言い直したけど……。


 確かに、これぐらいは言われるかもしれないと思っていた。

 けれども実際に言われてみれば、それでも悲しい。


 この様子じゃ、やっぱりボクの話を、気持ちを、聞いてくれる余地はないんだろうか?


「なぜ私が冒険者ではいけないのでしょうか?」

「自分の立場も考えられないのか?」


 頭ごなしに指図して、困ると言えば高圧的になり、質問をすれば弁えろと切り捨てる。


 やっぱり、そうなのか。

 残念です……。



 仕方がない、か。


 切り替えよう。

 別にいつもの事なのだから。


 世界中の人間全員が、一人残らずボクの考えを理解する訳がない。

 でも理解してくれる人も少なからず、いてくれる。

 この人はその考えは理解してくれない人ってだけだ。


 ボクだって、どんな行動、思想、その他もろもろ全ての事柄を共感、理解が出来る訳じゃないのだから。


 要するにお互い様。

 ただそれだけの話。


 いつも通り、適当にやり過ごせばいい。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません。仰る通り反省します」

「……まあ、わかれば良いのだ」


 いいえ。冒険者はやめません。


「ともかくだな、お前は女なのだからバカな事をしていないで、良い伴侶を見つけられるように努力をしないといかん」


 女なのだからとか、バカな事とか……


 誰かにそう思われるのは、仕方がないけれど、面と向かって言えるとはね。

 まあ、良くも悪くも身内の方が、ストレートに物を言えるものだけど。

 だから、遠慮がないのは理解出来るけれど、ボクの気持ちを想像すらしないらしい。

 

 仕方がない、仕方がない。


「今は良いかもしれん。だが、将来苦労するのはお前なのだぞ」

「……お祖父様の見解は一定の真実だとは思います。ですが、私には私なりに愚慮しておりますので」

「子供の癖に、利いた風な口を叩くな! ……儂とてお前の症例に関しては、色々と調べておる」


 ……それは意外。

 症例って言い方は、ちょっと抵抗があるのだけれど、これまでの態度から調べているとは思わなかった。


「良いか? お前のように自分はオトコだと主張する症例は、過去にもおった。その逆もしかりだ。……大体10歳前後からその様な考えを持つらしいな。じゃが、最後まで主張を貫いて生きた例など、殆どおらんかった」


 ……そうなのティーナ?

『正確にはわからん。常識の違いもあるから、前世に比べて表明する事も、主張し続ける事も、難しい社会だとは思う。嘘ではないんじゃない? ……だけど、嘘じゃない事に意味があるか?』


 意味…。そうだね。意味は無いね。


 そもそも嘘じゃない事と、正解はイコールじゃない。

 声に出さずとも、その心がどうかなんてわからない。


「途中で生まれた体に従うと決めたものは、それは大変に後悔すると聞いた。長い間、正しく生きてこなかったのだから、当然だろう。そして、お前がそうならないと、何故言いきれる?」


 正しく生きてこなかった、ね……。

『まあ……そう怒るなよ。彼は彼、俺は俺、お前はお前だ』

 ……そうだね。君とボクで散々考えた事だ。


 もし……もし仮に。今は全然想像できないけれども。

 何かのきっかけで、将来ボクが体に沿うと決めたとしても、


 その時にその道をまた進めば良いだけだ。


 ボクの心はボクのものだ。


「……それに、だ。仮にお前の望みがかなって、オトコとしての身分を得たとしよう。だからどうなると言うのだ?」

「――どういう事でしょうか?」

「仮に身分がオトコになったとして、それを周りの人間が理解すると思うか? 『みなし男性』など、どれだけの人間が知っている? 認識されていない言葉に、どれだけの意味がある? 実態の伴わない制度など、ただの言葉遊びに過ぎんではないか?」

「なるほど。そうかもしれませんね」


 それでも、そうじゃないかもしれない。

 そんな事は想定している。


「……その上で、よしんばお前が好くオンナが、またお前を好いてくれたとしよう。だからと言って、それで本当に幸せになれるのか? 周りが反対すると思わんか? 理由はたくさんあるぞ。まず何よりも、子供は作れない。次いで繰り返しになるが、『みなし男性』だから問題ないと主張しても、周囲の人間は制度を知らん。相手の親は、自分の娘は『同情心』と『恋愛感情』をはき違えているのではないかと邪推もしよう。それでもお前と相手は幸せになれるのか?」


 ……その可能性は否定できない。否、むしろ可能性としては高いかもしれない。


 それでも、


「覚悟はしています。――幸せになってみせますよ」


 とっくに覚悟はしている。


「……子供のお前に、簡単に覚悟と言われてもな。大体お前とて、見た目は女のままではないか? 症例の中では男の恰好をする人間が多かったぞ。それは、お前が迷っているから。そのように受け取れるがな」

「幸せになりたいからこそ、子供の今から動き出したい。だから、今から覚悟をする必要があって、それを表明せねばならない。……見た目については、いちいちそんな事に拘る方が、男らしくないと私は思っています」


 もっとも、前世で男性として生きた期間が長い為か、ティーナは一見して女と判断出来ない恰好が好みらしい。でもボクに合わせてくれている。


 どちらにせよ誰彼構わずに『ボクは男です』、なんていちいち自己主張するのはボクもティーナも好まないのは事実だし。


 もちろん必要があれば主張するけど。


「フンッ」


 ボクの言葉を、お祖父様は鼻で笑う。

 バカにされているけれど、もうどうでもいい。


 理解しない人がいるのは仕方ない。

 そんな事は気にしない。


「まったく。父親そっくりの強情さだな」

「……褒め言葉として受け取ります」

「褒め取らんわ。――だからアンジーを嫁にやりたくなかったのだ。やはり、分不相応だったのだ」


 流石にカチンときた。

 ジジイ。あんたが本家から嫁を貰ったのも分不相応だろうが。


 こうなってしまった以上、ボクの事はどう思われても構わない。

 けれども、お父様を貶める発言には腹がたつ。


『クリスちょっと落ち着け。妙だ』

 ……何が言いたいの?

『さっきからワザとお前を怒らそうとしているように見える。何の為かはわからないが、只の挑発だ。だから落ち着け』


「彼奴はちゃんとお前の病気の事を調べたのか? お前が可哀想だわ」


 くそっ。こいつ!


「ちょっと待って下さい。可哀想ってなんですか?」



 感情的になりかけたそのタイミングで、発言をしたのは予想外にもフィオだった。





『みなし男性』については5話に記載しております。


 中途半端なので、続きは明日更新します。

 次々回は10月17日予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ