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本当の自分


 今の自分に、今の場所に、疑問を持つことは多かれ少なかれ誰にでもあることだ。

 中にはそんな疑問を持たず、強く前向きに生きていく人もいるかもしれないし、逆に自分探しをする人もいるのだろう。

 だが、多くの人はそんな疑問を感じた事さえも忘れて、生きていく。


 しかしボクの場合は幼いころから感じていた、「何かが間違っている」という違和感を消化出来た。


 言い換えれば「本当の自分」に気づいてしまった。


 気づけた事は本当に良かったと自分自身では思っている。

 でも、同時に気づかない方が家族は幸せだったかもしれないと思うと、少し後ろめたさもある。

 それでも、もしこんな事を家族に言ったら怒られる。


 だから、ボクが誇れるボクでありたい。

 だからボクは……。



 ――――――――――――――――



 本当の自分に気づいたのは、13歳を迎えて幾ばくも無い頃。

 それは本格的に夏を迎える少し前の、蒸し暑い夜の事……。



 ――――――――――――――――



 夕食後、お母様に呼び出されて少し話をした。


 内容は最近の学校の様子であったり、進路の事であったりと色々な話題だ。


 まあ恋愛云々に関しては、どうでも良い……

 というかむしろ勘弁してほしいというのが、偽らざる本音だけれど。


 とにかくお母様との話は、ごくありふれた話題だとは思うが、今のボクにとって悩ましい議題であった。

 

 何故かといえば、そろそろ来年の専攻を決める必要があるから。


 中学を卒業後に王立学校へ進学するというのも、専攻次第では可能なので、その点も踏まえて考えなければならない。 

 けれども王立学校を目指すのは、なんとなく気が乗らない。


 普通に考えればフィーナ姉様と同じく、政治経済科に進み、姉様の補佐をして、次期に取引先の年の近い後継者と婚約して結婚というのが妥当だろう……。


 或いは家を出て、医者になる事も出来る。

 運の良いことにボクは回復魔法が使えるのだから。


 ……しかし医者って何科を専攻するのだろう?

 この程度の事も知らないのに、安易に選ぶべきではないと思う。


 そうこう悩んでいたボクにお母様が一番勧めたのは、意外にもジャスティン兄様のように騎士科に進む事だ。


 ここリーリエの街長の御息女の側仕える道

 若しくは頑張って王立学校の騎士学部まで行って、公姫様の侍女兼護衛として務めるという道を、それとなく提案された……気がする。


 たしかにボクの能力、立場からすれば、後者はともかく前者は非現実的な話では無い。


 ……何故こんなにも迷うのだろう?

 ボクは何をしたいのだろう?

 わからない。ボクはボクがわからない。



 ……それにしても今日は暑いな。

 薄着になり、鏡の中の自分を見つめる。


 お母様似の兄様や姉様と違い、ボクはどちらかというと父様似だ。

 特に二重の横長目が似ていると人からは言われる。

 それから女の子にしてはかなり背が高いし、髪の色も父様の影響で赤みがかった茶色って――


 あれ?

 これって?


「あっ……うえっ」


 その時、訳もわからず既視感を覚えて気持ち悪くなったボクは、ベッドに倒れこんだ。



 ――――――――――――――――


 気づけば夢の中の世界にいた。

 夢の世界でのボクは、どういう訳か、見知らぬ男性になっていた。


 この世界はなんだろう?

 彼は誰だろう?


 ボクの疑問を余所に彼は普通に生きている。

 働いて、ご飯を食べて、彼女を作って、それから――。

 彼の人生はさほど特筆すべき点はなくて平凡な物だ。

 けれども、なんかこういう人生もいいな、と好感を持つ。


 ただ、なんだろう? 好感を持っているのは間違えないのだけれど、それ以上のこの気持ちは……。


 羨望、かな? 多分。


 どういう事だろう?

 ボクは、彼の何が、うらやましいのだろう?


 ボクもそれなりに努力すれば、それなりの人生を送れると思うのに。

 何故? 彼とボクは同じ只の人間なのに、どうして?


 ……あぁ、そういう事か。

 理解してしまえば、単純な話だ。



 ボクは男の子なんだ。



 ――――――――――――――――


「そろそろ起きなさい、クリス」


 ……頭が何故かとても重い。たくさん寝たはずなのに全然寝足りない。


 しかし、なんで良いところのお嬢様なのに、お母様は直接ボクを起こしにくるのだろうか?

 いやボクもその基準で言えばお嬢様だけど、柄に合わないからな……。

 お嬢様!? そうだ、夢!! あれは何?


 頭は混乱し始めたが、とりあえず体を起こす。


「おはようクリス。もう朝ですよ。いくら休日でも寝坊はダメ。あなたにしては珍しいけど。」

「ごめんなさいお母様。少し体調が優れないもので……」

「あら、珍しいわね。朝食はやめておく?」

「はい。申し訳ありませんが、お願いします」


 正直お腹は空いているが俯いたまま、そう断る。

 今は、お母様の顔を見れない。

 ボクがどんな顔をしているかわからないから。


 特に不審がられる事も無く、お母様は部屋から出て行き、扉が閉まった。


「ふぅ」


 お母様の足音が遠ざかり、安堵からため息がでた。


 ボクが見た夢は、彼の人生の追憶体験だった。

 彼として生きた記憶。これは所謂


「転生なんだろうな」


 別に彼自身が死ぬところまで体験した訳では無い。

 アラサー辺りで起こされたし。

 でも確実に転生だと言える。なぜって?

 鏡を見ればわかるよ。


 そこに映ったボクは、モニター越しに彼が見ていたボクなのだから。

 そうだな、彼の言葉をそのまま言うならば――


『どう見てもカス子です。本当にありがとうございました』


 ……そうかい。




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