11.
テキサスホールデムにおいて、席順は重要なファクターと成り得る。例えばもしトシキの直後の席にアルレッキーノが座っている場合、アルレッキーノはアンダー・ザ・ガン以外の時は常にトシキのアクションを参考に動くことが出来る。
そう、基本的に時計回りにアクションが流れるテキサスホールデムにおいては、プレイヤーは右隣の人間に強いのだ。
「ほう、卑怯なお前のことだから俺の左に座ると思っていたが、どうやら違うらしい」
「雑魚相手にそこまでする気になれないな。……こっちこそ驚いた、卑怯なお前のことだから、お前たち百人でテキサスホールデムをやるのかと思ったが」
「は、俺一人で十分だってことだ」
トランプは百枚もない、というトシキのジョークをアルレッキーノは無視した。
席順は異様な順番で決まった。
アルレッキーノを頭に、ベリェッサ、アリオシュ翁、トシキ、マハディ、森熊、という順番だ。
六人でゲームが行われる、ということ自体は普通のことだ。しかしどちらかというと策謀には向かない森熊が、アルレッキーノにとって最もカモにしやすい位置に置かれているというのが奇妙である。
一般的には、自分の右側のプレイヤーに対してはルースアグレッシブにプレイして、左側のプレイヤーには、タイトパッシブにプレイするのがセオリーである。
何故ならば、殆どの場合において、右のプレイヤーがレイズするかどうかを参考にして動くことが可能だからだ。
右のプレイヤーを狩ることが出来そうな強い手札なら、こっそりレイズを伺いながら戦いに行ける。右のプレイヤーが強そうならあっさりと降りれば損失はほぼない。
そう、アルレッキーノから見れば森熊は餌同然でしかなかった。
(もしかしたら、森熊にはタイトパッシブに徹させる作戦なのかも知れん。初心者が戦ってもタイトパッシブは余り下手にはならないからな)
そうであるならばこの配置には納得がいく。確かにベリェッサは頭の働く人間であることは間違いない。ベリェッサにアルレッキーノを攻めてもらい、森熊はずっと守りに徹する。
そうすればアルレッキーノは儲けるべき時に儲けにくくなり、それだけで勝ちにくくなるだろう。
なるほど、そういう視点で見れば考えられている配置とも言える。
「さあ、こっちに来い、ヘタイラ・ラミアー」
突如名指しで命令を下され、ヘティは心臓を捕まれたような気分になった。名前を呼ばれたときに感じた嫌悪感は、恐らく気のせいではない。
「どうした? 主人の命令だ。それともあれか、無視することが人形なりの抵抗か?」
「……アルレッキーノ。正直に言うと会いたくなかったわ。もっと別の形で相見えたかった」
「は、笑わせる。いずれ毎日のように会うとも」
「反吐が出るわ」
切って捨てるヘティに、アルレッキーノはおいおい、と余裕そうに笑うだけだった。
実に憎らしい笑みだ。ヘティの人生においてあれほど腹立たしい笑みは今までなかった。いや、正しく言うならば、ヘティの人生を嘲笑うような笑みだからこそ、更に度し難い。
「なあヘタイラ・ラミアー。お前が殺したいほど憎い相手への復讐を、他人任せにする気持ちはどんな気持ちだ?」
「……。最悪ね」
「自分の手で自分の運命に始末を付けられないから、貴様はいつまでも人形なのだ」
「……っ」
「こっちに来い、人形に最も相応しい仕事をくれてやる」
お断りよ、という言葉は出て来なかった。その前に奴隷紋がひりひりと痛みを呈し、ヘティは顔を歪めるしかなかった。断ればこのまま殺されるのだろうか。
「おいおい、アレッキ坊や。この勝負の制約には、ヘタイラ・ラミアーに危害を与えないという条件があったはずだぜ」とトシキが割り込もうとしてくれたが、アルレッキーノは「邪魔をするんじゃあない」とお決まりの言葉で封じていた。
勝負の神の判断では、この命令も、この程度の奴隷紋の行使も、危害の範疇には入らないらしい。
招くアルレッキーノの手には、一束のトランプがあった。
「最もゲームを左右する場所にあって、最もゲームに影響してはならない傍観者、ディーラーの座をくれてやる」
ディーラー、と呟こうとしたヘティに更に圧の強まった奴隷紋の痛みがやってきた。早く来い、ということらしい。戸惑っている時間はなさそうであった。
「公平だろう? プレイヤーがディーラーをする場合、イカサマを許すならお前たちにはチャンスが五回あり、俺には一回しかない。これは不公平だからな」
これはアルレッキーノが前々から決め込んでいたことだった。
ヘタイラの所有権はアルレッキーノにあるが、アルレッキーノがヘタイラにイカサマを仕込んでも効果は余りないだろう。トシキの真実の目の前では、イカサマをしたところですぐに暴き立てられてしまう。
一方アルレッキーノからすれば、奴隷の所有権を握っているためヘティがアルレッキーノに不利をなすことが不可能となっている。
あくまでも間接的にだが、それらの理由によってディーラーによるイカサマが生じにくくなっている。
アルレッキーノは趣味が悪い、とよく言われる。そして実際に本人もそれを否定するつもりはなかった。ただ、そっちの方がより『らしい』気がするのだ。
「それに、ヘタイラ・ラミアーから配られるカードにはラッキーカードが多い」
「おいおい、オカルトかよ」
「ジンクスだ」
一笑に付すトシキに対して、アルレッキーノは強い口調でそう断言した。「おいおい、人のものに勝手にジンクス付けるなよ」とトシキはからかうように笑っていたが「……いや、こいつは確かに」と表情を改めて真剣な表情になっていた。
「ボタンはお前からだ、トシキ・ミツジ」
「へえ、いきなりアンダー・ザ・ガンに座りたがるとは物好きだな。ジンクスか」
「そうだとも」
ボタンがトシキということはつまり、その右隣のマハディと森熊がスモールブラインドとビッグブラインドとなるわけで、その次のアルレッキーノがアンダー・ザ・ガンとなる。
一番先に行動をするポジションが不利と知りながら、あえてそれを一番最初に取るのは、何かのこだわりだとしか説明できないだろう。
「各人のチップは1000 C。ミニマムベッド(ブラインドの人が賭けさせられる額)は5 - 10。ミニマムレイズは+100 %から。……さあ行くぜ」
アルレッキーノがそう言って場に投げたチップは、30 C。
「レイズ、30だ」
場の賭け額がこれで10から30へと大きく変わったことになる。ハンドカードが少し強いものでないと迂闊には参加できない額だ。アルレッキーノのアクションにより、卓の皆は自分のハンドを思案顔で見比べることとなった。
別段アルレッキーノはセオリーから外れた行動をしているわけではない。3倍レイズは強い手が入ったときの基本的な動きとも言える。
事実、アルレッキーノはKQs(s:スーテッド、マークが揃っている場合の簡略表記)というプレミアハンドを持っていた。
これを受けて、T6o(o:オフスーテッド、マークが揃っていないときの簡略表記)のベリェッサ、92sのアリオシュ翁は「フォールド」「フォールドじゃな」とゲームを降りた。
「……ふざけてるな、フォールド」
注目の集まるトシキだったが、JJのポケットペアでフォールドを選択。一対一ならば勝率77%を誇るこのプレミアハンドでフォールドを選択するプレイングは、しかし、ブラインド二人とアルレッキーノの計三人を相手にするとき簡略的には約45%強しか勝率がないことを冷静に計算した結果ともとれる。
結局ゲームは、Q5oのマハディ、87sの森熊、両者の「降りんす」「降りだ」という発言により、アルレッキーノの勝利で流れた。
(……プレミアムのポケットペアでも参加しないか? かなりタイトなプレイヤーだ)
チップを回収しながらアルレッキーノは考えた。
アルレッキーノの直感によると、確証はないがトシキはプレミアハンドのポケットペアだったはずだ。後ろの奴隷が降りを選択したときに驚きを抑えようとしてやや動揺を殺しきれていなかった。最低でもプレミア程度の手だろう。
奴隷たちが余りテキサスホールデムに詳しくないという前提で推理すれば、彼らでもこの手が強い、と分かる分かりやすいハンドはプレミアペアだ。
それを降りるとなると相当なタイトプレイヤーだということになる。通常、TT以上のポケットペアならば確実にゲームに参加するべき手札だ。
それを降りたというのは普通はありえない戦略である。
(……恐らくは真実の目で、俺の手札とコミュニティカードを覗いた結果だろう)
場に五枚並べてあるコミュニティカードを眺めながらアルレッキーノは考えた。コミュニティカードをヘティが一枚ずつ山札から取り出す方式ではなく、予め場に並べているのは、アルレッキーノがあえてそうしているからだ。
それはトシキの真実の目を欺くための、狡猾な罠を実現するための準備。
(さあ、存分に覗け。お前がそのままそれに頼りきった時こそがお前の終わりだ)
アルレッキーノの信念に従うならば、信じることは思考の放棄だ。それはおぞましくも自分を自分以外の何かに委ねる行為である。そうであるならば、信じることには強い信念がなくてはならない。
もしそうでないのならばそれは、油断や見くびりという名の、勝負への侮辱である。
(ボタンはこれでトシキの左隣のマハディに移ったわけだが、この勝負は降りだろう)
2ゲーム目。アルレッキーノの手は86s、今回はビッグブラインドの座を頂いたアルレッキーノだったが、セオリー通り彼は第一巡をチェックし、フロップの三枚が2J2レインボー(一つも色が合っていないコミュニティカードのこと)であることを確認して降りた。
アルレッキーノを含めてだが、ここまでテーブルはかなりタイトであった。誰も無茶な勝負は仕掛けてこない。まだ2ゲーム目だが、初心者のように振舞う人間は今のところいないというわけだ。
つまり、折角の勝負に水を差す人間はいないということらしい。喜ばしいことだ。
結局2ゲーム目は、アリオシュ翁以外全員が降りることでフロップの段階で勝負がついてしまった。アリオシュ翁にチップが流れていくのを横目で確認しながら、アルレッキーノは静かに場を考察した。
「のう、アルレッキーノや。お主は何故勝負するのじゃ」
突如、アリオシュ翁はアルレッキーノに問いかけた。何故勝負するのか、とはあまりにも根本のお話で、このアルレッキーノとアリオシュ翁との間柄においては、今更の質問でしかない。
「は、突然何を聞き出すかと思ったら。ジジイには何度も答えているはずだ、分かるな?」
「いや、そうではない。この勝負のことじゃ。……言い換えようぞ、お主はこの勝負に勝って一体何を得るのじゃ?」
「は、決まってるとも。俺の存在の証明だ。或いは、俺の可能性がどこまで行けるのかを知ることでもある」
アルレッキーノの答えは一貫してそれである。それ以外に答えはない。あるのかも知れないが、アルレッキーノにとっては、他はおまけでしかない。本物は常に、これだけなのだ。
これのためならば死ねる、それがつまり、これなのだ。
「夢の続きとお主は言うたのう。果たしてそれは、命を懸けるほどの願いかのう?」
「逆だ。命はそうやって使うものだ。ただ生きるのではなく、そうやって初めて命は生きるのだ。そうでないならば、命と行動と意志の自由を与えられている意味はないだろう?」
動きがあったのはそこからゲームが進み、ついにトシキにアンダー・ザ・ガンが回ってきたときだった。
「……コール」
誰もビッグブラインドのチップ10から上乗せは行っておらず、立ち上がりは静かに始まった。コールをした人間は、8cAdのアルレッキーノ、9d9cのベリェッサ、KdJsのアリオシュ翁の三名。
ついにフロップが開かれる段階となって、場は一変した。
Qs9sAc。フロップそれ自体は危険な匂いはしないが、スペードが二枚あることから、フラッシュを僅かに匂わせる立ち上がりとなっている。アルレッキーノはAAのワンペア、ベリェッサは999のスリー・オブ・ア・カインド。
ベリェッサはここで、チェックから様子を窺うことにした。チェックという弱気を装いながら、アルレッキーノから可能な限り多くのベットを巻き上げるための戦略である。
アリオシュ翁も、T引きのストレートドローを期待して様子見のチェックを取る。
「レイズ、40」
そこに、アルレッキーノは自分の賭け額を10から40へと増やした。ベリェッサもしばらく逡巡する様子を見せてから「……コール」と乗り、一方のアリオシュ翁は「フォールドじゃな」と降りた。
(ベリェッサは俺と同じAを持っている、もしくはQを持っているのか? 俺のセミブラフのレイズ40に乗る以上は手役があると踏んだほうがいい)
アルレッキーノは黙考する。プリフロップの段階であまり強気で動かなかったということは、AAのポケットペアやAQsなどのプレミアカードではなさそうである。A一枚持ちかQ一枚持ちのスーテッドか、辺りが妥当だろう。
フロップでの駆け引きでアルレッキーノのレイズ40に乗ったのは、あまり強くない手札だがターン次第では化けるという可能性を期待してか、もしくはチェックレイズ(弱気を装って相手から金を巻き上げるための戦略)を狙っているか、のどちらか。
「……ターンはAのスペードよ」
ヘティがめくる4枚目のカードは、As。これで場はQs9sAcAsとなり、スペードのフラッシュの匂いが濃厚になった。
黙考するベリェッサとアルレッキーノ。ベリェッサはここで、999AAのフルハウスを完成させてしまった。そしてアルレッキーノもまたAAAのスリー・オブ・ア・カインド。両者共に手役が大型化した。
しかし、ここでもベリェッサは慌てず「……。チェック」と向こうの様子を窺った。ベリェッサの視点で見るならば、アルレッキーノの強気はA持ちの可能性、Q持ちの可能性が十分に高い。次点でフラッシュの可能性。いずれにせよベリェッサは殆ど勝てる状況であった。
「……ほう、ならばレイズだ。80」
テーブルに積み上げられるチップ。勝負は更に激化する。
一拍の時間を置いてベリェッサは、これを「……レイズ、150」と冷静に受ける。アルレッキーノのレイズに更にレイズ、とチェックレイズに構えたのだと分かった瞬間に、アルレッキーノは「コール」と即座に受けつつ考えた。
(……A持ちのドミネートハンドか? キッカーが8の俺は既に不利か? Asがターンに出されて強気に行けるというのはつまり……)
アルレッキーノの読みでは複数のケースが考えられる。ベリェッサがAを持っている場合、ベリェッサがスペードのフラッシュを持っている場合、Qか9のポケットペアがある場合、もしくはフラッシュドローなどのセミブラフ、である。
ベリェッサの目線で考えるなら、アルレッキーノはAかQを持っている可能性が高いと想定して動いているはずだ。それでもなおベリェッサが降りなかったというのであれば、ワンペアツーペア程度の手役ではないと考えたほうがいいだろう。
(セオリックに動くならばここは鉄板の降り。だがチップ70を守るより、ここはセミブラフで攻めるほうがいい。向こうも俺がAQ持ちのフルハウスである可能性を排除できない以上慎重に動くだろうし、何より一割強の確率でこの手は化ける)
セミブラフ――だとしても、アルレッキーノがここでチップ150をリリレイズで増やさなかったのは、『ターンでレイズ80をしたらレイズ150で返されたから、一旦コールするだけの弱気を装った』までに過ぎない。AA持ちを装いここでリリレイズするのはリスキーだ、このようなプレミアペアならば序盤に動かなさすぎたのが不自然になる(プレミアペアはフロップまでに相手を降ろすための手でもある)。
損失を必要以上に増やさないという意味でも、ここはリバーの五枚目を見てからブラフの方向を決めるべきであった。
「……リバー。8のハートよ」
(――!)
果たして、状況は更に変化した。場は、Qs9sAcAs8h。アルレッキーノはAAA88のフルハウスを完成させ、ベリェッサが999AAのフルハウスで、ベリェッサが負けている。
完全なる逆転、セミブラフの成功である。
これで両者は、お互いにAQの行方を探り合うという構図になった(もしAQを持っているプレイヤーがいたらそのプレイヤーはAAAQQで勝者となる)。両者が両者、ハンドカードがAQである可能性を否定出来てはいない。
(否。もしもベリェッサがAQというプレミアハンドを持っているならば、プリフロップ、フロップの序盤は強気に出るはず。あくまでコールに徹していたのは、弱気の手もしくはチェックレイズの吊り上げ作戦を狙っていたからだ)
AQ程度の手では、チェックレイズの吊り上げ作戦は諸刃の刃となる。せっかく掛け金を釣り上げても強い手役が手元にない以上、コミュニティカードの具合で勝負が左右されすぎるからである(ハイカードからツーペアになったなら、その段階で場を高くして相手を降ろしておきたい。ツーペアはそこそこの確率でターンなどで逆転される)。つまりAQの可能性は低くなる。
となるとベリェッサは、スペードのスーテッド(AsQsは場のカードからありえないのでそれ以外)かもしくはQQペア、99ペア持ち。いずれにせよアルレッキーノは勝っている。
相手がAQ持ちでない限り、この勝負は殆どの確率で勝っていることがアルレッキーノには読めてしまった。確率にして0.15%程度か。
「……。レイズ、250」
逆にベリェッサは勝負に出た。理屈で動くベリェッサには、このアルレッキーノの手が、まさかA8とは読めない。Aを持つ手は強いが、Aのキッカーが8程度では、こんな大勝負に乗って来れないだろうと考えているのだった。
あるとしてAA、AQ、QQ。しかしアルレッキーノのコール150の弱気がここで効いた。もしもAA、AQ、QQを持っているならば、ターンのあの時、アルレッキーノは攻めなくてはおかしいと踏んだのだ。アルレッキーノのあの弱気のコールは、アルレッキーノの手がAAAのスリー・オブ・ア・カインドだという幻想に誘導したのだった。
「……。は、レイズだ。400」
「……ッ!」
そしてここで気付く。嵌められたことに。
「……そうか。ああ、そうか……コール」
しかし、ポッドに出ている額が現在660、オッズとして期待値は悪くない。このコールは乗るほうが期待値では得なのだ。
苦しいコール。
果たしてショーダウンは。
「――ショーダウン、アルレッキーノはAAA88のフルハウス。ベリェッサは999AAのフルハウス。よってアルレッキーノの勝利……」
ヘティがカードをめくって静かに読み上げる。読み上げるヘティの声が僅かながら震えていた。
実にいい、とアルレッキーノは悦に浸った。もっと声を震わせるがいい、と嗜虐の気持ちにアルレッキーノは口元を歪めた。
かくして序盤の流れは、アルレッキーノの方へと大きく傾いた。




