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在りし日の神童

今回は少年の過去とフールの力にまつわる話です。

 少年は雫に唇を奪われた後、すぐに気絶した。

 別に、精神的な原因で気絶したわけではない。あくまで肉体的原因だ。

 その血は、口にしただけで少年を悶絶させ、意識を奪ってしまうほどの力を有していた。


 少年は意識を失う直前、雫の為そうとしていることに気付いた。

 それゆえに驚愕し、抗おうとしたが徒労に終わった。


 少年は知っていた。

 その儀式を。

その行為の意味を。

 何故か。

 それは、それを経験したことがあるのは勿論、その世界に数年前まで身を投じていたからだった。

 





 

 かつて、少年は神童と崇められていた。


 これは、在りし日の少年の話。

 二度と戻りはしない栄光と偽りの日々を辿っていく話。


 

 少年は、名を北条天羅という。

 この名が意味するもの。それは世界有数の高貴な血を継ぐ者だということ。

 フール進化論が世界の構造、勢力図を塗り替えてしまう以前から、その家系は日本の社会の奥底に隠れた権力者として存在していた。


 人は彼らを華族と呼ぶ。

 華族という名称は明治初期から日本で用いられているが、その意味するところは、簡単に言うと貴族階級のことだ。近代日本の貴族階級の一つが華族である。そして、昭和へと時代は移り、いくつかの世界規模の大戦を経て、日本を取り巻く諸国の影響も変化する中で、国内の勢力図も次々と塗り替わっていった。


その果て、華族という存在はいつの間にか、世界の表側から裏側へと居場所を変えていた。

 国際世論があらゆる差別を否定し、人種、宗教、性別にとらわれない平等な社会を謳う時代にあって、華族という存在はますます影を薄くしていった。


 転機が訪れたのは21世紀初頭。

 世界の理を破壊してしまった最悪のジョーカー___フール進化論によって、華族の在り方は大きく変わることになる。


 当初は愚者の進化論などと蔑まれ、誰にも見向きもされなかったこの進化論は、2033年に全世界を震撼させたとある事件の解決の鍵となることによって、その正当性と確実性を証明することになるわけだが、この理論がもたらした一番の成果は、事件の詳細を知る者なら誰もが理解しているであろうが、人間の力を超えた特殊能力だった。


 フール進化論は、薬物を投与することにより人間の遺伝子情報を変異させ、人類を新たな生物種へと進化させるというものだ。その進化の果て、人類は本来人間が手を出してはならない禁忌の領域に辿りついてしまった。

 フール進化論がもたらした研究成果ともいえるその薬物を摂取した者は、人間の力を超えた特殊な能力を手に入れることができる。肉体強化、超能力、変身能力等々、それまでフィクションの世界でしか認められなかった概念が現実世界に流れ込んできたのだ。

 そして、これを知った人々は未知の力に恐怖すると同時に強烈な興味関心を持った。

 ただ、ここで厄介だったのは、その人々と言うのが必ずしも善人でないことだ。


 世の学者達が危惧していた通り、それは起こった。

 そう、フールの力の悪用だ。

 フール薬が何者かに盗まれたのを皮切りに、世界は混乱に陥った。

 だが、その悪夢とも呼べる混乱の日々も決して長くは続かなかった。何故なら、フールの力を乱用する無法者達を制裁する勢力が登場したからだ。


 国によってその勢力は名称を異にしたが、日本においてそれは、華族だった。

 その理由を知るにはフール進化論が生み出した異能の力が、そもそも遺伝子を変異させるという性質に端を発しているという事実を知らねばならない。

つまりは、フールの力はそれを用いる者の血に深く依拠するということだ。同じフール薬を投与した場合であっても、摂取する側の血、即ち遺伝子情報次第で反応が変わる。フールの力に依存した世界では、優秀な血を宿していることが重要になってくる。

 ここに、フール進化論が証明されたことをきっかけに華族が台頭することになった理由がある。


 華族という種族が最も重要視しているものであり、アイデンティティともいえるもの。

 それは「血」だ。

 代々、一族の血を後世に継承していくことは華族の世界では最優先事項だった。


 フール薬が日本にも流出し始めた当時、己の一族の血がどれほどの力を有しているか試みた華族がいた。清き血が穢れると拒絶した一族もあったようだが、大半の一族は迫りくる時代のうねりに取り残されないため、フール薬に己の血を懸けた。


 その結果、フール進化論がもたらしたあらゆる異能の中でも、突出した反応を示し、他の追随を許さないほど圧倒的な力を手に入れた一族こそが、後に「華族の十血」と呼ばれる十の一族だった。


 そして、北条家はその一族の中でも圧倒的な戦闘能力を有する「鬼」の一族だった。


 少年___北条天羅も、10歳の誕生日を迎えた日の夜、フール薬を投与された。

 両親や兄弟が見守る中、天羅が手に入れた力。

 それは、「白鬼」と呼ばれる力だった。


 北条家がフール薬による異能を手に入れてから数十年。

 様々な鬼の能力が確認されてきたが、「白鬼」の力を宿した人間は歴代最強と謳われる先々代の当主のみだったのだ。


 その後、北条一族の中で、或いは華族の世界で、天羅が崇められたのは言うまでもない。

 やがてその噂は華族の中だけに留まらず、政界や財界にも広まり、最終的に海外の有力者の耳にも届くことになる。


 しかし、たった10歳の少年が手に入れるには、あまりにも「白鬼」の力は強大すぎた。

 実際のところ、天羅自身には何の問題もなかった。

 もともとフールの異能を使いこなすセンスと戦闘の才能もあったため、天羅は瞬く間に実力をつけていき、華族の世界でもその実力は五本の指に入るほどになった。


 問題はそれをよく思わない周囲の人間だ。

 

 強大な力というものは常に強大なリスクをはらんでいるものである。

 そして、先天的あるいは受動的に得た栄華ほど長続きしないものである。

 それは若ければ若いほど顕著に見られる光景である。


 数年後、天羅は、他の勢力と結託していた一族内に潜んでいた裏切り者の手によって、「白鬼」の力を失うことになる。そしてそれは、北条一族における天羅の存在意義の喪失と同義だった。


 その後、病気静養や海外留学などの耳触りのいい建前を用いられ、一族の外へと追い出された天羅は、その道中に、正体など探るまでもないが、正体不明の武装集団に襲われることになる。なんとか一命を取り留めたものの、行くあてなどあるわけもなく、路頭を彷徨うこと一年弱。薄汚い路地裏で息絶えようとしていたところを雫に拾われたのであった。



 ふりだしに戻ろう。

 つまり、天羅___少年はこの形容しがたい体の異変を体験するのは今回が初めてではなかった。

 知っていた。嫌というほどに、知っていたのだ。


 人間を半分捨て、神々の、否、魔の領域に足を踏み入れるこの感覚を。


 本来、フールの力を手に入れた人間がそれを失うことなどありえない。

 少年のケースは異例中の異例だ。

 そもそも、フール薬が流出して世界が混乱に包まれた21世紀初頭ならともかく、現代にあってはフール薬も厳重に規制管理がされており、容易に入手することなど不可能なのだ。

 手に入れることも困難であり、それを手放すことも原則不可能。

 故に、フールの力を体に宿す感覚を二度も経験する人間などいないのだ。



 少年はまだ目覚めない。

 自身が置かれている状況をまだ理解しきっていない。

 そう、まだ知らない。


 最悪の記憶を得た代わりに失った異能の力を再び得てしまったという絶望を。

 思い出したくない苦痛の日々を生んだ元凶、切り捨てたはずの悪夢が再び体に宿ったという現実を。

 フールの力に呪われた自らの宿命を。



 そして、フール薬の二度の摂取という行為が、人間の遺伝子に及ぼす影響を。





 人類はまだ、知らなかった。


お読みいただきありがとうございます。

次回、再び力を手に入れた少年がどうなるのか。

そして女の花園で少年は正体を隠し続けることができるのか。


引き続きお楽しみください。

もしご意見ご感想などありましたら是非。

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