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18.

 アルレッキーノが、賭博で敗れる。

 そんな事実を、いまだに周囲は飲み込めていないようで、一〇〇人ほど集まったアウトローの連中はただ動けないでいる。

 アリオシュ翁、森熊はアルレッキーノを抑えていたが、それでもマハディやプーラン、それに俺の連れてきた数多くの奴隷たちがこの場には存在している。

 彼らも迂闊には動けないようで、そのまま、遠巻きから状況を静観していた。






 そんな中、アルレッキーノは真っ直ぐ俺に問うて来た。


「……トシキ・ミツジ。答えろ」


「アルレッキーノ。もうお前には運命的なまでの幸運はない。もう逃げ出そうと思っても、幸運は味方しない。今まで通りアリオシュ翁たちから逃げられると思うな。大人しく捕まっておけ」


 背後から問いかけるアルレッキーノに、俺は冷たく答えておいた。彼は恐ろしい敵ではあったが、俺にとっては好ましい男ではない。出来れば会話もしたくはなかった。

 だが、話しかけられては致し方ない。


「お前の勝利についてだ」


「何が言いたい?」


 アルレッキーノの問いかけは酷く漫然としている。だが、それでも何を聞かんとしているのかだけは何となく分かる。

 彼は、俺がどうして勝ったのかを聞こうとしているのだ。


 俺の勝利は、ヘティが動いてくれることを前提に成り立っている。もしヘティがアルレッキーノに逆らわなかった場合は、そのまま俺はアルレッキーノの策にはまって負けていただろう。

 そう、ヘティが己の死を覚悟してアルレッキーノの命令を拒むということなしには、あの戦いに勝てる要素はなかったのだ。

 余りにリスキー過ぎるこの方法を、アルレッキーノは疑問に思っているに違いなかった。


「お前は俺とは違う。俺のように運命が定められているわけでもなければ、最初から何一つ存在しなかったはずの希望をもぎ取るためにそこに一点掛けする必要があった訳でもない。だというのに、あの戦い方は何だ」


「あのまま徐々に続けていても、運の良さで負ける可能性も十分あった。だからこそ、アルレッキーノを確実にしとめる為にはあのオールイン合戦が必要だったんだ」


「は、何が確実だというのだ。ヘタイラ・ラミアーがお前の思惑通りに動いてくれなければ、お前は負けていたのだ」


「それならばそれで良かったとも」


「――何?」


 訝ったのはアルレッキーノだけではなく、俺が先ほどから背中を撫で続けて落ち着かせているヘティもであった。ぴくりと一瞬体がこわばった感触が手から伝わってくる。

 俺はそんな彼女を、「まだゆっくりしていていい。無理するな」と労った。


「ミーナはお前の殺し方を知っていた。奇遇にも、ミーナは俺が負けた未来を夢に見たそうだ。その時のアルレッキーノの死に方までな」


「……お前の負けが確定した瞬間に、俺を殺し、ヘタイラ・ラミアーを解放するつもりだったのか」


「まあ俺も真実の目は失うし、最悪の場合はその後生じるであろう乱闘に巻き込まれて死ぬだろうがな。……最悪は回避できるって腹だ」


 最悪な事態を回避することはリスクヘッジの基本中の基本だ。

 今回の最悪は、俺が鑑定スキルを失うことではない。財宝神クーベラの加護による鑑定スキル成長率補正を持ち、鑑定オプション自体は剥奪されない俺からすれば、Lv.10の鑑定スキルが失われることはまあまあの打撃にはなるのだが、最悪という訳ではない。

 もう二度とLv.10にはなれないだろうが、それでも恐らく根気よく続ければLv.4ぐらいまでには回復するだろう。

 それぐらいあれば、商人として生きていく分には困らない。


 今回の最悪は、ミーナかヘティを失うことだ。

 当然のことだが、二人は掛け替えのない存在だ。

 だからこそ俺は、勝負を急いだのだ。勝負の神の制約でアルレッキーノに『今後一切、ミーナ・セリアンスロープおよびヘタイラ・ラミアーに危害を加えてはならない』などの項目を飲ませることによって、逆に彼女ら二人を守ることができるのだ。

 アルレッキーノを縛るためには、法律だとか暴力だとかは無意味だ。勝負の神の制約のみが、アルレッキーノに効果がある。

 だからこその、勝負なのだ。


 俺に負けはないという三つの理由のうち、二つ目の理由はこのこと――つまり、最悪の事態が訪れても、リカバー可能だということだった。


「一つ、明らかな不合理がある。それはヘタイラ・ラミアーが死んでいたかも知れないリスクだ。何故お前はそれを知りながら、今回の作戦を平然と実行できたというのだ」


「それは簡単な理由だ。……それ以外に方法がなかったからだ」


「は、何だそれは」


「だからこそ俺も命を懸けた。もし負けた場合は、俺は死ぬ覚悟でお前からヘティの奴隷契約書を取り返すつもりだった。……ヘティの命を危機に晒す以上、俺も命をかけるのが筋って奴だ。フェアだろう?」


「死ぬ?」


「ああ、死ぬとも。……ま、今となってはどうでもいいことだがな」


 ヘティと目があった気がした。俺はどんな表情をすればいいのかよく分からなかったので、曖昧に微笑んでおいた。

 彼女は、不安そうな表情で俺のことを見つめていた。


「……ふざけているのか」


「ふざけちゃいないさ。俺のあのときのヘティへの台詞は、そういう、もしかしたら遺言になるかもって意味でもあったのさ」


「……」


 アルレッキーノの指摘はもっともだった。俺はヘティに死ぬかも知れないリスクを強要していた。

 もっとも俺も内心『ヘティに危害を加えないという制約を飲ませた以上、奴隷紋を用いた処罰の魔法も無効化されるのでは』という淡い期待を持っていたのだが。

 あれは命令違反に対する処罰であって、危害ではないらしい。

 流石にそこまでは甘くないようだった。


 俺は、遺言をしたつもりだった。

 らしくない遺言だったと思う。自分の夢を引き継いでくれ、だなんて、それこそアルレッキーノの言葉を借りるなら『笑わせる話』って奴だろう。


「それで満足だったのか」


「ああ」


 お前には分かるまいさ、アルレッキーノ、と俺は思った。二度目の人生を歩んでいるという余裕が、俺にこんな感傷を与えてくれているのだから。


 人に夢を託して死ぬことに、驚くほど躊躇いはなかった。

 何だ、俺じゃなくても良かったんだな、と俺は思ったのだ。


 背後から視線を感じた。

 ミーナだった。口元がわずかに動いており、何かを俺に聞いていた。どうせあれだろう、あの時の……になってください、とかいうあのセリフに関係した何かを呟いたのだろう。

 俺はそれに対して「さあな」とだけ答えた。

 結果論だ。俺は結果的に勝った。万事それでいいのだ。


「……興味深い考えだが、分からんな」


「だろうな」


 俺とアルレッキーノは、そう言葉を交わした。

 きっとそういうものなのだ。どっちが正しいだなどとは言わない。アルレッキーノはああいう奴だし、俺はこういう奴なのだ。

 運命に抗い続けるしかなかったアルレッキーノと、二度目の運命を与えられて人より幸福だった俺が、理解し合える訳がない。


 アルレッキーノは、ふと話題を変えた。


「トシキ・ミツジ。……自由意志と言ったな?」


「ああ」


「自発的に選ぶことと、自由意志の有無は哲学的には異なる問題。……ならば、俺が状況を自発的に選んだ(・・・・・・・)のであれば、それは自由なのか?」


「さあな」


「は、一顧だにしないか。つまらん奴だ」


「確かに自由はお前のテーマなのかも知らないが、自分の行いに道徳的責任が伴わない自由ってのは、無法と同じだ。自由には責任が伴う、これはとても当たり前のことだ」


 だから捕まれ、と言おうとした矢先だった。


「……。違うな。自由とは、心に絡みついて離れないものだ」


「変なことを言い出すじゃないか、アルレッキーノ」


「一度手にしてしまえば、捨てようとしても心からそれが離れることはない。いくら身を縛ろうとも、心がもう既に自由を知ってしまっている。あれを、自由と呼ぶのだ……」


 どこかここにいない人に向かって吐露するかのように、アルレッキーノは声を絞り出していた。誰に向けた言葉なのか、俺には全く分からなかった。

 彼を拘束しているアリオシュ翁、森熊に言っているのか、それとも昔の女マハディに言っているのかさえ、分からない。


「……無法と言ったか、トシキ・ミツジ。だが、破られることのない法など、そもそも存在する意味がない。明言化しなくとも誰も破らないのだからな」


「だからこそ、法に意味はある。お前のその疑問は、無法を正当化する疑問にはなっていない」


「は、このままこの議論を続けるのも面白そうだ。だが、話を戻そう。……俺は、自発的に選んだならば、自由なのかと聞いたのだ」


「少なくとも、受け身的には自由だ。選べなかった訳じゃなくて、それを選べたんだからな」


「……たとえ運命にこの先が決定されてしまっていたとしてもか」


「運命はない」


「……は、羨ましい奴だ。生きる世界が違うようだな、貴様とは理解し合えん」






 俺との会話の応酬もそこそこにアルレッキーノは、「煙草が欲しい」と隣のアリオシュ翁にせがんだ。胸ポケットから取り出せ、ということらしい。

 監獄に行く前の最後の願いと言うことで、アリオシュ翁はそれに応えようとしていたが、俺は「待ってください。毒かもしれません」と先に牽制しておいた。


「毒じゃあないさ。自殺なんざしねえよ」


「……なら、構わない」


「は、頭の回る奴は嫌いじゃあないぜ」


 その時の表情は、意外な物だった。アルレッキーノのよく浮かべる酷薄なものではなく、もう少し弱い、どこかシニカルなものだったからだ。笑みではあるのだが、笑顔というべきかは躊躇われた。


 にやりと口角を上げて煙草を咥えるアルレッキーノは、


「マハディ」


 と全く躊躇うことなくマハディへと声をかけていた。


「火だ」


 先程までのやり取りを全て忘れているのだろうか、と思うほどに自然な口調だったものだから、俺はふとこの二人の距離が分かってしまったような気がした。アルレッキーノとマハディは、本当はかつてはこういう関係だったのだろう、という、本当にふとした予感である。


「……おんしに、そんな女はおりんせん」


「は、そうか。自分の言葉を守る奴は嫌いじゃあない。……俺の首飾りに通してある指輪を持って行くがいい」


「……それは、捨てなんすということだすかえ?」


「まさか、ここから先(・・・・・)には持っていけねえんだ。欲しい奴にやるのがいい。……捨てたことは一度もないとも」


「嘘をお吐きなんすな」


 マハディが鋭く切り返す。

 野暮かも知れないが、俺には捨てるという言葉が指輪ではなく他のことを指しているように思われた。

 ――もう少し踏み込んで言うならば、他にもアルレッキーノの発言には含みがあったように思われたが、それは終ぞ読み解けなかった。


「ここにきて、一度でもわっちを見たことがありんすかえ?」


「あるとも」


「じゃあ、わっちの隣にいるこの子を見たことがありんすかえ? おっせんでしょうにえ」


「ああ、プーランか。大きくなったものだ」


「平然と何や抜かすやと思いなしたら、大きくなったものだ、でありんすか。――気取るんじゃあありんせん」


 酷く冷たい声を投げかけられても、アルレッキーノは意にも介してはいなかった。

 ただ、そのままの口調で「無言を選べるのかプーラン、偉くなったじゃあないか」と独り言のように話しかけるのみ。今に至ってもなお、アルレッキーノは人の話を聞こうともしないでいる。


「――まあ、嘘だ。捨てたのだろう。……ある日、お前は俺ではない男に愛を以って抱かれ、こいつは俺ではない男を父と呼び慕う。そいつは不愉快って奴じゃあないか」


「……」


「――否、出会いが不幸だったとも。いつか消えてしまう俺にとって、記憶魔法は是非とも必要だった。俺という記憶を何処かに残しておくために。……まあ、結局は時間と共に劣化すると分かってしまったがな。……俺とお前は、単にそういう関係だったのだ。最初からそうだったんじゃあないか?」


「……」


 割り切れ、と促すような言葉。アルレッキーノはこういう状況に面してなお、マハディやプーランに優しくあろうとしない。

 気取っているのか、それとも矜持なのか、もはやアルレッキーノの心理は読み解けない。強いて言うならば偽悪、が強いのだろう。


「アルレッキーノ」


「黙っておけ、トシキ・ミツジ」


 俺の言葉を鋭く牽制するアルレッキーノに、俺は確信していた。

 真実の目を持っている俺には、アルレッキーノの発言の真贋が分かるのだ。何が嘘で何が本当なのかが、どうしても分かってしまう。

 マハディやプーランに対するあんまりなアルレッキーノの言葉に、俺は思わず口を挟んでしまいそうだったが、すぐに思い直した。


 マハディもそうだった。思い出の指輪の場所を聞こうともしなかった。真実を明らかにすることを断っていた。

 アルレッキーノだって、同じように真実を明らかにすることを拒んだ。この二人は、そういう人間なのだ、と俺は感じてしまった。


「……監獄は、孤独な場所にありんす。今までの数え切れない罪を償いなんし」


「……は、最も自由からかけ離れている場所とは、洒落が利いているじゃあないか」


 お互いに気付いているのだろうか。それは端から見ている人間には分からないことである。


「……アルレッキーノ。一つ聞きたい」


「は、どうしたプーラン。無言を守っていたかと思えば、質問か」


「私も母上も捨てた、ということだな」


 二人の間に割って出たのは、今まで無言を貫いていたはずのプーランだった。いつもの気丈さを保ったまま、しかし僅かに躊躇っているかのような様子で尋ねている。答え知りたさ半分、答え知りたくなさ半分、といった様子だった。

 そんなプーランの真っ直ぐな質問に、「それがどうした」と答えるアルレッキーノ。


「ならば、その首の指輪は無意味なのか?」


「は、こいつか」


「ああ」


「……ジンクスだ」


 僅か一言。

 アルレッキーノはそれ以上答えるつもりはないらしい。そしてそれ以上の答えもないらしい。

 その答えは、実にいろんな意味に解釈できた。答えになっていないとも言えたが、しかし一番アルレッキーノらしい返事ではあった。


「……火だ」


「ほう、助かる」


「母上が火を付けないでいる気持ちを汲み取って欲しい」


「……は、そうか」


 高級そうな葉巻に火が点き、アルレッキーノはそれを美味そうに味わっていた。「……お前は大人になった」とアルレッキーノは、プーランの成長に何かを感じ入っているようだった。


 しばらく深い沈黙が流れる。アルレッキーノの甘く薬っぽい香りのする葉巻の煙だけが、その場を悠々と漂っている。






「……ミロワール。俺の魂は十分か?」


「はい。人一倍になっております」


「ならば使うといい。俺の命は俺が使う」






 不穏な会話に一瞬、場が緊張した。


「動くでない!」


「遅い!」


 アリオシュ翁の一喝は、アルレッキーノを止めるには無意味だった。

 途端、葉巻を噛み千切って、内側から針を引き抜き、アリオシュ翁と森熊に吹き付けるアルレッキーノ。

 避けるために警戒が緩んだ一瞬を衝き、アルレッキーノは森熊の拘束から手を抜き取った。否、アルレッキーノの服の肘から仕込み刃が飛び出て、森熊の腹に一撃くれていたのだ。

「うぐっ」と呻きながら、血をこぼして膝突く森熊。

 同時に反対の肘からも仕込み刃を飛び出させたアルレッキーノの攻撃を、拘束を続けながらもすんでの所でいなすアリオシュ翁。しかし、当然隙は生じる。

 それはアルレッキーノが動くのに十分な時間だった。


「ミーナ・セリアンスロープ! 今ここに汝の魂を繋ぎ留めん! 汝が真名は――」


 刹那、俺は「ミーナ! 聞くな!」と叫んでいた。

 内心では(何故だ! 勝負の制約に『今後一切、ミーナ・セリアンスロープの真名を口にしてはならない』と誓ったはずだ!)と驚愕しながら。

 いや、遅かった。






「――芹原 美奈」






 がぼりと血を吐きながら。

 アルレッキーノは確かに真名を口にはしなかった。

 森熊から自由になった手で、喉と顎の間を貫き、そこから声を出したのだから。


「!」


 自らの指で喉元を食い破る。その壮絶な自決に、場はざわめいた。

 おびただしい血がアルレッキーノの手を染めて、そのままポーカーテーブルへと流れ広がった。動脈を傷つけたらしく、脈拍に合わせて血がどぷどぷとこぼれ出ていた。どこにそんなに血液があるのかと思わせるほどの量だ。

 だというのにアルレッキーノは笑っていた。


「アルレッキーノ! おんしはっ」


「おいてめぇ……」


「アルレッキーノ、お主は何故……」


 周囲のざわめきなど気にも留めない様子で、喜悦に浸っている。


「――やはり、俺は生きて(・・・)いる。この血には命が(かよ)っている」


 己の命の証明を噛み締めるかのように。


「――俺の命は、俺の人生は、全て俺のもの(・・・・)だ。何処の馬の骨とも知らない奴に、俺を生きる(・・・・・)資格はない」


 己自身への矜持を語るかのように。


「は――。はは、ははは、はははははははははははははははははは!! ははははははははははははははははははははははは!!」


 賭博場に広がる高笑い。

 アリオシュ翁によって即座にテーブルに叩きつけられても、そのまま狂ったように笑うのみ。

 死にゆく人間とは思えないまでの迫力を纏いながら、血に濡れたアルレッキーノはしばらくその悪魔染みた呵々大笑をやめることはなかった。






「せりはら、みな……?」


「ミーナ!」


 確かめるような呟きがぽつりと後ろから聞こえる。俺は終わったと思った。それは戸惑いの心の声音であり、絶望の心の声音であった。


「あ、あ」


「ミーナ、ミーナ、おい!」


 ぺたりと座り込むミーナの表情が、確かめたくなかったものを確かめてしまったときのようなものになっていた。しかもそれは、理解してしまったときの顔だ。

 それこそ真名だと理解してしまったのだろう。


「ああ……」


「ミーナ、おい! 大丈夫か!」


 ミーナはただしずしずと泣いていた。喚くこともなく、ただそのまま涙を流している。

 人は大きな絶望に直面すると、喪失感の前にただ涙を流すしかない。ミーナは喚いたり怒ったりするタイプの人ではなく、きっとただ泣くしかなかったタイプの人間なのだ。


「――語りて曰く、汝が記憶は心の名残、せめて魂に預けて包め、Vi devus(貴方は懐かしさを) kredi(信じる) je(べき) nostalgio(だった)……これで記憶はしばらくは何とかなりんす。……応急処置ではありんすが」


 俺も同じだ。

 マハディがミーナに魔法をかけるのを、黙って見ているしかない人間だ。

 ミーナが泣いているのを、黙って見ているしかない人間だ。

 直面する脅威に、ただ立ち竦むだけの弱い人間なのだ。


(どこで、俺は間違えた……?)


 内心酷くうろたえながら、しかし俺は頭を働かせていた。『真名を口にすることを禁ずる』という言葉でアルレッキーノを縛らなくてはいつミーナの真名を呼ばれるか分かったものではない、という焦りがこの抜け道を作ってしまった。

 何が『第三者の介入を許さなかった時点で俺の勝ち』だ。

 歯噛みする思いだ。

 しかし、アルレッキーノは手紙でこうも言っていた。

 御子/巫女と紀人の関係を知りたければ、勝負をしろと。

 奴は何かを知っている。






「……離せ。俺は、いずれ死ぬ」


 テーブルにねじ伏せられているアルレッキーノは、そう言って、立ち上がろうとしていた。だが、力なく体をもがかせるだけで、アリオシュ翁の拘束から逃れることは出来ていなかった。


 しばらく逡巡していたアリオシュ翁だったが、アルレッキーノを拘束したまま、椅子に座らせることだけは許していた。

 随分楽になった、とアルレッキーノは一息ついていた。


「さて、トシキ・ミツジ。……最後の勝負をしようじゃあないか」


 がぼり、と血を吐き出しながら、アルレッキーノは、ぞっとする笑みを浮かべていた。

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