「ボク」と「彼」
「カス子ってなんだっけ?」
混乱の最中にいるボクが、何気なしに呟くと、「彼」がカス子について説明してきた。
おおよその「彼」の世界の事は把握しているが、さして重要でない事についてまでは、さほど覚えていないからだ。
カス子とは、正式名称「3次元カスタム少女」という前世におけるアダルトゲームである。
このゲームなんと、シナリオもイベントも無い。
ただただ、パーツを組み合わせてアバターを作り、けしからん事をするだけのゲームだ。
そんなゲームだが大ヒットし、たくさんのMOD(改造パーツ)が作られ、動画サイトで使用されていた。
とはいえ前世の彼は別にそういったパーツを作成や愛用している職人では無く、単純に好みのアバターを作ってオカズとして使っていた。
という説明だった。
最後の一言はいらん、というか
「ちょっと待って」
途端に、彼はボクへの呼びかけを止める。
ボクと「彼」の置かれている現状で、今の説明って必要かな?
「いや、必要かも知れないけれど一番初めにする説明かじゃないよね」
聞いたのはボクって……何気なしに口から零れたなんで君はそんなに冷静なのさ?
取り敢えず水を飲んで落ちつこう。
あれ? そういえば水差しとコップは昨日部屋にあったけ?
どうでもいいか。助かる。
水を飲んで深呼吸。
意思の疎通は図れるし、『彼』の事もある程度だが、ボクは知っている。
そう理解すれば、少し落ちついてくる。
「君はボクの事を知っているの?」
……知っているらしい。
「えっと」
うん? あぁ、声に出さなくても伝わるの。
そっか、なら――。
『彼』と話をすり合わせると、まずはボクが見た夢、それは『彼』の人生の追憶体験だった。
『彼』として生きた記憶。
『彼』曰く意識として、前世と今世は連続していたそうだ。
どうも転生した際に、赤ん坊になった時のストレスで『ボク』という人格が作られたのではないかと 『彼』は言っている。
二重人格になってしまった事に問題はないのかと聞かれた。
ちょっと考えてみたけどなってしまったものは仕方がないし、目覚めた『彼』からも悪意や敵意は感じない。
そのおかげなのか『ボク』も不思議と拒否感は無い。
上手く説明できないが、明確に他人なのに、一部自分でもあるから、かな?
まあ『彼』の事は、大体わかった。
名前を尋ねたら、『キミ』でも『アンタ』でも好きに呼んでくれとの事。
むー、ボクの事は『クリス』と呼ぶくせに不公平な気がするな。
よし、もう一人のボクだから『ティーナ』って呼ぶね。
なんか抵抗感があるらしいけど無視。好きに呼べって、ティーナが言ったんじゃないか。
しかし、
「あはは。あははははは……」
思わず笑いがこみ上げてくる。
ここ数年特に強く感じていた違和感がすっきりした。
ああ、そうだ。
ボクは男の子だったんだ。
うんうん。色々と腑に落ちた。
ティーナ曰く、ボクはFTMらしい。
要するに、体はオンナ、心はオトコ。
FTMにもいろいろと種類があるが、ざっくり言えば、ボクの状態はそう呼んでも差し支えないらしい。
振り返ってみれば……。
生まれてから小学生の最初の頃までは、そこまでの違和感は無かった。
男勝りの女の子で、男の子と遊ぶことが多かった程度。もちろん女の子と仲が悪かった訳でもない。
ただ卒業が近くなって来た9歳の時、良く遊んでいた男の子から告白された。
本当に申し訳ないが、正直気持ち悪かった。
彼は友達として楽しい相手だったが、恋愛、性愛対象として見られると思うと、どうしようもない嫌悪感を抱いてしまった。
それを機に、他の男の子達とも距離が開いた。
いや、距離を置いただな。
だからと言って女の子とも、少しずつ話しが合わなくなってきていたから、男の子達みたいに学校の外で会って遊ぶなどはしなかった。
例外が無かったわけではないけれど、基本的にはそうだった。
この世界の義務教育は小学校の6歳~10歳の4年間のみ。
卒業後中学校へ進学するのは、貴族と准貴族の子供と小学校での成績優秀者。
それ以外の子供は働き始める。
もちろん成人する18歳までは見習いの丁稚奉公だ。
因みに告白してきた男の子は、今頃頑張って働いているだろう。
中学校へ進めば、同じ小学校だった子など1割にも満たない。
新しい環境でも特に仲の良い子は男女問わず作らず、もとい作れずに、2年と少し過ごして来て今日に至った訳だ。
過去の話はこの程度で良いかなティーナ。
うんじゃあ問題はこれからどうするかだけど……。
今後の進路となる、中学校と王立学校のシステムだが、中学校は10歳~15歳の5年間、王立学校は 15歳~18歳の3年間だ。
中学は共通課程が最初の3年間、その後専攻を決め、2年間各課に所属する。
その後の王立学校は貴族と中学の成績優秀者が進む。
ボクたち准貴族の子供はエスカレーターとは行かないが、成績優秀者の大半は准貴族になる為、准貴族の子供の半分ぐらいは王立学校へ進む事になる。
だから科をどうするか昨日悩んでいた訳だけど。
その点はティーナが目覚めたから……
いや、ボクという人間を理解したから、おおよその方向性は決まった。