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第十章 ショーダウンまでのキャリアプラン

 貴方はお人形さんみたいね、ヘラ。

 ヘティが親に言われ続けた言葉は、彼女の将来を幾ばくか決定付けた。無意識に心の中に影を落としていたらしいその言葉は、いつの間にか彼女の中に人形を作り上げていた。


 ヘティは笑わない子供であった。

 周囲の子達が無邪気に笑うのをまじまじと見つめ、感情を何も顔に出さない、そんなどことなく不気味な異様さがある子供だった。

 ただ見た目は良く、贔屓目に見ていることを差し引いたとしても、可愛らしく、気品があって、そして美しかった。


 美しいから愛されていたと言えるかもしれない。

 ヘティは親から人形のように育てられた。嫌な食べ物を出しても嫌な顔一つせず、ただひたすら淡々と、親の言いつけを守る、そんな育てやすいようで育てにくい子供。

 親がたとえ理不尽な理由で叱っても、それをまじまじと見つめ返すのみ。全てを見透かすような、あるいは全てを諦めているかのようなその超然とした態度に、親達は親であることを諦めた。

 人形のように愛らしく、人形のように育てにくいなら、人形のように育てるべきなのだと考えたのだ。

 ヘティの養育は全てラミアー家お付の婆たちに任せ、他の子を愛することに決めたのだ。




 ある日、彼女の父が捕まった。母は都合悪く死んでしまったらしい。

 お付の婆は、残された子供達をどうすればよいのか頭を悩ました。幸いヘティら子供達には父方の叔父がいるらしく、叔父がある程度は面倒を見ようという話があるにはあるという。

 ただ、全員は無理、という話で、一部の子供を売り出したいという話であった。そしてヘティはその売り出される子供に決定されたのだった。


 見た目も綺麗で、愛想のない子供である、自然に取捨選択をすればこのようになるだろう。

 元から聞き分けの良いヘティ自身、この決定に抵抗することなくすんなり頷いたので、ほどなくして彼女は『天空の楼閣』なる遊郭に身売りされたのであった。




(お人形さんみたいかしら)


 ふと昔を思い出したヘティは、自然と懐かしい気持ちになった。

 その懐古を通じても、恨みや怒りは特に湧かなかった。たとえ親にあまり愛されなかったという事実でさえ、ヘティの心はさして揺るがされず、寧ろ「愛されなかったことは、子供の頃から知っていた」と悟ったような気持ちでいることすら出来る。


 親を恨む気持ちはそこにはなかった。普通の親よりもやや裕福で、やや距離の遠い親のことを、彼女はそういうものなのだとしか思えなかったのだ。

 結局彼女には親という生き物がよく分からなかったのだ。そして今もなお、分からないままである。


(それでもきっと、許せないものがあると思うの)


 そんな彼女でも、せめて人らしく、という気持ちがそうさせているのか分からないが、一つだけ許さないでいようと思うことがある。

 それは、アルレッキーノが行ったことである。


 ”ほら、これで救われただろう?”


 あの日、父を嵌め、憲兵に捕まえさせたアルレッキーノが語った言葉が、やけに耳に残っている。


 ”お人形さんから人らしくなれる、自由に生きることが出来る、お前はもう自分で人生を歩めるのだよ”


 その言葉を聞いた時に、ヘティの心の中には、許せないという言葉が浮かび上がったのだった。

 正しくは、許してはならない、という言葉のほうが近い。連れて行かれる父の無力な背中と、涙を流す母の姿を見たヘティが漠然と思った言葉は、「アルレッキーノは幸せになってはいけない」という不明瞭な気持ちであった。

 救われただろう、人形から人らしくなれる、その言葉がヘティの空っぽの心の中に、受け入れがたい拒絶感を催させたのだ。


(――私は人形なのかしら?)


 自問自答するが、答えはない。






「いらっしゃいませ、お客様。どうぞテント内に椅子が御座いますので、お座りになってお待ちください」


「……ほう、徹底されているな」


 奴隷商人の店「人材コンサルタント・ミツジ」に足を運んだアルレッキーノの第一感はそれであった。

 徹底、アルレッキーノの好きな言葉である。何故なら徹底を放棄した物事の結果は、所詮運命の気まぐれであり、事象の因果を推定できないものだからである。

 言葉を換えるなら、アルレッキーノは、偶然、及びそれに準ずる物を嫌っていた。

 人間、何に殺されるのか分かっておきたいものだ、とアルレッキーノは考える。


「恐れ入ります。……主人をお呼びいたしますので少々お待ちください」


 丁重に頭を下げるなり、すぐさま主人を呼びに向かう聡い獣人の娘を眺めながら、アルレッキーノは、彼女がミーナか、と小さく笑った。

 ミーナ・セリアンスロープに転生の儀はいつでも施せる。

 もしもそれを嫌がるのならばこちらの要望を飲んで貰う他ない、というのがアルレッキーノ側の交渉カードの一つである。


(……やはり、あの時トシキ・ミツジを独立させるという俺の判断は間違っていなかった)


 アルレッキーノは胸中でそう独りごちた。

 彼が奴隷商マルク・ドレーシーを始末した事実は早い段階で掴んでいたが、何分証拠がなかった。

 指と顔を岩で潰され、どこで買ったのかも分からない布でくるまれた身元不明の死体が発見されたという事実のみが存在するだけで、そこに法的な証拠は存在しなかった。


 しかし、アルレッキーノならばこれに介入できた。

 そもそも娼婦ヘタイラ・ラミアーはアルレッキーノの奴隷であった。何かしらの理由を付けて、その時すぐにちょっかいをかけることだって出来たのだ。

 敢えてそれをしなかったのは、アルレッキーノの判断だ。物事には時運というのが存在する。今はその時ではない、というわけだ。


 アルレッキーノには運命を嗅ぎ取る力があった。

 だからこそ、トシキ・ミツジを独立させたのだった。


「お待たせしました、中にどうぞ」


「感謝するぞ、ミーナ・セリアンスロープ」


「……はい」


 何故名前を、という微かな動揺を確認したアルレッキーノは、それで満足し、そのままテントの中に足を踏み入れた。

 いわゆる商談テント、という奴らしい。上等な飾り物や香、そして冷やされた飲み物まで用意されているという心配りに、アルレッキーノは、なるほどこの店は成功するわけだと納得した。

 費用はおそらくそこまでかかっていないだろう、何故ならトシキ・ミツジはそれらを安く買うことが出来るぐらい目利きが出来る人物だからだ。


 その例のトシキ・ミツジは果たして奥にて待ちかまえていた。


「いらっしゃいませ、アルレッキーノ・"ラッキー"・フォルトゥナート様」


「これはこれは、丁寧な挨拶痛み入る。トシキ・ミツジ」


 油断のない奴だ、とアルレッキーノは直感した。

 百戦錬磨という訳ではないが、小動物のような警戒心と、小動物と一言では片づけられないその特殊技能、相まってどことなく漂う鋭利な危険性がそこにある。


 そしてその横に、一人見知った女がいる。


「……ヘタイラ・ラミアー、元気にしていたか?」


「……、無事平穏に毎日を過ごしております」


「は、敬語は抜きにして構わないさ。昔の馴染みだ、そうだろうヘタイラ・ラミアー?」


 相変わらず張り付いたような無表情の笑みに、アルレッキーノは一人内心で面白さを感じていた。

 更に上手になっている、というのがまた滑稽で、本物の柔和な笑みとぱっと見では何一つ見比べが付かないのだ。


「上手になったじゃないか、人らしくなったものだ」


「……アルレッキーノ様も、最近はいかがお過ごしでしょうか?」


「話を逸らすな、俺をまっすぐ見ろ、俺は敬語を抜けと言ったんだ。そして俺は、上手になったと言ったんだ。分かるな?」


「……そうね。じゃあ、敬語を抜いて話すわ」


 言うなり彼女の笑みの質が少し変わり、やや表面的な部分がなくなった。しかしそれはより親しくなった、という意味ではなく、むしろ真反対であるように思われた。

 対外的な親しみが少し感じられない、つまりは昔のヘタイラ・ラミアーの笑い方である。


「おや。お客様はどうやらうちのヘティと面識があるようで。さて、立ち話も何ですし、どうぞ席にお着きください」


「トシキ・ミツジか。……俺はヘタイラ・ラミアーと話をしている。お前とは話をしていない。分かるな?」


「ええ。存じております。しかし一言申し上げますと、立ち話ではお話も立ちゆくものではございません、そうなればお忙しいアルレッキーノ様の時間をさらに損ねるものです。私どもは心より、アルレッキーノ様と有意義な時間を過ごしたいと考えておりますので」


「よく回る口だ。その分頭を回せ。俺はヘタイラ・ラミアーと話がしたいと言っているんだ」


「恐れ多くも、うちのヘティは貴方が立ちっ放しのまま長く話に興じることを気に病んでいるようです。どうぞ楽になさってください」


「気に病んでいるようです、か。……は、助け船にしては露骨だな、トシキ・ミツジ」


 アルレッキーノとヘタイラの間に入ったこの商人トシキ・ミツジは、どうやら人の心を読む力にも長けているらしい。

 表にこそ出さないがヘタイラは、アルレッキーノを目の前にしていることで平静を失っている。そのまま話が続く前に、一旦トシキが会話を切るために間に入ったというわけだ。

 言葉遣いがやや慇懃無礼なきらいがあるのも、助け船を出すために仕方なく、という訳だろう。


「では、助け船ついでに一言お許しください」


 悪びれもしないで彼は続けた。


「あなたはマレビトでしょうか、アルレッキーノ様?」

 

「……は、失礼な男だ」


 思わずそれしか言葉が出てこない。アルレッキーノは笑みを止められなかった。

 失礼を悪びれもしないのは、きっと、アルレッキーノに勝負を挑まれた時点で逃げ場がないと悟ったから、ならばいっそ開き直った方がいいという思い切りの良さが伝わってくる。

 それに、今更好感度を気にするような小物よりも、こういった態度の人物の方が、アルレッキーノには好感が抱けるというものだった。 


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