第二章 一人前までのキャリアプラン
(改革、それも失敗のリスクの低い改革を施したい)
俺は私室テント(元マルクの物)のクッションでくつろぎながら考えた。
改革。
この言葉を掲げたベンチャーが一体いくつ成功してきただろうか。
改革にも理論や定石があるというのにも拘わらず、それを勉強せず「奇抜なことをすればよい」と勘違いして失敗する。
そう、改革には大量のケーススタディと経営感覚が試されるのだ。
全ての改革にはリスク&リターンがある。
そのリスク&リターンを正しく把握する必要があるのだ。
(さて、俺の経営改革が吉と出るか凶と出るか)
俺は目を瞑って、自分の改革案をああでもないこうでもないと練り直した。
「奴隷たちは体を清潔に保つこと、ですか?」
「ああ、その通りだよミーナ」
改革その一。
奴隷の印象を良くすること。
人は第一印象が九割とはよく言ったもの。流石に九割は嘘だが、心理学のデータでも第一印象がその人物評価を五割程度決めている、との学説もあるほどだ。
例えば見た目。
見た目を良くする方法は簡単だ。
長くなりすぎた毛を短く刈る、ただそれだけ。
これだけで砂漠の砂が付着したりしないので、汚れた印象がぐっと下がる。
「この木の板は何ですか? テントの地面を木の板で埋め尽くしてますけども」
「見た目を良くするために、座り込んだり寝転がったりしたときに砂が体に付着しないよう、木の板を地面に敷くことにした」
さらに、奴隷たちに砂が付着しにくいように、地面に木の板を敷くことにした。
木の板の上に麻の布を広げて麻布の地面にして、完璧だ。
これで、テントの中にいる限りは砂で汚れにくいはずだ。
「えっと、ですが、こうもしっかり床を整えてしまわれたら、排泄が」
「ああ、トイレなら倉庫があるだろう。あの中に壷を置いて済ませるといい」
その代わり、テントの床をしっかりと敷き詰めてしまったため、トイレをテント内で済ませることが出来なくなった。
奴隷にはトイレの度に倉庫まで出てもらうつもりだ。
おかげで副次的な効果として、下級奴隷用テント内部の臭いが少し軽減されたというのはあるが。
汗の臭い、垢の臭いはするものの、排泄物の臭いがなくなったためか、まだ比較的まともになった気がする。
やはりトイレをテントの外にして正解だったと思う。
「あと、テントを毎日組み立てたり分解したりするのはどういう意図があるのですか?」
「換気と掃除。テントを立てっぱなしのままにしておくと空気がこもってよくないし、テント内部も徐々に汚れる」
他にも印象を良くするために、換気と掃除を心がけるようにする。
早朝の日差しが強くなく涼しい頃に、テントを分解して掃除をする。
掃除と言ってもやることは二つ。
地面に敷いた麻布を交換して、テントの幕を叩いてダニとかを追い出すだけだ。
こうすることで、自然とテントに空気が籠もることを防ぎ、同時に奴隷がダニなどに悩まされることもなくなる。
空気を換気すると奴隷たちも心なしか気分が良いようで、テント分解作業を実施してからは生気のないやつは減った気がする。
今までの環境が劣悪すぎたのだ。
「ご飯の量も増えましたね」
「一日二食、ヤギの乳、デーツを習慣的に採らせるようにしたからな」
「ですが、宗教としてこのような食事を毎日採るのは認められては……」
「いやいや、君たちの仕事は健康であることと、人の役に立つことだ。そのためならば神様も少しぐらい目を瞑ってくれるだろう」
最後に食事。
これは実はあまり改変はしていない。
強いていうならば、量を若干増やした程度と、習慣的にデーツ(栄養の豊富な果実のこと)、ヤギの乳を採るようにしたこと。
栄養バランスは既にある程度、マルクも考えてはいたらしい。
俺はそれの質を少し改善した程度。
デーツなどの質は、身が小さくないかどうか、栄養はどのぐらいか、などが簡易的にながらも鑑定スキルで判断できる。
なので、スラム街の安いデーツとかでも危ない物安全な物の選別を間違うことなくできるようになり、結果安く多く仕入れることに成功している。
あと、宗教的な考えから同じ命=同じ食べ物を続けて食べてはならない、という教えがあるらしいが、俺は無視した。
宗教はそこまで厳しく遵守しない。
これには奴隷たちもどことなく抵抗感があったようだが、浸透させることに成功した。
それは「同じ食べ物を食べてはならないというのは、全く同じ食べ物を食べてはいけないということさ。ほら、干し肉とかチーズとか変わっているだろ」という苦しい言い訳だが、受け入れてくれたようだ。
「地味なことかもしれないけど、こういう工夫一つ一つが改革だ」
「改革……?」
「なんでもない、こっちの話さ」
ミーナが不思議そうな顔付きだったが、俺は特に取り合わなかった。
まだやるべきことは他にもある。
例えば、新しい宣伝の方法などだ。
「ミーナは槍術が得意、間違いないな?」
「……はい」
この時のミーナの表情を例えるならば、「どこでそれを」という驚愕であった。
恐らくばれるはずがないと考えていたのだろう。
それもそうであろう。
この世界の常識でいうのならば、女性がこんなに槍術に優れることなど滅多にないのだから。
もしかしたら軍とかその手の筋の人間ならば、ミーナを見た瞬間分かるのかもしれないが、いや分からないかもしれない。
彼女が槍術Lv.3だなんて、俺みたいにスキルを鑑定できる人間でないと分からないだろう。
「……トシキ様はどのようにしてお知りになったのでしょうか」
「さあな」
問題はそこではない。
どのようにして知ったのか、それは種明かししない方が「何でも見抜くことができる主人だ、底が知れない」という尊敬を集められるのでこのまま黙っておく方が都合がいい。
俺はあえてミーナに取り合わず、話を切りだした。
「ミーナ。君には奴隷に槍術を教えてほしい」
「槍術の稽古ですか?」
「ああ、それも昼間から店先でだ。外で訓練を付けてほしいんだ」
「昼間……」
商売の邪魔になるのでは、というミーナの怪訝な表情に対して、俺は笑いかけるだけにした。
ミーナにしてもらいたいこと。
それは店先で奴隷に槍の稽古を付けることだ。
「それじゃあ、私が今から型を披露するので、皆さんもそれに倣って棒を振ってください」
ミーナはそう奴隷たち六名に言うと、順番に槍術の型を披露した。
槍術にも型は存在し、型の反復を行うことで槍の効率の良い動かし方を学ぶのだ。
例えば今ミーナが披露している、槍を上段に構えて穂先を相手に突きつける「角構え」。あれは踏み込むと同時に上から突き刺す攻撃の構えだ。
あのような構えを知ってる知らないでは、攻撃に差が出る。素人は力の入らない姿勢からへっぴり腰な槍を放って相手をろくに貫通できずに反撃で殺される。しかし型を知っていれば、力のはいる姿勢を体が覚えているので、自然と相手を絶命させる槍になる。
そう、型とは便利な姿勢を体になじませること。
効率の良い構えを覚えるのは、全ての基本である。
「ではもう一度繰り返します」
槍を構えながらもう一度見事な型を再現するミーナ。
ピンと伸びた姿勢は見ていて惚れ惚れする。
裸はまずいので腰布と胸当てのみを身につけているが、程よく鍛えられた二の腕や太股は見事なものであった。
しなやかな筋肉の質感が見て取れる。
やはり筋肉が付きやすい種族の獣人族だけあって、肉体美は素晴らしいものがあった。
他の六名の奴隷も悪くはない。
型を再現しようと槍を構えているが、中々堂に入っている。
それもそのはずこの六名の奴隷、内四名は獣人族であり、残り二人も体格に恵まれた魔族と普人族だ。
彼らの槍の演舞は、ちょっと傍を歩いていると目を引く光景であった。
(上手くいっている)
俺は目の前で繰り広げられている演舞宣伝広告に笑みを隠せなかった。
オアシス街の治安を守るため巡回している衛兵長ハワードは、ふと奇妙な光景に目を取られた。
ハワードの目の前で、奴隷と思しき集団が槍術を披露している。
目の前で繰り広げられる型の指南を見て、ハワードは「ほう」と感心した。
というのも、槍の指導をする獣人の娘の構えが見事だからである。
姿勢はしっかりと芯を通っており、かと思えば重心は腰に乗っていて無理がない。足の動きと連動して重心が運ばれていることが傍目にも分かり、ハワードは驚いた。
あの構えは次の瞬間に動き出すことを前提とした構えだ。生きている。
少しばかりの槍術の心得がハワードにはある。
それは足の負傷で衛兵になる前までは、槍を使った冒険者をしていたからだ。
これでも砂漠の虎を討ち取れるほどの槍の心得は持ち合わせているのだ。
そのハワードをして、目の前の娘の槍術は見事なものだった。
(今度例えば魔物狩りに向けて人手を借りなくてはならなくなったときは、彼らに頼むのも悪くない、か)
ハワードの脳裏に浮かんだのは、魔物の討伐だ。
冒険者ギルドの砂漠支部だけではたまに人手が足りなくなることがある。
例えばサバクオオアリの大量発生の時などは、派遣冒険者を悠長に待ってる暇はない。
そんなときは戦闘用奴隷などを徴用して、後で謝礼を支払うことで手を打ってきた。
(今まではスラム街の奴隷なんか、捨て石扱いかそもそも雇わないかだった。だがあれを見る限りでは……)
今まで魔物の討伐にスラム街の奴隷を雇わなかったのには、理由がある。
彼らは技術もなく栄養状態も良くないので、戦力に全くならない。ただの無駄飯ぐらいか雑用係、酷いときはもめ事しか起こさない足手まとい。
なので、衛兵たちも彼らを雇うことをあまりしなかった。
しかし、目の前の光景を見てハワードは気が変わった。
あれならば十分に戦力に足る、と。
獣人の娘ならば間違いなく私より強い。動きもしなやかで槍捌きが滑らかで自然なのだ。
その周りの、指導を受けている奴隷たちも筋がいい。きっと近いうちに一般的な槍の技術を一通り吸収してしまうだろう。
(あのスラムの店。『人材コンサルタント・ミツジ』とか読むのかあれは?)
奇妙な名前だったが、その分すぐに覚えてしまった。
人材コンサルタント・ミツジ。
人材相談、とはどういう意味なのか分からないが、恐らく『あなたの相談に応じた人材を』という意味なのだろう。
スラム街にも面白い奴隷商がいるものだ、とハワードは思った。
何がともあれハワードは、脳裏の片隅にその名前を記憶したのだった。
「ねえご主人様。効果はいつ現れるのかしらね」
「そんなに直ぐには現れないさ」
俺は目の前の稽古の様子を見つつ、ある高級奴隷にマナーを教わっていた。
高級奴隷、というよりは高級娼婦だ。
美しい見た目で上品な態度の彼女が、時折蠱惑的な仕草をするためか、ひどく艶やかに見える。
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名前:ヘタイラ・ラミアー(奴隷)
年齢:38歳
レベル:13
HP:21 MP:8
筋力:5
俊敏:6
魔力:9
耐久:3
固有技能:恐怖の眼Lv.1
特殊技能:房中術Lv.4
特殊技能:水魔術Lv.0
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ヘティ(ヘタイラ)は魔族と普人族のハーフであった。
ラミアと人の合いの子。体の一部が鱗で覆われており、下半身はというと完全にラミアのそれであった。ラミアの血の方が色濃く出たらしい。
ではヘティのどこが人間要素なんだろうかと思って聞くと「……試してみるかしら?」と言われてしまった。
そう言う答えだとは思っていなかったので素直に謝っておいた。
「でも、マナーだなんて私も詳しくないわよ」
「それは嘘だな、ヘティはオアシス街でもそこそこ名の知れた娼妓だったはずだ」
ヘティは「あら、それならば奴隷になんかなってないわよ」なんて微笑んでいたが、鑑定スキルは嘘を看破していた。
彼女はオアシス街出身の娼妓だ。
ハーフの魔族ということもあって、彼女は若い頃相当苦労したに違いない。
しかしヘティは努力の末、良い娼妓として隠れた人気を集めていた。
見た目も美しく性格もよい、そんな娼妓が人気の出ないはずがない。
加えて彼女は、その珍しい出自を武器にしたのだ。
ラミアと普人族のハーフ。一体どのような美貌なのだろうか、一体どう普通の人と違うのだろうか。
彼女はそのような好奇の噂を利用して、人の興味を集めることに成功したのだ。
そう言えばこの世界の貴族はよく、人外の魔物を興味本位で飼うことがあるらしい。いわゆる物珍しさだ。彼女の武器は、その物珍しさに訴えることだった。
「ああ、やりすぎたな」
一瞬だけ彼女の顔に何か翳りが出たのを俺は見逃さなかった。
やりすぎた。そう、ヘティは何者かの不興を買って奴隷にされたのだ。
そうでなくば、彼女が奴隷になるはずはない。
ただ、誰の不興を買ったのか、それは俺は知らない。
「あ、やりすぎたってのは俺が君をからかいすぎたって意味だから気にするな」
「……悪い男ね」
媚びるかのような甘い声で、しかし全く油断していない目で、ヘティは俺の目の前に対峙している。
「さあね、君も悪い女さ」
そう言いながら俺は、店の表で槍訓練をする奴隷たちへ視線をはずすのだった。
「さて、次の改革はと」
「まだやるのかしら?」
テントの清掃と換気、店先での演舞、それに加えて新しく何かをする必要はあるのか、といわれると新しく何かをする必要がある、と俺は思う。
ヘティに対して「ああもちろん」と答えて、俺は机の引き出しを開けた。
顧客帳簿。
これを今から整理するのだ。
「顧客帳簿、見たことある?」
「あら、奴隷にはそれを閲覧する権利は無いはずよ。情報漏洩の可能性もあるし」
「そうだな、君たちはいずれ誰かに雇われる。だからこういう情報は触れてはいけない、はずだ」
顧客帳簿をめくる。
リスト化された情報には、名前、住所、誰を引き渡したか、いくら取り引きしたか、などの情報が書かれている。
正直もっと詳細を書き記してくれたら助かったのだが、マルクはそこまで几帳面ではないらしい。
(とりあえず先ずは、彼らに手紙を書いて)
最初にすべきことは、手紙による店主の代替わりの挨拶だ。
今までの店主マルク・ドレーシーは新しく店主になったトシキ・ミツジに代替わりし、お店の名前も変わりました、と伝える。
これを顧客帳簿に書かれている人たち全員に送るのだ。
既存の顧客を囲い込むこと。これは営業における基本だ。
新規開拓した顧客はおよそ七%しかリピーターになってくれないことが統計で分かっている。
つまり、新しく人を呼び集める戦略だけでは定着率が悪すぎるのだ。
ならばどうするかというと、リピーターになってくれるように工夫するのだ。
例えばこのように手紙を送ること。それだけでも「この奴隷商は顧客のことを忘れてはいないのだ」と心証が良くなる。
更に優待サービスとして「装飾品や服に心付けさせて頂きます」とでも書き記せば、次にもう一度訪れてみようか、と考えるきっかけにはなるだろう。
「手紙を書くのかしら。ご主人様って奴隷の槍演舞だとか面白いことを思いつく人なのに、文字も書けるし手紙の挨拶もきちんとするし、案外真面目なのね」
「ああ。基本あっての面白いことだ。こういう報告の挨拶は社会人の常識」
前世の日本で人材キャリアコンサルタントをしていた頃を思い出す。
キャリアコンサルタントの営業は、新規開拓がかなり難しい分野である。もっぱらの取引先は今ある人脈繋がりの会社相手だ。
特に俺は、広告業界に特化したキャリアコンサルタント企業に勤めていたため、広告業界へのコネ作りを必死に頑張ったものだ。
そこで学んだのは、挨拶の連絡は非常に重要だということ。
例えば「こちらからご紹介したい転職希望者がおります」とアポイントを取ることはもちろんのこと、「ご紹介した○○の仕事ぶりはいかがでしょうか」とアフターケアの連絡を入れること、「前任の担当者、○○から仕事を引き継ぐことになりました三辻 俊樹と申します」と引き継ぎの挨拶も忘れてはならない。
キャリアコンサルタントの仕事はかなり営業に近い。
営業は人と人のつながりを重んじる仕事だ、何か細かいことでもしっかり挨拶し、様子をうかがうことが重要だ。
やはり相手方だって、取り引きしてて気持ちのいい人と営業をしたいはずなのだから。
今俺がやってることはさしづめ、紹介した奴隷の仕事ぶりのアフターケアと、前任者からの引き継ぎの挨拶ってところだ。
(特に、こういう異世界における貴族などは、挨拶などを重んじる傾向にあるはずだ)
これは勝手な思いこみだが、恐らく間違ってはいないだろう。
証拠に、オアシス街にある大型商会などは、従業員の挨拶が徹底されており品格が高いことが窺い知れる。
貴族は体面を重んじるものだ。
だからこそ、手紙を書くことには意味がある。
手紙を書くことはつまり、この奴隷商は体面を重んじてくれる商人なのだという印象を与えるのだから。
「あら、文字も綺麗なのね。言い回しは少し気になるところがあるけれども」
「そう、ヘティ。君にはその言い回しの校正を頼みたい。高級娼妓の君になら出来るはずだ」
ヘティは柔らかくほほえんだまま、しかし瞳にどこかしらの好奇の色を宿していた。
俺の話を面白いと思ってくれたのか。
ふとヘティの信頼度を見てみると、二十五%から二十八%と、少しだけ上昇していた。
(いやまだまだ信頼度低いけどな)
そんなことを思いながら「頼む」とヘティに手紙を渡した。
「……でも、私は所詮は娼婦なのよ? 男の人に花を売るだけの能しかないもの」
「違うな。君の瞳には理知の光が宿っている。職に貴賤はない、魂のあり方に貴賤があるんだ」
俺はヘティの手を握りながら、正面から彼女の顔を見据えた。
「君の心には気品がある。だからこそ頼むんだ」
俺の言葉は届いたのだろうかどうか、ともかくヘティは押し黙った。
心理グラフからいうと彼女は少しだけ喜んでおり、同時に当惑していた。
(まあ、はいと言わなくても俺からヘティに命令すれば、彼女はやらざるを得ない訳だが)
だなんてナンセンスなことを考えつつ、「まあ嫌なら言葉遣いの校正、やらなくてもいいよ」と俺は言い残して、席を立った。
(これから先、俺の代わりに接客できる奴隷が欲しい。何故なら俺がオアシス街などに営業に出向いている間、客が来たら待たせてしまうからだ)
俺はふと、ヘティのことが頭に浮かんだ。
彼女こそ接客係の第一候補だろう。
物腰柔らかく、見目麗しい。言葉遣いも(きっと)客相手には丁寧だろう。
更には、彼女は文字の読み書きが出来ると来たものだ。
(なるべく早い段階で彼女を接客係にする。そうすればきっと客もこの店にいい印象を抱くはず)
そう考えながら、俺は歩く。
せっかくの高級奴隷、武器として活用しなくては宝の持ち腐れだ。
「あ、トシキ様」
外でぼんやりと考え事をしている俺を発見したのは、他でもないミーナであった。
どうやら先ほど槍の稽古が終わったところらしい。
「ああ、ミーナ。お疲れ様」
「いえいえトシキ様。お役に立てて幸いです」
外は暑く日差しも強い。
そんな中ずっと槍を振り回していたミーナは汗をかいて砂埃に汚れていた。
これは綺麗にしないといけないだろう。
「テントに入って体を拭くように。水も与えるから飲むといい」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるミーナは、先ほどまで槍の稽古をつけていたというのに疲れた様子を見せなかった。
見事なものだと俺は思う。
「何なら、俺が体を拭こうか? ほら以前みたいにさ」
「えっ、あの、それは」
軽いジョークを飛ばしたつもりだったが、ミーナは少しだけ頬を染めて当惑していた。
今ミーナの心理グラフを覗き見るのは何となく無粋な気がした。
それだけ分かりやすいというか何というか。
「トシキ様のお手を煩わせるのは心苦しいのですが、その、お気持ちは大変嬉しいです」
「むしろ俺が君の汚れを綺麗にしたいんだ、どうだ? 嫌か?」
嫌か、と聞いてやるとミーナは目を泳がせてますます困っていた。
槍を握る手でもじもじと指先を遊ばせており、何かを決心しあぐねているようにも見える。
「……あの、恐れ多くも人に見られるのは恥ずかしいので、出来ればトシキ様のテントで拭いてくださいませんか……?」
蚊の鳴くような声でお願いするミーナ。
その様子を見て俺は、「もちろんいいさ」と二つ返事。
ミーナの頬に朱が指した。
「ご主人様、手紙だけど軽く校正を……」
「あ」
テントの中にヘティがいることを忘れていた。