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1.母親までのキャリアプラン

 一ヶ月も過ぎると、蚤の市の喧騒もどこへやらという落ち着きぶりであった。

 やはり三〇日近くも経つと、もうどこにも祭り独特のあの『皆と一緒に行事を楽しもう』という浮かれた空気はなく、オアシス街は普段通りに戻るわけである。


(蚤の市最終日、あれは面白かったな)


 蚤の市最後の日は、オアシス街中央での踊りの祭典があり、光虫による光のアートショーがあり、拳闘最強決定戦があった。

 踊りの祭典に関しては、うちの奴隷からは誰一人も出なかったが、多分出てたら良いところまで勝負できたのではないかと思う。優勝したのは生粋の踊り子だったが、スキルは舞踊Lv.3となんとミーナと並んでいる。「いやあ、私じゃとても」と謙遜するミーナだったが負けてはないと思う。

 光のアートショーは、ネルが「綺麗です! ええ!」とひとしきり感動しっぱなしだった。何かヤコーポの口調が移っていた。

「虫、燃えている?」とイリはゴブリンのおばあちゃんのステラに聞いていて、ステラは優しく、燃えてませんよ、と教えていた。その光景が微笑ましくて、少しだけ印象に残っている。

 拳闘は準決勝が面白く、何と、ハワードとキャシーちゃん(女オーガ)による大接戦。結果はキャシーちゃんの勝利。

 残す決勝戦は、キャシーちゃんと森熊の旦那による一騎打ちで、辛うじて森熊の旦那が優勝した、という次第だった。


(一ヶ月経ったんだなあ……)


 一ヶ月。一応変化は色々あった。


 トシキさんのお店で働けて、僕は本当に幸せでした。

 そう語ってくれたルッツはもう、今は立派に森熊の旦那の店で従業員をやっている。

 周囲からの抵抗はなかったのか、というと予想より少なかった、というのが答えだ。

 そもそもルッツという魔族が料理を露店販売している、という事自体が結構色んな人に知れ渡っていた。やはり物珍しかったらしい。

 そんなルッツが、細かいことを気にしない客ばかりの森熊の旦那の店で働いたところで、というのが実態なのだろう。目立った反感はなく、むしろ好奇心で店に足を運ぶ人が増えたとも言える。

 無論、魔族が料理をするということで余り気を良くしない人もいるのは事実だ。単純に好調なスタートだからといっても、目に見えないところで何か不利益があるかもしれない。もしそうなれば、アフターケアは俺の仕事である。

 しばらくは俺も森熊の旦那の店に足を運んだり、噂に耳を傾けたりする予定である。


 俺はというと相変わらず人材派遣みたいな奴隷商みたいな中途半端を続けていて、今はというと商人ギルドに「あのトシキ」みたいにちょっと話題にされたぐらいだ。やはり、ルッツの露店の利益(彼は、未だに月二程度で手伝ってくれる)や人材派遣などで儲けを出す曲芸的な経営スタイルはちょっと目立つみたいである。

 ちなみに魔法も火、水、風、聖霊、一通りを習得したので、そういう意味でも曲芸は可能である。


 ヘティは相変わらず大人で綺麗な副店長、という立場にいる。奴隷たちを世話して取りまとめる立場にもあるため、彼女がいなくては俺は経営に苦労するだろう。彼女の仕事をそれとなくユフィ、ネルにも手伝わせて勉強させてはいるものの、しばらくヘティは絶対に手放せないだろう。


 ミーナは変わった。

 そろそろ冒険者業としてデビューしようと言うことで、先に冒険者になっていた先輩奴隷たちを捕まえて、今は砂漠の遺跡を探索している最中だという。

 多分アリオシュ翁のちょっとした気配りだと思うのだが、ギルド専属冒険者からカイエンがしばらく派遣されて、一緒に砂漠の遺跡を探索することになったのだそうだ。ミーナも新米だし、カイエンも冒険者としては経験者だが専属冒険者としては新米ならばこそ、難易度の低い砂漠の遺跡探索を任せるのにはちょうど良い肩慣らしになると考えたのだろう。

 大変心強い、あの男ならばミーナを任せられる。


 そして、残すはイリだが。


「……卵?」


「ん」


 いや、ん、て何だよ。

 凄く普通にはいと受け流すイリの手には抱きかかえられた卵がある。

 当然のごとく鑑定をかけて調べさせてもらうが、どうやらガルーダの卵らしい。何故に今イリがガルーダの卵を抱えているのだろうか。


「夢を見た。この命を、授けると。育てなくては、ならない」


 大事そうに卵をさするイリ。これは一目見てわかった、慈しみという奴だ。彼女は今、夢のお告げだかで与えられた卵を慈しんでいる、本気で。


「そうか、育てなくちゃいけないのか」


「はい」


「……」


 どうするべきか。俺の頭の中にふと思いついた仮説が、もしかしてこの卵は盗品なのではないのかというもの。至極現実的にあり得る話で、そして想定できる範囲では好ましくない仮説だ。

 ヘティもまた、まず同じことを考えたようだった。


「もしも盗品だった場合はとてもややこしいことになるわ。……でも一体誰がこんなことしたのかしら、見当が付かないわ」


「俺もオアシス街とかスラム街の知ってる限りの店を思い返してみたが、全く心当たりがない」


 ガルーダの卵を食材や美用品として扱う店はなくはない。だがその店の人間がガルーダの卵を俺の店の前に置いておく理由がわからない。

 が、念のため、遺失物横領の罪には問われないように一応書類をしたためて商人ギルドの下へと相談する。商人ギルドの解答は、「問題なし、その卵は貴方のものです」とのこと。

 横領の証拠がない限りは、遺失物横領の扱いにはならない。それでも心配ならば商人ギルドが管理をする。ということらしい。


「ちなみにそのガルーダの卵を扱っている店も、別に盗難届とかを出しているわけじゃないみたいだ。だから、この卵はその店のものじゃないってこと」


「……自動的に私たちのものになるってことね。出自が分からない卵なんて不気味ね」


「ああ。厄介ごとに巻き込まれたくないから早く商人ギルドに預けたいんだが、まあ、あのイリの様子だとな」


 俺はイリを見た。全く大事そうに抱えている。


 正直俺からすると、捨てたい。

 毎晩うちの奴隷に夜警させているにも関わらずその目を逃れてイリに卵を置いておく、だなんてにわかには信じられない手口で預けられた卵なのだ。寝ているとはいえ俺も気配察知Lv.2になった人間だからその警戒をくぐるとか何者だよとか思う。

 絶対ろくでもないものに決まっている。と思うのは心配のしすぎだろうか。


 爆発物や毒物でないことは鑑定スキルで確認済みだ。普通にガルーダの卵だったのでえらく拍子抜けした。

 出所も詳細検索して、この砂漠の近くだと判明。ミーナの向かっている砂漠遺跡らしい。あの遺跡のガルーダの卵、とまでは分かった。


 考えられる線は、夜警の目や俺の気配察知スキルをかいくぐる程の素晴らしく腕の立つ冒険者による悪戯。何だそれは、という話だ。


 考え過ぎなのか。そうじゃないのか。

 今しばらくは結論が出ない。イリの気持ちも分かるので、ちょっと気が引けるところではあるのだが。


「なあイリ、俺思うんだけどさ。もしも本当のお母さんが卵を探してたら、そのお母さんが凄くかわいそうじゃないか? 生まれてくる子供だってかわいそうだと思うんだ。……だから、お母さんが見つかるまでは商人ギルドに預けたいんだ」


「……それは、卵が、死ぬ。嫌です」


「……そうか」


 子供相手の交渉はひどく難しい。かわいそうだという感情論に訴えるのがベスト、そう思って交渉スキルLv.2(成長した)まで活用したのにこの有様。よほどこの卵を育てたいのだとみえる。


 後は友人たちなどの説得を試みるしかないのだが。


「ユフィ、ネルはどう思う?」


「……問題ないと思うけど。横領に問われる可能性はまずなさそうだもの。証拠がないし」


「えっ、で、でも勝手に卵を孵したらダメだと思います。ガルーダのパパさんがあらぬ疑いをママさんにかけてしまいます……」


 ユフィはもう早い段階で諦めていた。現実的な解答である。そしてネルは、どこの世界にそんな昼ドラ繰り広げるガルーダがいるというのか、という心配をしていた。斜め上の心配癖は健在なようだ。


「ステラは?」


 問いかけるも彼女も首を振っていた。どうやら試したらしいが無理だったようだ。


 残るは俺だ。


 後は俺が強制命令を出せば、奴隷は否応なしに従うしかないだろう。奴隷刻印に命じれば激痛とともにイリは俺に従う。

 だが、その気は起きない。その必要性を余り感じていないからだとも言えるが。


(確かに、どこをどう無理やり解釈しても、俺がガルーダの卵を横領したという証拠なんか作れない)


 よほどの貴族になら可能なのかも知れないが、それぐらい強い貴族ならばこんなガルーダの卵を使う回りくどいやり方よりも、もっと素早く俺をしょっぴけるはずだ。

 もっとも、商人ギルドに在籍している俺をそんな強制的な力でしょっぴくのは並大抵の労力ではないことも申し添えておく。


「……まあいい。イリ、しばらく様子を見よう。その後に然るべき措置を命令する。……それでいいか?」


「……ありがとう、ございます」


 頭を下げながらも卵を抱えたままのイリを見ていると、少し微笑ましい。

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