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第七話~第十話

「炎の演舞」


 俺の呟きにミーナは一瞬その動きを止めた。

 やばい、気を逸らしてしまったか。と俺は思ったが、どうも勝手が違うらしい。

 何故か分からないが信頼度が上がっていた。「流石です、主様……」と呼び方まで変わっている。


「やはり主様は、何でもお見通しなのですね」

「何でもは知らない、知ってることだけ知ってる」


 とりあえず適当に格好付けといて「まあ、見覚えのある槍術だったからな」と知ったかぶる。

 するとミーナはにこりと微笑んでいた。


「主様は本当に、大変聡明でいらっしゃいます」

「話変わるけど、主様って急に呼び方変えたけどどうして?」


 聡明だとか何だとか、ミーナのこの褒め言葉ループが止まらないだろうなと思ったので遮ってみる。

 しかし効果は全くなく、「きっと私の気持ちにも気付いているのです、酷い主様……」とか何か訳の分からないことを述べている。


「予言か? 予言に例えば、かの者を主とせよとでもお告げがきたのか?」


 急に呼び名を変えるとか理由はもはやそれしかないのでは。

 そう思って口にしてみたら大失敗だった。

 ミーナが「やはり、貴方なのですね」と呟き、急に抱きついてきたのだから。


 また当ててしまったらしい。

 いや少し頭をひねれば分かるようなことを、ミーナは一々オーバーな反応をしている。


「私はお告げを頂きました。真実を見通す目を持つものを生涯の主とし、伴侶となれと」

「……真実を見通す目」


 それって鑑定スキルのことだろうか。


「あの、それならばマルクだって持っていたはずだが」

「違うのです。あのような目ではありません。貴方の目はもっと遠くを見ているのです」


 もっと遠く。

 それはつまり、俺が大望を描いていることがばれたということか?

 それとも俺には先入観や偏見がないから、という異世界人ならではのことを言っているのか?


 いまいちよく分からなかったが、とりあえず勢いで納得しておいた。

 ちなみにミーナの信頼度は一〇〇%にまでなっており、愛情度というこちらも隠しパラメータなのだがこれも九〇%にまで伸びていた。


「真実を見通す目、って何さ」

「本当の私を見てくださる目です」


 話が一瞬だけ飛んだ気がする。

 本物のミーナって一体何なのだろうか。


「本物のミーナ、ってまるで今は本物じゃないみたいな言い方を しているな」

「ええ、ゲームじゃない私を」


 一瞬。

 俺は顔が凍り付いたのではないかと思って酷く焦った。


「fantasy taleじゃない、本物の私をです」


 俺は焦っていないかどうかを自分で客観的に鑑定スキルで調べた。

 心理グラフはかなりの焦りを示していた。

 表情は、ポップアップを見る限り、少しだけ固まった顔つきになっていた。


 ばれたかも知れない。

 俺がゲーム、fantasy tale、という二単語を知っているという事実が、ミーナにはばれたかも知れない。


 ミーナはうっとりした表情で俺を見ていた。

 だが俺は到底うれしい気持ちにはなれなかった。






「……また今度、二人きりで話そうよ」

「はい!」


 とミーナと約束したのがつい先ほど。

 今はあの会話の内容を忘れて、槍術の演舞をずっと鑑定スキルで眺めていた。


 目的はもちろん、ミーナの演舞を『指導』するためだ。


「ミーナ、炎の演舞だけどさ。君はどうやら体重が軽いから槍に振り回される傾向がある。体幹を鍛えるか足を鍛えるかする必要がありそうだ」

「はい!」


 そう、鑑定スキルの新しい効果だ。


 鑑定スキルは演舞の得点まで鑑定してくれていた。

 今のミーナの演舞の価値を、この鑑定スキルは正確に見積もっていた。

 そして何が良くないのかを浮き彫りにしてくれるのだ。


 それを俺は余すことなくミーナに伝える。

 ミーナはその課題を克服しようと努力してくれる。

 結果ミーナの演舞はみるみると上達していくのであった。


(鑑定スキルは、剣術とか槍術とかがどれぐらいの巧さなのか、何が良くて何が悪いかまで鑑定してくれるのか……!)


 あまりにも大きな発見だ。

 鑑定スキルは人のスキルがどの程度の巧さなのか、何が良い点悪い点なのかなどまで鑑定できる。

 これはつまり、スキル上げの訓練において絶大な効果を発揮するのでは。


 俺はひとしきり感動していた。


(しかし驚いた、鑑定スキルにこんな使い道があったとは。これはまさかのチートスキルだ)


 俺も鑑定スキルで自分の槍術を鑑定する。

 あまりにもへっぴり腰すぎることと、槍を振り回す腕の力を鍛えてないことが災いしてフォームが安定してないとの結果が出た。

 それでも何とかして槍術の構えをいくつかしてみると、ふと体に感じる違和感。

 槍が振りやすくなった。

 同時に自分を鑑定して気付く。

 俺、槍術Lv.0になったじゃないかと。


(うわあ)


 嬉しい。

 けどちょっと引く。

 自分の鑑定スキルに新しい可能性を感じてワクワクしていると、そんな俺の側で息を弾ませているミーナが動きを止めた。

 どうやら演舞を一通り終えたらしい。


「……成長を感じます」


 成長を感じるか、と思いミーナに鑑定スキルを使うと、流石にまだ槍術Lv.4にはなってなかったが、スキル経験値が一気に溜まっていることに気が付いた。


 よく見たら槍術スキルと舞踊スキルの両方に経験値が溜まっている。

 なるほど、演舞は両方のスキルの活用技と見なされるらしい。


(俺は槍術スキルを得た。彼女もこの分なら、あと一週間ぐらいで槍術Lv.4になる。舞踊もLv.3まで後わずか)


 俺は驚愕していた。

 これははっきり、これからのプランの根底を覆しかねない発見だと思う。

 今後の計画をほぼ全て前倒しに実行できる。


 俺はかつてないほどの全能感に、かなり高揚してしまっていた。


(もしかしてだが俺は、この世界で、コンサルタントとして、最高の男になれるかも知れない)


 いやむしろ、自分自身に好きなようにキャリアコンサルティングできるレベルだ。

 そこまで考えて俺は、生唾を飲んだ。






 夜、適当な戦闘奴隷たちに夜警の見張りを任せる。

 異変があれば知らせるように、と伝えて俺は店主私用テントに籠もる。


(さて、イーリスがくるまで待つか)


 この晩は、イリ(イーリス)と共にスキルの練習をする予定だ。


 俺は槍を持たないで槍術の構えを練習して、槍術スキルを鍛える。

 先ほど見せてもらったミーナの炎の演舞は、複数の型を流れるように再現しているだけだ。

 ならば俺もそれを再現できないはずはない、理屈上は。


 そう考えて炎の演舞を再現してみるもののかなり難しく、こんな激しい動きを槍を持ちながら再現するのは困難だろうな、と痛感する。

 速いし激しいのに、もしこれで槍を持ったとしたらスタミナが持つかが怪しい。


 しかし一方で、炎の演舞を何度も踊ることはかなり効率がよいスキル訓練であった。

 槍術スキルがいつの間にかLv.1になり、同時に舞踊スキルもLv.0を取得したのだから。


(よし、これはかなり大きいぞ)


 正直自衛の目的以外に槍術を使う予定はない。

 だがスキルはあるだけあって困らないものだ。

 なので俺はいくらでも鍛錬する予定である。


「……失礼、します」


 ふと声がして、俺は演舞を途中でやめる。

 ようやく来てくれたか。


「来たか、イリ」


 イリはおずおずと小さく頭を下げて、こちらへと歩み寄った。

 その瞳にははっきり言って生気はなかった。


「……」


 この通り、彼女はしばらく無言だった。

 どう言ったご用件で、などの質問もなく、ただ俯くばかりであった。

 鑑定スキルを使うと、心理グラフで不安/恐怖の値が大きく出ていた。


「不安がらなくてもいい、今日呼び出したのはお前のスキルを鍛えるためだ」


 そうイリに伝えるが、ますます不安の値が強く出た。

 スキルを鍛えるのが怖いのだろうか。

 恐らく何をするのかが分かってないから怖いのだろう。


 そう、今回イリを呼び出したのは歌唱スキルを鍛えるため。

 俺も歌唱スキルを持ってないし、イリも歌唱Lv.0だが、それでも鑑定スキルにより指導できるかどうかを試す実験のようなものだ。


「あ、あまり大声を出さないようにな。どうしても声が出るから仕方ないとはいえ、うるさくし過ぎてはかなわない」


 どうしても声が出る、と彼女に伝えたところで謎に恐怖心が跳ね上がっていた。


 もしかして彼女、何か勘違いしているのでは。

 見れば顔は青ざめていて、俺を何か獣を見るような目で怯えていた。

 もしかすると、俺のことが怖いのだろうか。


「大丈夫、失敗したって責めないさ。最初は誰だって上手くいかないものさ。だけど、君が一人前になるまで指導してみせる」


 伝えてみるが、ますます怯えて話にならない。

 何か涙まで出てるのだが。


「……」

「あの、イリ」


 一応確認してみる。


「これ、歌唱スキルを鍛えるための訓練だぞ」


 イリは固まった。

 その後この世の終わりのような表情で、顔を真っ赤にしていた。






「あっははははは!」

「そこまで笑うなよヘティ」


 翌朝ヘティに伝えると大爆笑された。

 いやまあ俺がヘティの立場なら爆笑しているのは間違いないのだが。


「だって、その言い方じゃ絶対勘違いするでしょ」


 目元を拭って「あーおかしい」と笑う彼女。


 まあ実際彼女の言うとおりだ。

 俺はイリにどんな言葉回しを使ったかというと、


「今夜俺のテントに来てくれ、試したいことがある」

「ああ、何も用意しなくて構わない。余り気構えずに来てくれ」

「来たか、イリ」

「不安がらなくてもいい、今日呼び出したのはお前のスキルを鍛えるためだ」

「あ、あまり大声を出さないようにな。どうしても声が出るから仕方ないとはいえ、うるさくし過ぎてはかなわない」

「大丈夫、失敗したって責めないさ。最初は誰だって上手くいかないものさ。だけど、君が一人前になるまで指導してみせる」


 と言った次第。

 これじゃあ、まるで夜の誘いにしか見えない。


「あーあ、イリちゃん可哀想。多分物凄く恥ずかしがったと思うわよ」

「まあ仕方ないだろ」


 そこはまあ自己責任と言うことで。

 俺は別に嘘は吐いてないし。


「ところで」


 ひとしきり笑ってから、ヘティは昨日の訓練について聞いてきた。


「結局イリちゃんとはどうだったの?」

「まあまあ良かったさ」


 昨日、あんなハプニングはあったものの、それはそれ訓練は訓練である。

 イリと俺は歌の練習を何度か重ねた。


 予想通り、鑑定スキルは音楽すら鑑定できるらしく、どこをどう歌ったら表現豊かになるとかを教えてくれる。

 まるでカラオケの採点機能みたいだな、などと身も蓋もないことを俺は思った。


 ただ歌唱スキルの上達は困難だった。

 カラオケの採点機能があったところで歌がすぐに上手くなるわけではないように、あれこれが悪いと指摘されても、おいそれと修正しにくいのが歌声なのだ。

 だが、努力の甲斐あって俺は歌唱Lv.0を取得した。

 イリは後少しで歌唱Lv.1だ。


「あいつ素直だし、飲み込みが速いし、悪くないと思う」

「へえ」


 ヘティに伝えると、彼女はまたどことなく人を食ったような表情の笑みを浮かべている。「ご主人様、激しかったじゃない」などと訳の分からない発言までする。


「激しかった?」

「ええ、外までイリちゃんの声が聞こえてきたわ」

「いやそりゃ声出さなきゃ意味ないから」


 そこまで言い掛けると、からん、と槍が倒れる音がした。

 振り返ると、店主用テントの入り口に誰かが佇んでいて、これまたこの世の終わりのような表情を浮かべていたのだった。


「主様……」


 ミーナだった。

 同時に隣で「主様!」とすごい勢いで噴き出すヘティを見て、俺は確信する。

 この女、ミーナに敢えて誤解させるような言い回しをしやがって。


「主様は、私が、お嫌いなのですか……?」


 ふらふらとテントに入ってくるミーナ。足に力が入っておらず、よほどショックだったことが窺える。

 というかイリと一夜過ごす(かなり語弊があるが)のとミーナを嫌いになるのとって関係なくないか。


「いや誤解、俺別にイリとは何もしてないし」

「昨日の夜イリがこっそり主様のテントに入ったことを、何もないと言えるでしょうか」


 何もねえよ。


「声出しの指導をしてただけだ、そもそも俺は」

「声! 私なら指導なんか無くてもきっと声が出ちゃいます!」


 何を言ってるんだこいつ。

 隣のヘティを見ると「最高ね」と笑いまくってる。後で覚えておけ。

 ともかく、俺はミーナにこっそり耳打ちする。


「歌の練習だよ歌の」

「……歌」


 かなりじとっとした視線が返ってきた。

 嘘を吐いてないか疑ってる目だ。


「じゃあ何で夜で二人きりで行うのですか」


 そう言えば正論だ。

 これは単純に俺が悪い。夜まで忙しくしてたって言うのが理由の一つ。後もう一つは、俺が現代日本の生活に慣れすぎていて夜型人間だから、『fantasy tale』の昼型生活と微妙に夜の感覚がずれているってのもある。

『fantasy tale』の世界には明かりもパソコンなども存在しないので、夜はする事がなく寝るのみなのだ。


 俺に常識がなかっただけだ。今度から夜は寝るだけにしよう。


「それもそうだな、今度から昼にするよ」


 今度はミーナは破廉恥を咎めるような口調になった。


「真っ昼間からですか!」

「歌だよ歌」


 漫才じゃねえんだよ。






 ある日の昼のことだった。

 俺はいつも通り受付テントで顧客整理と、過去の資金の動きを洗うという作業を行っていた。


 そんな中ふらっと、誰かが店先にやってきて「やあ、こんにちは」と挨拶をしてきたのだった。


 衛兵長ハワード。

 この間俺との交渉に訪れた人だ。

 彼にはどことなく漂うベテラン感があり、安心して会話できると俺は思っている。


「いらっしゃいませ、どうぞお掛けになってお待ちください」


 俺は作業の手を止め、受付テントの席をハワードに勧めた。


「ありがとう」


 言うなり腰をつく彼は、どことなく疲れていた。

 仕事が立て込んでいたのだろうか。それとも前にふっかけた交渉の結果が芳しくなかったか。


 どちらにせよ、ハワードは客になりうる人間だ。

 机の上を片付けて、すぐに彼の向かい合わせになるように座る。

 隣には念のためヘティを控えさせて完璧だ。

 ここからまたタフな話し合いが始まる、と思いきや。


 彼は相好を崩して微笑みかけてきた。


「おめでとう、一年分の免税は勝ち取ったよ。それと戦闘により怪我した奴隷などもこちらが買い取る話になった」

「本当ですか?」


 確認すると、彼は短く「うむ」と頷いていた。

 もしこれが本当なら中々分の悪くない話だ。


「防具とかに関してはこちらの手持ちの在庫を回すことにした。品質は、まあ君の要求通りになるかは別だが、少なくとも衛兵隊が使っている程度には悪くないはずだ」

「そうですか」


 ありがとうございます、と口にしかけて何とか飲み込んだ。

 交渉で簡単にありがとうございますと口にしてはいけないのだ。

 事実、それ以外の話についてイエスを貰ったわけではない。


「正直ここまで話を付けるのは苦労したんだ」

「そうですか」

「何せ、財務官の奴さん、君らのことをスラム出身の商人だからと軽く見ているようでね」


 言外に苦労を臭わせる彼の仕草を見ると、本当に話を付けるのが大変だったのだなと伝わってきた。

 まあ役所の認識なんてそのようなものだろう。俺なんかスラムの商人は向こうからすれば鼻つまみ者みたいなものだ。


「だから、報奨金が少なくなっていることだけは目をつぶってほしい」

「報奨金が少なくなっている、ですか」


 机の上に紙が提出される。

 そこには、俺の要望がどれだけ受理されたかを示してあった。

 一目みて分かった。


「確かに、そちら方は依頼される立場にあるようですが、この書き方では我々の足元を見てきているように思いますね」

「おいおい」


 そちらは頼み込む立場だというのに、これはどういうことだ。そう軽く牽制を入れたつもりが、ハワードに諫められる。

 彼曰く「別に徴収命令を出してもいい、と脅されたんだぞ」と露骨な釘刺しだ。


 思わず鼻白んだが、何事もないように取り繕う。


「それをもってして足元を見ていると言うのですよ。第一、徴収命令は不可能のはずですからね」

「可能なんだ。これ以上の要求は通らないと思ってくれ」


 流石に甘くない。

 ハワードの堅い言葉に、こいつ普通に交渉慣れしてるな、と俺は思った。


「要求? そちらが誠意をもって接してくださればいいだけの話ですよ。私がしているのは釘刺しです」


 だがしかし、俺も意地という物がある。

 交渉スキルを鍛えるための訓練と割り切って、方便を試させてもらうとしよう。


「釘刺し?」

「ええ。スラムの奴隷、という偏見のせいで、私の貸し出す人材は酷い目に遭うかも知れない。もしかしたら食べ物が与えられないかも、もしかしたら防具も与えられないかも。そういった不公平を生みかねないと危惧した私は、あくまで最低限を保証するようにしか釘刺しをしていないのですよ」


 そう言って俺はハワードに紙を突き返した。


「一部、私の条件が受理されてないようですが、これはどういうつもりですか」

「どういうつもりも何も、飲めない物は飲めないというだけだ。財務官との交渉の結果こうなった」


 ハワードは言うなり、腕を組んでこちらを見やっていた。

 これ以上は何もしない、というポーズらしい。


「嘘ですね」

「何?」


 何っていや嘘だけど。


「財務官を通す必要がある話は、報奨金と免税の話のみです。それ以外は、ハワードさん、あなたの管轄ですよ。私の奴隷への食事や防具、その他処遇などは兵の管理をするあなたの仕事だ」

「兵の管理が財務と無縁と思ったのか?」

「兵の管理はあなたの管轄とは無縁なのですか?」


 大丈夫、俺には財宝神の加護がある。

 そのままハワードに真っ直ぐ言い渡す。


「もう一度言います。私は自分の奴隷が不公平な扱いを受けることを防ぐために条件付けただけです。あなたの管理が行き届いていて、公平ならば、こんな条件無いに等しいのですよ」

「残念ながら、これ以上は徴収命令に訴えるしかないようだな」

「徴収命令に訴えるならば相応の覚悟をお忘れなく」


 一瞬、緊張が走る。

 無言が続くまま、俺は内心でかなり冷や汗をかいていた。

 徴収命令、え、一体何それ。知らないんだけど。

 そう思いつつもポーカーフェイスを保って、むしろ自信ありげに振る舞う。


「……参ったな」


 先に折れたのはハワードだった。


「流石に海千山千の商人だけはある。今回は君の言う要求を飲もう。その毅然とした態度に惚れたよ」

「そうですか」

「次はない。今回はあくまで、スラム出身の商人だというのに大口を叩くものだから、却って見惚れてしまったというそれだけだ」


 釘刺しするねえ。

 ハワードは少し口角に笑みを薄く浮かべて、握手を求めてきた。


「その大口に見合うような商人になることを祈っておこう」

「大口に見合った商人ですよ、私はね」


 一瞬ぽかんとするハワード。


「……はっはっは! 子供かと思えば、素晴らしい!」

「職に貴賤も歳もありませんよ」

「その通りだ!」


 俺はそのタイミングで初めて、ハワードの手を取り握手した。

 大きくてごつごつした手であった。


「よろしく頼む」

「そちらこそ改めて、この条件を全て受理することをよろしくお願いします」

「ああ」


 ハワードとの交渉は、これで締結されたのだった。

 いつの間にか、交渉スキルLv.0が俺に宿っているのに気付いたのは終わってしばらくしてからだった。






「凄かったわ、最早これはったりよね」

「まあな」


 全て終わって、ヘティと反省会だ。

 俺の交渉はどうだったか。彼女に聞くと「面白い」の一言だった。


「本当に徴収命令されてたらどうするのって話よ」

「徴収命令されてたらどうしようかな」

「……本当、もう」


 ヘティは苦笑していた。


「最悪向こうは、町を守るためという名目から、各商人からある程度の徴発が出来るの。そういう法律があるの」

「へえ」

「……あのねえ」


 口調は呆れ返っていたが、しかし彼女の信頼度ゲージを見てみると、何故か四〇%に急増している。

 それだけ俺の交渉を評価してくれたということだろう。


「まあ、知らなかったとはいえ機転の回し方は悪くないと思ったわ」

「機転? ああ、徴収命令を行うなら相応の覚悟を、みたいな奴か」

「本当、相応の覚悟って何よ」

「さあ」

「さあって……」


 あ、信頼度ゲージが三九%に減った。


「でも、オアシス街の商人には同様の交渉カードがあるだろうと俺は睨んでいるよ」

「そうよ、あるの。徴収命令に対抗するカードはある。商人ギルドの力を借りればいいの」

「へえ」

「……もう」


 あれもしかしてヘティってとても面倒見がいい奴なんじゃないだろうか。

 俺みたいな無知な人間にいろいろ教えてくれるとかこのお姉さんすごくいい人だと思う。


「お前、いい女だよ本当」

「どう致しまして、ダメなご主人様」


 信頼度ゲージが四〇%に戻ったところで、俺は作業を再開した。

 商人ギルド、あまり調べてなかったけど、そろそろ詳しい話を調べる必要があるな。

 次にやることリストに、商人ギルドについて調べることを追加して、今日の仕事を再開した。






 商人ギルド。

 それはオアシス街の商人が自分たちの権利を守るために作った同業者組合。

 組合員は一定のギルド会員費を支払い、ギルド会員としていくつか掟に従うことを約束される。


 その代わり、ギルド会員になった商人はギルドから手助けを受けることが可能になる。

 例えば蚤の市に参加する手続きや、街中でトラブルに巻き込まれたときの弁護人の用意など、そういった場面でギルドの名前を出せば、身分証明の手続きをすっ飛ばせるのだ。

 ギルド会員であることそれ自体が商人の身分証明、ステータスになっている。


(良いことずくめ、というよりはそもそも、オアシス街はギルド会員でない商人にとって、ずいぶん不親切な街だな)


 俺は商人ギルドの役割の大きさを改めて思い知らされた。

 ギルドの会員でありさえすれば、オアシス街での諸々の面倒な処理を一括して行える。


 それは大きな魅力だ。

 納税の面倒な手続きや、新しい屋台の使用申請なども、全てここで受け持ってくれる。

 困ったときはまずギルド。そう言う風に手広く問題解決に力をかしてくれる存在。それが商人ギルドなのだ。


(というかこんな存在あるならば真っ先に調べるべきだった)


 自分の短慮と知識のなさを呪うばかりである。

 こんなギルドがあるだなんて、マルクもヘティも教えてくれなかった。


 俺は内心溜め息を吐いた。

 まだまだ自分は半人前である。






「次、二三番でお待ちのトシキ・ミツジ様」


 受付から名前を呼ばれ「はい」と返事をする。

 自分の番号と名前を呼んだ受付嬢に案内されるまま、目の前の席に座る。


「こんにちは、本日のご用件はギルド会員入会手続きということでよろしいでしょうか」


 滑らかな対応。きっとマニュアル化されているのだろうなと思いつつ「はい」と答える。


「ではこちらの空欄に必要なことをご記入下さい」


 差し出される手続き書を見る。

 どう空欄を埋めたらよいのか一瞬戸惑ったが、隣にいるヘティに「何かあったら教えてくれ」と一声かけて、自分でとりあえず埋めていくことにした。


 どうせミスがあったら書き直せばいい。

 その程度の軽い気持ちで空欄を埋めていく。


「あの」


 ふと目の前の受付嬢がこちらに目線をやっているのが分かった。

 物珍しそうな表情だったので「何か」と聞いてみる。


「いいえ、もし何か分からないことがございましたら、遠慮なく仰せつけて下さい」

「分かりました」


 どうやら俺があんまり質問もなしに手続き書を埋めていくので、疑問に思ったらしい。

 となると俺のようにさらさら埋めていく人は珍しいのか。


 俺がこういう手続きにこなれた人のように見えただろうか。

 実は鑑定スキルの詳細検索オプションにより、どういう意味なのかを細かく解説してもらっているだけである。

 本当に便利なスキルだ。


「こちらでよろしくお願いします」


 程なくして手続き書は埋め終わり、受付嬢へと手渡された。

 ヘティを見れば、彼女は特に何も注意することはなかったようで、ただ俺に微笑みかけているだけだった。

 信頼度ゲージは四二%を記録している。二%上がったか。


「はい、では手続きをして参りますので、少々お待ち下さい」


 受付嬢はそう言い残して、手続き書を抱えたまま奧へと消えた。


(ヘティの信頼度が徐々に上がっているのは、俺が仕事のできる人間だと認められつつあるから、ということか)


 そう言えばヘティたち高級奴隷とは、マルクの立場を乗っ取るまではあまり面識がなかった。

 ほぼ初対面みたいなものだ。

 そりゃまあ当然、信頼なんか無いに等しい状態だというわけだ。


 それを考えると、今信頼度にして四二%も信頼してくれてるヘティは貴重な存在なのではと思える。


「そう言えばヘティ」

「何かしら」


 周りを見渡して観察していたヘティは、俺が声をかけるとすぐにこちらに顔を向き合わせた。


「ヘティは他の高級奴隷とは仲良くやってるか?」

「……難しい質問ね」


 何のことはないただの世間話のつもりだったが、彼女の表情は微妙であった。

 別に仲良くもないが悪くもない、というところだろうか。


「見ての通り、て所かしら。エルフの子(ユーフェミア)は相変わらずプライドが高いし、セイレーン(ネレイン)の子はめそめそしてるし」

「辛辣だな」


 返ってきた答えはシビアなものだ。

 どれも彼女らしい端的な人物評価で、多分正鵠を射ているのだろう。


 高級奴隷は他に二人いる。


 エルフの子は確かに、プライドが非常に高く感じられた。

 鑑定スキルの心理グラフで見てみると、常に彼女は怒っているのだ。

 ではエルフと言う種族がプライドが高いのか、と言われるとそうでもない。

『fantasy tale』の設定でいうと、確かにプライドは高いが、むしろエルフは温和な一面も持っている。

 これはあのエルフの子の特有の性格なのだろう。


 セイレーンの子は確かにかなり悲観的だ。

 イリによく似ている。奴隷の身になったことを陰でかなり悲しんでいるのだ。

 元がそれなりに高貴な出自なので、きっとそのため悲嘆にくれているのだろうが、些か酷いことを言わせてもらえば「ヒロイック」に過ぎる。


(かなり癖のある二人であることは認めるけど)


 はっきり言うと、あの二人は所詮子供なのだ。

 勝手に奴隷の身として扱っておいて酷い言い草だが、ヘティだけが大人の人間であり、あの二人はまだ精神的に幼く感じられる。


「ヘティも大変だな」

「大変にさせてるのは誰よ」


 隣で「もう、意地悪なご主人様」とか色目を使ってくるのは、彼女なりの茶目っ気だろう。


「あ、帰ってきたぞ」


 奥の方を見ると件の受付嬢が戻ってくるのが見えた。

 姿勢を正して彼女を待ち受ける。


「お待たせしました」


 と一礼をして、受付嬢は目の前に座った。






「これでギルド公認の商人か」

「そうね」


 俺はヘティと一緒に、なるべく急いで店に帰っていた。

 一応留守をミーナに任せているものの、接客技術は俺やヘティの方が上だろう。

 あまり店を開けるのも良くない。


「ついに、一人前の商人か」


 独り言のように呟く。

 何だか、俺はようやく奴隷商人になったのだな、という実感を手にした気がする。

 今までは交渉スキルもなかったし、誰にも商人であることを保証してもらえなかった。ただ、マルクから奴隷を掠めとったこそ泥のような気分でいた。


 しかし今は違う。

 紛いなりにも交渉スキルを手に入れ、ついに商人ギルドに一組合員であることを認められたのだ。


「一人前、かしら?」


 隣を歩くヘティは少しだけミステリアスな表情を浮かべていた。


「私には、ご主人様が最初から一人前のように見えてたわ」


 手放しで俺を褒めるとは珍しい。

 そう思って一瞬立ち止まったが、すぐに声の質を聞いて気付く。

 別に褒めてはいないのだと。


「一人前であると同時に、まだスタートを切ってないようにも見える、か?」

「……うふふ」


 ヘティはあえて明言を避けているように感じた。

 どうなのだろうか。

 俺は何となくだが、彼女が言いたいことが分かるような気がするのだ。


「……俺は、自分のことを一人前だとは思ってないな」


 一人前。

 一体いつになれば一人前になるのだろうか。

 俺は自分が一人前になるためのキャリアプランを考えながら、ふとそう思った。

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