第四話~第六話
「……お邪魔だったかしら」
「……お気になさらず」
ヘティとミーナ、二人の微妙に気まずそうな空気の中、俺は居心地が悪かった。
何と言えばいいのか分からないが、こういう色恋的なものは雰囲気が重要なのだ。
さっきまで折角ミーナと雰囲気が良かったのに、何だか水を差されたような気がしなくもない。
いや別にヘティは何も悪くはないのだが。
むしろ俺が席を外している間に手紙を校正してくれたというのならば、俺はヘティに感謝しなくてはならない。
「それでご主人様、言っちゃ悪いけど私が代筆した方がいいと思うの。私ならばもう少し綺麗な文字で書くことができるわ。いかがかしら」
なるほど、それはいいかもな。
そう返そうと思ったが、隣のミーナが一瞬だけ怪訝そうな顔つきになり「言葉遣い」と呟いた。
「ヘティさん。貴方もトシキ様の奴隷にあらせるはず。ならば主人のトシキ様には敬語を使うべきではないでしょうか」
「あら、ご主人様がお望みとあらば敬語でも宜しくてよ。ね、ご主人様?」
ヘティのからかうような笑み。
俺は彼女がこの状況を楽しんでいることに気づいた。
「ああ、敬語は無理強いしない。他の奴隷に示しが付かなくなるならともかく、この程度ならば問題ない」
「あら、懐が広いのね、ご主人様」
ヘティは微笑んでいるが、その態度がミーナの癇に障ったらしい。
彼女は小さな声で「トシキ様は甘過ぎます」と呟いていた。
「その様子では、他の奴隷も調子に乗るかもしれません」
本当、ミーナは生真面目な奴だ。
彼女の気持ちは分からなくもない。が俺はあえてこのままでいいと思っている。
個人的な思いなのだが、敬語を使われ慣れてしまうと、俺が驕ってしまうっていう恐れもある。
なので俺は敬語を強制はしない。
それに、俺は甘くはない。
「甘くはないさ。ヘティにはその分働いてもらう」
働いてもらう、というのは簡単。俺は「はい、帳簿」とヘティに顧客帳簿を手渡した。
意図をつかみかねたらしいヘティは、「どういうことかしら」と俺に聞いてきた。
「顧客帳簿。君も見覚えのある客がいるはずだ」
「……つまり」
「その客がどんな人間なのか、短気なのか礼儀正しいのか、とかを覚えている限り書き込んでほしい」
ヘティの顔が微笑みをやめたのをみて、俺はああこいつも嫌なことを顔に出す時もあるんだなと思った。
「……」
「さあ、そこに座ってくれ」
これでヘティは居なくなった。
ということはつまり、この店主用テントには二人しかいないわけで。
その事実にミーナも気付いたようで、どことなく落ち着かない様子だった。
「あの、トシキ様。ヘティさんにあのようなお仕事を申しつけて良かったのでしょうか」
「ん、ああ。ヘティなら大丈夫さ」
気持ちが落ち着かないので、多分俺との会話を繋げようとしたのだろう。彼女はさっきからどことなく目線が定まっていなかった。
「ヘティは高級奴隷だけど、実はマルクによく仕事を手伝わされていたんだ」
「そうなのですか」
「ああ、だから接客慣れしているし、俺が教えることも少ないだろうと思っている」
答えつつ、俺は布をバケツの水に浸した。
今からミーナの体を拭く。ただそれだけなのだが、ちょっと意識してしまう。
よく考えたら変なものだ。
ほんの数日前まではいつも俺がやってたことだというのに、今お手伝いさんから店主という立場になった瞬間、緊張するというのは。
「あの、トシキ様。宜しければ私が自分で拭きますので」
「いや、気を使わなくていい」
俺はふと、自分の言葉が気になった。
気を使わなくていい。という言い回しは奇妙だ。
よく考えたら、俺がミーナに嫌われている可能性を無視した言い回しである。
本来ならば「そうか、じゃあ自分で拭いてくれないか」と答えるところだ。
そうしないのは鑑定スキルの結果だ。
信頼度の数値、心理グラフ、それらの結果をみて、俺はこうすることを選んだ。
そう、実はミーナは、そこまで嫌がっていないのだ。
「……では、お願いします」
おずおずとこちらを窺うような口調。
俺はそんなミーナの様子を見て、これは丁寧に体を拭かないといけないな、と思った。
「そういえばミーナ」
「何でしょうか」
体を拭きながら、取りあえず取り留めのない会話を始める。
「ミーナは獣人族の巫女なんだよな」
ぴくり、と体を一瞬強ばらせるミーナ。
その表情はどことなく読みとれないものだった。
懐かしい表情だ、これは昔彼女に「巫女なのか」と聞いたときのあの表情だ。
「……それは」
言いよどんでいるその様子で何となく察した。
丁寧に言葉を選んで、その話題から離れようとしているように見える。
「……はい。その通りです」
しかし、意外にも彼女は最終的に肯定したのだった。
「獣人族の巫女って、何をする仕事なんだい?」
「……占いと呪いです」
嘘を吐いたりとぼけたりするつもりはないらしい。
どういう心境の変化なのかは知らないが、彼女は喋ることから逃げようとはしなかった。
「占いと呪い?」
「はい。獣人族にはそれぞれの種族ごとに巫女がいますが、私たちはその種族の未来を占ったりするのです」
そう言って彼女は軽く説明をしてくれた。
巫女の仕事は主に二つ、占いと呪いの二つらしい。
占いというのは簡単で、彼女たちは神のお告げを聞くことで自分の種族の未来を占う。
例えばミーナの種族ならば、槍を使って踊り、神をその身に降ろすのだそうだ。
(だから彼女は槍術と舞踊に優れているのか)
などと思いつつも、俺は次の話を促した。
「じゃあ、呪いって何だ」
呪い。
穏やかでない響きだ。
「……我々獣人族は、様々な種族が一つの草原に集まり、草原の民として暮らしております。しかし、種族の心が一つとは限らないのです」
彼女は語る。
草原の民は古くから、相手の種族を呪う技術を継承してきたと。
その呪術は一種の抑止力だ。
もしもお前が我らの種族に攻め入ったなら、お前たちを末代まで呪うぞ、という分かりやすい抑止力。
「我々はこの呪いを半分信じております。一部の者はまやかしだと言いますが、たとえまやかしであったとしても信じるべきであるというのが我々の暗黙のルールでした」
そう、呪いが本物なのかどうかはどうでもいい。
暗黙の了解として、抑止力として機能すればよいのだから。
彼女の語り口は、そうであればよかったのに、という響きをどこかにはらんでいた。
「……もう一つ、聞いてもいいか」
「何でしょう」
ミーナの口調からある程度予想が付いていた。
だか俺はあえて聞くことにした。
「ミーナが奴隷になった理由ってもしかして」
「……」
「セリアンスロープの種族に他の種族が攻め入ったから、なのかな、なんて」
俺の質問は「……どうでしょうね」という彼女の曖昧な言葉でごまかされた。
それでいいのだ、と俺は思った。
俺の行った改革は地道な活動である。
奴隷の衛生向上、槍稽古の公演による宣伝、顧客への手紙の挨拶、そして顧客帳簿の洗い直し。
どれも大々的ではないというか、センセーショナルさが足りないというか、ある意味どれも長期間続けなくては効果を見込めない、地味な行動である。
(しかしだからこそ欠かせない)
俺はこの行動はいつか実を結ぶと信じている。
地味な行動だから実を結ぶ、という訳ではない。
どれも基本的な定石だからこそ実を結ぶと信じているのである。
定石。
奴隷の衛生向上は、労働環境向上の定石。
槍稽古の公演による宣伝は、話題性と繰り返し性を利用した刷り込み宣伝の定石。
手紙の挨拶や顧客帳簿の洗い直しは、得意な取引先を確保するための定石。
一体誰がどういう理屈から、これを定石としているのかは分からない。
しかし俺は実際に経営する立場になってようやく実感した、恐らくこれらは定石なのだと肌で感じたのだ。
勘、なのかもしれない。理屈では説明できないが、恐らくこれが正しい気がするのだ。
(そして実際に効果が出たじゃないか)
俺はそう思いながら目の前の衛兵長ハワードを見据えていた。
衛兵長ハワードが言うには、戦闘奴隷を短期間だけでも良いので貸してほしい、とのこと。
何でも、近々サバクダイオウグモの巣を潰す必要があるらしい。
「サバクダイオウグモの巣が交易路の側に発見されたらしい。このままでは交易が途絶えてしまう」
「そうですか」
ハワードが神妙な面持ちで語るのは、オアシス街の危機であった。
オアシス街は知っての通り交易で栄えている都市だ。
東に西に南に北に、とにかくどの方向からも人が絶え間なくやってくるホットスポットである。
しかしサバクダイオウグモの巣が現れたことで、その盛況に翳りが出た。
商隊からすれば当然だろう、いつ襲われて商品が台無しになるかと思うと、オアシス街へ訪れるのをためらうというもの。
巣が現れたのは西経路だが、西にあるからといって南や北が安全という訳ではあるまい。
ということで現在、オアシス街に訪れる客足はめっきり減ったのだという。
「それで」
「ああ、だから冒険者ギルドと話を合わせて、討伐隊を組むことにした」
ハワードの表情が思わしくないのは気のせいだろうか。
恐らくだが討伐隊の準備が間に合ってないのだろう。
そう思って「人手不足ですか」と聞くと、彼は我が意を得たりという様子であった。
「その通り、人手が足りてないのだ」
臍をかむような表情のハワード。
彼の様子を見る限りでは、人手さえあれば何とかなるのに、と言わんばかりだった。
サバクダイオウグモはそんなに簡単に討伐できる魔物なのだろうか。試しにヘティやミーナに聞いてみたが「弱くはないが強くもない」という答えを得た。何だそれ。
「討伐のノウハウはある程度我々衛兵隊が知っている。燃える水を投げ込んで火をつけ、弱ったところを襲う」
「なるほど」
「だが、サバクダイオウグモにもしも子供がいた場合、一気に子供が出てくるので地獄絵図になる」
「えっとそれは」
それは巣に火を付けちゃいけないのでは。
そう思ったが「いや、子供が大量に出てきたところで彼らに殺傷能力はない。冒険者が大量にいればどうとでもなる」とハワードは否定した。
「問題は、冒険者の数が足りない場合だ。子供グモを討ち漏らした場合は、それはそれで厄介だ。殺傷能力がないとは言っても家畜は食い荒らす」
「ああなるほど」
「だからなるべくは人手をそろえておきたいんだ。……頼む、どうか奴隷を貸してほしい」
ハワードの話は分かった。
要は、クモを倒したいけど人手が足りなかったら子供グモによる二次被害が予想されるから、人手が欲しい、ということだ。
「しかしハワードさん、ただではお力添え出来ません」
「もちろん謝礼金は用意する。……ただ、あまり多くのお金を期待しないでほしい」
ハワードの表情が思わしくないのはこちらも原因のようだ。
謝礼金が多分、予算的な問題で制限を食らっているのだろう。
俺は今回の仕事、見返りは薄そうだなと感じていた。
「じゃあ謝礼金は少なくても構いません。追加で別の物を要求しても構いませんか?」
「何だ? この私に用意できる物ならばかまわない」
用意できるかどうかは分からないが言うだけはタダだ。
俺は兼ねてより欲しかったものをねだってみた。
「オアシス街での経営権を頂きたいと思います」
「それは……」
オアシス街での経営権。
前店主マルクがついぞ手に入れられなかったもの。俺から見ればかなり魅力的なものだと思う。
オアシス街で経営できるというのは一種のステータスだ。
普段ならば、長年の経営であることもしくは安定した利益が見込めることを証明し、高額の上納金を納めて、オアシス街に進出できる。
要はすぐに赤字を出すような店はオアシス街に入れないようになっている。
その代わり一度オアシス街に出てしまえばそれがステータスになるのだ。
この店は長年のノウハウがありよく利益を出している、ブランド性になるのだ。
交易路を通って訪れる旅人や他国の商隊からすれば、ステータスのある店を利用したいと考えるのが人情。貴族ならばなおさらだ。
それ故にオアシス街の店は自動的に儲けが多くなる仕組みになっている。
「……交渉次第だが」
「それも叶わないなら、せめて一年分の免税措置を」
免税措置とは、単純に領主に納める税を免除してもらう措置のことだ。
今の領主への税率は二割程度、普通に重たいので是非とも減免して欲しいところなのだ。
「……免税措置ならば可能性があるだろう」
ハワードの言葉は慎重だった。
なるほど、ハワードはどうやらこの手の交渉は何度かしたことがあるようだ。領主から渡される報奨金が足りなくて討伐隊を組むのに不足する、だから免税措置など別の報酬で人手を集める。そういった柔軟な対応になれているように見受けられる。
なるほど、免税措置の方がありがたいか。
心理グラフをみてもその程度ならば、という反応である。
ならば、もう少し交渉してみるか。
「条件がありますが、免税措置で手を打ちましょう」
「条件?」
ハワードはやや身を堅くして乗り出した。
「一つ、我々の奴隷は商品です。傷物にしたり死んだ場合は責任を持って買い取ってもらいます」
「……それは」
「これは大前提です。奴隷だから使いつぶしても構わない、と考えているのならば話になりません」
ハワードの言葉が鈍った。
もしかしたら彼は、少しばかり奴隷ならば無理が利くと考えていたのかも知れない。
続けて俺は畳みかける。
「次に、奴隷への食事や装備など、必要経費はそちらが持つこと。我々が用意するのは人手のみです」
「それは、流石に困る」
「我々は困りません」
食事や装備、これらの費用も向こう持ちだ。
こういう費用面については、あらかじめ確認しておかなくては困る。こういう細かいことをなあなあにしておくと痛い目に遭う。
商人は社会立場でいうと弱い存在だ。だからこそこうやって契約を結ぶ際、細かいところまで明文化して自分の身を守る。自分のみを守る。
「正直、交易路にサバクダイオウグモが現れてオアシス街に人がこなくなったところで、我々は困らないのです。むしろ貧困者が増えることで奴隷になる人が増えますから、我々にとってはビジネスチャンスなのです」
「……」
「それをあえてあなた方のために協力するというのですから、装備品の費用などまでこちらに要求するのはおこがましい、とわきまえてください」
俺はハワードに向けてそう言った。
反応はどうだ、と見てみると、ハワードはしばらく真っ直ぐこちらを見ていた。
「他にも細かいところはありますが、契約書を書きますので合意ならばサインをしてください」
「……ふっかけてくるな」
「何もふっかけてませんよ。免税措置はむしろ安い方だし、条件にしたってあなた方が私の奴隷に無茶を要求しなかったら無いも同然。……これをふっかけだと思うということは、あなたがいかに私たちを都合よく使おうとしたのかということの裏返しですよ」
ぶっちゃけ俺はこの交渉を破談にしても良いと考えていた。
だが常識的でない無茶を要求するのは無意味に心証を悪くする。
あくまで常識の範疇で。
しかし相手の心理グラフの動向を見ながら。
「……財務官と相談しよう」
結果的に、ハワードは前向きに検討する旨を述べたのだった。
「……しくじったかなあ」
ハワードが「ではこれで失礼する」と店を立ち去ったとき、俺が思った第一感がしくじったかも、である。
鑑定スキルを使ってヘティとハワードの心理グラフの動きを見て、もう少しいけるかもと思ったら強気、言い過ぎたかもと思ったら弱気に交渉した結果があれである。
個人的な感覚で言うとまあ悪くないかもと思ったのだが、振り返ってヘティを見ると「えらく強気だったわね」とのコメント。
「まるでオアシス街の実力派商人みたいだったわ」
「それは褒め言葉なのか?」
ヘティの言葉は、身の程知らずな要求をしたという意味にも、交渉が立派だったという意味にも取れる。
心理グラフの表示的には後者の意味っぽかったが「さあ、どうかしらね」と両方の含みを持たせる言い回しをしてきたあたり、少しやりすぎたのかも知れない。
「でも、格好良かったと思うわ」
「ありがとう」
よく見るとヘティの信頼度が三〇%まで上昇している。
これは俺への評価をあげてくれたということ。
つまりさっきの交渉はヘティ的には上出来だったということだろうか。
「あまり安請負をすると見くびられるからな、だからこれぐらいは言っておかないとさ」
そう言いながらも、俺は内心余裕がなかったわけだが。
これを言っても大丈夫だろうか、などと相手の顔色ばかりを窺ってばかりの交渉だった。
自分の中では反省しきりである。
(しかし、槍稽古の結果は出たみたいだな。宣伝の方じゃなくて本来の方で)
下級奴隷のテントを見ながら気づく。
連日の稽古のおかげか、槍術スキルの経験値が蓄積されているのだ。
後もう少しでレベルが上がりそうだった魔族の男に限っていえば、槍術Lv.2にレベルアップしている。
(やはり槍術Lv.3という上の実力者に手ほどきされる分、フォームの癖とかが指導されて上達が早くなるのだろう)
下級奴隷たちの成長ぶりは、その指導者であるミーナと比較するとミーナよりも大きい。
それはミーナが他の人の指導にあたる分自分の鍛錬の時間が減るという理由もある。だが、もう一つ理由を挙げれば、彼女は指導してくれる人がいない。彼女自身のフォームのぶれや癖を指摘する人がいない。
(ミーナの槍術スキルも伸ばしたいんだけども)
流石にそれは欲をかきすぎというものだろうか。
しかし俺は内心で、その機会があればなと考えていた。
(さて、槍の稽古に並列させて習わせた、こちらの方はどうだ?)
俺はそう思い、剣術の稽古のほうを見てみた。
剣術の方は、指導者は元冒険者の男カイエン、剣術はLv.2である。
こちらは敢えて剣術スキルの適性がない奴隷にも稽古をやらせている。
全員ミーナの槍稽古と同時期に剣術の稽古に取り組んだ者たちだ。
なので時期的な違いは特にないはずだ。
しかし、成長度合いは明らかに違っていた。
(やはり槍術Lv.3のミーナのほうが剣術Lv.2のカイエンよりも、指導が上手いのか……)
スキル経験値の伸びは、ミーナの指導の方が上であった。
これは単純にミーナの方が指導が上手いのかもしれないが、少しばかり面白い発見であった。
もしかしたらミーナは過去にもっと上手い人に指導を付けてもらっており、その指導の経験を今回の槍の稽古に活かしているのではないか。
その場合、上手い指導者に理論を仕込まれたミーナと、独学で剣術Lv.2まで磨いたカイエンという構図になる。
それならばまあ、ミーナの方が指導が上手くて然るべきだろう。
(後もう一つ、スキル適性がないやつでもスキルが芽生えることはあるようだ)
スキル経験値の伸びの違いは一先ず置いておくとして、俺は剣術スキルLv.0を取得した下級奴隷を見た。
どうやら、スキルというのは絶対的に先天的なものだと言うわけではなく、後天的にも発生する物らしい。
これはある意味大きな発見で、つまり、もしかしたら俺も新しくスキルを身につけられるかも知れないということを示唆している。
(俺が身につけたいスキルは交渉術だ。交渉術を教えてくれる奴隷がいないというのがネックだが、さて)
スキル適性は絶対ではなく、訓練次第でスキルは芽生えるというのなら、それはチャンスだ。
今の俺の立場ならば、奴隷を駆使すれば槍術でも剣術でも、何ならば房中術でさえ取得できるだろう。
差し当たり俺が欲しい交渉術を持っている奴隷がいないというのが辛いところだが、それは仕方ないだろう。
(異世界でスキルチートを目指してみるのも一興だ)
もちろんキャリアコンサルタントを本職としつつ。
そんな詮無いことを考えていたら、いつの間にか剣術の稽古も槍術の稽古も両方とも終わっていた。
「それで、私に槍術を習おうというわけですね」
ミーナがどことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。
ワーキャットの特徴である尻尾が揺れるように反応してるのは、ちょっと見てると面白い。
「まあ、どちらかというとミーナが槍の訓練をしているのを隣で見て、俺はそれを真似するってだけだ」
「いや、しっかり指導しますよ!」
息巻いているところ申し訳ないが、俺は別に槍術を型から習おうというつもりはない。
鑑定スキルで槍の型を鑑定できるのでは、と思ってそれを試すつもりなのだ。
昼間、ミーナが奴隷たちに教えているときには成功した。
奴隷たちの型の練習に対して鑑定スキルを発動すると「鍬の型」などの説明が出てきたので、実は成功している。
これを更に応用して、ミーナが実際にやっている高速演舞の練習で、鑑定スキルで見破れないかを試すのだ。
「……そうですか」
その旨を説明すると、ミーナはどことなく寂しそうであった。
ちょっと悪いことをしたかな、という気がしなくもない。
だが、俺は手っ取り早く槍の型を学びたいのだ。
「では、いきますよ」
俺に見られていることを意識しているのか、今からいきますからね、と二度ほど前置きして、そわそわと落ち着かない様子のミーナだったが。
演舞が始まると同時に、その様子は一変した。
炎のように激しい演舞だった。
槍をまるで棒のように振り回して柄で殴打するかと思えば、後ずさって二連突き。
槍の柄を地面に突いて、槍の張力を利用しての回し蹴りから槍とともに回転。
そして想定している仮想の敵の足元を突き、胴を突き、喉を突く。高速の三連突き。
見てて思わず絶句する。
これが本気のミーナなのか。
そして思わず見とれていたことに気付く。
何故なら、今の今まで気付かなかったからだ。
ポップアップに「炎の演舞」と記されていたことに。