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第二話

 目的を履き違えてはだめだ。

 俺は訓練をしながら考える。


 俺が訓練をしているのはあくまで護身術のため。

 そのため、基本的にはもっとも効率がいいLv.3まで上がったら、それ以上は鍛えないつもりだ。


 そう、Lv.3以降はかなり成長が遅くなるのだ。

 Lv.4なんかは大陸随一の実力者が持ってるスキルレベル、という水準だし、Lv.5に至っては世界最高といったところ。

 Lv.5以降はもはや自己満足のレベルになるのだ。


 しかし男としてロマンがそこにあることは認める。

 誰しも冒険者だとか、勇者だとか、そういった派手なものにあこがれる気持ちはある。

 俺もどこかしらそう言う気持ちはなくはない。


(だが、俺にできることは何だ? この鑑定スキルだろう? それを活かす仕事に就くことこそが成り上がりへの一歩)


 格闘術(これも独自で適当に動いて発見した)のスキル経験値を鍛えながら、俺は自分をクールダウンさせる。

 そう、俺は成り上がりたいのだ。

 自分の中にある栄達心、この欲望を実現させたいのだ。

 その目的を履き違えてはならない。


(そう、訓練して数字をコツコツ稼ぐのが楽しいからそれを続ける、だなんていうのは、実は目的から逸れているんだ)


 それでも俺は訓練を止めない。

 訓練を止めてもいいが、それ以上に効率的な時間の使い方が俺にあるのか、という話だ。


(……そういえば房中術、鍛えてないな)


 俺はふと悪戯じみた発想を脳裏に閃かせた。

 ヘティ、房中術を鍛えさせてくれ、と頼むのだ。

 きっと信頼度と引き換えにあれこれ教えてくれるだろう。


(ヘティの信頼度を下げても他人の信頼度を上げればそれでいい。ヘティに嫌われたくない、は個人的な感情に過ぎない。目的を履き違えてはいけない)


 俺は格闘術の表記がLv.0になったのを確かめ、いったん訓練を終える。

 丁度ヘティとは色々話したいことがあったのだ。






「入るぞ」


 高級奴隷テントに入るようになったのは最近の話だ。

 見習い商人時代は立ち入ることを許されてなかった。

 そのため、初めてテント内を見たときは感動したものだ。こんなに綺麗なのか、結構こだわってるな、など。


 一方でひどい環境でもあった。

 香を炊きすぎて臭いがきつい。装飾が多いのはいいが、クッションなどがなく奴隷がゆっくり体を休めるような部屋の作りではないので、奴隷には疲労がたまる。


 俺は早速改革に取りかかり、香の量を減らす代わりにクッションを導入し、彼女らのストレスを和らげた。

 結果的に彼女らの環境も少しは改善したはずだ。


(ところが、エルフの子といいセイレーンの子といい、俺を警戒している節がある)


 二人ともして、どこかしら俺のことを恐れている気がするのだ。

 多分俺が怖いのだろう。会話をあまり重ねていないし、マルクを殺したということしか俺のことを知らないだろうし。

 なるほど彼女らにとってみれば、俺はただの人殺しでしかないわけだ。怖いはずだ。


「ヘティ、いるか?」

「いるわよご主人様」


 ゆらり、と体をくねらせてやってくるヘティ。相変わらず色気が凄まじい、というか多分色っぽい仕草をわざとやっている。

 微笑を浮かべて「夜に来るなんて珍しい、もしかして夜遊び?」と蠱惑的な仕草で挑発してくる。


「ああ、夜遊びだ」

「あら? ということは私も声が出ちゃうようなあんな事とかをさせられちゃうのかしら」


 あんな事、という言い回しのせいか、セイレーンとエルフの二人が少し怯えてしまっている。

 当のヘティはというと心理グラフをみると全く警戒してないのが分かる。

 宜しい、少しからかってしんぜよう。


「ああ、結構本気だ」

「……そうなの?」


 彼女はちょっとだけ意外なものを見るような表情を浮かべた。

 まあお前から教わる技術っていったら房中術ぐらいしかないからな。水魔術はむしろ彼女の方が教わりたいレベルだろうし。


「ヘティとは相談したいことがあるんだが、会話だけでは味気ないからな」

「へえ、そう?」


 彼女の瞳の色が変わったことがうっすらと俺には分かった。

 軽蔑、いや値踏み、それとも可愛らしいものを愛でる目、どれなのか微妙に分かりづらいが、信頼度が変化しないのは個人的には面白かった。


「俺もいつかは、そういう花売りの奴隷を仕入れなきゃいけない。その際に巧いかどうかを見極める目は必要さ」

「うふふ、でも私なんかでよろしくて? 私、スラムの奴隷なんだから腕前も知れるものよ」


 嘘おっしゃい、と俺は内心思いつつも、口ではおべっかを利かせる。


「それ以前の話さ。口説かせてくれよヘティ。君は優しいし綺麗だ。君と毎日側で夜を過ごしているのに、君と一緒になれないのは辛いんだ」

「あら、可愛いご主人様」


 信頼度は下がってない。上がってもいない。流石は彼女。

 こっちから彼女への信頼度の方があがる始末だ。いいぞ、俺はこういうポーカーフェイスが上手で心を乱さない奴隷のことは高く買うぞ。


「だから、続きは俺のテントで話そう。君が嫌がるなら無理にステップを進めるつもりはないけど、でも、二人きりになって抱きしめることぐらいのわがままは聞いてくれ」

「うふふ、もう、ご主人様ったら」


 ヘティの手をつかむ。彼女が嫌がっている様子はない。

 おやこれ以外と好感触なのか。

 心理グラフを見てみると、余り変化してないというか、忌避感とか恐怖とかが全然変化してない。むしろちょっと楽しんですらいる。


 なるほど、俺が何かしたところで所詮は坊や、可愛いこと、と思っているのか。

 度量の広いお方である。


 後ろの二人はというとそうではない。

 エルフの方は強い忌避感と僅かな恐怖が見て取れる。俺のことを汚らわしい獣にでも思っているかもしれない。

 セイレーンの方は次は我が身、と悲しんでいるようである。いや別にお前には興味ない、すまん。


「さ、ついてきてくれ」

「もう、ご主人様ったらせっかちさんね」


 笑いかける彼女の瞳がかなりミステリアスなのを俺は知っている。

 どんな気持ちなのかは鑑定スキルの心理グラフなしには計れない、それがヘティという女の奥ゆかしさである。






「で、何を聞きたかったの?」

「そうだな」


 早速仕事の話から入るのは、彼女らしい牽制ともいえた。

 ここで仕事の話のみになれば仕事の話だけで終わるし、ここで「そんなことよりほら」とか急かすようならば下心だったのだと判断できる。


 俺は折衷案を取った。


「元冒険者の奴隷が冒険者に戻りたがっているんだ。それを励ますために、俺も冒険してみようと思ってね」

「あらあら、そんなもののついでで私と一夜を過ごしたいの? もっと真剣に来てほしかったわ」


 流石のいなしかただ。なら俺も本気で腰を据える必要がある。


「真剣だとも。ただ勇気がなかったから、君をここにつれてくるほんのちょっぴりの口実が欲しかったのさ」

「勇気がなかったのなら本心じゃないんだわ、ご主人様」


 からかうような笑みだ。ははあ、これは焦らしという奴だろう。


「違うよ、口実を探すのは勇気だよ。でも本気で好きだからこそ、もし断られたらと思うととてもつらくてね。ほんの少しの口実を使う俺はずるい男かい?」

「ええ、女心は口実よりも真摯さが欲しいものなのよ……」


 上手い口運びだ、本当に彼女は弁が立つ。

 ここいらで彼女を抱きしめてしまおう。そうじゃないといなされ続ける気がする。


「今夜はずっと真摯に君を愛するつもりさ。だから、少しだけ君に甘えてもいいかい?」

「今夜は? うふふ、あくまで一時的なのね」


 抱きしめられながら、ヘティは悪戯っ気たっぷりに返した。

 彼女は素晴らしく娼婦であった。何というか、そそるのだ。


「その言葉を待っていたよ」


 俺はそのままクッションへとヘティを横たえさせる。

 あら、と意外そうな顔をする彼女を、そのまま柔らかく抱きしめて、髪を梳きながら俺は囁いた。


「一時的なものか。君が許してくれるなら、ずっと愛させてほしい。出来れば今夜をずっと続けていたいぐらいさ」

「……うふふふふ、うふふ」


 彼女の顔は、テントの暗闇で見えないはずだった。

 けども鑑定スキルのおかげでよく分かった。少し頬が赤くなっていたのだ。心理グラフも全く嫌悪や警戒はなく、ただ、楽しみという気持ちだけが強くでている。


 ふと自分の太ももの付け根を撫でる手に気付く。

 彼女は、俺が抱きしめた際に触れた、興奮した証拠を優しく触っていた。


「押し倒した時に押し付けるだなんて、本当ご主人様ったら、もう」

「さあね、ヘティ。もう焦らしてくれるなよ?」


 そのまま軽くキスをする。

 そこからはもう、楽しむだけであった。


 もしかしたら目的を履き違えてしまったかもしれない。それぐらいヘティは魅力的な女だったのだ。

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