2.
「実は僕、トシキさんのこと尊敬してるんですよ」
「ん? ルッツか。どうした急に?」
「少しだけ目標にしているというか、ある意味参考にしているというか、そういうことですよ」
カウンターからやってきたルッツは「はい、貝の酒蒸しです」と皿を置いてくれた。仄かにバターの香りがして、いかにも旨そうであった。
「僕、魔族ですから、料理を作るのに偏見の目で見られがちなんです。でも、トシキさんを見てると、まあもう少し頑張ろうかな、なんて」
「そうか?」
「トシキさん、大したことのない子供だって侮られたりしても、全然へこたれないって言うか、寧ろ色々と上手に立ち回ったりして凄いじゃないですか。何だかこうなりたいなあって思えるんです」
「うーん? まあ、そう言って貰えると嬉しいっちゃ嬉しい」
俺は苦笑いした。ルッツは素直に俺のことを尊敬してくれているが、正直偶然である。
俺の場合、ぶっちゃけ侮られたりしても痛くも痒くもないのだ。取引を断られても、はいそうですかじゃあ冒険者ギルドの依頼を引き受けてお金を稼ぎます、が出来てしまう。
余裕があるのだ。だから、歯を食いしばって理不尽に耐える、ということをしなくても良かったりする。
正直な所、鑑定スキルを使えばスラム街から鉱石の屑を購入して質のいい銀とかを寄り分ける、という方法で日々食いつなぐことすら可能なのだ。
「僕も頑張ります! 最近ちょっと森熊の大将の味付けに近付いたんですよ!」
「へえ、コツでも盗んだか」
「タレの配分とかは結構真似できたかなって思いますね」
多分ルッツの方が俺より何倍も凄い、と思う。
俺がルッツぐらいの歳だったとき、こんな風に辛い目にあってもなお目指したい夢なんてあっただろうか。ただ漠然と過ごしていただけじゃないだろうか、と思ってしまう。
漠然と、将来きっとそれなりに成功しているんだ、と信じて疑わなかったというべきか。
「流石だなルッツ。また今度も食べさせてくれよ」
「はい!」
元気な声で答えるルッツは「いやあ、トシキさんが僕に作ってくれって注文してくれるものですから、堂々と色んな料理の練習が出来て嬉しいです」と喜んでいた。
そう。ルッツは相変わらず、料理できるレパートリーを制限されている状態であり、客からの要望があればそれを作る、という形式を続けていた。
トラブルを避けるためらしいが、森熊の大将はむしろルッツに色々作ってもいい、という態度で、実はルッツのほうが自発的に制限を続けていたりする。
恩義があるから迷惑はかけたくない、だそうだ。
(でもまあ、最近はルッツも忙しそうだしな)
俺が創作料理のレシピを与えているのは、専らルッツに対してである。
ルッツのみが俺の創作料理を作れるので、客はルッツの料理を注文せざるを得ない。しかし食べてみると存外美味しい。ということでもう一回頼む。
とまあ、このプロセスを経て、ルッツに対する偏見を和らげていこう、という俺なりのアフターケアである。
「……そういえばカイエン」
「どうした旦那?」
「お前の近況も聞かせてくれよ」
俺は、酒を傾けながら今まで会話の槍玉に挙がらなかったカイエンへと話を振った。実は地味に気になっていたのだ。
ゾンビ討伐の依頼で近くの別のギルドに飛ばされてしまったカイエン。久々に帰ってきた彼は、少しばかり顔付きが変わっていて、何かを得てきたようであった。
「近況か」
酒の注がれた器を眺めて、その水面に視線を這わせるカイエンは、どことなく遠い目をしていた。何かを思い返している。
「手紙、始めたんだ。マリエールと」
「そうなのか、初耳だぞ」
「あいつ、正式な舞台にはまだ上がれないらしいけど、レストランとかの余興公演とかには出演したりして活動してるんだと。……旦那の書いたあの脚本でだぜ。気に入っているらしいな」
「それは嬉しいな」
「手紙の端が濡れてて皺になってたぜ。多分あいつ泣きながら手紙書いたんだろうよ」
「……そうか」
「俺は無難なことだけ書いて返事したぜ。ヤコーポ団長に認められたお前なら、いつか世界を感動させられる、とかな」
少しだけ酒を口に含み、「その中にあいつがいて欲しいもんだ」とやけに格好付けるカイエンが面白かった。
「なあ、カイエン自身は何かないのか?」
「俺か? ……何か、めっちゃゾンビ討伐を頑張った結果、リッチーと遭遇してよ、命懸けの戦いになっちまったって話ならあるけどよ」
「マジか」
「まあ、幸い勝ったけどな。その功績を認められて、冒険者ランクの五枚羽に色を貰ったってわけだ」
「確かアンデッド系の討伐専門家だったら紫色だったか?」
「おうよ。だから俺は、今や五枚羽の色付き冒険者って訳だ。……おかげで益々ゾンビ討伐とかに回されそうで嫌なんだがよ」
「そうか、ということは六枚羽も遠くないな。おめでとうカイエン」
「いやあ、六枚羽の壁は厚いからな。そもそも、長年のブランクがあるのに実力者の証の五枚羽として辛うじて食らいついているっていうことを考えてくれよ。なかなか精一杯だぜ」
「でも、カイエンは強くなっただろ?」
「まあな」
リッチーを倒して大量に経験値を手に入れたからかも知れない、カイエンはまた一回り強くなっていた。
スキル経験値はあまり上達していないが、その代わりに棍棒術Lv.0を新しく取得していた。多分ゾンビ以外の魔物を撲殺するために覚えたのだろう。
「また一回り、前に進んだ実感があるぜ、旦那」
「ほう、じゃあ今度模擬戦するか?」
「いいな、またやろうぜ。俺も旦那からは色々学べるからな」
カイエンはそういって朗らかに笑うが、勉強になっているのは俺の立場である。
長いことカイエンとは手合わせしていないが(単純にカイエンが遠くに飛ばされて戦う機会がなかった)、カイエンの戦い方はやはり上手かったと記憶している。
力に任せて戦っているように見えて、剣のリーチを凄く気にする戦い方をするのだ。例えるなら鎌のような戦い方である。
リザードマンの長い手足による攻撃は、伸びるような剣の軌道だけではなく、足の踏み込みによる一瞬の横一閃まで実現できる。
要は、距離の優位が圧倒的なのだ。
なので模擬戦は自然と、距離のつかみ合いと懐に潜るためのタイミングの読み合いになる。
これがまた、ミーナとかとの模擬戦では勉強できないものなのだ。
ミーナも距離を気にするが、彼女は槍を使うので、直線的であり瞬発的であり、一撃離脱と瞬間の回避でほぼ戦いが構成される。それはつまり、タイミングを惑わすための舞踊の戦いになる。
カイエンとのそれは、剣軌道を途中で蛇行できるカイエンとの打ち合いになるので、直前までどう切り結ぶかの駆け引きになるのだ。
かわすのではなく、盾で受け流して切り結ぶ戦いなのだ。鎧の間を差し狙い盾を貫き得る槍での戦いとは、また異なるものなのだ。
「楽しみだ。俺も強くなったって所をカイエンに見せつけてやろう」
「お手柔らかに頼むぜ、旦那」
カイエンには、剣術スキルLv.3では測れない強さがある。それは、時々見せる全く異なる剣のせいだと思う。
上から叩き下ろす渾身の一撃。単純に早く強い、惚れるような正々堂々の剣。きっと、それはクラッドとかいう彼の親友の剣なのだろう。
その事については、俺は何も言わないことにしている。
「ところで旦那、向こうの街にもいい女がいてだな……」
「おいおい、何の話かと思ったら……」
「へへ、良いじゃねえか。こういう話も積もる話だろ?」
「そうだな。……で?」
「ほらほら、旦那も興味があるじゃねえか。……実はよ」
人目を忍びつつカイエンは耳打ちをしてくれた。
そこから始まる会話の内容は、実に有益だった、とだけ記しておく。
ちなみにルッツは苦笑していた。苦笑しながらも「僕は行かないですけど、お客さんからちょくちょく情報を教えられますね。……ちょっとだけ分かりますよ」なんて普通に受け答えしていたのが新鮮だった。




