三章 第一話
冒険者カイエンは、志半ばで奴隷になった男だ。
しかし心は今でも冒険者のままである。
(俺は冒険者に復帰することを半ばあきらめかけていた)
剣術の指導のため、木刀とはいえ再び握ることになった剣を見て、ふと感慨に耽る。
ひどく衰えた。五年間という時間は、体を錆付かせるのに十分な時間だった。
しかし、神はカイエンを見放さなかった。
剣術の加護は未だにカイエンを助けてくれる。カイエンが剣を振るう度に、未だに何者かの力がカイエンを手助けしてくれていた。
(しかし、最近になって冒険者になる夢を再び思い出させてくれた奴がいる)
そう、カイエンにはかろうじて薄く、冒険者に戻る道があるのだ。
カイエンはまず、衰えた筋力を取り戻すために厳しいトレーニングを自分に課した。
走って鍛えて、そして食べた。
自分の今の主人トシキ・ミツジが、そのようなあり方を許してくれているのだった。
(そう、あの変わった子供の奴隷商。何でも見通すかのような目をしてやがる、風変わりなあいつ)
トシキ・ミツジを思い出す。
彼はカイエンに、薬草の見分け方を聞いた。サバイバルの術を聞いた。冒険者の心得を聞いた。
冒険者としての過去の自分が必要とされている気がして、嬉しかった。
カイエンはそのとき自分にはまだ、冒険者になりたい気持ちをあきらめきれてないことを自覚したのだ。
トシキ・ミツジは、演説をした。
名前を残したくないか、と。
カイエンは心が震えた。一体いつ頃の話だろうか、名前を残したいと願って冒険に躍り出たのは。
(俺はまだ、冒険者なのかもしれない)
カイエンは、失った物を取り戻すように木刀を振るった。
心以外は失ったが、幸い心はまだ失っていない。
(カイエン、元冒険者。剣術Lv.2、肉体強化Lv.1)
俺は目の前で剣を振るうリザードマンの男を観察していた。
剣術は見事なものである。実践剣術というのだろうか、型というものは見当たらなかったが、そのかわり動きのどれもが流れるような変化を前提とした動きだった。
より攻撃的でより攻防一体。
そのかわり姿勢はがむしゃらで、腕力とセンスに頼る戦い方になっている。
「カイエン。姿勢を正せ。腰から剣を放つように、足から体重を引っ張って剣に乗せるようにするんだ」
「はん、そうですか……っと!」
俺は指導しつつもカイエンの剣術に見惚れていた。
あれはリザードマンでないと出来ない剣術だ。体が長く鞭のようにしなるからこそ、振り下ろしや横薙ぎに勢いと反りが出る。
だからこそ、姿勢を武器にできたら非常に強くなる。
体の体重を剣に乗せたら間違いなく強い。
いや、今でもやってるのだろうが、型を身につけてから型を離れた方が体重を乗せるのが上手くなるだろう。
(そうなってからが楽しみだ)
そう思いつつも、俺はカイエンの隣で剣術に励む。
舞踊の動きを取り入れた踊り剣術だ。
舞踊Lv.0がLv.1に、剣術Lv.0がLv.1になったのをきっかけに、両方にスキル経験値が入るような動きを模索したところ、こうなった。
果たしてこれが正しいのかどうか分からないが、鑑定スキルを使って自分を鑑定すると【ヴェーダ流舞踊剣術・蛇の舞】とかよく分からない表示が出てきたので、多分間違いないのだろう。
「しかし、旦那!」
「どうしたカイエン?」
カイエンは隣で息を切らしていた。
俺も息が上がりそうだったが、木刀とかは手に持っていないし、あと蛇の舞だかの正しい姿勢を追求したところそこまで疲れなくなったのでまだ余力はある。
「旦那の動き、いつ見てもすげえな!」
「そうか」
多分すごい動きなのだろう。舞踊Lv.1、剣術Lv.1の加護が二つも重なって乗ることで、動きの速さに二重のブーストがかかっているのだ。
Lv.1でありながらLv.1以上のパフォーマンスを発揮している、ということらしい。
俺はますます鑑定スキルの使いやすさに笑みが止まらなかった。
おかげさまで、カイエンの指導をしながら自分の鍛錬まで並行して行えるのだから。
カイエンがもう少しで剣術Lv.3に届くかというところで、今日の訓練は終わった。
「しかし、あと三日後だったか。サバクダイオウグモの巣を攻撃するのは」
「悠長なものですね、案外急がないものなのでしょうか」
剣術の訓練を終えて、今度はミーナと槍術の訓練に励む。
とはいえ疲れるとパフォーマンスが一気に落ちるので、なにも持たないで姿勢と型だけをざっと練習する程度。
今やっているのは炎の演舞の再現だ。
「ああ、どうやらこっちから襲わなかったら外には出てこないだろうと見ているみたいだ」
俺はミーナに答えつつも、内心違うと思っていた。
魔物の気持ちなんか分かるはずがない。なるべく急いで討伐すべきなのだ。
それをしないのはつまり、人手が集まらないか、もしくは誰かを待っているかだ。
「まあ、俺達は三日後を待つしかないだろうな」
「はい、そうですね」
結局、結論はそれだ。
領主の許しがない限り勝手な真似はしない方がいい。
第一サバクダイオウグモが出てきたところで俺は困りも何もしない。襲われたら流石に嫌だが。
「しかし、主様は上達がお早い」
「うーん、毎回演舞の度に答え合わせしてるようなものだからな」
鑑定スキル。正しい演舞と比べてどれぐらいずれているのかを毎回修正。
体に正しい姿勢を覚え込ませることでスキルレベルをぐんぐんと稼ぎ、道具を持たないと筋力が付かないはずなのを敢えてスキルレベルに応じて働く加護でカバー。
効率的なスキルレベルの稼ぎかたが分かった以上、道具を持たないことで体力を温存し、その分訓練の数を増やして、どんどん自分を鍛える。
俺はそれを続けて、スキルレベルが全ての奴隷より上になることをこっそり目指している。
「多分ですが、今ならば主様のほうが私より演舞が上手なのではと思います」
「それは言い過ぎ、絶対ミーナの方が上手いから」
確かに最近、効率よい訓練方法のおかげで舞踊と槍術のスキル経験値が一段と上達したのだが、それでもミーナのLv.3とかには追いつかない。
流石に褒めすぎというものだ。
やんわりとミーナを宥めて、俺はそのまま訓練に努めた。
ぶっちゃけまだこの世界に来て奴隷商らしいことをしてない。
キャリアコンサルタントらしいこともしてない。
強いて言えば奴隷に特技を研鑽させていること程度だ。
(手始めに、カイエンを冒険者にさせてやりたいのだが)
俺はふとカイエンのことを思い返していた。彼ほど夢が分かりやすい男は中々いない。
あの男は、俺が奴隷たちの前で演説をしたときにもっとも心を動かしていた奴隷なのだ。
俺はその心の動きをみて、彼にしようと決めたのだ。
(幸い、下準備はほとんど済ませた。後は一気に実現させていくのみ)
俺はそのまま勝手にコンサルティングプランを考えて組み立てていく。
彼の実力を、今度のサバクダイオウグモの討伐で見せつける。
そして彼を冒険者ギルドに認めさせる。
その二つを実現することが求められる。
(さて、どうするか)
訓練をしつつ、ぼんやりと誰に相談すべきなのか、俺はアテを探すのだった。