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18.

 蚤の市六日目、夕方から夜にかけて。

 程良く飲み騒いだ劇団の人たちから少しだけ離れて、今マリエールは郷愁に似た何かに耽っていた。


 打ち上げでは、ヤコーポが「劇団員の皆さん! 我々のオペラ公演が成功したのは全て皆さんのおかげです! ええ! ここでささやかながら皆さんの努力をお祝いしたいと思っております! ……そして、さらに! この度新しく劇団員を招き入れることになりました! 彼女の歓迎も兼ねて、盛り上げましょう! それでは皆さんグラスを拝借! 乾杯!」と長々と口上を述べていた。

 そこから始まる宴会騒ぎ。

 ただ、顔に傷のあるマリエールが怖いということもあってか、劇団員とは恐る恐る、つかず離れず、という交流で宴会が進んだのだった。


(でも、仲良くしようと言う気持ちは伝わってきたから、悪くはなかったわ……。きっと、時間が経てば打ち解けられると思う)


 ただ、今しばらくは劇団に受かった、長年の夢が叶いそうだ、という感動をかみしめていたい。

 だから、マリエールは宴会が終わって、出発するまでの少しばかりの自由時間をこのように感傷に浸るための時間にあてたのだった。


 周りのみんなと同じように荷物の整理をすればいいのだが、あいにくマリエールは既にそれを済ませてしまっていた。直前までオペラ公演があって衣装などを整理し切れていない他の劇団員と違い、マリエールはまだオペラ公演そのものには出演してないのでその分時間が余っていたのだ。


 星を眺めてみよう。

 夜の砂漠を見てみよう。

 そんな風に、新しい門出の記念の景色を目に焼き付けたいというセンチメンタルな感情がどこかにあった。


「なあ、お一人様かい?」


「……カイエン?」


 ふと背中から掛けられた声に気付くマリエール。最近聴いたことのある、しばらく昔に聴いたことのある声。


 やられた、とマリエールは思った。

 そもそも最後の記念の景色を目に焼き付けようというのはトシキの提案であり、「夜のここから見える光虫の群は幻想的ですよ」と場所まで指定されたのだ。

 何かあるとは思っていたが、こう来るとは。


 向こうもなんだかぶっきらぼうに「いや、俺もはめられてよ、皆で追い出しのお祝いするからとか言うからよ」と所在なさげであった。


「何かトシキの旦那、少し遅れるってよ。リザード便には間に合うけど今店の片づけが忙しいから、みたいなこと言ってたぜ。……十中八九嘘だがな」


「……困った人ね」


「ああ、あれで気を利かせてるつもりらしい。いや気の利かせどころおかしいだろ……」


「ふふ」


 突然笑い出したマリエールに、カイエンが無い眉をひそめていた。


「いえ、何でもないの。貴方もそんな顔するのねって」


「まあな」


 目の前のリザードマンは多分心の中で、自分がいかにも滑稽な奴に思われていたんだなと思っているに違いない。佇まいを正していた。

 たがマリエールはそんなことを言いたかったわけではない。あの、激昂に吼えていたカイエンが表情豊かなことを再確認した、というだけのことだ。


「そういえばよ。……名作劇団、受かったんだってな」


「あら、知ってたのね」


「まあよ。おめでとうさん」


「ふふ、ありがとう」


「夢、叶ったじゃねえか」


 ぽつりと呟く彼は、どことなく誇らしげな感じだった。


「ええ。でもまだ叶ってないわ」


「ん、そうか」


「夢はね、歌姫になって、世界を感動で塗り替えることなの」


 感動が私を癒してくれるその日まで。その台詞は胸の奥にしまって。


「……そうだったな、まだまだ先頑張らなきゃいけないってか」


「ええ、だから」


 だから。


「カイエン、私踊るわ。世界を感動で塗り替えるまで、きっとずっと」


「おう。良いじゃねえか」


「……カイエンとは、さよならね」


「まあな」


 カイエンもまた、口角を上げて答える。


「俺も、ギルド専属冒険者になった。様々な支部に派遣されるだろうよ」


「そうなの、エリートじゃない」


「よせよ、どっちかって言うと裏方みたいな方だっての。……まあよ、しばらくはそうやって定住せず、むしろふらふらと冒険者してるだろうよ」


「へえ、そうなの」


「色んな支部に派遣されるのって、やっぱ嫌がる冒険者も多いからな。俺みたいなのは結構色々飛ばされそうだぜ。家族もいねえ独身で、まあまあ若くて、荒事得意の種族で、みたいな」


「ふふ、頑張らないとね」


「ああ」


 遠い目をして言うには。


「昔な。旅しようぜ、って言ってくれた阿呆がいてな」


「……」


「そいつ、阿呆だからよ。俺が土産話いっぱい持って帰らないときっと怒るんだ」


「……そう」


「冒険者になって、色んな場所見て回って、自分の名前を残してやって、みたいな。そういうことって少し誇らしいしワクワクしてしまうんだよ。やっぱ俺は冒険しなきゃ駄目だわ」


 こちらに向き直るカイエンの瞳は、穏やかだった。


「だからよ、マリエール、俺は旅に出る。二つ牙の名前とクラッドの名前をちょっとばかり有名にしてやらねえとな。阿呆の相棒へのせめての弔いさ」


「へえ」


「リザードマンの寿命は長い、きっと俺はそこそこ冒険者出来るだろうと思ってるのさ」


 肩をすくめるカイエン。

 彼の相棒はきっと今もクラッドなのだろう。きっと彼なりにどこかで折り合いは付けているのだろうけれども、その上で彼の割り切れない部分が彼をそのままに生かしている。

 愚直な人だと思った。


「なあ」


 そんなとき、カイエンが目の前を指差した。


 光虫。

 オアシスの泉を中心に小さな茂みがあって、そこから飛び交う数多の光虫が綺麗に踊っていたのだ。


「綺麗」


「ああ」


 幻想的な景色を目の前にして、マリエールはしばらく見惚れる。光虫の作る揺らぎの光条が、無造作に生まれては消えて、こんな綺麗な光景があったのかと思うほどであった。


 ――お前も綺麗だよ、いつか救われてくれよ。


 そんな言葉が隣から聞こえた気がした。

 真顔に戻って隣を見た。

 カイエンは何も言わなかった。気のせいなのだと思った。


「なるほど、こりゃ良い景色だ」


「……そうね、どうしてわざわざこんな場所を指定したのかって気持ちも分かるわ。とても綺麗だもの」


 もう一度光虫を見た。

 神秘的な光景。

 この一つ一つが生きる命なのだと思うと、何か大いなるものを目の当たりにしている気がする。

 マリエールの心の中にある言葉が思い浮かんだ。

 感動は素晴らしい。

 そう、きっと感動は素晴らしいのだと思う。今まさに素晴らしいと思っているのだから。






 * * *






 結局。


 トシキたちは遅れてやってきた。本当にリザード便がそろそろ出発する、という頃に慌ただしくやってきて、マリエールは苦笑してしまった。

 何でも、色々餞別のプレゼントを見繕ってたら思ったより時間がかかったからだという。


 渡されたプレゼントは、高価なアクセサリだったり、ちょっとお洒落なスカーフだったりと、まるで歌姫が普段身につけているようなものばかりで恐縮だった。

 合計で多分金貨一枚程度かかったのではないかと思うほどだった。「鑑定してお得どころを揃えたのでそこまでではないですよ」などというトシキが怪しい。


 リザード便の出発が差し迫って、マリエールは最後にお別れを挨拶した。

 あの三人の小さなお姫様たちは、一人ネルという子が泣いていて、それをなだめる二人、といういつも通りの光景で安心した。

 ルッツというオークの子は、頑張って下さい、と頭を下げていた。握手をしようと手を差し出すと、僕オークですよ良いんですか、と戸惑いながら、でも握手をしてくれた。

 トシキはお達者で、また帰ってきて下さい、なんてことを言っていた。一五歳というのに、最後まで年下らしさというものを感じなかった。


 カイエンとは、手を合わせて、一言二言交わした。

 きっとお互いにこれで離れ離れ。この男には、感謝の言葉しかない。

 とても長い時間のように感じられた。けれども、時間はすぐに来た。


 リザード便が砂漠を走るとき。

 カイエンがあばよ、と手を振っていた。私もそれに倣って手を振り返した。


「……どうされましたかな」


 ヤコーポは、マリエールの異変に気が付いたらしい。

 言葉数が少なく、先ほどから無言のまま。

 どうやらしっかり観察されていたらしい。

 マリエールは、いえ、と返した。

 思ったより湿っぽい声だったので、自分の声に驚いた。

 どうやら我慢できなかったらしい。


「……星が綺麗ですな。しばらく空を見ることにします、ええ」


「……はい」


 今のうちに泣いても気付かないふりをしよう。

 ヤコーポはそう言外に言っていた。

 それに甘えることにする。

 マリエールはしばらく、肩を震わせた。


 最後にカイエンと交わした会話を思い返す。


 生きててありがとよ、マリエール。じゃあな。

 ええ。貴方も、これからも生きて。カイエン。


 短い会話だった。

 そこに、万感の思いが込められていた。

 生きていてありがとう、だなんて。

 あまりにも優しいと思えて。

 ――死にそうな時でも感動すれば、生きようと思うのです。

 そんな台詞が脳裏をよぎった。

 きっとこの先死にそうなことがあっても、生きていけそうな気がした。


 だ生きててありがとよ、マリエール。じゃあな。


「貴方もありがとう、カイエン。じゃあね」


 思い返しながらマリエールは、静かに涙を拭って、リザード便に揺られて砂地を往くのだった。

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