着替え
ボクの騎士科予備試験の時と違い、今回は冒険者の随行はなかったらしい。
明日まで、軍が警備を担当するようだ。
もっとも、すでに到着した冒険者も数パーティーいるらしく、何人かは入れ替わっているみたいだ。
到着した僕らが、簡易的に作られた指揮所に挨拶へ行くと、兄様が待っていた。
兄様もまた、現場に残っていた士官と既に交代したらしく、現在の責任者は兄様だった。
「お疲れさま。クリス、フィオ」
「お疲れ様です。到着の報告に参りました」
「うん、確かに報告受領しました。君たちの依頼は明日からなので、それまでは体を休めて下さい。――それでだ、君たちのテントはここの横。荷物もすでに入れてあるよ。隣だから、何かあれば私に言えば良いよ」
「色々とありがとうございます」
荷物を運んで貰った事も、場所を隣にしてくれた事も、本当に助かった。
それは助かったのだけれども、フィオと二人というのはまずくないか?
「兄様。私とフィオの二人ですか?」
「ん? あぁそうだな。クリスは問題ないが、ティーナがいたな……」
『事案発生しねーよ!? ロリコンと一緒にするな』
「ティーナ? 誰ですか?」
フィオが当然の疑問を口にする。
「フィオ。ティーナについては後で説明するよ。それからティーナは兄様に暴言を吐いております」
「そうか。まあいつもの事だ。ともかく、一人にするのも危ないだろうし、クリスがうまくやってくれ」
「はぁ、仕方ありませんね。かしこまりました」
参ったな。
テントに行き、手荷物をおろし、さっそく荷物の整理を始める。
「それでティーナって誰の事?」
「うんティーナはボクの……って、何着替えてようとしているのさ!?」
「えっ、依頼は明日からでしょう? ちょっと休憩しようと思ってるのだけれど」
「ボクの前で着替えないで! 外に行くから終わったら教えて」
「? ……あぁ、そっか。わかった、ごめんね。そうするわ」
慌てて外に飛び出した。
ふぅ。びっくりしたよ、もう。
『慣れていると言っても、避けられる時はな……』
まさしくそうだよ。
数分もすると着替え終わったらしく、フィオから声をかけられた。
「クリス。ごめんね。着替えたからもう良いよ」
改めて中に入ると、普段着に着替えたフィオがいた。
冬の寒さのお陰か、きっちりと着込んでくれているので一安心だ。
余り薄着されると目のやり場に困る。
「いきなりびっくりしたわよ。でも、小学校時代は一緒に着替えていたじゃない」
「まあ、それはそうなのだけどさ、何か事情がある場合は仕方無いとしても、可能な限り一緒に着替えたりするのは良くないよ」
「————ちょっとわからないなぁ」
うーん。余り理解されないようだ。
やっぱり、男性と組んだ方が楽かなぁ?
『いやいや、勘弁して』
なんでさ?
『所謂ストレートの男からすれば、俺もお前も女以外の何物でも無い』
うーん……。
でもきっと、この問題はティーナの言う事が正しいのだろうな。
前世とやらは、ボク達みたいな人が、ある程度認識はされていたみたいだし。
「でもさ、中学校とかで更衣室やトイレはどうしていたの?」
「そこを言及されると苦しいなぁ。確かに女子用を使っていたけどね」
「それと今と、何が違うのよ?」
やっぱり、そう思うか。
「不可抗力か、回避手段があるかだよ。ごめんね。君にとっては面倒だと思うけれど、なんか罪悪感を覚えちゃう」
「私は気にしないけどなー。……それじゃあ、例えば突然この拠点に盗賊が攻め込んできた。私たちはすぐに準備しなければならない。仮にそんなことがあれば一緒に着替えるの?」
「その場合は申し訳ないけれど、一緒に着替えるよ」
「うん。当然そうしてね。……それからこれは興味本位だから答えなくても良いけど、クリスは百合趣味なのよね?」
「行為対象は女性という意味では間違ってないよ。最も未経験だけどね」
百合じゃなくてFTMだけど、この世界に、その言葉が無い。
「つまり女の子の体を見ると、興奮する?」
「状況によるだろうけど、基本的にはね。中身は男の子だし」
「中身は男の子、か。じゃあ黙って見ていたいものじゃないの? その、例え私みたいな体でもさ」
「フィオは魅力的な女の子だと思うよ。見た目も、中身も」
そう思うよね、ティーナ。
『まあ確かに、な。グラマラスとまでは言えんが、それなりにスタイル良いし、背も低くて、顔も可愛いと思うがね』
見た目ばかり触れるねぇ、君は。
「そ、そっちはどうでも良いのよ。もう一つの方はどうなのよ」
「うーん。なんていえば良いのかな……。そうだな、『女の子の体』と『女の子がボクに見せてくれる体』は別物だからかな? でもこれは、ボクが男の心で女の体だからこそ、そう感じるのかも」
「あー。それはちょっと、わかるかも」
「なんか、うまく言えないけど、ボクがこの体を利用して女性の着替えや裸を見るというのは、ボクの『男の子』という気持ちを、自ら裏切る事になるんだよね」
「うん。うん」
結構理解してくれているのかな?
それなら助かるな。
あぁ、そうだ。
「それで、ティーナはボクのもう一人の人格。これは秘密にしてね」
「秘密は構わないけど……えっと男の子の人格って事?」
「違うよ。ボクとティーナは別の人格。別の人格だけど、二人とも男だって自覚している」
「多重人格? それ本当?」
むむっ。
「嘘ついても仕方ないだろう? そうだ、証拠も見せれるよ」
「どうやって?」
「明日見せるけど、ボクとティーナは別々に魔法を使える」
「ふーん」
自動魔法という方法もあるけど、多少は説得力が増すでしょ。
「それで、たまにティーナになる事もある。それと、普段からティーナの意識はあって、ボクにはティーナの声は聞こえているし」
「それだけ聞くと普通の二重人格なのかなぁ? しかし、クリスも色々と大変ね」
「そんな事は無いよ。ただのボクの個性だよ」
「そんなものなの?」
「そんなものさ。さあ、夕食の準備をしようか」
今さらティーナのいない人生なんて考えられないし、男の体での生活もよくわからない。
『ふん。そんなに褒めても何も出ないんだからね』
なんでツンデレ? そもそも褒めた?
この後、夕食を取り再度ボクの事を色々と話した。
結構夜遅くまで話してしまった。
初任務前日というのに、ちょっと反省。
でも彼女なりに『ボク』というちょっと特殊な存在を受け入れようとしてくれていて、嬉しかった。
話しの中で、ティーナっておじさんがボクに憑依していたとして、一緒に着替えると考えたら嫌じゃないか? そう例え話しをしたら、彼女は腑に落ちたようで、着替えの件を納得してくれた。
『人をダシに使いやがって。怒るぞ』
なんてティーナが文句を言うが、笑っている事は伝わってくるので、説得力は無い。
それにしても、山から吹きおろしの風が吹いている影響か、折角拠点に着いたというのに深夜は寒かった。
この世界にはFtMという概念がありません。
つまり、クリスが自分(FtM)らしく生きる。方向性が現代と違います。
というか指標が無いです。
その為、クリスは『男の体での生活はよくわからない』と発言しています。




