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少年の決意

 幸か不幸か、未だに少年は男だとばれることなく、3人の少女とともにいた。


 少年はまず衣服をはぎ取られる際に、必要以上に他人の手を汚したくないと今更ながらに少女らに気を遣ったふりをし、汚れが深く染みついた衣服を自ら脱ぐことに成功した。だが、そこからが勝負だった。

まずは上着だ。全盛期の少年ならともかく、力を失ってから肉体も弱体化してしまった少年は、まともな食事にありつけていなかった状況もあって、何と表現しようか、とにかくやせ細っていた。ただ、女の子として認識されている今の少年にとってそれは、「華奢」という便利な言葉で自らが男であることを隠し通すための武器なったのである。

 周囲では、3人の少女が少年を逃がすまいとずっと視線を少年へと注ぎ続ける。

 気恥ずかしさに手で上半身を覆ってしまう少年だったが、その仕草すらも、女性が自身の胸を隠す時にとるものと重なり、結果として少年を守ることにつながった。

 

 問題は下半身だ。

 下半身にはどうしようもなく少年を男であると証明してしまうものが存在してしまっている。しかし、ここで躊躇い時間を稼ごうとしたところでもう後がなかった。


 少年は少女らに無理やりズボンを剥ぎ取られるよりはまだましだと判断し、浴場への入り口付近に置いてあるバスタオルを視認すると、


「すみません。タオルお借りしますね」


 と、一言ことわり、入り口に近づきタオルを手に取った。そして少女らに背を向けたまま、トランクスを履いているとばれないように、素早くズボンごと残りの衣服を脱ぎ捨てると、瞬時にバスタオルで自身の体を隠した。しっかりと女性らしく胸から下を覆う。


 心臓の音が嫌というほど鼓膜に響き、嫌な汗が頬をつたう。

 顔が引きつっているのを自覚しながらも振り返り、平静を装いつつ準備ができたと話しかける。


「お待たせしました。もう大丈夫で___」


 だが、少年のセリフは、


「よし、早く綺麗にしようか」


 と寒風が吹き抜けるように少年の横を通り過ぎ、浴場のドアを開け中へと入っていった黒曜の一言にかき消された。

 いつの間にか衣服を脱ぎ、バスタオル1枚に包まれていた黒曜を目にし戸惑いを隠しきれない少年。そしてそれは残りの二人も同じだ。羅奈はまだよかった。厄介なのは風歌だった。

 そう、全裸なのである。

 心の中で風歌の神経を疑った少年だったが、すぐにここにいるのは女性だけなのだという設定を思い出す。一瞬目が移りかけたが、視界で認識する以上に風歌を見ないように注意する。少年ももうすぐ二十歳だ。少年の意図に反して、女体という存在に身体は正直なのだ。少年は少女らを直視することを避け、全神経を無事脱出へと注ぎ、最悪の事態を発生させないよう心掛けた。


「はーい! これは洗いがいがあるねえ」


「久々に腕が鳴りますね」


 その後、何故かやる気に満ち溢れている風歌と羅奈に両腕を左右から引かれながら浴場のドアをくぐることになった少年が、風呂場における一切の主導権を3人の少女に奪われたことは言うまでもない。





「凄い洗いずらーい。なにこの髪。一体どれだけシャンプーしてないわけえ」


「ですね。これは何度か洗った方がいいかもしれません」


「だねえ。せめてもう一回、洗おうか」


 白い湯気がたちこもる広々とした大浴場。

 薄い霧が発生したかのように白くにごった世界の中で、4人の人影だけが蠢いている。

 場所は大浴場の一角にある洗い場だ。


 泡に塗れた髪と頭皮を左右から揉みしだく風歌と羅奈。

 長らく身体など洗っていなかった少年の髪についた埃や油の汚れを丁寧に洗い落としていく。

 黒曜は少し離れたところで自らの体を洗っているようだった。

 その間、少年は沈黙を貫いていた。バスタオルを強く握りしめ、この状況が早く過ぎ去ることをひたすらに祈り続ける。



「そろそろ大丈夫?」


 少しして、少年の髪が久しぶりに清潔な状態に戻ったのを確認したのか、黒曜が近づいてきた。


「はい! もう完璧です!」


 風歌の元気な声が浴場に響き渡る。


「どうかされましたか? こ、黒曜お姉様」


 羅奈の声はどこか喜んでいるような、脅えているような、どうにも落ち着いていない調子だった。

 直視を避けるため少しだけ首を後ろに回した少年は、すぐにその理由を理解した。


 身体を洗い終えたためだろう。

 黒曜の身体を覆っていたバスタオルが乱暴に肩からかけられ、最早身体を隠す役割を果たしていなかった。それでいて熱気でやや上気した顔が黒曜の色気を倍加させている。


「さっき宣言した通り。この子の身体を洗ってあげようと思ってね。髪の毛は二人がやってくれてしね。私も少しは働かないと」


 どこか楽しむような口調で黒曜は言う。


「そ、そんな、黒曜お姉様自らなんて…ああ、その……」


 少年の横で黒曜の身体をじっと見つめている羅奈は、恥ずかしさと興奮のあまり思うように言葉を発することができないようだ。そしてそれは風歌も同様のようだ。会話を聞いてるだけで、二人にとって黒曜の存在がいかに尊貴な存在かが伺える。

 

「あ、あの、私もお手伝い___」


「いらない。それより、自分の身体洗いなよ」


 協力しようとする二人だったが、黒曜の容赦ない拒絶によって断念したのか少し離れたところで自らの身体を洗い始めた。

 正直、少年にはこの黒曜という少女のことがよく掴めていなかった。

 路地裏で会った時は冷静でしっかりした人物に見えたが、どうやらそれだけではなさそうだ。何か素の自分を隠しているような気がしてならない。

 少年は人を見抜く目は人一倍に持っているつもりだった。


 黒曜は少年の後ろに腰を下ろすと、獲物を独り占めすることに成功した動物のようないじわるな目つきで、優しく話しかけてきた。


「さて、次は身体だったね」


「あの、身体くらい自分で___」


「次は身体だよね?」


「……」


「どこから洗ってほしい?」


「……」


「じゃあ下から___」


「すみません。背中からお願いします」


 黒曜の容赦ない精神攻撃に耐えかねた少年はせめてもの思いで返した。

 このままでは後ろだけでなく前まで黒曜に洗われてしまう。それだけは避けなくてはならない。

 

 そして今のやり取りで少年は気づいた。

 この黒曜という少女が人を追い詰め弄ぶことに喜びを感じる人種だと。


 少年が必死にこの状況を打開する良い方法はないかと摸索している時だった。

 突如、背中に柔らかいものが触れた。非常に心地いい感触だ。

 勿論、身体を洗うためのスポンジだ。間違いない。

 

 否、間違いだった。

 それはその直後に背中の皮膚を襲った圧迫感と、首に回された細くしなやかな腕、嫌というほど伝わってくる人の温もりによって証明された。


「緊張しなくても大丈夫。私、結構優しいから」


 少年は、後ろから黒曜に抱きしめられていた。





 世の中には不思議なことがあるものだ。

 何故、疲れを癒す役割を持っているはずの風呂に入って、疲労が倍増するのだろうか。

 何故、女風呂に男性が無理やり入浴させられているのだろうか。


 そして、これは不思議というより、奇跡と言った方が適切かもしれないが。

 どうして自分は男だとばれることなく女風呂からあがることができたのだろうか。

 少年は自らに問いかけ、すぐさま返ってきた答えに頭を悩ませた。

 

 

 脱衣所の一角にある洗面台は、10人ほどの人間が同時に鏡を見ながら髪を乾かすことができるように広く作られていた。

 鏡の前の椅子に座り風歌に髪を乾かしてもらっているのは少年。その顔は茫然としている。


「いやあ、なんかすっきりしたねえ。肌白の人が夏を経て滅茶苦茶日焼けする感じの逆バージョンみたい!」


「そうですね。肌なんか白くて大福みたいですね」


 風歌は楽しそうに少年の髪に櫛を入れる。

 となりでおそらく肌をケアするためのものであろう透明な液体を少年の顔にぺたぺたと塗りたくっているのは羅奈だ。時折、興味深そうに頬をつねったりしている。


 すると、服を着て準備をすべて終えた黒曜が出口に向かいながら呟いた。

 まるで何もなかったかのように平静な様子で。


「私、雫様のとこに行ってるから。あなた達は準備ができ次第その子と一緒に来て。早くね」


 風歌と羅奈が思い思いの返事をする。


「はーい! 大丈夫です!」


「承知しました。すぐに参ります」


 やがて、黒曜が脱衣所を去ったのを確認すると、風歌が少年に声をかけた。


「ほらほら、早く服着ようか。新しい服は用意してあるから心配しないで」


「……わかり、ました」


 少年は何とか声を絞り出す。


「あれえ、どうしたの? 元気ないみたいだけど」


 様子が気になったのか、風歌が顔を覗き込んでくる。

 しかしそれは決して心配をしているからではなく、その真意は___


「もしかして、まだ胸がひりひりするのかな?」


 そう、真意は悪戯心だ。

 最悪だ。


「大丈夫です。着ます。着ますとも」


 少年は自棄になっていた。

 自分でもそれは自覚していたが、他にどうしようもないのは事実だった。

 あれだけのことをされたのだからやむをえまい。

 まだ頬の熱が冷めてくれない。この原因が風呂の熱にないことは明らかだ。


 結果だけを見たら、ここ一時間、少年がとった選択と行動に間違いはなかったと言える。自分が男であることを隠し通すことができたのだから。

 しかし、その内実は酷いものだった。


「あの、ドエス女め……」


 少年は誰に言うでもなく呟く。


 少年の身体を洗うため、黒曜が風歌と羅奈と交代した後、少年を待っていたのは黒曜による、身体を洗うと称した遊びだった。

 身体を密着させ、少年が固まっているのをいいことに、くすぐり、ツボ押し、性的興奮を煽る行為など、黒曜は少年をからかいにからかい、いじりにいじり倒したのだ。最初、少年は男だとばれたのかと心配したが、それは違うようだった。黒曜は少年を男性とも女性ともみていなかった。弱者とみていたのだ。

 最後も、下半身に手を伸ばした際に少年がプライドを捨て、必死に懇願していなければ、予想するのも躊躇われる展開が待っていたのは確実だった。

 その後は、久々に浴槽に浸かれたというのに少年はどこか抜け殻のような状態になっていて、湯船で溜まっていた疲れを解消できたというには程遠かった。


 少年は気が重いのを堪え、用意された新しい服を着る。

 また辱めをうけるような女性独特の衣服を着る羽目になるかもしれないと危惧していた少年だったが、それは普通の黒のスーツだった。


「…このあと、何があるんですか?」


 着替えながら少年は躊躇いがちに問いかける。


「行けばわかります。口で言うより、実際に体験した方が早いでしょう」


 羅奈が素っ気なく答えた。

 言い方からして、あまり期待しない方がよさそうだ。

 少年は音もなくため息をついた。


「……わかりました」


 黒スーツに着替え終える少年。

 その中性的な顔立ちは、スーツを着たところで男らしさというよりは凛々しい女性らしさを醸し出してしまう。


 少年は思索を重ねる中で、一つ、方向性を決めた。

 それは、生き抜くことだ。今後、どのような辱めを受け、酷い扱いを受けようとも、全部堪えて必ず生き抜いてみせると。世界が自分を女性とみなすなら、女性として生き抜いてみせようと。どちらにせよ、内面に宿る肝心の部分は変わりようがないのだから、何も恐れることはない。一番失いたくない、変わりたくない部分は不変なのだ。


 少年を誘拐した謎の少女。

 少女らから雫様と呼ばれている、おそらくこの組織のリーダーのような存在。


 まだ何者か不明だが、一度救ってもらった命だ。

 例え惨めだろうが、この命で成しうるすべての事象に挑んでやろう。

 少年はそう心に決め、ネクタイを軽く整えると、ドアの向こうへと歩き出した。


一日空けてしまいました。

更新頑張ります。


次回から、物語の核心に少しずつ迫っていきます。

どうぞお楽しみください。

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